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第三の脳が目覚める夜

第三の脳が目覚める夜

 

山は深い静寂に包まれていた。
夜の庵には、炉の火がひとつ、赤く揺れている。
青年トウマは、炉の前に坐していた。
膝を結び、背をまっすぐに伸ばし、静かに眼を閉じている。
外では杉林を渡る風が、低く鳴っていた。
向かいに坐る老師が、やがて静かに言った。

「今夜、お前は第三の脳の門を観ることになるだろう。」
トウマはゆっくりと息を吐いた。
「第三の脳……ですか。」
「人は二つの脳だけで生きていると思っている。」
老師は炉の火を見つめながら言った。

「一つは知性の脳。
もう一つは本能の脳。」
火の影が壁に揺れる。
「だが、その奥に、もう一つある。」
しばらく沈黙が落ちた。
「それが霊性の脳だ。」

トウマの胸がわずかに震えた。
「それはどこにあるのですか。」
老師はゆっくりと指を上げた。
そして、トウマの眉間を指した。
「ここだ。」
静寂。

「眉間の奥、さらに奥。
そこに間脳の門がある。」
炉の火がパチッと弾けた。
「その門が閉じている限り、人は世界の半分しか見ていない。」
「……半分?」
「そうだ。」
老師は続けた。

「二つの目は、物質の世界を見る。
だが第三の目は、存在そのものの光を見る。」
トウマの呼吸が深くなった。

「では……それを開くには?」
老師は静かに言った。
「息を観よ。」
沈黙。
「息は、肉体と霊性を結ぶ橋だ。」
トウマはゆっくりと呼吸を整えた。
吸う。
吐く。
吸う。
吐く。
やがて、呼吸は細く、静かになった。

山の夜の静けさと一体になっていく。
老師の声が遠くから響いた。
「いま、眉間の奥を観よ。」
トウマは意識をそこに向けた。
暗闇。
しかし、その奥に、微かな光があった。
小さな星のような光。
それは静かに脈打っていた。
(……これは)
次の瞬間。

光がわずかに広がった。
まるで黒い空に、夜明けが滲むように。
トウマの身体の奥で、何かが目覚め始めていた。
胸が静かに震える。
背骨の奥を、温かな流れが上がってくる。
やがてそれは喉を通り、眉間へと集まった。
その瞬間だった。
ぱっと光が弾けた。
闇の奥に、円い光が現れた。
それは珠のように輝いている。
明珠。

光はゆっくりと回転していた。
その中心から、静かな意識が広がる。
トウマは突然理解した。
(……ここだ)
ここが。
人間の奥にある
霊性の場。

間脳の静かな海。
そのとき老師が言った。
「見えるか。」
トウマは目を閉じたまま答えた。
「はい……」
声が震えていた。
「光が……あります。」
老師は微笑した。
「それが明珠だ。」
「人の奥に眠る仏の種子。」

炉の火が静かに燃えている。
「その光が回り始めたとき、第三の脳は目覚める。」
トウマの眉間の奥で、光は静かに脈打っていた。
それは、思考でも感情でもない。
ただ
存在そのものの静かな輝き。

老師が低く唱えた。
Namosattanan
sanmyaksanmodaktinan
taniyata
on shaley shurei juntei
sowaka
声は深く庵に響いた。

そのとき。
明珠の光が、ふっと大きくなった。
まるで夜空の星が一斉に開くように。
トウマは感じた。

世界が内側から明るくなるのを。
山も。
風も。
星も。
すべてが一つの光の海に浮かんでいる。
そしてその中心に、
静かな意識
があった。

老師の声が聞こえた。
「それが、人が失ったものだ。」

静かな夜だった。
しかし、その夜、
一人の青年の奥で
第三の脳が目覚めた。

そしてその光は、
まだ誰も知らない未来へと、
静かに広がり始めていた。

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