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第三の脳があった

病に冒された異常な生物種であったのであろうか?

第三の脳があった

ちがうのである。

これがまったくちがうのだ。

これまでの大脳生理学がまったく気づいていない脳がひとつあったのだ。

います」

これまでの大脳生理学は、古い皮質(旧皮質・古皮質)と、新しい皮質(新皮質)しか知らなかった。ところが、このほかに、重要な脳がもうひとつあったのである。

それは、他の二つの脳を統合し、コントロールする最も重要な脳であった。そ 「れは「間脳」とよぶ脳である。大脳生理学は、生理学としてこの脳のあることを知っていたけれども、その機能についてはほとんど知ることがなかったので

ある。

わたくしは、この脳を、「霊性の場」とよんで、「間脳思考」の中で質問に対し、つぎのように答えている。

「桐山先生は、ケストラーのいうように、人間は脳に致命的な設計ミスを持った異常な生物種であるとお考えになりますか?」 「いや、わたくしはそう思いません。設計はほとんど完全に近かったと思

YAM

「すると、設計は完全に近かったが、設計通りに進行しなかったということですか?」

「そうです。ですから、ケストラー自身もいっているように、かれのもう一つの推理、『ホモ・サピエンスが最後の爆発段階に達したある時点で何かに狂いが生じたことは”といっているのが正しいのです。設計ミスではなかった。設計はほとんど完全だったが、進化の途中で方向が狂ってしまったのです。わたくしは、すでに、それを「密教・超能力の秘密』の中で指摘しています」

「具体的にお示し下さい」

「人間は脳に霊性の部位を持っているのです。これはそのように設計されているのです。だから、この部位がその設計の通りに活動していたら、人類はケストラーのいうように『狂気」の症状をあらわさなかったでしょう。したがって、いまのような破滅に直面するようなことにはならなかったのです。ところが、この部位が進化の途中で閉鎖されてしまった。その

ために、人類は超愚人になってしまったのです」

「ふうむ、これはおどろくべき発想ですね」

「発想じゃないのです。事実なのです」

「その霊性の部位とはどこですか?」

ししょうか 「脳の最も中心である間脳の、視床下部です。このいちばん奥に、その部

位があります。ただし、これがはたらくためには、そのすぐそばにある松果験という内分泌腺の特殊なはたらきが必要です」 しょう

「それは大脳生理学者の説ですか?」

「いいえ、そうじゃありません。わたくしの修行体験による発見です。インドのクンダリニー・ヨーガ、チベットの密教の修行などを参考に、わたくしが把握したものです。脳生理学はまだそこまで到達しておりません。 ただし、アメリカのホルモン分泌学の権威J・D・ラトクリフという学者は、その著書「人体の驚異」の中で、おもしろいことを言っております。

「その機能がようやくわかりかけてきた松果腺は、脳の下側にくっついて

いる小さな形の線で、人間が原始時代の祖先から受けついできた第三の目の残跡と推定されている」

というのです。

第三の目というのをご存じですか?」

「ずうっと以前に、そういう題名の本を読んだことがあります。なんとかという英国人が、チベットでラマ僧について密教の修行をし、眉間のあいだに、四次元世界や霊界を見ることができる第三の目を持ったという内容で、ベストセラーになりましたね。もうほとんど内容を記憶しておりませんが、読んだおぼえがあります」

「そうですか、わたくしは、「密教・超能力の秘密」で、このラトクリフの文章を引用して、こうのべております。『第三の目とホルモン』という章で、 「おそらく、ヒトは、『第三の目”などというと、いかにも空想的な、馬鹿馬鹿しいことのように思うかも知れない。しかし、ヒトは、たしかに第三の目を持っていたのである。いや、げんに持っているのだ。人間のからだ

のなかで最も重要なはたらきをする内分泌腺をくわしく調べてゆくと、それがはっきりしてくるのである。

ヒトはまさしく第三の目を持ち、しかもそれはJ・D・ラトクリフのいうように、残跡”ではなく、いまでも、活用すれば、実際に『見る』ことすら可能なのである。最近の科学の実験がそれを証明している。その最近の実験を紹介する前に、ひとつ、この不思議なはたらきをする内分泌腺というものを、もう少しくわしく調べてみようではないか」 と、こうのべております」

か?」 「その第三の目が、つまり、先生のおっしゃる霊性の部位というわけです

「いや、ちょっとちがいます。密接な関係はあるが、ちょっとちがいま

す。第三の目は、ラトクリフのいうように、松果腺です。わたくしのいう

霊性の場は、それよりすこし深部の視床下部のそばです」

「それはどうちがうのですか?」

 

「それは、ひと口でいうと、第三の目というのは、霊的次元のさまざまな現象を知覚し、見聞する能力を持つ目、といったらよいでしょう。視床下部のほうはそれを動かす“場”です。それはつまり、いまわれわれが持つ普通の目と脳との関係にあると思ったらよいでしょう」

「なるほど」

「視床下部がなぜ霊性の場”であるかということについて、わたくしは、「密教・超能力の秘密」で、脳生理学と、ホルモン分泌学と、酵素薬理学の三つの面から解明しています。この視床下部が第三の目と連繋して活動するとき、人間は霊性を顕現するのです。その究極において、「密教・超能力の秘密」でいっているように、カミ、ホトケにまで到達するのです。 「人間は、知性・理性の場である新皮質と、本能の座である辺縁系の中間にある『開脳”に、霊性の場・霊性の脳を持っていたのです。これにより、 人間はバランスがとれるのです。ところが、この間脳にある霊性の場を人間は失ってしまった」 れんけい

「ふうむ」

「しかし、それを知っている人たちがいた。その代表が、ゴータマ・ブッダーシャカです。シャカは『成仏法”という名でこの霊性の場を再開発するシステムを完成した。そして古代密教が、これを受けついだ」

「古代密教、とおっしゃるのは、どういうわけですか?」

「後世の密教は、大乗仏教の影響を受けて、シャカがつたえたシステムを 「様式化してしまったのです。まったくちがったものにしてしまった」 「なるほど」

「しかし、仏像とか、仏画とかは、古代密教の表象をそのままつたえてい

「ます。密教の仏像の多くが、第三の目を持っているのはこのためです」

「あの眉間のところにある目ですね?」

「そうです。その密教の代表ともいうべき仏像が、摩醯首羅です。これ梵語のMaheśvara(マヘーシュバラ)を音写したもので、これを『大自在天」と漢訳し、宇宙の大主宰神とされております。眉間に第三の目が

「ふうむ」

あって、合計、だつの目を持っています。われわれは、目が二つです。その二つの目の一つ 辺縁系の脳に通ずる目であり、もう一つは新皮質の脳に通ずる目で、この二つが一対になって、現象世界(物質世界)を見るのです。このほかに、じつはもう一つの目があった。それは間脳の視床下部の脳に通ずる霊性の目で、霊的世界を見る目です。これが、第三の目とよばれるものなのです」

「で、その第三の目が、残跡」となると同時に、先生のおっしゃる霊性の 「場」もはたらかなくなってしまったということですか?」

「そうですね、しかし、それは、霊性の“場”が閉ざされてはたらかなく

なってしまったから、第三の目もはたらかなくなって、たんなる『残痕” になってしまったのだともいえるでしょう。要するに、この両者は、密接

な相関関係にあるものですから―――」

と質問者はしばらく考えこんでいたが、

「しかし」

と小首をかしげた。

「なぜ、人間は、その霊性の『場”を失ってしまったのですか? 退化、 とは考えられませんねえ。人間の精神活動は原始時代から非常なスピード

で進化し、進歩しているわけですから、退化などとは考えられない」

「その理由ですか?」

とわたくしは言った。

「第三の目」はなぜ消えてしまったのか

「第三の目が閉じられてしまったのには、もちろん、大きな理由がある。わたくしのいう霊性の「場」は、問脳の視床下部にあるのだが、それは、要するに、物質的な欲望や本能を制御し、ときには否定して、より崇高なるものにあこがれる精神領域である。そういうと、それは新皮質系の領域じゃないかといわれるかもしれない。そうではないのである。

新皮質の知性は、神を考え(分析し演輝し)、仏を理解しようとするものである

新皮質の知性は、神を考え(分析しし)、仏を理解しようとするものであるが、重性はそれとちがって、神と一体になり、仏と同化しようとする慮性である。明らかに新皮質系のものとは異質のものである。

新皮質が生む知性は、時実博士の表現によれば「よりよく生きる」ことと、 「より高く生きる」ことを目ざす。そのための創造行動をいとなむ。ではその結単、どういうものが生み出されたかというと、精神的には、哲学(および倫理・ 道)、物質的には科学(と技術)である。言葉を換えていうと、「よりよく生きる」が科学と技術を生み出し、「より高く生きる」が哲学・倫理を生み出した。 ところが、哲学・倫理はいままったく行き詰まって、人類がいま抱える問題

に、大声で警告は発するけれども、なんの答えも出すことができない。

一方、新皮質の「よりよく生きる」という目標は、「より便利に」「より速く」 の追求になってしまった。見よ。現代社会は、新皮質文明であり、新皮質の産物であるが、現代社会の目標は、「より便利に」「より速く」がモットーである。地球上のすべての企業が、それを目ざして狂気のごとく活動している。それがけっ

きょくは自分の首を締めることになることを新皮質は知りながら、止めることができない。なぜならば、それを押しとどめる間脳のはたらき、霊性の「場」を、 はるか以前に、新皮質自身が押さえ込んでしまっているからだ。

こういうある脳がある脳を押さえ込むという現象は、大脳においてつねにおこなわれるものである。

新皮質は、それが人類の進歩と進化であり、平和と繁栄につながるのだという大義名分のもとに、間脳を押さえ込んでしまったのである。そういう理屈を考え出すのは、新皮質の得意中の得意なのだから――。

霊性とは物質的な欲望や本能を制御し、ときには否定さえして、より崇高なるものにあこがれる精神領域だと、さきにわたくしはいったが、新皮質の生み出す物質文化は全力をあげて、そういう霊性の場を押しつぶしにかかった。人間のすべての欲望(大脳辺縁系)がこれに加わった。つまりは、これが、人間の 「業」というものなのであろう。

輪転生联想法 64

 

 

輪転生联想54

 

 

 

 

 

 

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