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普賢菩薩

ओंग सनमैय्या सतवन
samantabhadra

 

白い霧がゆっくりと晴れていくと、その奥に、静かに佇む存在があった。
巨大な白象の背に乗り、柔らかな光をまといながら、普賢菩薩はこの世を見渡していた。
「オン・サンマイヤ・サトバン……」
その真言が風に溶けるとき、苦しみの声は必ず届く。
普賢とは、「すべてにわたって賢い者」。
だがその智慧は、机上の知識ではない。
行動となり、救済となり、命あるものの傍らに現れる力であった。

彼は、釈迦如来の右脇に坐し、文殊菩薩の智慧と並び立つ。
文殊が真理を照らす光であるなら、普賢はその光を現実へと運ぶ足である。
掴み取った仏道を、この世に生きる人々の中へと、静かに、確かに届けていく。

かつて、深い悩みに沈む一人の女性が、夜の堂にひとり座していた。
涙が床に落ちる音さえ、誰にも届かぬほど孤独な時間。
そのとき、白象の歩みのように、穏やかな気配が背後に満ちた。
「恐れることはありません。」
振り返った彼女の目に映ったのは、微笑む菩薩の姿だった。
女性を守り、修行者を導き、命を延ばし、幸福を増やす――
そのすべては、言葉ではなく、存在そのものとして彼女を包み込んだ。
普賢菩薩は、あらゆる場所に現れる。
山中の庵にも、都市の雑踏にも、病床のそばにも。
行動する慈悲――それが、彼の本質だった。

そして、普賢の功徳の中でも、ひときわ深く人々に寄り添う姿がある。
それが、普賢延命菩薩。

命を延ばし、衰えを退け、時を超えて生を護る尊である。
三つ、あるいは四つの頭を持つ白象に乗り、
その種子「ヨク(yuḥ)」は、寿命の灯を静かに守り続ける。
辰年、巳年の者たちは、知らず知らずのうちにその守護の中に生きている。
だが、干支に関係なく、願いを抱く者すべてが、その慈悲の対象なのだ。
「オン・サンマイヤ・サトバン。」

その真言は、今日も誰かの胸の奥で、かすかな光となって響いている。
行動する慈悲が、この世界から失われぬように――
普賢菩薩は、今も静かに歩み続けている。

 

 

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