東の彼方、世界がまだ清らかな光に満ちていた頃――
そこには「妙喜世界」と呼ばれる、揺らぐことのない浄土があった。
その中心に坐すのが、阿閦如来(あしゅくにょらい)。
人々は彼を、サンスクリットの名にちなんで「アクショーブヤ」――
すなわち「決して動じぬ者」と呼んだ。
怒りに揺れぬ心。
誘惑に曇らぬ誓い。
誰かが嘲ろうとも、誰かが刃を向けようとも、
その心は湖の底のように澄み、波立つことがなかった。
青く静かなその身は、夜明け前の空を思わせ、
左手には衣の端を静かに握り、
右手は大地に触れていた。
――この世界の真実は、ここにある。
――私は、迷いの中にあっても揺るがぬ。
そう語らぬまま、阿閦如来は大地に証を求める。
それは、悟りが空想でも夢でもなく、
この現実の土と、涙と、苦しみの上に成り立つものであることを示す仕草だった。
彼の智慧は「大円鏡智」と呼ばれる。
それは、すべてを歪めず、拒まず、
ただありのままに映し出す鏡のような智慧。
怒りも、恐れも、欲望も――
そこに映れば、もはや人を縛る鎖ではなく、
悟りへと至る光の素材となる。
密教の五智如来の一尊として、
阿閦如来は静かに世界を支えている。
激動の世にあって、心が揺れそうになるとき、
人はふと、東の空を仰ぐだろう。
そこには、決して動じぬ青の仏が、
今日も変わらず、
すべての衆生に向けて、
沈黙のまま、確かな安らぎを放っている。




