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出家仏教と在家仏教

出家仏教と在家仏教

「阿含経講義」の第一回目として、「雑阿含経・一切事経』(以下『一切事経』)の講義を行いま

「佛教語大辞典」(中村元著・東京書籍)で「阿含経」を引くと、

る。 【阿含經】あごんきょう 原始仏教の経典をいう。実際に釈尊が説いたと思われることばが数多く含まれている。南方系仏教では、長部(Digha-nikāya)・中堀(PMajjhima-nikāya). 相部 Samyutta-nikāya)・増支部(Anguttara-nikāya)・小部(PKhuddaka-nikāya)の五部に分けているが、北方系仏教では、長阿含・中阿含・増壱阿含・雑阿含という四種を数える。 漢訳の『長阿含経』には三十経が含まれ、『中阿含経』は二百二十二経、『増壱阿含経』は五十一巻、法数によって内容をまとめ、一法から十一法に至るまでを一まとめにしたので、この名がつけられた。『雑阿含経』は他の阿含経に収められない短い多数の経典を集録してあ

とあります。このように「阿含経」は、たくさんのお経が集まってできているわけですが、その中から特に重要なものを十経選ぶならば、わたくしはこの『一切事経』を迷わずその一つに挙げます。特に、在家として仏道修行を実践する人にとっては、いちばん重要なお経といえるでし

げます。特に、在家として仏道修行を実践する人にとっては、いちばん重要なお経といえるでし

ょう。それほど大切なお経です。

それはなぜでしょうか?

ふつう。 このお経に基づいて修行するならば、在家の者であっても出家以上の存在になり、現世で成仏することも可能である、と説かれているからです。

「お釈迦さまの仏教は出家仏教である」

と、仏教学者も一般の僧侶も考えております。仏教を出家仏教と在家仏教に区別する分類方法がありますが、出家仏教とは世を捨てて家族と離れ、僧侶として修行を進めていく、要するにお坊さんを主体とした仏教です。それに対して、出家しないで世俗で生活をしながら仏教を信心・ 修行していく、在家の人を主体とするのが在家仏教です。仏教学者や僧侶たちのほとんどは、 「お釈迦さまの仏教はすばらしいが、一つだけ欠陥がある。それは出家仏教だということだ。お釈迦さまの説く仏法は在家の者には修行できない」

と、主張してきたわけです。

ですから、わたくしが阿含宗を立宗して、

「阿含経に基づいた、お釈迦さまの真の仏法を修行しなければいけない」 と叫び始めた時に、学者やたくさんの僧侶たちがこのように批判しました。

「今さら、どうして釈迦仏教などを説くのか? なぜ阿含経という、小乗仏教のお経を今ごろ持

ち出してくるのか?」

というように。小乗仏教とは、自分の救済だけしか考えない仏教という意味です。

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「お釈迦さまの弟子たちは、自分が救われるために出家をして、いろいろな修行をしたのではないか。お釈迦さまはそのような弟子たちに法を説いたのだから、その説法をまとめた阿含経は小乗経典である」

と、わたくしは非難されました。

ですから、在家の方が「阿含経」の教えを世の中に広めていこうとする時、まず反対されるの

はその点だと思います。

「お釈迦さまの仏教は出家仏教ではないか。あなたは出家なのか?」

そういわれるでしょう。

それに対してどう答えればよいのでしょうか?

「ああ、そうですか。それは知りませんでした」

というようなことではしかたがない。

逆に、お釈迦さまの仏教を出家仏教と考えるのはまったくの間違いであり、勉強不足なのだと

教えてあげなければいけません。

お釈迦さまの仏教は出家仏教でもなければ小乗仏教でもなく、在家の者でも成仏できると説かれているのだ、ということがはっきり示されているのが、この『一切事経』なのです。 経文を読んでみましょう。

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