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「ふうん」

行で、いっさいの対象に向う感覚をすべて制御して、完全に自分の心を止滅し、その止滅した心にありありと仏を映し目したら、自身、仏になってしまうんじゃないか、と」

「うんうん、おぼえているよ」

「あのとき、康融さんの反論で、しょせん理くつに過ぎんと一笑にふされてしまいましたが、私は、今日のこの講義を聞いた瞬間、弥勒の降臨説法とは、奢摩他・昆鉢含那の行による現身成仏のあらわれじゃないかと直感したのです」

「説法のぬしは、もちろん無着です。無君は自分がいくら説いても大衆が信じてくれないので、 新菩薩が降臨して説法して下さるからと大衆をあつめて、自分自身、奢摩他・毘鉢含那の行で弥勒に変身して説法したのです。というと、それでは結局おなじことじゃないかといわれるかも知れない。弥勒三味に入っての説法とどこがちがうのかといわれるかも知れないが、ちがいますよ。まるっきりちがう。無着が弥勒三味に入っての説法と、弥勒菩薩自身が出現しての説法とは、根本的にちがいます。その意味はわかるでしょう。そ そうしてそのちがいはあの表現のしかたがはっきり示しています。弥勒三味の説法だったら、ああは書きませんよ。一座の大衆ことごとく券指菩薩を拝して説法を聴問したと書くでしょう。それが、ある者は光かがやく弥勒菩薩のおすがたを拝したが説法のお声は開くことができなかった、ある者は、説法のお声だけを聞いてお

すがたは見えなかった、ある者はなにも見えずなにも聞こえなかった、とあります。この記述の

しさそのものを忠実に述べたものと思われます。だから、各三に入

「たのではなく、 そのものが出現されたのですよ」

「て、そのとは、無が、 ・合部で変身したのだ、というんだな?」

「そうです」 うのかね?」 「では、無君はウソをついた。自認の権威をたかめるために、法力を使って大衆を闘着したとい

「そうじゃあないですね。それはちがう。かれほどの人が、自説を権威づけるためにそんなことをしやしませんよ。する必要もないでしょう。あれは、自説の権威づけではなく、自説の立証ですよ。かれといえどもあれが弥勒の降臨説法ではなく、自分が弥勒に変身して説法したのだという真実は、いつか知れると思っていたのにちがいないのです。いや、むしろ、かれはそれの知れることをひそかに期待していたでしょう。なぜなら、自分が弥勒に現身成仏して説法するだけの法力を身につけており、それをやってのける瑜伽の技法がこの論書の中に記述されているのだということを、知ってほしかったのだと思うのです。それは、かれの自慢ではなく、それを実際に実行してみせて、この論書に書かれた行法の真実なることを証明してみせたわけです。つまり、 あれがそれをやってみせたのは、この書の中に書かれていることが決して理論だけのものではなと、この通り実際にやってのけられるのだということを立証するためにやったのです。という

と、それならば、そのことを明記して、これこの通りここに書かれたことは実現してみせられる

のだといって弥勒になってみせたらいいじゃないかといわれるかも知れませんが、そうしたら、 おそらく、世のもの知り顔の、なんでも自分の常識でこじつけ判断して結論を出さなければ気のすまない似非学者たちが、なんとか理由を考え出して、そんなことが不可能であることを論証し、結局、抹殺されてしまうかも知れません。かれは、それを見通して、あのような行動に出、 後世の知己を待ったのではないかと思うのです。正しく判断してくれる有眼の士を待ったのではないでしょうか。もしも、私だったらそうしますね」

「ふうん」

と康安はなおもまじまじと顔を見つめている。

「だから――」

と康円はにらむように康安を見かえしながら言った。

「私は思うのです。この瑜伽師地論の中には、無着が実現してみせた現身成仏の瑜伽の法が記さ

れているのにちがいない、と」

「あるいは、あからさまに記されてはいないかも知れない。むしろ、すぐにはそれと知れぬような表現でなされている可能性のほうがつよい。なぜならば、いままでにだれもそれを言ったものがいない。気がつかなかったのでしょう。おそらく、ふつうに読みすごしていたのでは気がつかないのだろうと思います。われわれはこれを絶対に読み解かなければならない」

「ふうん」

「康安さん、おそらく――、求聞持法もこの中にありますよ」

「え、どうして?」

「すくなくとも、求開持法の原形、原流がここにあります」

「どうしてわかる?」

「だって、かれは、弥勒から日光三味という法を教えられて、記憶抜群になったと伝えられてい

るじゃありませんか」

「うんうん、そうか」

「先日、律師さまがちょっとおはなしになられたのですが、それによると、求聞持法は、明星を拝して修行する特殊な行法だそうですね。無着のほうは、日光三味、日輪と明星のちがいはありますが、共通したものがあります。天体の運行と光が、なにか大きな関係を持つのじゃないでし

ょうかい

「うーん」

と康安は大きくひと声うなると、

「おどろいたー」

と叫んだ。

康円はとびあがった。

なしく往いて満ちて帰る

千年に一人出る天才

「ああびっくりした。いきなり大きな声を出して、どうしたんです、康安さん、こっちのほうこ

そおどろきますよ」

「いやあ、今日という今日は、ほんとうにおどろいた」

「なにがです」

「じつはな」

と康安はやや声を落とすと、ぐうっと康円の顔のそばに自分の顔を持ってきた。

「おぬしとそっくりそのまま、全くおなじことを言った男が一人いるのだ」

「へええ」

と康円は目をまるくした。

「いや、この弥勒の現身說法のことばかりじゃない。その求聞持法の原形のことも、その前の、 奢摩他・昆鉢含那による速疾成仏論も、すべておぬしのいった通りだ。ほとんど寸分ちがわずお

なじことを言っていた」

「へええ」

と康円はそれしかいいようがなく、康安の顔を見つめている。

「世の中にこんなことってあるだろうかと、実は律師と何度も話し合ったのだ。そうそう、その男は、律師から求聞持法を学び、律師の弟子ということになっているんだが、律師と話し合って、 おなじような頭脳が、おなじような対象に出会って、おなじようにはたらいたら、結局、おなじことを考え、おなじ結論にいたるのだろうということになった」

「それで、そのひとはどこにいるんです?」

と康円は思わず早口になった。

「入唐して、いま、かの地にいる」

「日本にいるんじゃないんですか」

と康円はかるい失望を感じていった。

「なんという人ですか?」

「空海という。おれより若い。三歳ほど下だ。しかし、おれはそのひとに師事している」

「すると、いま三十三歳ですね?」

「そうだ、まだ若い。しかし、たいへんな天才なんだ」

「比叡山の最澄師とくらべてどうですか?」

「そうだな、どちらも天才だが――、最澄が五百年に一人出る天才だとしたら、空海は千年に一

人出る天才だろう」

「それほどの人ですか!」

むなしく往いて満ちて帰る

「うん」

「どうしていままで話してくれなかったんです。いつごろそのかたは入店したのですか」

「おぬしがこの円照寺にくる半年くらいまえだった。もう、二年になるな」

「いつごろお帰りになるんですか?」

「それはわからん。かの地に無事に渡ったことだけはわかった。しかし、いつ帰国するかはわか

らん。十年、二十年、あるいは――」

といいさして、ちょっと躊躇したが、

「あるいは、帰国の海上において万一ということだって無いことじゃない。しかし、われわれは、かれほどの不世出の大天才は、必ず仏天の加護があるものと確信している。かれは遠からず

所志を果たして帰ってくる」

「われわれ、というと、康安さん、ひょっとすると、そのかたは、あなたの例の仲間のひとじゃ

ないですか?」

「そうだ」

「いま、所志といわれましたが、所志とは、どんな所志ですか?」

「うーん」

と康安は、ごしごしと頭をかいていたが、

「ベクに、おねしにことさらかくしていたわけではない。あまりにおぬしがかのお人とそっくり

 

 

 

 

 

259むなしく住いて満ちて帰る

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