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えびす様(恵比寿)と大黒天様

 

 

えびす様(恵比寿)と大黒天様
財運と商売繁盛の神

 

夕暮れの商店街に、赤提灯が一つ、また一つと灯りはじめる頃だった。

古い木造の店先に、小さな祠がある。
その中で並んで微笑んでいるのが、恵比寿と大黒――二柱の福の神である。

恵比寿は、片手に釣竿、もう片方に鯛を抱え、少し不器用そうな笑顔を浮かべている。
海の匂いをまとったその姿は、もともと漁師たちの祈りの中から生まれた神だった。
網を投げ、潮を読み、今日の糧を願う――その素朴な願いが、やがて市へ、町へと広がり、
いつしか「商いの神」として人々の暮らしに根を下ろしていった。

彼は、日本の土と海から生まれた、ただ一柱の国産の福神だと言われている。
異国の神々が海を越えてきた中で、恵比寿だけは最初からこの島国にいた。
失敗しても笑われ、遅れても怒られず、それでも最後に福をもたらす――
そんな“人間くささ”が、人々の心を離さなかった。

その隣で、どっしりと座るのが大黒天である。

大きな袋を背負い、打ち出の小槌を手にしたその姿は、
いかにも財福の神らしいが、彼の来歴は静かではない。

遠くインドで「マハーカーラ」と呼ばれた破壊と守護の神。
闇と時間を司り、すべてを壊し、すべてを生み出す存在。
その厳しい神格は、中国を経て、日本に渡るうち、
この国の大地神・大国主命と重なり合い、姿を変えていった。

破壊は再生となり、恐怖は恵みへと姿を変えた。
米俵の上に立つ大黒天は、五穀の実りと、働く者の努力を祝福する神となったのだ。

やがて町が生まれ、市が立ち、商いが人々の命を支えるようになると、
海の恵みをもたらす恵比寿と、土と財を司る大黒は、
自然と並んで祀られるようになった。

「取ってくる福」と「育てる福」
「流れの中の幸運」と「積み重ねの豊かさ」

二柱は、競うことなく、役割を分け合うように微笑んでいる。

祠の前を通る人々は、深くは考えない。
ただ手を合わせ、商売の無事を、家族の安寧を、明日の暮らしを願う。

その素朴な願いこそが、
恵比寿と大黒を、七福神の中心に据え続けてきた。

福とは、突然降ってくる奇跡ではない。
海に網を投げ、田を耕し、店の暖簾を毎朝かける――
その日々の営みの中に、そっと宿るものなのだ。

だから今日も、二柱は並んでいる。
変わらぬ笑顔で、人の暮らしのすぐそばに。

 

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