法の世界に生きる広施の行
「五成品,四」「有無品,三」「有無品・五」のいずれも、じつに短いお経です。しかし、わたくしたち仏教徒のあり方、修行への臨み方の根本について説かれている、非常に大切なお経です。 お釈迦さまは「五成品・四」で弟子たちに、「此の衆中に於て我一法を見ず」とおっしゃっておりましたが、阿含宗においても同じであるといわざるを得ません。
信徒諸君はいずれも熱心に勤行をし、熱心に道場修行をしています。しかしながら、はたしてお釈謝さまのご期待どおりに、広施の行をやっているでしょうか? 報恩謝徳の行をやっているでしょうか? いかがですか、やっておりますか?
広施の行、報恩謝の行をせずに、自分のお願いごとばかりしてはいませんか?
もしもそうならば、それは仏弟子のあるべき姿ではありません。
広施の行、法施の行を具体的な修行でいえば、まず挙げられるのがお導き行です。仏舎利宝珠尊宝生行をお勧めする修行です。また、準監尊真言行から勧めていくという方法もあります。
しかも広権なのですから、多くの人にそれらを勧めていくことが肝要です。それから、チラシま
*阿含五品有無品
七四
きや護摩木勧進も広施の行であり、法施の行であります。
諸君はお釈迦さまの弟子なのですから、「阿含経」でお釈迦さまがおっしゃっているように、
広く法を施す行をしなさい。わたくしたちはお釈迦さまに代わって、布教伝道の聖業を行っています。その認識を深く深く胸の中に叩き込みなさい。
法権の行をすることによって初めて、人は法の世界に生きる喜びと意義を得ます。法施をすることによって初めて、法の世界に生きる喜びと意義をあなた方は体験できるのです。それをやら
なかったならば、百年、千年と勤行をしても、法の世界に生きることはできません。やってごらんなさい。法施をすることによって、法の世界に生きる喜びと意義をあなた方は肌身を通して感じることができるのです。もしもそれをやらなかったならば、法の世界に生きることの喜びは、 諸君のものにはならないでしょう。
そのことをよく理解して、そしてすぐに実践してください。
これで『五戒品』『有無品』の講義を終わります。
一法について、「 *一阿含経訳四阿含の一つ。五十一巻で、数によって教説を整理し、
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