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普賢 ― 白象に乗る静かな守護者

朝霧がゆっくりと庭を満たすころ、一人の修行僧が古びた経蔵の扉を開いた。墨の香りがまだ残る経巻の間に、ふと金色の光が差し込んだように見えた。
それは錯覚ではなかった。空気は柔らかく震え、静寂の中にどこか深い慈悲の鼓動が漂う。

――普賢菩薩。

古来より、「あらゆる点で優れている者」と讃えられる存在。
白く輝く六牙の象に乗り、釈尊の右に寄り添う守護者。
その姿を思うだけで、僧の胸には言葉にならぬ安堵が広がっていった。

彼は文殊が象徴する「智慧」に並び、行いを体現する菩薩であるという。
経巻「法華経」の最後、普賢菩薩は静かに誓う。

――法を守り、修行者を護り、倒れかけた心に再び灯をともすと。

その誓願は、時を越えてなお脈打ち、現代の迷いに沈む人々にも届き続けている。

心を凪へ導く者

修行僧は目を閉じ、胸の奥に渦巻く焦りや恐れを見つめた。
それらは影のように形を変え、思考を曇らせる。

そのとき、耳元で風がそっと囁いた。

「恐れるな。心は湖のように澄み渡る。」

まるで普賢菩薩が語りかけているようだった。
僧の呼吸は自然と整い、揺れていた心は徐々に静けさへと帰っていく。

智慧の道をひらく光

日々の問い、迷い、選択。
僧は何度も立ち止まり、自分の未熟さに落胆した。

しかし、白象の背に座す菩薩は言う。

「学びを恐れる者は、智慧へ至らぬ。
だが、学ぼうと歩む者はすでに道の上にいる。」

その言葉に、僧の中に小さな火が灯る。
理解はすぐに得られなくとも、歩む限り光は消えない――そう信じられた。

身体と生活を包む慈悲

普賢菩薩の慈悲は、心だけではないという。
病に苦しむ者には癒しを、疲れた者には安らぎを。
家族を抱える者には繁栄を、迷う者には希望を。

それは奇跡のようだが、普賢の加護とは外から与えられる奇跡ではなく、心の底に眠る力を目覚めさせる導きなのだ。

祈りの終わりに

修行僧は深く一礼した。
朝の光は経蔵いっぱいに広がり、まるで白象の歩む道のように輝いていた。

その光の中で、僧は静かに悟った。

普賢菩薩とは遠い神ではなく、修行者の中に息づく清らかな行いそのものなのだ。

そして今日もまた、歩みは続いていく。
迷いながら、求めながら、しかし確かに前へ。

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