心から仏さまに帰依してそのお徳にあやかろうと思ったならば、 自分の持っているなにかを捧げるべきでしょう。また、自然にそういう気持ちになるはずです。それが供養なのです。まごころを込めて拝み、仏さまの心をわが心とし、わが心が仏さまに通じる。これが礼拝。自分の持てるなにかを仏さまに捧げる。これが供養。この二つがそろってこそ、「悪業一切断ち切りて 福徳果報かぎりなし」 という解脱と宝生の徳が戴けるのです。
疫病苦厄の憂いなし
この塔安置のところには
諸難のせまる恐れなく
ぎゅうは人みなすべて安穏に
しょなんには諸難のせまる恐れなく
人みなすべて変態に牛馬の末に至るまで
疫病苦厄のうれいなしぎょうじゃされば行者は宝塔の
日々の供養を忘るるな」
横変死の因縁と刑獄の因縁を持った人が急増しています。ことに子供や若い人たちの間で異常に増え続けている。だから人類は、戦争か天災地変によって横変死してしまうか、このエイズのような病気によって
横変死のような死に方をするかもしれない。




