福の源は徳 ― 三善根の教え
山の僧坊に、夕映えがしずかに差し込んでいた。
青年・透真は、師である慧然の前に座していた。胸の奥に長く沈んでいた疑い――「なぜ努力しても報われないことがあるのか」という問いを、今日こそ確かめようと決めていた。
「師よ……人は誰しも幸せを願います。しかし、望めば必ず得られるわけではありません。努力して、もがいて、それでも福は訪れない。そこには何の法則があるのでしょう?」
透真の声には、焦りと諦めの影が色濃く滲んでいた。
慧然は湯呑みを置き、夕暮れの光に染まる庭へ目を向けた。
「透真。経文には『関尽す可からず』とある。極め尽くすことができない――すなわち、広大・無限という意味じゃ」
「無限……?」
「そうだ。広大なものは、すぐには満ちない。逆に狭い器はすぐにいっぱいになる。福もまた同じだ。器――すなわち、徳が小さければ、与えられる福もすぐに尽きる。しかし徳が広大であれば、その福もまた限りなく生じてゆく」
透真は眉を寄せた。
福と徳。聞き慣れたようで、深すぎてつかみきれない言葉たち。
慧然は続けた。
「経にはこうある――『三善根(=三福道)有り、窮尽す可からずして、漸く涅槃界に至る』。つまり、三つの善根を修すれば、無限の功徳が生じ、涅槃へ至る、と」
「三善根……三福道……それは何ですか?」
師は指を一本ずつ立てながら静かに告げた。
「第一に、如来のみもとで功徳を種えること。
第二に、正法において功徳を種えること。
第三に、聖衆において功徳を補うこと。
――これが三善根だ」
透真は思わず息を呑んだ。
「……功徳 を積む ではなく、種える、ですか?」
「そこが大事なのだよ」
慧然は微笑んだ。その微笑みの奥には千年の森のような静深さがあった。
「人はよく『徳を積めば福が得られる』などと言う。しかしな、もともと無限の徳など持って生まれる者はいないのだ。最初の最初は――種まきから始めねばならぬ」
透真の胸に、ふっと風が吹き抜けるような感覚が走った。
「師よ……では、努力しても報われぬのは……」
「徳が少ないからだ」
その言葉は厳しかった。しかし、不思議と痛くはなかった。むしろ、透真がずっと求めていた“理由”が、ようやく地に落ちて形を得たかのようだった。
「福が薄いから徳が少ないのではない。徳が薄いから福が少ないのだ。
徳がないところに、福は決して宿らぬ。
だからこそ、如来は教えた――
『三善根という、出世間の福を生む三つの道がある』と」
夕陽が山の端に沈み、僧坊に静かな闇が満ちてくる。
「透真。もし幸せを望むなら、福を求めるだけでは何も得られぬ。
まずは徳を――功徳の“種”をまくのだ。
如来のみもとに。
正法のなかに。
そして善き友、聖衆のもとに」
その言葉は、透真の胸の奥のもっと深いところ――日々の焦燥と孤独が沈んでいた暗がりへ、暖かく染み込んでいった。
「……私は、種をまいていなかったのですね……」
「人は皆、そこから始めるのだよ」
慧然は立ち上がり、灯された行灯に手をかざした。
「さあ透真。今日から、お前の“種まき”が始まる。
徳を育てるとは、心の畑を耕すということだ。
今夜の風は少し冷たいが……良い種は、冷たい土にも必ず根を張るものだ」
透真は深く頷いた。
その頷きには、初めて得た確信の光が宿っていた。




