『幼き脳に刻まれるもの ― 日の国の予言』
その夜、慧真(えしん)は書院の明かりを落とし、ただ一冊の書を机に広げていた。
西洋の学者、フロイトの名が刻まれた書物――。
そこには、人間の心の深奥を解き明かそうとした言葉が、古びた紙の上に沈黙していた。
彼は指で行を追いながら、低くつぶやいた。
「ヒトが生まれてからの数年は、一種の催眠に似ている……。」
灯明の炎がゆらめき、部屋の影がゆっくりと揺れた。
慧真は目を閉じ、その言葉の奥に潜む響きを聴いた。
――幼き心は、まだ夢と現実の境を知らぬ。
柔らかな脳は、外界の音をそのまま深層へと吸いこむ。
愛の声も、怒りの声も、そして……見えぬ世界の呻きさえも。
師の教えが甦る。
「この地球には、無数の死者の怨念が漂っている。
それは目に見えぬ振動となり、空気のように満ちているのだ。」
慧真は、その言葉の意味を、今ようやく理解しはじめていた。
死者の嘆きの波動――それは目には見えないが、確かに存在する。
そしてその震えは、まだ形をもたぬ幼児の脳に、深く刻み込まれていくのだ。
だからこそ、成長してからどんなに「平和」や「慈悲」を教えられても、
その根の奥では、消えぬ葛藤がうずく。
幼き日の無意識に刻まれた“死の記憶”が、静かに疼きつづける。
慧真は筆を取り、古文書の余白に書き記した。
「死者の怨念は、人の深層意識に刻まれる。
その消滅なくして、真の安寧は訪れぬ。」
窓の外では、夜明け前の空がわずかに白みはじめていた。
その光を見つめながら、慧真はふと、もう一つの予言を思い出す。
――ノストラダムス。
彼は言った。「偉大なるメシアの法は、日の国によって保たれる」と。
慧真は静かに頷いた。
それは単なる地名の話ではない。
“日の国”とは、人の心に宿る光――覚醒の象徴なのだ。
「必然だ……」と彼は呟いた。
「死と生、意識と無意識をともに癒す法――
それを担うのは、仏陀の国、日本しかない。」
その言葉とともに、東の空が金色に輝きはじめた。
まるで、遠い未来から光が届いたかのように。
慧真は掌を合わせ、静かに目を閉じた。
――“日の国の法”は、いま再び、目覚めようとしていた。
、
第二章 死者の声を聴く者 ― メシアの脳の覚醒
夜半を過ぎた書院は、沈黙そのもののように静まり返っていた。
慧真(えしん)は、燈明の光を消し、闇の中に座していた。
呼吸は、限りなく細く、透明になっていく。
吸うたびに、脳の奥――眉間の中心に、淡い光が集まるのを感じる。
それはアジナー・チャクラ、覚者の眼と呼ばれる場所。
師の声が、遠い記憶の底から響く。
「脳を、ただの思考の器と見るな。
それは宇宙と死者の声を受信する聖なる器官である。」
慧真はさらに息を細め、心の奥に沈みこんでいった。
やがて、世界の音が消えた。
風の気配も、遠くの犬の声も、何もかもが止まる。
その完全なる静寂の中で――。
不意に、何かが「聴こえた」。
それは声ではない。
言葉に還らぬ波動、深く低い呻きのようなものだった。
地の底から、空の果てから、無数の魂が呻いている。
「……これが、死者の声……。」
慧真の胸が締めつけられた。
人間が生まれてから死ぬまで背負い続ける無意識の影。
その正体が、この「怨念のバイブレーション」だった。
脳の奥で、もう一つの光が動いた。
頭頂――サハスラーラ・チャクラ。
今度はそこから、光が噴き上がる。
炎のような、金色の光柱。
慧真の意識は、光そのものになった。
死者の波動を受け、そこへ向かって放たれる光の祈り。
バイブレーションが反転する。
怨念は、光に溶けてゆく。
彼は見た――。
無数の影が安らかな微笑を浮かべ、次々に昇天していくのを。
それは悲鳴ではなく、解脱の旋律。
「……これが、成仏の波動……。
これが、メシアの脳の働きなのだ……。」
慧真は、再び静かに息を吸い、目を閉じた。
もう、恐れはなかった。
怨念は敵ではなく、救われるべき声であることを知ったからだ。
そして、その瞬間――。
脳の内側から、ひとつの言葉が響いた。
それは音ではなく、宇宙そのものの響き。
「サンマヤ…… オン・サンマヤ・ソワカ――」
光はさらに拡がり、空と地のすべてを包みこんでいく。
その中心で、慧真は確信した。
「死者をも救う法……それこそが、仏陀の法。
そして、メシアの法の根源なのだ。」
黎明が訪れるころ、慧真は静かに立ち上がった。
東の空には、今日も金星が輝いている。
その光はもう、遠い星ではなかった。
彼の脳の奥で、確かに共鳴していた。




