超常的パワーをわたくしにあたえてくれたことだけはたしかであった。
そしてまたそれは、それだけのことではなかった。つぎの次元への大きな飛
躍台となるものだったのである。それはおよそ『密教・超能力の秘密』刊行後十年のちに起きた。
一九八○年十一月、わたくしはインド仏跡巡拝の旅に出た。その旅行においてそれは起こった。
一九八一年七月発行の「一九九九年カルマと霊障からの脱出』(平河出版社)よりの抜粋である。
白銀の輝きにみちたバイブレーション
五日、六日、七日、と旅程は順調にすすんでいった。
しかし、日を経るにしたがって、わたくしのこころは沈んでいった。
仏跡のひとつひとつみなすばらしいものではあったが、わたくしのこころひそかに期待していたような感動はあたえてくれなかったのである。ま
ことに不圏ないいかただが、このわたくしがこうしてインドまできたのだ。なにかあるはずだ、そう気負っていたものが崩れおちていた。
八日目。
仏跡巡拝さいごの日であった。
しゅうえん仏陀終焉の地、クシナガラ。
仏陀が十八年間説法されたという祇園精舎サヘト・マヘト。
これでおわりであった。あとの旅程は、デリーから、エローラ、アジャンタの石窟寺院で、仏教にゆかりはあるが、仏跡そのものではない。
わたくしのこころは、もはや仏跡からはなれていた。だから、その朝、
道路事情が非常にわるいため、クシナガラかサヘト・マヘトか、いずれか一方にしぼらねばならなくなったと聞かされたとき、わたくしは、どちらでもよい、と思いながら、なに気なく、
「サヘト・マヘトにしよう」
といったのだ。
それを告げた秘書が、
「やはり、そうですか」
といったが、わたくしはべつに気にもとめなかった。
動き出したバスの中で、秘書がこういった。
「前から、リンポーチェがいっておられたんです。桐山先生には、どこをおいても、サヘト・マヘトにはかならず行っていただきたい、と。ですから、さっき先生のご決定を聞いて、やはりそうかと思ったんです」
「ふうむ、リンポーチェがそういっていたの?」
「はい、日本にいるときからそうでした。カトマンズに出迎えられたときも、くりかえしていっておられました。さっきも、ぜったいにサヘト・マヘトにするよう、先生に申し上げてくれといっておられました」
こうわたくしはうなずいたが、べつにふかくは考えなかった。しかし、そのサヘト・マヘトに、真っ向からわたくしを叩きのめすすさまじい衝撃が待ちかまえていたのである。
サヘト・マヘトでバスをおりたとき、
「ここはいいな」
ことであった。 とまず思ったのは、もの乞いや、もの売りのすがたがまったくなかった
けんそうどの仏跡も、もの乞いともの売りが喧噪をきわめ、これがどれだけ聖地のイメージをそこねていたことか。
アシュラム祇園精舎の入り口の前の広場に、二階建て、白塗りの寺院があった。その前に数名の人が群れ、その中心に、六十歳なかばと思われるがっしりとした体格の一人の僧が立っていた。バスからおりたリンポーチェをみとめると、満面に笑みをたたえ、大きく手をひろげて近づいてきた。二人は手をにぎり合って、なつかしそうに話しはじめた。
ヴェネラプルやがてひき合わされたところによると、リンポーチェの先輩すじにあたる聖師で、メチワラ・サンガラターナというかたであった。
「スリランカの出身で、非常な学僧です。去年、ここへ寺院を建てたのだ
遺跡について
う。師はわが家の庭のごとく、愛情をこめて、あれこれと指さしながら説
明して行く。
小高い丘の上に立って、わたくしは師の説明を聞いていた。
そのとき、突然、それがやってきたのだった。
師の大きな声が突然すうっと遠のいたかと思うと、右ななめ前方から、 がぁんと、頭から頬にかけてなぐりつけられたような衝撃を感じたのだ。
せんこう目の中を白い閃光が飛んだ。剣道で力いっぱい面を打たれたとき、目の中を走るあの閃光に似ていた。わたくしは思わずくらくらとして、額に手をあてた。一種のバイブレーションであることはわかった。わたくしも密教の修行者として各地の霊場をあるき、何度か霊的なバイブレーションをうけている。しかし、こんなすさまじい叩きつけるようなバイブレーションははじめてであった。しかもまったく無防禦だったので、完全に不意をつかれたという感じだった。どこでも霊場へ入るときには、それなりの心
がまえをして入る。だからつよい。
がまえをして入る。だからつよいバイブレーションをうけてもうけとめられるのだが、ここでは全く無防禦だったので、その衝撃はことにつよかったのだ。数秒つづいたように感じたが、それはほんの一瞬のようであった。師の大きな声がふたたび耳によみがえってきた。
「待ってください」
わたくしは手をあげて師を制した。
「ちょっと待って。わたくしはいま、ものすごいバイブレーションを感じたのです。それはものすごいバイブレーションで、そう、あの方向からきました。あれはなんですか? あの凹地は―――」
わたくしは、その衝撃がきたと思われる方向をゆびさした。五十メートルほど前方に、雑草の生いしげった凹地があった。そこから、それがきたと思われた。
「ああ、あれですか」
と師はうなずいた。
「ミラクルの池?」
ミラクル 「そう、ミラクルの池。仏陀が奇蹟をおあらわしになった。そこであそこを、ミラクルの池とよぶのです」
「そのミラクルとは、どんなミラクルなのですか?」
「それは、仏陀が空中を浮揚してこの池の上に立ち、上半身を火に、下半身を水にかえたのです」
「ほう、それはどういうことですか?」
それはですね、と師の説明によると、こうであった。
スラバスティの大長者スダッタ(須達多)が、仏陀のために大金を投じてここに土地を求め、大精舎を建立した。仏陀の名声は四方につたわり、教えを乞うもの踵を接した。 きびす
げどうこの附近には、ジャイナ教その他の外道の寺院がたくさんあった。それらの寺院の指導者たちは、仏陀の名声をねたみ、いろいろ、仏陀を中傷、
批難した。中でもとくに、人宅を
批難した。中でもとくに、仏陀を口のうまい山師にすぎないといいふらし
こうぜつた。口さきで理論を説くだけで、なに一つ神通力を持っていない、要するに口舌の徒であるという批難であった。当時のインドの宗教界では、指導
者となるためには、なんらかの神通力を持つことが、必須の条件とされていた。ところが、仏陀は、無用に神通力をあらわすことをきらって、この地に来てから一度もその力を示すことがなかったのである。
他の教団の指導者たちは、これを、仏陀にその力がないからだと考え、
これを攻撃したわけである。仏陀が大神通力の持ちぬしであることを知っ
しょうよう ちょうている高弟たちは、一度、ぜひその力を示されるようおねがいしたが、仏陀は承知されなかった。いよいよ神通力などないと思いあがった他教団の指導者たちは、自分たちのパトロンである他の長者や勢力者たちを通じを去るという条件である。スダッタもついにことわりきれず、仏陀に試合
て、スダッタに、仏陀と神通力の試合を申し入れた。負けたほうがこの地
を態恋した。あるいは、スダッタも仏陀の神通力を見たかったのかも知れ
ない。仏陀もスダッタの立場を考慮され、ついにこれを承諾された。
その日、他の教団の指導者たちが、これみよがしにさまざまな神通力を競い合ったさいごに、仏陀がすがたをあらわされた。
せいろようもかたず仏陀は三層の高楼の露台にそのおすがたをあらわされたのである。いかなる神通力をあらわされるのかと群衆が固唾をのんで見守るなか、なんと仏陀は露台の手すりを無難作に乗り越えられ、空中に足を踏み出されたのである。一瞬、手をはなされる。仏陀墜落! とみるまに、仏陀はそのままゆっくりと空中を浮揚して、庭園にむらがる大衆の頭上を越え、きよらかな清水をたたえた庭園の池の上に立たれたのである。微風に小波をたてる清涼池の水の上に、仏陀はしずかに立っておられるのである。群衆が思わずわが目をうたがったつぎの瞬間、仏陀の上半身は火炎となって燃えあ 「がり、下半身は玉のような水と化したのである。 さざなみ
目のあたりに見る大神通力に、なみいる他教団の指導者や、土地の勢力者をはじめ、すべてのひとびとはその場にひれ伏して、頭をあげ得なかっ
た。
わたくしは、額に手をあてて師の説明を聞いていた。途中からふいに、 やわらかなバイブレーションとともに、ひとつの概念――思考の流れがしずかにわたくしの脳髄ふかく流れこんでくるのを感じたのである。わたくしは、自分の思念をまったくとめて、それをすなおにうけいれていた。突如、さいごに、すさまじい戦慄が走った。全身の血がいっぺんにひいてゆくような、名状しがたい恐怖感の襲撃だった。それがおわったとき、師の説明もおわった。
「先生、その、上半身が火となって、下半身が水となる、というのは、どこういうことでしょうか?」
とだれかがわたくしに質問した。
「ああ、それはね、全身のチャクラが、すさまじいパワーで、エネルギーを放射したのでしょう。空中浮揚をするために、仏陀は全身のチャクラにすさまじいエネルギーを集中した。池の上に降り立って、そのエネルギー
を放射したのでしょう。そのエネルギーの放射が、炎のように見えたのだ
ね。チャクラがエネルギーを放射すると、全身が炎につつまれたようになって見えます。これは、ヨーガ・スートラなどにも書いてある。そういうとき、しばしば、からだが透明状になることがある。下半身が水になったというのは、仏陀のおすがたがそのとき、透明になったので、池の水が反映して、水のように見えたのでしょう。このミラクルは、クンダリニー・ ヨーガの最高の技術をみせられたものと、わたくしは考えます。そういえば、わたくしは、以前、仏陀は、クンダリニー・ヨーガの熟達者だった、 と文献を引用して本に書いたことがあります」
た。 そう、わたくしは説明しながら、はやく、ひとりになって、思考をまとめたいと思っていた。さきほど流れこんできたあの思念の流れ――あれはいったいなんであったのか? 必死に、わたくしは、それを散らすまいとしてみつめつづけていた。はやく、ひとつのものにまとめたいと思ってい
それができたのは、それから数時間後、ククノウという都市に着いて、 ホテルに入ったときであった。
わたくしは、あわただしく自分の室に入って、シャワーを浴びると、す
ぐに定にはいった。ミラクルの池でのあの体験を、もう一度再現しようと思ったのである。
定にはいると、すぐに手がはげしく動いた。「自動書記だな」と直感した。これは、霊的状態になって手が無意識に動き、文字を書くのである。
すぐに、ノートを、と思ったが、あいにく、このホテルは、宿泊するので
はなく、午後九時発の夜行列車に乗るまでの三、四時間を、休息と食事のた
めに入ったので、トランクその他、筆記用具を入れた鞄はすべて、みんなの荷物といっしょに、下のロビーに預けてしまっていた。手もとには何もない。しかし、とりにいっているひまはない。時機を逸したら、もう二度
とこの手の動きはもどって来ないかも知れぬのだ。
わたくしはあわただしく座を立って、机のひき出しをさがした。あっ
101 第二章開




