虚空蔵の微笑 ― 終わりなき法の循環
東の空が淡い金色に染まり、夜の名残が静かに消えゆく頃、慧真は社の前に立っていた。
炉の火は微かに燃え、煙は天に溶け、見えぬ曼荼羅の輪を描くように漂っていた。
村人たちは静かに目を閉じ、子どもたちは互いに手を取り、光の輪に包まれている。
その光は、もはや慧真だけのものではなかった。
師の想い、祖霊の祈り、そして彼らを護る守護の力が、一つに融合していた。
遠くの山中で、導師もまた坐していた。
胸の奥に、微細な振動が流れる。
それは慧真の呼吸と共鳴し、祖霊の声と、空に広がる星の息吹と、静かに重なり合った。
「法は循環する……途切れることなく、形を超えて。」
導師の心に、確かな微笑が浮かぶ。
その微笑は、もはや個を超えたものだった。
虚空そのものが微笑んでいるかのように、世界が穏やかに震えた。
慧真は炉に近づき、掌に残る火の粉を空に放った。
それはひとつの光の粒子となり、風に乗って村を、山を、川を越えて流れてゆく。
その瞬間、彼は悟った。
この火は、もはや自分のものではない。
村人たちの祈りと共に、祖霊の力と共に、導師の教えと共に――
宇宙の循環の中で、永遠に燃え続けるものなのだと。
社の影で、祖霊たちの気配が柔らかく揺れた。
かつては人間として、生活の中で悩み、喜び、苦しんだ魂たちが、
今や光となり、風となり、慧真と村を護る力として満ちていた。
守護の光は、誰もが触れられるほど近くにあり、しかしすべてを包み込むほど広大であった。
「これが……法の本質か」
慧真は静かに息を吐き、目を閉じた。
虚空は答えを返さず、しかしすべてを示していた。
無限の星々が、川のせせらぎが、木々の葉擦れが、
ひとつの調和として、彼の内に響き渡る。
やがて朝日が完全に昇り、光は村を黄金に染めた。
子どもたちは遊びながら、火の話を交わす。
老人たちは微笑み、かつての不安や迷いを忘れていた。
そして慧真は静かに歩き、光を受け継ぐ者として、ひとつひとつの手を取って導いた。
遠くの山では、導師の目にも光が宿る。
「よくぞ灯を渡したか……」
しかしその光は、もはや彼だけのものではない。
法そのものが、世界に満ち、すべての生命を貫いていた。
風が吹き、火の粉が星と交わる。
それは人の世代を超え、時間を越え、空間を越えて、
護りの火として、すべての生命の中に生き続ける。
慧真も導師も、祖霊も、そして村人たちも――
ひとつの循環の中で、虚空の微笑に包まれていた。
虚空蔵の微笑は、終わることなく、始まりのない法の流れとして、
世界の奥底で静かに、しかし確かに、永遠に輝いているのだった。




