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第五話 五根と五力の修行 ――信の樹に宿る光

第五話 五根と五力の修行 ――信の樹に宿る光

春の山に雪解けの水が走り、谷を満たしていた。
樹々は新しい息を吸い込み、
大地の奥から光が湧き上がるように緑を伸ばしていた。

真玄は、山腹の小さな庵に籠もっていた。
四如意足の修行を終えてから、
彼の心は風のように自由になったが、
それと同時に、静かな不安も芽生えていた。

――意志は澄んだ。だが、支える根がまだ浅い。
風に吹かれれば、すぐに揺れてしまう。

そんなある日、師が庵を訪れた。
手に一枝の青い若木を持ち、
静かに庭の土に差し込んだ。

「真玄よ、
今日より“根と力”の行に入る。
風を得た心は、今度は地に根を張らねばならぬ。」

師は土を軽く押さえながら続けた。

「五根とは、信・精進・念・定・慧の五つ。
それらは修行の根――心を支える力の芽である。
根が深まれば、力が生じる。
それを“五力”と呼ぶ。」

真玄は若木の根元を見つめた。
そこには、まだ柔らかな芽が小さく震えている。

「信とは、初めの根。
疑いを捨て、真理を信ずる。
大地に信の根を下ろさねば、
どんな枝も光を掴むことはできぬ。」

師は若木の葉を撫で、穏やかに言った。
「信の根が張れば、精進が芽吹く。
それは土を押しのけ、陽を求める力。
怠りを破る力は、この芽のように静かだが、決して止まらぬ。」

真玄は瞑想に入った。
心の底に、自らの“信”を探す。
信じるとは何か――
それは、外にあるものではなく、
己の中の“真理への道”を疑わぬことだった。

やがて彼の胸に、温かな光が差し込んだ。
その光が、地中の根のように深く広がっていく。

師の声が続いた。

「念とは、水のように根を潤すもの。
どんな時も、心を今ここに置く。
それが根を枯らさぬ秘訣だ。
そして、定とは幹を立てる力。
風が吹いても折れぬ心の軸である。
最後に、慧――それは葉に宿る光。
全ての行を通して輝く智慧の照り返しだ。」

真玄の意識の中で、若木が息づいていた。
信が根となり、精進が芽を伸ばし、念が潤いを与え、
定が幹を支え、慧が光を放つ。

その樹はやがて、彼自身の心そのものとなった。

長い沈黙のあと、師は静かに言葉を結んだ。

「根が深まるほど、木は倒れにくい。
それが“五力”となる。
信の力は、迷いを倒す。
精進の力は、怠けを破る。
念の力は、忘却を防ぐ。
定の力は、乱れを鎮める。
慧の力は、無明を断つ。
それぞれが己の闇を照らす光だ。」

真玄はゆっくりと目を開いた。
庵の前で、若木の葉が朝の風に揺れている。
その一枚一枚に、かすかな金の光が宿っていた。

彼はその光を見つめながら思った。
――信じることは、根を張ること。
根を張ることは、光を支えること。
そして光を支える心こそ、真の力なのだと。

そのとき、師はそっと言った。

「真玄よ。
心の樹は育った。
次は、その樹に宿る“花”を見るときだ。
それが七覚支の修行――
覚りへと咲く花の道である。」

春風が山を越え、庵の戸を鳴らした。
真玄の心にも、見えぬ花の蕾が、
静かに、確かに膨らみはじめていた。

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