UA-135459055-1

『殻を破る者 ――漏尽の譬え』  夕暮れの修行場。  山の端に沈みゆく光が、僧房の縁側を金色に染めていた。  師は静かに坐り、掌を膝に置いた。弟子たちはその前に膝をそろえ、沈黙の中に息を整える。  やがて、師が口を開いた。 「弟子たちよ。  もしも七科三十七道品の法を修し、成就する者があるならば――  その者は、たとえ『漏尽を得たい』と願わずとも、自然に心の解脱を得るのだ。」  弟子のひとりが顔を上げる。  その瞳には、わずかな驚きと、理解への渇望が揺れていた。 「師よ。なぜ、願わずとも解脱が得られるのですか?」  師は微笑み、庭の片隅にいる一羽の鶏を指さした。  その鶏は、巣の中でじっと卵を温めている。 「見よ。あの親鶏は、卵に語りかけることもなければ、『早く孵れ』と命じることもない。  ただ、静かに温め、時に冷ます。その温度がちょうどよいとき――  ヒナは自ら殻を破って出てくる。」  師は続けた。 「ヒナが殻を破ったのは、思いによるのではない。  ただ、親鶏が正しく世話をしたからだ。  それと同じく、修行者もまた正しい修行を積めば、  望まずとも心の殻が破れ、解脱が現れる。」  師の声は、山の風とともに響く。 「では、なにを修行すればよいのか?」  弟子たちは息をのむ。  師は静かに数えた。 「いわゆる――  四念処、四正勤、四如意足、五根、五力、七覚支、そして八正道。  これらを修する者は、すでに成仏の道を歩んでいるのだ。」  沈黙が戻った。  遠くで、親鶏が小さく鳴く。  その巣の中で、かすかな「コツン」という音が響いた。  ――卵が、割れ始めたのだ。  師は目を細め、微笑んだ。 「見よ。  これが、修行の自然の働きである。  正しく修すれば、解脱は求めずして来る。  まるで、春の光が雪を溶かすように。」  弟子たちは深く頭を垂れた。  夕闇のなか、光る一筋の煙が、山の端へと昇っていった。  その静けさのなかに、師の言葉が、いつまでも響いていた。

『殻を破る者 ――漏尽の譬え』

夕暮れの修行場。
山の端に沈みゆく光が、僧房の縁側を金色に染めていた。
師は静かに坐り、掌を膝に置いた。弟子たちはその前に膝をそろえ、沈黙の中に息を整える。

やがて、師が口を開いた。

「弟子たちよ。
もしも七科三十七道品の法を修し、成就する者があるならば――
その者は、たとえ『漏尽を得たい』と願わずとも、自然に心の解脱を得るのだ。」

弟子のひとりが顔を上げる。
その瞳には、わずかな驚きと、理解への渇望が揺れていた。

「師よ。なぜ、願わずとも解脱が得られるのですか?」

師は微笑み、庭の片隅にいる一羽の鶏を指さした。
その鶏は、巣の中でじっと卵を温めている。

「見よ。あの親鶏は、卵に語りかけることもなければ、『早く孵れ』と命じることもない。
ただ、静かに温め、時に冷ます。その温度がちょうどよいとき――
ヒナは自ら殻を破って出てくる。」

師は続けた。

「ヒナが殻を破ったのは、思いによるのではない。
ただ、親鶏が正しく世話をしたからだ。
それと同じく、修行者もまた正しい修行を積めば、
望まずとも心の殻が破れ、解脱が現れる。」

師の声は、山の風とともに響く。

「では、なにを修行すればよいのか?」

弟子たちは息をのむ。
師は静かに数えた。

「いわゆる――
四念処、四正勤、四如意足、五根、五力、七覚支、そして八正道。
これらを修する者は、すでに成仏の道を歩んでいるのだ。」

沈黙が戻った。
遠くで、親鶏が小さく鳴く。
その巣の中で、かすかな「コツン」という音が響いた。

――卵が、割れ始めたのだ。

師は目を細め、微笑んだ。

「見よ。
これが、修行の自然の働きである。
正しく修すれば、解脱は求めずして来る。
まるで、春の光が雪を溶かすように。」

弟子たちは深く頭を垂れた。
夕闇のなか、光る一筋の煙が、山の端へと昇っていった。
その静けさのなかに、師の言葉が、いつまでも響いていた。

 

SNSでもご購読できます。

コメントを残す

*