若比丘修習随順成就者。雖不欲令漏
尽解脱。而彼比丘自然漏尽。心得解
脱。所以者何。以修習故。何所修習。
謂修念処正勤如意足根力覚道。如彼
伏鶏善養其子。随時蔭餾。冷暖得所。
正復不欲令子方便自啄卵出。然其諸
子自能方便安穩出殼。所以者何。以
彼伏鶏随時蔭餾冷暖得所故。如是比
丘。善修方便。正復不欲漏尽解脱。
而彼比丘自然漏尽。心得解脱。所以
者何。以勤修習故。何所修習。謂修
「一習時に覚習得と得卵自彼党習所欲如念処正勤如意足根力覚道。
「若し比丘、修習し随順成就する者は漏尽解脱せしめんと欲せずと難も而も彼の比丘、自然に漏尽し心に解脱を
得ん。所以は何ん。修習するを以ての故なり。何をか修習する所なる。調ゆる念処・正勤・如意足・根・力・ 覚・道を修すること、彼の伏鶏の善く其の子を養い、随時に蒸餾冷暖所を得、正しく復た子をして方便して自ら卵を啄きて出てしめんと欲せざるも、然かも其の諸の子自ら能く方便して安穏に殻を出づるが如し。所以は何ん、 彼の伏鶏随時に蒸餾冷暖所を得るを以ての故なり。是の
如く比丘よ、善く方便を修すれば正しく復た漏尽解脱を
「欲せざるも而も彼の比丘、自然に漏尽し心に解脱を得ん。
所以は何ん。勤めて修習するを以ての故なり。何をか修 「習する所なる。謂ゆる念処・正勤・如意足・根・力・
「覚・道を修するなり」




