赤き炎の祈り ――愛染明王
夜の神社は、昼間の賑わいが嘘のように静まり返っていた。
高校二年の優斗は、境内の片隅に立つ小さな祠の前で立ち尽くしていた。
――どうしても、彼女に想いを伝えられない。
クラスの桜子に惹かれて一年。笑顔を見れば胸が高鳴り、声をかけようとすれば喉が詰まる。友達にすら相談できず、ただ自分を責め続けていた。
「……俺なんかじゃ、無理だ」
そうつぶやいて、優斗は祠の前に置かれた小さな石板に目をやった。そこには「愛染明王」と刻まれている。恋愛成就の神として知られるらしい。
半ばやけくそで、優斗は手を合わせた。
「愛染明王さま……どうか、俺に勇気をください」
その瞬間、境内の灯籠が一斉に揺らめき、祠の奥から赤い光が溢れ出した。
驚いて後ずさる優斗の目の前に、炎をまとった存在が現れる。全身は真紅、三つの眼が光を放ち、六本の手には弓矢や数珠が握られていた。
――愛染明王。
圧倒的な威容に息を呑む優斗。だが、その声は不思議と優しかった。
「若き者よ。おまえの胸を焦がす想いは、ただの煩悩ではない。それは生きる力そのものだ」
「……でも、俺は怖いんです。想いを伝えて、嫌われるのが」
愛染明王は弓を掲げ、光の矢を夜空へと放った。矢は星となり、境内を照らす。
「恐れは貪りに変わり、怒りに変わり、やがて心を曇らせる。だが、勇気を持ちて心を差し出せば、その愛欲は尊き智慧へと転ずるのだ」
優斗はただ立ち尽くしていた。胸の奥に、炎のような熱が広がっていく。
「……俺、伝えます。ちゃんと。自分の気持ちを」
愛染明王の赤き瞳が輝き、柔らかな声が響いた。
「行け。若き心よ。その煩悩を抱いたまま、光へ歩むがよい」
次の瞬間、炎の姿は消え、境内には再び静寂が戻った。
翌朝、優斗は震える声で桜子に言った。
「……好きです」
頬を赤らめた彼女は、少し驚いたあと笑顔で答える。
「私も、ずっと言えなかったんだ」
遠くで風鈴が鳴る。優斗の心には、昨夜の赤い炎がまだ燃えていた。




