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では「四種の呼吸法」を、阿含経 と 瑜伽行派(ヨーガーチャーラ、唯識系の行派) の文脈に即して整理してみます。
経典的な呼吸法の体系
1.長出入息呼吸法(長息)
- 『安那般那念経』(雑阿含経巻38など)にある「長く吸うを知る、長く吐くを知る」に対応。
- 行者は「これは長息である」と正しく知覚しつつ、呼吸の長さに気づき続ける。
- 瑜伽行派では「心が散乱している時は長息で調える」と説かれる。つまり、粗い呼吸をまず長く整えることで、心を禅定に導く入口とする。
2.出息呼吸法(出息)
- 経典では「出息を観じ、入息を観ずる」とあり、出息は「煩悩の減退」「疲れの放出」と結びつく。
- 特に阿含経では「出息を観ずる者は、死を観ずるに通ず」と示され、出息は「減滅・無常」の観照とつながる。
- 瑜伽行派は「吐く息に随って心を外に散じさせず、ただ観照を続ける」とし、出息の観は「止滅(涅槃)」の象徴とされる。
3.反式呼吸法(丹田呼吸)
- 阿含経そのものには「腹式呼吸」という用語は出ませんが、中国禅の伝承や瑜伽行派の「気の運行」と結びつけられる。
- 瑜伽師地論などでは「気(プラーナ)」が「心(チッタ)」と関わり、呼吸を丹田(下腹)におさめることによって、心を散乱から解放する実践が語られる。
- 「反式」とは胸式呼吸と逆であることから「気を臍下に収める観法」と理解できる。
4.細出入息呼吸法(微息)
- 『安那般那念経』の「短く吸うを知る、短く吐くを知る」「微細なる息を観ず」にあたる。
- 行法が進むと呼吸は微細化し、ほとんど止息に近づく。
- 阿含経では「比丘は息の微細を観じて、身行(身体活動)を止滅する」と説かれる。
- 瑜伽行派はこれを「定の相応」と見なし、呼吸が極度に静まり、心が禅那(三昧)に入る入口と解釈する。
まとめ(経典的な意味づけ)
- 長息 → 散乱を鎮め、心を調える(止の基盤)。
- 出息 → 滅・手放しを観じる(無常観・死想)。
- 反式(腹式) → 気を丹田に収め、心身を一如にする(瑜伽行派的補足)。
- 細息 → 呼吸が微細となり、身行が静まって禅那に入る。
つまり、阿含経の「安那般那念(出入息念)」を骨格に、瑜伽行派が「気の観想」「身心一如の修習」として展開したのが、これら四呼吸法といえるのです。
ご希望なら、これを 「四呼吸法を実践する僧の物語」 として小説風に展開してみることもできますが、試してみますか?




