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山寺の一室

山寺の一室。
蝋燭の炎が揺らめき、師の顔を陰影で包んでいた。

「これまでの大脳生理学はな、新しい皮質と古い皮質しか見てこなかった」
師は静かに語り始めた。
「だが――人間には、もうひとつの脳がある。二つを統合し、司る最も重要な脳だ。間脳と呼ばれる場所である」

弟子は息を呑んだ。
「間脳……ですか」

「そうだ。生理学はその存在を知っていたが、その働きについてはほとんど語れなかった。しかし、知っていた者がいる。ゴータマ・ブッダ――釈尊だ。釈尊は“成仏法”という修行体系によって、この霊性の場を再開発した。そして古代密教がその系譜を受け継いだ」

師は机上の蝋燭を指先でさすりながら、弟子の眼を見た。
「第三の目という言葉を聞いたことがあるだろう」

「はい……霊的な感覚器官のことだと」

「その通り。第三の目とは、霊的次元の現象を知覚する“もうひとつの眼”だ。そしてその働きを動かす場が――視床下部なのだ。肉眼が脳とつながって世界を見るように、第三の目もまた視床下部と結びついて、霊的世界を見る」

弟子の胸に電流が走った。

師はさらに続ける。
「視床下部がなぜ霊性の場であるか。脳生理学、ホルモン分泌学、酵素薬理学――三つの側面から解き明かせる。そして第三の目と結ばれるとき、人間は霊性を顕現し、ついには神仏へと到達するのだ」

弟子は言葉を失い、ただ耳を傾けた。

「人間は、新皮質という理性の場と、辺縁系という本能の場、その中間に“霊性の脳”を持っていた。本来はそれによって均衡が保たれるはずだった。しかし――この霊性の場は閉ざされてしまった。進化の途中で方向を誤ったのだ」

蝋燭の炎が、師の横顔を赤く照らした。

「ケストラーという思想家は『人類は設計の狂いによって狂気に陥った』と語った。だが私は違うと思う。設計は完全だった。ただ、人類の進化の過程で、霊性の扉が閉じられてしまったのだ。そのために狂気が生まれ、今のような破滅の時代に至ったのだ」

弟子は震える声で尋ねた。
「では……その霊性の部位とは、いったいどこなのですか?」

師は蝋燭の炎を見つめながら、ゆっくり答えた。
「間脳の奥、視床下部。そしてそのすぐそばにある松果腺が、特別なはたらきを持っている」

「松果腺……第三の目の残跡といわれる、あの小さな腺ですか」

「そうだ。しかし、残跡ではない。活用すれば、実際に“見る”ことができる。科学はまだその入口に立ったばかりだが、修行者は太古からそれを知っていた」

師は眼を閉じ、低く言った。
「われわれは二つの肉眼で物質世界を見ている。だが、もう一つの眼――霊性の眼を持っていたのだ。「人間とは何か、と問うならば、まず脳の構造を見ねばならぬ。
新皮質は知性と理性を担い、旧皮質は本能と情動を担う。
しかし――人間が人間として成立するためには、その両者を統御する“第三の原理”が必要なのだ。それが、間脳である。

ここに霊性の場がある。だが現代人は、その存在を忘れた。
知性と本能のあいだで引き裂かれ、均衡を失い、狂気を生んでいるのだ。

思い出すがよい。人間は本来、霊性の脳をもって創られた。
設計は完全であった。だが進化の途上で、この部位が閉じられた。
その瞬間、人間は宇宙との交響を失い、ただ“孤独な知性”となった。
その孤独が科学を生み、文明を築いたが、同時に破滅の種をまいたのである。

もし間脳が開かれるならば、知性は狂気から解放される。
なぜなら、霊性は理性を超えて“全体”とつながるからだ。
自己という小さな境界を破り、宇宙の呼吸と共振するからだ。

松果腺は、その扉の鍵である。
それは第三の目、宇宙を内奥に映し出す水晶のレンズ。
視床下部と響き合うとき、人は存在の深層を直視する。
そのとき、“我”は消え、“大いなるもの”が顕現する。

これを仏陀は“成仏法”と呼んだ。
成仏とは、死後の彼岸にゆくことではない。
いま、この瞬間に“霊性の場”を開き、宇宙と一体となることだ。
それが叶うならば、人類は二度と狂気に陥ることはない」

下部と松果腺が呼応するとき、その眼は開き、霊的世界を映し出す」

弟子は深く頭を垂れた。
その瞬間、蝋燭の炎が揺れ、まるで師の言葉を証明するかのように、第三の光が彼の胸の奥に点じられた。

 

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