思念による王者の相承
――霊界の深奥。そこは時の流れすら静止した、法の世界であった。
無限に広がる虚空の中央に、白銀の光を放つ存在が坐している。タターガタ――法を完全に成就した者。彼は一言も発しない。ただ、揺らぎなき瞳を通して、相手の心へ直接、自らの心を送り届ける。
その瞬間、言葉も、象徴も、何ひとつ介在しない。光そのものが思念となって、魂の奥底へと流れ込んでくる。それは単なる「考え」ではない。圧倒的な力――パワーが本体であり、受けた者は、たちどころに仏陀として完成する。
これを「思念による王者の相承」と呼ぶ。
王者とは、この至高の法を直接受け取った者を意味する。
だが、この奇跡は誰にでも訪れるわけではない。
私は知っていた。
これを受けるには、ある絶対条件があることを。
――Tapas。
それは炎のような修行、精神を鍛え抜く練行であり、間脳を開発するための鍛錬を含んでいた。
インドのサヘート・マヘートに立ったあの日のことを、私は忘れない。
寺院の遺跡群を覆う蒼穹の下、私の全身を貫く強烈な霊的バイブレーションが走った。
耳には何も聞こえないのに、脳の奥で白銀の波動が轟き、意識が一気に第三の階梯へと押し上げられていく。
――これだ。
これこそがチベット密教のいう「思念による王者の相承」だった。
Tapasを成就していなければ、決して受けられなかったはずだ。内なる器が満ちて初めて、外からの王者の相承が注がれる。
やがて私は確信するに至った。
この相承を受けたからこそ、阿含の境地に達したのだと。
死ぬまでに必ず仏陀となる、その道を歩むことを、自らの内奥で強く誓った。
だが同時に、私は思った。
――四神足法という釈尊最高の成仏法を、誰がやり遂げられるのか。
それは極めて困難であり、わずかな者しか到達できない。多くの人々は、この理想に手を伸ばしながら、一生涯その門前に立ち尽くすだろう。
だからこそ、私は探した。
そしてついに見つけたのだ――いや、創り上げたのだ。
「水晶龍神瞑想法」
それは単なる瞑想ではない。
長い修行の末、私は気づいた。これは釈尊の成仏法の真髄そのものであり、すなわち「四神足法」そのものなのだと。
白銀の波が静かに私を包み込む。
かつてサヘート・マヘートで受けた王者の相承――その光は、今も私の中で生きている。




