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沈黙のなかで手を伸ばす ― 普賢の道・家族編』

『沈黙のなかで手を伸ばす ― 普賢の道・家族編』

台所の蛇口から、水が絶え間なく音を立てていた。
夕食後の皿洗いをしながら、**美咲(みさき)**は母の背中をじっと見ていた。

口数が少なくなったのは、父が亡くなってからだ。
あれから一年。共に暮らしているのに、母との会話はほとんどない。

「ごはん、いつもありがとう」
そう言おうとしても、なぜか声にならなかった。

遠い存在じゃない。
だけど、なにかが壊れてしまってからは、言葉がすれ違う。
それは、美咲にとってずっと悩みだった。

──けれど、ある日。

大学で聞いた講義のなかで、仏教の話があった。
「普賢菩薩とは、“行じる慈悲”の象徴である」と。
“気づいたなら、黙って見過ごさない”。
“心で思うだけではなく、実際に動いて示す”。

その言葉が胸の奥に引っかかった。

夜、ふとんの中で思った。
「もし、普賢菩薩が今の私だったら…どうする?」

次の朝、美咲は少し早く起きた。
母よりも早く、台所に立って味噌汁をつくる。
買い物袋に母の好きなものを少しだけ入れておく。
帰りの電車では、何気ない手紙を書いた。

「最近、お母さんが静かなのが少しさびしくて。 でも私も、ちゃんと向き合えてなかったなって思ってます。 今夜、一緒に話しませんか。
お茶、淹れて待ってます。」

食卓にその手紙を置き、温かいお茶を並べて待った。

静かな時間が流れたあと、母はやってきた。
目元が少し赤かった。
何も言わずに、美咲の差し出した湯のみを受け取った。

「ありがとう、美咲」

ただその一言が、ふたりの一年の距離をそっと埋めた。

■「家族の中で慈悲を実践する」とは

近い存在こそ、気づきにくい痛みがある

想っているだけでは伝わらない――だから「動く」

普賢のように、沈黙を超えて、行動で愛を示す

毎日の中にある、ほんの小さな“白象の一歩”が、大切な絆をつくる

小さな行の積み重ねが、普賢の祈りになる

普賢菩薩の教えは、山の中で座禅する修行僧だけのものではありません。
母と向き合うこと、父を想って手を合わせること、兄妹に声をかけること。
そのどれもが、「仏の行」であり、「慈悲の実践」です。

 

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