それは突然ななめ前方からやってきた。
一瞬、目がくらむほどの衝撃だった。
そんなことなどぜんぜん予期しておらずまったく無防備だった自分は、あっという
まにその衝撃に叩きのめされてしまったのだ。
修行、学問、そんなものはなんの役にも立たぬものであることを思い知らされた。
こころひそかに誇っていたこれまでの自分の修行も教学も、あっというまに消しとんでしまった。叩きのめされてしまった。
これなんだ、これでなくてはならないのだ。これしかないのだ。目もくらむような
あの白銀の輝きにみちたバイブレーション!
一〇〇年の修行も万巻の教学も、ただ一瞬のこの霊的バイブレーションに如かぬことを思い知らされた。これがそれだったのだ。これが究極のそれだったのだ。このためにこそわたくしはここにやってきたのだ。
おお、サヘト・マへト、聖なる地
あなたはここ待っていてくださった。
ばならぬ。 わたくしがいまあなたから受けたものを、これからわたくしはひとびとにあたえね
そうですか。
いま、わたくしは聖者であることをつよく自覚する。
すべてのひとびとがこの聖なるバイブレーションを受けることのできる聖地を、わたくしはひがしの国につくらねばならぬ。この輝きにみちたサヘト・マヘトの地を、 そのまま、日本の国にうつさねばならぬ。それがわたくしの使命だったのですね。
それをかならずはたすことをわたくしはあなたに誓います。
もう一度、わたくしはこの地に来なければならないのですね。だが、そのときなにが起きるのでしょうか? そのとき起きる或ることを、わたくしは非常なおそれの感情とともに予感します。
ああ、あの一瞬の霊的バイブレーション!
1〇〇年の苦行も万巻の書物も、このバイブレーションなくしては、路傍の石ころにも劣るのだった。このバイブレーションをあたえることのできる聖者こそ、真の
導師だったのだ。理解できました。
聖師よ、ありがとう!
昭和五十五年十一月八日
ラクノウのホテルにて
急拠しるす。
書き終えて、わたくしは虚脱状態になった。
その虚脱状態は、帰国するまでつづいたといってよい。デリーでのバーティー、アジキンタ、エローラの石窟寺院、と、その後の旅程はつづいたが、わたくしのこころはつねにあのミラクルの池の思念の流れに向けられていた。ホテルで一応ああいうかたちに
愛のために智恵を智恵のために愛を
いま最も必要なことは、あの、ビタゥ神父のことば、犠牲を恐れぬ愛ではないのか。
ほんとうの愛は犠牲なしではあり得ません。
犠牲をともなわない愛はないのです。
私たちも全世界のために何か犠牲をはらわなければなりません。それが私たちの成長であり、進歩なのです。
ここに確立した愛の宗教がある。
この愛が、この地球の危機を救い、二十一世紀をきりひらくのではないのか?
そしてまた、真実にして最高の智恵が
叫ぶのだ。 神の愛と、仏陀の智恵と、この二つが一つになったとき、あたらしい道がひらける。預言者は
『愛のために智恵を、智恵のために愛を!』




