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根は七科三十七道品の礎

しましょう。

に修行するならば、消陀祖から阿那含にまで到達して、五下分結お町ずることができるわけですが、これは大変なことです。

の実践とは、「来の所に於て、正法に於て、聖衆に於て」功徳を種える修行です。これが三道の実践です。これを阿含宗の修行でいえば、仏舎利宝珠尊行うということです。

これによって、だから回合にまで到達することができるのです。ただ、ここで忘れてはいけないのは、行動行と発行によって成り立っている、ということです。この二をすること生行なのであって、単に聖典動行を行うだけでは、解脱宝生行の実践智行によって、祖から阿那含にまでなることができるのむするための情施行です。いろいろな悪因縁を持って苦しむ凡夫のま

三生子、というポ命を転換してしまうための旅行です。

T HEO行がそろって道の実践になり、また優婆塞の八法・十六法の実践

でもそこまでは到達でオーサービ一上演・税ですが、すでに解説したように三福道の実だけでは、と

「なんだ、暴言までか・・・・・」

そうお手軽にいわれては困ります。また須にもなれない人が、そのようなことをいってはいけません。

同都合になるのは、じつに大変なことです。日本の各宗派のお祖師さまといえども、阿那含になった人はいないわけですから。

阿羅渓になるには七科三十七道品が必要ですが、しかし、三善根(三福道)によって徳を積み、 聖者の流れに入った人は、この難しい上根の成仏法もできるようになります。

また阿含宗には駄都如意求聞持聡明法という能力開発の秘法があり、この法によって頭脳・才

能を飛躍させた上で、七科三十七道品の修行を行うという方式を採っております(これについては「求聞持聡明法秘伝』平河出版社をお読みいただきたい)。これによって、高度で難しい七科三十七道品の修行が実践しやすくなるのです。

が必要不可欠なのです。 しかし、駄都如意求聞持聡明法自体も高度の修行ですから、不徳の身では成就はおろか、修行を続けることもできません。ですから、やはり三善根(三福道)の実践で、徳を身につけること

人間はなにをするにしても徳が必要です。徳がなければ、どれほど一生懸命にやっても、物事

仕成致しません。十分な能力があったとしても、徳がなかったならば、病気をしたり、なにかじやまが入ったりして、絶対に目的を達成することができません。能力が少々欠けていても徳が十分にある人は、徳の助けでどうにか目的を達成できるのです。人間は徳がなかったならば、どうにもなりません。

「三善根(三福道)」とは、福徳を身につける道です。徳が身につけば自ずから運命は転換できます。因縁解脱とまでいかなくても、運命が転換されるようになります。運命を転換し、さらに徳を積みながら、駄都如意求聞持聡明法という才能飛躍の法にとりかかるわけです。徳が十分備わっていれば、これができます。徳のない人は、どれほど苦心しても成就しません。真言密教の求聞持聡明法をやって、精神病になってしまう若いお坊さんが、大正から昭和にかけてずいぶんいたと聞いております。これは真言密教の求聞持聡明法のシステムが完璧でないためと、徳がないのに無理をして才能を開発しようとしたことによる、一種のひずみだとわたくしは思います。

駄都如意求聞持聡明法を成就するには、クンダリニー・ヨーガによるチャクラ開発が絶対に必要です。人体には基本的なチャクラが七つありますが、わたくしはさらにそれらを大きく三つに分けております。第一は腹部に集まっている「内臓のチャクラ」です。第二はアージュニャー・ チャクラ、サハスラーラ・チャクラなどの「頭のチャクラ」で、第三がすさまじい力を生み出す 「生命力のチャクラ」です。チャクラはこの三つのグループに分けられます。この三つのグルー

ブのチャクラを特殊な修行法で開発していきます。最上部のアージュニャー・チャクラとサハスラーク・チャクラが駄都如意求聞持聡明法と密接に関連しております。この二つのチャクラを開発したならば、本当に天才になるでしょう。知的な仕事ならば、どのようなことでもできます。

 

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どのような難しいことでも理解できるわけです。

そのように駄都如意求聞持聡明法によって、すばらしい力が得られるのです。しかしそれだけ

では成仏できません。筋を天才的にすることはできても、成仏するには他の技法が必要になります。その技法こそが七科三十七道品の成仏法なのです。天才的になった頭脳で、七科三十七道品というお釈運さまの成仏法を修行する、それによって成仏が得られます。頭脳を飛躍させないかぎり、お釈迦さまの成仏法の真髄は理解できません。わたくしは駄都如意求聞持聴明法をやっていたおかげで、七科三十七道品を体得できました。

しかし、繰り返しになりますが、それらの尊い法が成就できたのも、正法を広めるという大梵行、10日(福)の実践のおかげです。これによってわたくしの運命は転換しました、冒頭に述べたように、若いころのわたくしは不運続きでした。けれども、人々に正法を広めることによって理がよくなり、成仏法体得という最高の福を獲得したのです。

るのですから。 あなた行く日の運をよくしたい、運命を転換したいと望むならば、この三善根(三福道)を実践して世間を身につけなさい。これによって悪因縁は切れ、幸運な人生を拓くことができ

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