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因縁の鎖を断ち切る成仏法

因縁の鎖を断ち切る成仏法 How to attain enlightenment by breaking the chains of karma

中略 -譬如大舶在於海边。经 夏六月風飄日暴。藤綴漸断。如是比 丘。精勤修習。随順成就。一切結縛 使煩悩纏。漸得解脱。所以者何。善 修習故。何所修習。 謂修習念処正勤 如意足根力党道。説是法時六十比丘。 不起諸漏。心得解脱仏説此経已。諸 丘聞仏所説。歓喜奉行。

現代語訳

 

「中略譬えば大舶の海辺に在り夏六月を経て風 とうてつようゃせん

日に暴れなば藤漸く断ずるが如く、是の如く比丘 精勤して修習し、随順成就せば一切の結蝶・使

悩纏より漸く解脱することを得ん。所以は何ん。善く 修習するが故なり。何をか修習する所なる。謂ゆる念 ・正動・如意足・根・力・覚・道を修習するなり」と。 是の法を説きたまえる時、六十の比丘、諸漏を起こさず 心に解説を得たり。仏、此の経を説きりたまえるに諸の 比丘、仏の説かせたまえる所を聞きて、喜し奉行しき。

「たとえば夏の六月ごろ、海辺に浮かぶ大きな船が嵐に遭ううちに、船を結んでいる藤夢がやが 断ち切られるように、弟子たちよ、精進して修行し、その修行を成就するならば、一切の結 使煩悩纏から解脱することができるのです。

なぜでしょうか? 正しく修行するからです。

なにを修行するのでしょうか?

いわゆる四念処法 四正勤法 四如意足法 五根法、五力法 七覚支法、八正道を修行するの

と、仏さまはお説きになられました。 この説法を受けて、六十人の僧侶がもろもろの煩悩を起 こさず、心に解脱を得ることができました。仏さまがこのお経を説き終えられると、聴聞してい 弟子たちは心から喜び、修行に励みました。

ここに説かれているたとえ話は、「大舶の譬喩」として有名です。原文では、この「大舶の譬 「」の前に「巧師の斧祠の譬喩」がありますが、その意味するところは「大舶の譬喩」とほとん ど変わりませんので、ここでは割愛いたします。

まず、大きな船が海辺に停泊しているわけです。その船は藤綴、つまり藤夢のようなもので係 留されていました。 二千数百年も昔のインドのことですから、ロープなどはなかったのでしょう。 しかし、藤夢はたいへん堅固です。

ところが夏の六月になると海が荒れます。したがって、台風のような嵐が起きるのでしょう。 そうすると、波に揉まれているうちにその藤が切れて船は沖に流され、やがて船そのものも強

風や波によってこなごなになってしまうわけです。

それと同じように、どのような煩悩でも、どのように強い悪因縁でも、何度も何度も成仏法を 繰り返して修行しているならば、最後にはわたくしたちを縛りつけている因縁の糸も断ち切れ、 ついに成仏するぞ、とお釈迦さまはおっしゃっているのです。

結縛・・これらはすべて煩悩の異名です。煩悩は、人間に纏いついて離れません。 です からと呼びます。また、煩悩は人間を結んで縛り、自由にさせませんから結縛といいます。 さ らに、人間は煩悩の思うままに使われてしまいますから、煩悩を使というわけです。

ところが、この成仏法を一生懸命に修行していると、どのような強い悪因縁でも、煩悩でも、 ばらばらにしてしまって、最後は成仏するわけです。ですから、ここもやはり「文証」になりま す。

この短いお経の中で、お釈迦さまは何回も繰り返し繰り返し、七科三十七道品の成仏法を説い ていらっしゃいます。これを修行しなければ成仏できない、と繰り返し、繰り返し、懇切丁寧に、 わたくしたちに教えてくださっているのです。

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