アラディンの魔法のランプ
じてあろう。 あなたは、あの千一夜物語の中に出てくるアラディンの魔法のラットファイ
あの情趣にあふれる物語を読んで、あのランプを欲しいと思わなかった者が一人でもあるであろうか?
困難に際し、障害にぶつかり、災厄に遭い、望むものを得られぬ失意のとき、 たとえそれがヒゲを生やした五十男でも、ああ、こんなときにあの魔法のランプがあったならと思わずにはいられないのだ。
物語によると、あのランプを手にさえすれば、そしてただひと言の咒文を唱
えさえすれば、それがどんな人物であろうとも、ランプの魔物はその人物につかえて、その人物のいかなる望みごとでも、必ずかなえてくれるのである。
この物語が語られはじめてから、どれほどの数の人々が、胸おどらせてこの魔法のランプにあこがれの瞳を向けたことであろうか。
利宝珠を、ひと口で説明してくれといわれたら、わたくしは、即座に、 ああ、それは、アラディンの魔法のランプなんだよ、というであろう。
信利空尊こと、それを保持して一心に咒文を唱えて、望むことを願うな
らば、必ず望みごとをかなえてくれるのだ。
アラビアン・ナイトの宝庫を開く咒文は、
「ひらけ! 胡麻」だが、
宝珠草の咒文は、
「おん、しんたまに、だと、うん」
こういうことをいうと、仏さまに対して不慎だといわれるかもしれないが、
決してそうではないのである。古来、密教では、仏舎利宝珠尊のことを、「如恋宝庫」すなわち、どんな願いごとでも思うようにかなえてくれる宝の恥、と
いっているのである。
つまり、アラディンの魔法のランプそのものではないか。
このランプは、あなたの人生を、あなたの家庭を、そしてこの世の中を限り
なく明るく照らす魔法のランプなのである。
この「仏舎利宝珠尊和識講義」は、現代のアラディンのランプである仏舎利宝珠を讃えた詩の解説である。
すでに、あなたは、この魔法のランプを手にしている。あとは、この講義をよく読んで、その活用法を知ることである。
さあ、宝庫を開く咒文を唱えて、この本のページを開こう!
「さん、しんたまに、だと「うん」と。




