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黒き神、福を招く ― 大黒天の来たりし道

 

 

 

 

『黒き神、福を招く ― 大黒天の来たりし道』

夜明け前の空に、ひとすじの光が走った。
それはまだ人の目に映らぬほど微かな輝きだったが、確かに東の空を裂くようにして生まれたものだった。

その光は、時と空間を越え、遥か西方、古代インドの石造りの神殿へと届いた。
石窟の奥深く、静寂のなかに坐すのは、額に第三の眼を宿し、三叉の槍を手にする者――シヴァ。

彼の内には、相反する力が渦巻いていた。
破壊と再生。死と命。終わりと始まり。
すべてを終わらせる者であり、同時に新しき宇宙を生む者。

あるとき、彼は変容を遂げた。
全身を漆黒に染め、怒りと烈火をその瞳に宿し、名を**マハーカーラ(Mahākāla)**と改める。
それは、「偉大なる時」――時間の彼方を司る神の名だった。
彼の前に立つものは、いかなる神とて逃れることはできぬ「終末の意志」に晒される。

だがその神が、仏の教えの中に招かれる。
護法尊として曼荼羅の中心に坐し、チベットでは「黒き大者」――ナクポ・チェンポと称され、尊崇されるようになった。

それでもなお、マハーカーラの旅は終わらなかった。

時は巡り、風土は変わり、
彼はチベットの山岳を越え、漢土の仏塔を越えて、東方へと歩みを進めてゆく。

やがてたどり着いたのは、神々の宿る島国――日本。

山深い寺の縁側、杉の香漂う霧の中で、マハーカーラはひとり静かに佇んでいた。
その黒き姿に、少しずつ変化が訪れる。
人々の祈りが、民の暮らしが、彼に新たな面を与えはじめたのだ。

かつて戦神として恐れられた存在は、いつしか柔和な顔を見せ始めた。
それは、ある神との出会いによって決定的なものとなる。

「大黒天と大国主命の対話 ― ふたつの神、ひとつの道」

山深き霧の奥。まだ人の世の気配が薄かった時代。
木霊が舞い、神々の吐息が大気に混ざっていた。

その古の神座にて、ふたりの神が向き合っていた。

ひとりは、漆黒の衣を纏い、燃える眼差しで時を見つめる神――マハーカーラ(大黒天)。
もうひとりは、地を潤し、民の祈りを受け止める豊穣の神――大国主命(おおくにぬしのみこと)。

ふたりは似ていた。
だが似ているからこそ、互いの違いが浮き彫りとなっていた。

「汝が背負うは、死と再生の環(わ)。
破壊の火と、時を喰らう刃。
されど、いまこの国に必要とされているのは、命を育む陽の光ではないか」

大国主命の声は、まるで大地の底から湧き上がる泉のようだった。

マハーカーラは黙して語らず。
だがその眼には、深淵より湧き上がる問いが宿っていた。

「我は終わりを告げる者。
されど、終わりは始まりの門なり。
破壊の裏には、必ず新しき命が芽吹く。
汝は、それを知らぬか」

「知っておる」

そう言って、大国主命は微かに微笑んだ。

「我が国づくりも、幾度となく潰え、そしてまた起きた。
だが……民の祈りは、破壊を恐れる。終わりを拒む。
それゆえ、福とは“続くもの”であってほしいのだ」

その瞬間、風が吹いた。

ざわり――と葉が揺れ、木々の梢がざわめく。
ふたりの神を囲むように、精霊たちが姿を現し、森が神語を聴いていた。

「ならば」

マハーカーラは、漆黒の腕を差し出した。

「我が力を封じよう。
その代わり、願わくば民の笑みを育む姿となる。
姿を変えても、本質は変わらぬ。
“福”とやらに、我が時を貸すのだ」

大国主命は深く頷いた。

「それが汝の智慧ならば、我もまたその道に立とう。
共に“だいこく”の名を背負い、この国に福をもたらす者となろうぞ」

そうして、ふたつの神はひとつの名を得た。
大黒天。

それは、「死と再生の神」であり、「命と豊穣の神」。
破壊の化身であり、福の化身。

かくして、大黒天は小槌を手にし、笑顔を浮かべる福の神となった。

だが、人々の知らぬところで、
彼の打ち出の小槌は今なお「時」を操り、
「死」を超えて「再生」を導いている。

彼の笑みの奥に、マハーカーラの燃える眼差しは、
静かに灯り続けているのだった。

結び ― 真の福とは

人々は今日も、大黒天に祈る。
五穀豊穣を、商売繁盛を、家内安全を。

だがその笑みの奥に宿る意志に、
どれほどの者が気づいているだろうか。

――真の福とは、壊すことなく、生まれ変わること。

その教えを伝えるために、
大黒天は今日も、米俵の上で静かに微笑んでいる。

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