第一章 息の門(いきのもん) ※既に執筆済み
「呼吸とは何か」。修行者トウマが、身体と心に宿る十五種の呼吸を通して、“気息”の実相にふれる。
第二章 チャクラを巡る気息の旅
気息をチャクラへ導く修行が始まる。アージュニャー(眉間)からサハスラーラ(頭頂)へ、トウマは「心の中心」へと沈潜していく。師との対話と内観が交差する。
第三章 観の剣 ― 四神足法・観神足
息によって静まった心で「観る」力を鍛える章。煩悩の根がどこにあるか、自己をどう照らし出すか。観神足における智慧と、その鋭さが描かれる。
第四章 意志の試練 ― 欲神足・勤神足
修行の中で、かつての執着や迷いが再びトウマを試す。「欲」と「勤め」の二足がどのように働くのか、内なる闘いの中でトウマは答えを見出す。
第五章 禅定の翼 ― 心神足と空への跳躍
心が統一され、意識が次の段階へと移行する。瞑想の深みで出会うもの、そして「空(くう)」の入口に立つトウマの姿。
第六章 滅尽の息、永遠の光
「滅入息・滅出息・止息」の果てにある境地――。四神足の完成とともに、トウマは自我の彼方へと旅立つ。息が止まったその先に、何があるのか。
第二章 チャクラを巡る気息の旅
夜がまだ明けきらぬ刻――
トウマは庵の奥、蝋燭一本の明かりの下に坐していた。身を静め、意識を深く沈めるたびに、内なる世界がひそやかに開いてゆく。
呼吸はもはや「吸って、吐く」という単純な行為ではなかった。
それは「気」を導く行法となり、心と身を超えた深奥の旅路となっていた。
「次は、気息を巡らせよ。お前の内にある、七つの門を越えて行け」
かつて師が残したその言葉が、脳裏に澄んで響く。
――チャクラ。
インドのヨーガでは、七つのエネルギー中枢として知られるが、仏法の深い行法においても、それは**“心の聖域”**として用いられてきた。
トウマは、静かに気を集める。
まず意識を丹田に向ける。
下腹部――ムーラーダーラ。
そこは、命の根が宿る場所。欲望、恐れ、生存の執着。
「心の行息・入息」――息を、その源へと導く。
まるで赤い炎が、腹の底からゆらりと立ち上がるような感覚。
それを、ひと息ごとに少しずつ、上へ――上へと、昇らせてゆく。
つぎに、臍(へそ)のあたり、スヴァーディシュターナ。
ここには、快楽と感情の波が眠っていた。
だが、気息を通すと、それらは鎮まる。
渦巻く欲動が、静かな水面に変わっていく。
さらに上、みぞおちにあるマニプーラ。
意志の力が宿る。怒り、野心、支配欲。
トウマは思わず眉をひそめた。
かつてこの場所に、何度も己の弱さを見た。
だが今は、呼吸によって整えられた気息が、そこに穏やかな黄金の光を宿らせる。
意思は、欲ではなく、道を求める力として形を変え始めていた。
そして、心臓の中心――アナーハタ・チャクラへ。
胸に宿るこの場所は、慈悲と悲しみの交錯点。
ここでトウマは、師の顔を思い出す。
語りかけてくれた日々、厳しさの奥にあった深い優しさ――
「慈しむ心がなければ、息はただの風だ」
その教えが、今ようやく身に沁みる。
息は喉を越え、ヴィシュッダ・チャクラへと届く。
ここでは、言葉と真実が試される。
修行を語る者が、それにふさわしい沈黙を持つこと。
声は、真理を語らなければならない。
トウマは、過去の無駄な言葉を思い出し、胸の内でそれを詫びた。
やがて、気息は眉間へ――アージュニャー。
ここは“第三の目”、思考の中心、観神足の入口。
すべてを観る心。
目に見えぬものを見抜く智慧。
気息は、細く、鋭く、そして深くそこへ流れ込む。
最後に、サハスラーラ――頭頂。
チャクラを超えた場所。
そこはもう、“場所”ですらない。
ただ、全体とつながる感覚だけがあった。
身体も心もすでになかった。
あったのは、息の流れと、そこに宿る光の感覚だけ。
**
どれほどの時が流れたのか、トウマには分からなかった。
ふと、目を開けると、朝の光が障子越しに淡く差し込んでいた。
だが、それが昨日までの光とはまったく違って感じられた。
光の中に、無数の気流が見える。
草木のざわめきにも、呼吸がある。
世界そのものが、「大いなる息」として、彼の前に現れていた。
トウマは、ひとつ、静かに吐息をついた。
その吐息は、もはや「自分」ではなかった。
宇宙とひとつになった――真なる息だった。
第三章 観の剣 ― 四神足法・観神足(かんじんそく)
「見るのではない。観(み)よ。 観るとは、心をひらいて、心そのものを見つめることだ」
――師の言葉
**
夜の帳(とばり)が落ちた庵の奥。
トウマは、薪がはぜる音を背に、再び坐った。
外界の光が消えると同時に、内なる光が目を覚ます。
観神足――
それは、心を観る力。
だが、師は言った。
「心を観るとは、心の奥を覗くことではない。
それを突き放して見ることでもない。
ただ、“在る”ものとして、手放しながら見続けるのだ」
トウマは、呼吸を整え、内なる空間へと意識を沈めた。
すぐに思念が湧く。
〈明日の食事はどうするか〉
〈あのときの言葉は失礼だったか〉
〈修行は進んでいるのか?〉
どれも、無意識のうちに心を支配していたものだ。
が、今の彼は、それらを追わない。
浮かぶがままに任せ、ただ観る。
しばらくすると、ある映像が浮かび上がってきた。
――父が、怒鳴っている。
幼き自分が、泣きながら机の下に隠れている。
その時の、身体の震えと、息の詰まる感じが、まざまざと蘇る。
(これは、記憶だ……だが、いまも私の心に棘のように刺さっている)
「観よ」
師の声が、幻のように胸奥に響く。
トウマは、その記憶を「正しく観よう」と努めた。
怒りと恐怖の裏にある、幼き自分の“求めていたもの”――
それは、愛されたかった、認められたかったという、言葉にならない叫びだった。
息が、喉元で細く震える。
そのとき、彼は気づいた。
過去の体験が、どれほど現在の心の反応に影響を与えているか。
どれほど多くの「いま」が、「かつて」に操られているか。
そして、そのすべてをただ観ることが、
心を解放する唯一の道なのだということに。
観るとは、裁かず、分析せず、
ただ「あるがままを知る」ことだった。
観神足とは、まさにこの気づきの剣。
煩悩の根を断つのではない。
煩悩がどこから生じてくるかを、
まるで光で照らすように、浮かび上がらせる行法である。
**
やがて、心は静かになった。
思念は去り、感情も波立たない。
深い湖面のような静けさの中に、ただ「いま」があった。
トウマはゆっくりと目を開けた。
目に映るものは、昨日と同じ庵の光景――
だが、それを観る「眼」が違っていた。
ものごとは、そのまま在る。
良し悪しも、美しさも、彼の心がそれを定めていただけだった。
それに気づいたことで、世界は、ひどく静かで、優しかった。
**
翌朝、トウマは師のもとへ歩いた。
師は火鉢のそばで、静かに湯を沸かしていた。
彼が何も語らぬうちに、師はひとこと、呟いた。
「観ることを学んだな。
これより先は、“意志の試練”が待っておるぞ」
トウマは、ただ一礼した。
心の奥に、観神足の剣が灯っている。
それが、彼を導いてゆくだろう。
第四章 意志の試練 ― 欲神足・勤神足(よくじんそく・ごんじんそく)
庵の外、木々のあいだから朝日が洩れている。
小鳥の声も、薪のはぜる音も、すべてが整っているように感じられた。
だが、トウマの胸の内には、静かな波が起こっていた。
**
「それは、“意志”と呼ばれているが、欲そのものかもしれぬ」
師がそう語ったのは、観神足の修行を終えた夜のことだった。
「お前が何を望んでいるのか。それを見極めよ」
「そして、それを続ける力があるかどうかも」
それが、**欲神足(よくじんそく)と勤神足(ごんじんそく)**の本質だった。
**
トウマは、深く呼吸しながら、自らの胸に問いかけてみる。
(なぜ、自分は修行を続けているのか?)
(悟りを得たい? 解脱したい? それとも――)
〈誰かに認められたいのではないか〉
〈優れた修行者として見られたいのではないか〉
〈あの師に褒められたいのではないか〉
心の底から、言葉にならぬ“欲”が、ぬるりと顔を出した。
(これが、私の意志の正体か……?)
それは決して「悪」ではなかった。
けれど、澄んだ道を歩むには、濁りの源でもあった。
師は言った。
「欲を持つことを恐れるな。
問題は、それに飲まれ、自らを偽ることだ」
欲神足とは――
欲そのものを燃料にして、道を歩む力に転じる技法。
つまり、欲を否定せず、選び取るのだ。
何を望むのか。
なぜ、それを望むのか。
その問いに、嘘なく答えられるかどうかが、すべてだった。
**
トウマは山を歩いた。
かつての修行道を、ひとり登った。
草のにおい。
小川のせせらぎ。
風が頬を撫でる。
そのすべてが、彼の「意志」を問いかけてくるようだった。
(もしも何も得られなかったとしても、この道を歩き続けるだろうか?)
そう自問したとき、胸の奥に、ほのかな熱が生まれた。
それは「野心」ではなかった。
それは「執着」でもなかった。
ただ、この道を歩きたいという、小さな、だが確かな願いだった。
**
夜、庵に戻ったトウマは、師の前に坐した。
「欲を見たか?」と師は訊いた。
トウマは頷く。
「はい。見ました。……ですが、まだそのすべてを手放すことはできません」
師は笑った。
「手放す必要などない。ただ、持ち運び方を知ればいい。
欲を火種とせよ。
それを続けることが、勤神足(ごんじんそく)だ」
**
その夜、トウマは久しぶりに夢を見た。
広大な荒野を、ひとりで歩く夢。
彼の手には、灯があった。
それは、誰に見せるためでも、何かを得るためでもなかった。
ただ、歩き続けるための火だった。
**
こうして、トウマは、四神足のうち二つ――
**「欲」と「勤め」**を、自らの中に住まわせることに成功した。
それは、燃え尽きる火ではなかった。
静かに、絶えず燃える、修行者の意志の火だった。
第五章 禅定の翼 ― 心神足と空への跳躍
「心が定まれば、心が消える。 消えたとき、真に“在る”ものが現れる」 ――師のことば
**
トウマは、深夜の庵に坐していた。
蝋燭の火は消され、あたりに光はない。
だが、闇は恐ろしくなかった。
むしろ、心の輪郭がほどけていくようで、心地よささえあった。
すべてを観た――
欲、恐れ、願い、努力。
それらがどう流れ、どう生まれ、どう消えていくかを、トウマは観てきた。
そして今、彼は「観る」ことすら手放そうとしていた。
**
「心神足」とは――
心をひとところに定め、徹底して、そこにとどめる修行。
だがそれは、緊張や集中ではない。
むしろ、すべての緊張をほどいたあとに訪れる、自在の境地。
トウマは、ひとつの呼吸とともに、すべてを捨てた。
思考を。
期待を。
“修行している”という意識すら。
――やがて、「彼」はいなくなった。
**
気づくと、意識は澄み切った大空のようだった。
何もない。
だが、すべてがある。
音も形も言葉もない空間に、
ほんのわずかな“気づき”だけが在る。
それは、誰かのものではない。
自分でもない。
ただ、気づいていることそのものだけが、淡く灯っていた。
かつて、師が語った。
「定の果てに、空がある。
空とは、“無”ではない。
“境目のない在り方”なのだ」
トウマはその言葉を、今ようやく、体験として知った。
たとえば、彼が手にしていた「体」は、
風のように拡がって、外界とひとつに溶けていた。
外と内、上と下、自己と世界。
そのすべてが、明確な線を失っていた。
けれど、不安はなかった。
むしろ、無限の安らぎがあった。
**
――ふと、遠くから、風が吹いたような感覚があった。
その風は、彼の意識にそっと語りかけた。
〈まだ戻る時ではないが、知る時だ〉
彼は、言葉のない言葉で、それを受け取った。
すると、心のどこかが、静かに震えた。
――この「空」の感覚を保ったまま、現実の世界に還る術がある。
修行は、「空に至る」だけでは終わらない。
空を抱いて、日々に還ることが、ほんとうの修行なのだ。
**
トウマは、ゆっくりと目を開けた。
庵の壁も、炉の灰も、仏像の木目も、
すべてが、初めて見るもののように清らかだった。
そして、師がいつの間にか、そっと側に立っていた。
「還ったな」と師は言った。
「だが、ただ還っただけでは修行にならぬ。
空を抱いたまま、歩き続けてみせよ」
トウマは深く頭を垂れた。
その胸に、ひとすじの風が流れていた。
それは、もう恐れでも渇望でもない――
自由そのものだった。
**
彼はまだ何者にもなっていない。
だが、それでいい。
空の風を背に、彼は次の一歩を踏み出そうとしていた。
第六章 滅尽の息、永遠の光 ― 四神足の完成
「滅入息、滅出息、止息。 それは“死”ではない。“空”の静けさが、その息を包む」 ――師のことば
**
夜明け前、霧に包まれた庵の中。
トウマは、最後の修行に入る準備をしていた。
蝋燭の火は灯されていない。
香も、経も、ない。
ただ、坐る――それだけだった。
だが、そこにはもう「努力」も「方法」もなかった。
**
彼は息を吸った。
それが、「最後の入息」になると、どこかで感じていた。
そして、吐いた。
音もなく、静かに――
ただ、世界に溶けるように。
それが、「最後の出息」だった。
**
それから、呼吸は止まった。
意図して止めたのではない。
息が「不要」になったのだ。
呼吸も、鼓動も、彼の意識の中からすうっと消え去った。
肉体は坐している。
だが、彼の「在り方」はもはや肉体にない。
**
意識が、音のない領域へと滑り込む。
そこには「わたし」がなかった。
いや、「わたし」という構造が、もはや意味をなしていなかった。
すべては、ただ在る。
過去も未来も、時間の流れすら存在しない。
あるのは、“今”という静けさだけ。
そしてその「今」は、広がっていた。
無限に。
永遠に。
**
それは、「滅尽定」の入口だった。
滅尽とは、破壊ではない。
消滅ではない。
それは――あらゆる分別の終焉。
生と死の区別も、光と闇の対立も、自己と他者の分離も、そこでは意味を失う。
仏たちは、この領域を「常楽我浄」と呼ぶ。
常しえにあり、楽であり、我すら超え、浄らかである境地。
**
意識が、光そのものになる。
輪郭を持たぬ光――
それは“智慧”であり、“慈悲”であり、“ただ在ること”そのものであった。
彼は、「仏陀たちの視座」に、ほんの一瞬、触れていた。
それは、見る者ではなく、
ただ“すべてを照らすもの”。
**
どれほどの時が経ったのか。
気づけば、再び、庵に在る身体に「風」が戻っていた。
ひとつの微かな、吸息。
その息が、生命を呼び戻した。
トウマは、そっと目を開けた。
庵の中には、朝の光が滲んでいた。
それは、あまりに優しく、あまりに静かだった。
師が、黙ってそこにいた。
その眼差しは、なにも問わなかった。
なにも語らなかった。
トウマも、何も言わなかった。
ただ、深く合掌した。
そして、ひとことだけ、囁いた。
「ありがとうございました」
**
彼の背には、何もない。
ただ、一歩を踏み出す足だけがある。
息は、ふたたび始まった。
だがそれは、かつてのような「苦しみの息」ではない。
それは――光を抱いた、覚者の息だった。




