:輪廻の記憶を辿るとき
静かだった。
まるで世界そのものが、息をひそめているようだった。
部屋の灯を落とし、主人公――透(とおる)は、床に敷いた座布に腰を下ろした。
呼吸を整え、目を閉じる。
彼の中で何かが、ゆっくりと沈んでいくのがわかった。
《輪廻転生瞑想法》の第一段階――静意(じょうい)。
これは、心の表層を鎮め、意識の波を穏やかにする段階だ。
吸って……吐いて。
吸って……吐いて。
呼吸は風のように細く、透明になっていく。
やがて彼の内側に、ほんのわずかな“音”が浮かんできた。
それは記憶ではなかった。言葉でも、映像でもない。
けれど、確かに「何か」が、自分の奥から手を伸ばしてくるのを感じる。
第二段階――過意(かい)。
これは、“今の人生”の記憶を静かにたどる過程。
悲しみ、怒り、愛、絶望、微笑み――
過ぎていったすべての感情が、まるで夢の泡のように浮かんでは消えていく。
そして、さらに深く。
第三段階――転相(てんそう)。
魂が、時の川を遡りはじめる段階。
すると、不意に透の目の前に、知らないはずの情景が広がった。
石造りの古い階段。裸足の足元。僧衣をまとった自分。
手には念珠。耳には、読経の音。
そして胸に、消えることのない痛み――
「師を救えなかった」ことへの、悔恨。
“これは……俺の記憶じゃない……”
思った瞬間、その風景が彼の中に深く流れ込んできた。
まるで、何百年も前に生きていた自分が、目の前に蘇ったかのように。
彼の肉体ではなく、魂が思い出していたのだ。
第四段階――転知(てんち)。
それは、過去世の体験を“知る”ことで、現在の苦悩や業(カルマ)の根を悟る段階。
その僧侶だった自分は、慈悲深く、そしてあまりにも優しすぎた。
悪意を見抜く力に乏しく、大切な人を犠牲にしてしまった。
透の心に、理解が流れ込む。
なぜ今、何かを守ることに躊躇してしまうのか。
なぜ、「自分のことより他人を優先してしまう」のか。
なぜ、どこかでずっと“償い”を続けているような感覚に囚われていたのか。
それは――前世の痛みが、今も残っていたからだった。
……そして、静かに涙が頬を伝った。
だが、それは悲しみの涙ではない。
忘れていた“自分の物語”を思い出し、ようやく赦されたような、あたたかな涙だった。
最後の段階――転願(てんがん)。
来世への祈りと意志を、新たに結ぶ段階。
透は、胸の奥に問いを置いた。
次の生では、誰かを救える者でありたい。
ただ優しいだけでなく、強さと智慧をもって、歩いていきたい。
すると、不思議な光が視界にあらわれた。
それは、まだ形を持たない未来の“青い種”。
彼が来世で芽吹かせるであろう、魂の約束だった。




