『仏母の夢』──准胝観音縁起
かつて、深き山の奥にひとりの修験者がいた。名を聖宝(しょうぼう)という。密林の霧が晴れるころ、彼は静かに大地に座り、胸の内に母のような声を聴いた。
「我は准胝。七倶胝の仏を育みし、仏たちの母なり──」
それは優しき囁きでありながら、太古の大地を震わせるような響きだった。
聖宝は目を閉じ、ただ祈った。山の霊木を探し、己が手で観音の像を刻んだ。三つの眼を持ち、十八の腕を広げ、右手には蓮華、左手には剣。そして中央の手は、説法の印を結び、恐れを払い除ける慈しみの印を示していた。
准胝観音──彼女はもともとインドの戦いの女神、ドゥルガーの姿を宿していたという。美しくも恐ろしいその姿は、神々の武具を手に魔族を討ち滅ぼしたと伝えられる。
だが、仏教にその名が唱えられるようになってからは、彼女は変わった。
母のように清らかに、優しく、すべてを赦し包み込む存在となった。
聖宝は唱えた。
「オン・シャレイ・シュレイ・ジュンテイ・ソワカ……
Namaḥ Saptānāṃ Samyaksaṃbuddha Koṭīnām
Tadyathā
Oṃ Cale Cule Cunde Svāhā──」
声にあわせて風が揺れ、木々がざわめき、空気が澄んでいく。
ほどなくして、醍醐天皇に子が生まれぬという話が都から届いた。聖宝は准胝観音に祈りを捧げた。夜毎、焚き火の前で陀羅尼を唱え、静かに願った。
「どうか、仏の子をこの世に──」
そして、その祈りは届いた。
朱雀天皇、そして村上天皇。のちに帝となるふたりが、やがてその世に生まれたのだった。
山にてひとり祈る修験者の夢が、都の命を育むこととなった。
そうして准胝仏母は、母として、観音として、この世に知られていく。修行者を守り、病を癒し、命を育む存在として。六観音のひとりに数えられ、ときに七観音の中心として人びとの心に咲いた。
誰かが今日も、静かに唱えるだろう。
「オン・シャレイ・シュレイ・ジュンテイ・ソワカ──」
それは声なき祈り。
この世すべての母に捧げられる、慈悲のことばであった。
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