阿含宗に詳しい方にお伺い致します 開祖最勝金剛大阿闍梨耶靖雄大覚尊は、阿含宗に於ける修行を仏舎利供養・先祖供養・心解脱行の3つであると明かされ、さらに仏舎利供養は礼拝供養と奉仕修行に分けられ、礼拝供養の中心が真言行であり、真言行のなかでも准胝尊観音真言「のうば さったなん さんみゃくさんぼだくちなん たにゃた おん しゃれい しゅれい じゅんてい そわか」が運を良くし解脱に近づくものとして、専修念仏の如く、時間がある限りお唱えすべきと指導されました。 そこで質問ですが、事行理の三供養や七科三十七道品の位置付けです。 そもそも和讃に於ける事行理の三供養は、仏舎利供養の解説なので、礼拝供養なのか奉仕修行なのかとなりますが、事の供養は礼拝供養にも思えますが、梵行功徳の種をまけとありますので、奉仕修行なのかなとも思います。行供養は仏舎利供養を弘むべしとあり、弘めながら人に尽くし、四無量心の「捨」を大切にして、自らの功徳に対するおごりを捨て、あらゆる怒りを捨てるところが心解脱行にも思えます。理の供養である聖経護持宣布は、奉仕修行に分類されそうです。 また、七科三十七道品は、メシアの法である瞑想とタパス(苦行)と梵行ですが、八法十六法の八法に於ける法次法向であろうと思います。やはり仏舎利供養の奉仕修行なのか、心解脱行なのかとなやみます。特に七科三十七道品は正法と聖衆の根拠となる修行なので位置付けがわからないとなんだかしっくりきません。阿含宗は根本仏教時代の出家者というものは、例え法務部職員と謂えども、与えられている戒律から考えてもおらず、全修行者が在家であるとも言え、開祖御自身すら在家者であったとも思えるので、七科三十七道品が仏舎利供養の奉仕修行なのか心解脱行なのかとても気になります。自らの遺体を聖物と化したい私は、下根と謂えども七科三十七道品を何とか実践したくご教示願います。




