四つの祈りのほとけ
かすかな雨が降る夕暮れ、彼はふと立ち寄った山裾の古びた祠に足を止めた。祠の中には、時を超えて佇む四体の仏尊が、静かにその姿を見せていた。
最初に目に入ったのは、穏やかなまなざしで佇む薬師如来だった。
瑠璃色の体は雨の光を受けて淡く輝き、まるで万病を癒す力がそこから放たれているかのようだった。
「オン・コロコロ・センダリ・マトウギ・ソワカ…」
老僧の声がどこからか響く。
――健康長寿、安産、そして何よりも、眼の病に効くと伝わるこの真言。
旅の疲れに沈んでいた彼の心に、微かな癒しの風が吹いた。
その隣には、柔和な面差しの准胝観音が立っていた。
腕は十八本に広がり、すべての衆生を救わんとする母のような慈愛をたたえていた。
「オン・シャレイ・シュレイ・ジュンテイ・ソワカ…」
その真言が響いた瞬間、彼の胸にあった迷いが、不思議と和らいでいった。
すべてを包み込むような力に、彼はただ手を合わせるしかなかった。
三尊目は、陽気な笑みをたたえた大黒天。
米俵に乗り、打ち出の小槌を握るその姿は、どこか人間くさく、親しみに満ちていた。
「オン・マカキャラヤ・ソワカ」
その響きは、田畑の実り、子孫の繁栄、商売の繁盛、人生の飛躍を祈る声。
彼はふと、遠くにいる家族の顔を思い出し、胸の奥に温かな希望が灯るのを感じた。
最後に立っていたのは、烈火のような情熱をたたえる愛染明王。
燃えるような紅蓮の姿に、思わずたじろぐも、そこには確かな守りの意志があった。
「オン・マカラギャ・バザラシュニシャ・バザラ・サトバ・ジャク・ウン・バン・コク…」
その長く重い響きは、愛と絆、出会いと成就、そして命を守る強い祈りだった。
今まで誰かを深く想うことを恐れていた彼の心に、何かが芽生え始めた。
雨は上がり、空に淡い光が差し込む。
彼はゆっくりと立ち上がり、それぞれの仏にもう一度礼をした。
そして静かに呟いた。
「すべての祈りが、誰かの光となりますように――」




