光の道をゆく者 ― 四つの誓い
深い森の奥、霧が立ち込める小道を、一人の行者が歩んでいた。名は蒼蓮。心に闇を抱えながらも、悟りへの道を求めて旅を続ける若き修行者だった。
ある日、彼は古びた庵に住む老人と出会った。白髪のその男は、かつて王国に仕えた賢者であり、今はただ「無名の師」と呼ばれていた。
「そなた、真に光を求めるか?」
師の問いに、蒼蓮は静かにうなずいた。
「ならば、四つの剣を授けよう。これらを携え、己が心を斬り続けよ」
第一の剣は断断の剣。
「すでに心に芽生えた悪を断つ剣だ。怒り、妬み、迷い――これらが現れたとき、何度でも斬り捨てよ。たとえ立ち返ろうとも、決して手を緩めるな」
第二章 断断の剣、闇を裂く
蒼蓮は山を越え、谷を渡り、荒れ地にたどり着いた。そこには、かつて人々が繁栄して暮らしていたという村の廃墟があった。瓦礫の間には、今もなお怒りと怨嗟の声が澱のように漂っていた。
夜、野営の焚き火の前で、蒼蓮の心にふと怒りの念が浮かんだ。過去の屈辱、裏切られた記憶、抑えてきた憤りが、まるで焚き火の火種をあおるように燃え上がる。
「なぜ、自分ばかりが苦しまねばならぬのか……」
その瞬間、彼の背に冷たい風が吹いた。無名の師の声が、かすかに風にまぎれて届く。
――すでに生じた悪を断て。怒りは、己の光を覆い隠す黒雲なり。
蒼蓮は目を閉じ、ゆっくりと呼吸を整えた。そして、心の中に立ち上がる怒りの幻影に向かって、心の剣を振るった。
「これもまた、幻影に過ぎぬ。」
何度も何度も、怒りがよみがえってくる。だがそのたびに、蒼蓮は剣を抜き、静かに斬り伏せた。怒りを退けるというより、それを見つめ、執着を断ち、手放す修行だった。
やがて、夜が明ける。焚き火は消えていたが、蒼蓮の心の中には、一筋の光が差していた。
「これが……断断の剣か」
彼はつぶやき、再び歩き出す。
第三章 修断の剣、未来を護る
山を下りた蒼蓮は、静かな湖畔の村に立ち寄った。水面は鏡のように澄み、遠くで子どもたちの笑い声が響く、穏やかな場所だった。だが、村の人々の目はどこか怯えていた。
「近くの森に、夜になると魔が現れる」と、老婆が語った。「まだ被害はないが、何かが忍び寄っている。皆、心の奥で不安に怯えておるよ」
蒼蓮は、村の静寂の中に潜む影を感じ取った。人の心に忍び寄る「まだ起こっていない悪」――それは恐れであり、油断であり、慢心でもある。
その夜、蒼蓮は森の入り口に一人、座して静かに心を整えた。焚き火も灯さず、ただ瞑目し、心に生まれようとするものを観察した。
ふと、不意に湧き上がったのは、「この村を守るべきか、立ち去るべきか」という迷い。自己保身の声、正義を装った偽りの思考――そうしたものが、芽を出す前の悪として、心の底でうごめいていた。
彼はそれに気づき、剣を抜いた。
修断の剣――それは、まだ形をとらぬ悪を断ち、未来を護る剣。
「恐れが芽生える前に、信を立てる」
「慢心が芽生える前に、謙虚を学ぶ」
「偽りが芽生える前に、真実を守る」
心に生まれかけた影を、ひとつずつ斬り払うたびに、夜の森は静まり返っていった。
やがて、東の空にわずかな光が差し込む。村に魔は現れなかった。だがそれは、剣で退けたのではなく、蒼蓮の内なる修断によって、未然に消えていたのだ。
翌朝、村人たちは何も知らぬまま、子どもたちと湖辺で遊んでいた。
蒼蓮は静かに村を去った。その背に、誰も気づかなかったが、彼の心には確かに一つの守りが築かれていた。
第四章 随護断の剣、善を育む灯
旅の途中、蒼蓮は一つの僧院に立ち寄った。山間にひっそりと佇むその場所は、草木に包まれ、風が静かに通り過ぎてゆくような、清らかな気の満ちた場所だった。
僧院では、十数人の若き修行僧たちが日々の勤行と学びに励んでいた。彼らは蒼蓮を温かく迎え入れ、共に座禅を組み、経を唱えた。
ある日、蒼蓮は年若い僧のひとり、明真(みょうしん)という少年と話をした。明真は、かつて家族を戦で失い、心に深い傷を負いながらも、今は静かに仏の道を歩もうとしていた。
「私はまだ、怒りを抱えているのです」と明真は言った。「でも、ここに来てから、少しずつ人を許す気持ちが芽生えたような気がするのです」
その言葉を聞いたとき、蒼蓮の心にひとつの剣が共鳴した。
随護断の剣――すでに芽生えた善を、育て、護り、燃やし続けるための剣。
蒼蓮は語りかけた。
「善は小さき火。風が吹けば消え、放っておけばやがて尽きる。だが、手を添え、囲い、灯し続ければ、闇を照らす灯明となる」
それからの数日、蒼蓮は明真と共に草を刈り、経を学び、夜は火を囲んで語り合った。怒りが再び胸を刺すたびに、明真はその感情を見つめ、言葉にし、涙を流した。
蒼蓮は黙って寄り添った。ただ、明真の中にある善の芽が、消えぬよう、折れぬように。
ある朝、明真は蒼蓮に頭を下げて言った。
「私は、人を赦せるようになりたい。善を、もっと大きく育てていきたい」
蒼蓮は頷いた。明真の中にあった善は、確かに育っていた。そしてそれは、自分の中の灯ともなっていた。
別れの時、蒼蓮は一枚の葉に言葉を刻んで明真に渡した。
「心にある善を、火のように守れ。
灯を継ぐ者は、いつか闇を照らす者となる」
彼はまたひとつ剣を強く握りしめ、次の旅路へと歩き出した。
第四章 随護断の剣、善を育む灯
旅の途中、蒼蓮は一つの僧院に立ち寄った。山間にひっそりと佇むその場所は、草木に包まれ、風が静かに通り過ぎてゆくような、清らかな気の満ちた場所だった。
僧院では、十数人の若き修行僧たちが日々の勤行と学びに励んでいた。彼らは蒼蓮を温かく迎え入れ、共に座禅を組み、経を唱えた。
ある日、蒼蓮は年若い僧のひとり、明真(みょうしん)という少年と話をした。明真は、かつて家族を戦で失い、心に深い傷を負いながらも、今は静かに仏の道を歩もうとしていた。
「私はまだ、怒りを抱えているのです」と明真は言った。「でも、ここに来てから、少しずつ人を許す気持ちが芽生えたような気がするのです」
その言葉を聞いたとき、蒼蓮の心にひとつの剣が共鳴した。
随護断の剣――すでに芽生えた善を、育て、護り、燃やし続けるための剣。
蒼蓮は語りかけた。
「善は小さき火。風が吹けば消え、放っておけばやがて尽きる。だが、手を添え、囲い、灯し続ければ、闇を照らす灯明となる」
それからの数日、蒼蓮は明真と共に草を刈り、経を学び、夜は火を囲んで語り合った。怒りが再び胸を刺すたびに、明真はその感情を見つめ、言葉にし、涙を流した。
蒼蓮は黙って寄り添った。ただ、明真の中にある善の芽が、消えぬよう、折れぬように。
ある朝、明真は蒼蓮に頭を下げて言った。
「私は、人を赦せるようになりたい。善を、もっと大きく育てていきたい」
蒼蓮は頷いた。明真の中にあった善は、確かに育っていた。そしてそれは、自分の中の灯ともなっていた。
別れの時、蒼蓮は一枚の葉に言葉を刻んで明真に渡した。
「心にある善を、火のように守れ。
灯を継ぐ者は、いつか闇を照らす者となる」
彼はまたひとつ剣を強く握りしめ、次の旅路へと歩き出した。
第五章 律儀断の剣、未だ来ぬ光を求めて
冬の訪れが近づくころ、蒼蓮は北の地に向かっていた。雪雲が空を覆い、大地は凍てつき、草木は眠る。人々の往来も絶え、ただ白と灰だけが世界を塗りつぶしていた。
その地には、かつて偉大な修行者がいたという。彼は生涯をかけて慈悲を育て、智恵を求め続けたが、何一つ得られぬまま世を去ったと伝えられる。
「得られぬ努力は、無であるか」
蒼蓮は問いかけるように風の中を歩いた。自身の中にも、第四章 随護断の剣、善を育む灯
旅の途中、蒼蓮は一つの僧院に立ち寄った。山間にひっそりと佇むその場所は、草木に包まれ、風が静かに通り過ぎてゆくような、清らかな気の満ちた場所だった。
僧院では、十数人の若き修行僧たちが日々の勤行と学びに励んでいた。彼らは蒼蓮を温かく迎え入れ、共に座禅を組み、経を唱えた。
ある日、蒼蓮は年若い僧のひとり、明真(みょうしん)という少年と話をした。明真は、かつて家族を戦で失い、心に深い傷を負いながらも、今は静かに仏の道を歩もうとしていた。
「私はまだ、怒りを抱えているのです」と明真は言った。「でも、ここに来てから、少しずつ人を許す気持ちが芽生えたような気がするのです」
その言葉を聞いたとき、蒼蓮の心にひとつの剣が共鳴した。
随護断の剣――すでに芽生えた善を、育て、護り、燃やし続けるための剣。
蒼蓮は語りかけた。
「善は小さき火。風が吹けば消え、放っておけばやがて尽きる。だが、手を添え、囲い、灯し続ければ、闇を照らす灯明となる」
それからの数日、蒼蓮は明真と共に草を刈り、経を学び、夜は火を囲んで語り合った。怒りが再び胸を刺すたびに、明真はその感情を見つめ、言葉にし、涙を流した。
蒼蓮は黙って寄り添った。ただ、明真の中にある善の芽が、消えぬよう、折れぬように。
ある朝、明真は蒼蓮に頭を下げて言った。
「私は、人を赦せるようになりたい。善を、もっと大きく育てていきたい」
蒼蓮は頷いた。明真の中にあった善は、確かに育っていた。そしてそれは、自分の中の灯ともなっていた。
別れの時、蒼蓮は一枚の葉に言葉を刻んで明真に渡した。
「心にある善を、火のように守れ。
灯を継ぐ者は、いつか闇を照らす者となる」
彼はまたひとつ剣を強く握りしめ、次の旅路へと歩き出した。
芽生えていない善がある。大慈、大悲、大智、大願――それらは未だ心に根を張ってはいない。だが、心のどこかで、それらを求める渇きが確かに燃えていた。
凍てつく野原で一人、彼は座した。寒さが骨を刺し、風が肌を裂くように吹く。だが彼は静かに目を閉じ、己の中に「まだ存在していない善」を求めた。
律儀断の剣――それは、未だ芽吹かぬ善を志し、歩み、得ようとする剣。
「たとえ今、慈悲を持たずとも、慈悲を求めよう」
「たとえ今、智恵を持たずとも、智恵に憧れよう」
「たとえ今、力を持たずとも、力を備える者となろう」
彼は手を合わせた。それは空を打つ祈りではなかった。確かな志として、未来に剣を立てる誓願だった。
やがて、雪が降り始めた。白く静かな空から、ひとひらの雪が蒼蓮の掌に舞い落ちる。それは、まだ訪れていない春の予兆だった。
彼は立ち上がった。歩みはゆっくりと、だが確かだった。
すでにある善は守り、今ある悪は断ち、来るべき悪を防ぎ、未だ見ぬ善を求める。
それが、彼が受け継いだ四つの剣――四正断の道であった。
終章 そして光は、歩む者の中に
その後、蒼蓮がどこへ向かったのかを知る者は少ない。だが、時おり語られる。
「かつて、一人の修行者が雪原を歩いた。彼の足跡には、光が宿っていたと」
そう、人々は語り継ぐ。光とは、どこかにあるものではなく、求め、守り、断ち、願う者の内にこそ生まれるのだと――。




