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七つの灯 ―現代を照らす覚りの道―』

七つの灯 ―現代を照らす覚りの道―』

第一話:迷いの中の光 ― 択法覚支 ―

東京・中野。
高層ビルとカフェチェーンの間に、ひっそりと古びた門があった。門の上には小さな木札がかかっている。「光心庵」――。

雨上がりの夕暮れ、大学生・**山本陽翔(はると)**は、いつものようにフードを被り、スマホの画面を眺めながら道を歩いていた。SNSのタイムラインには、他人の幸福と成功がぎっしりと詰まっていた。

「就活、内定、結婚……まるで俺だけが、取り残されてるみたいだ。」

心の奥で何かが凍えていた。講義にはほとんど出ず、バイトも辞めた。将来のビジョンも、やりたいことも、すべてが霧の中にあった。

そんなとき、ふと視線の先に、光心庵の門が現れた。

「……寺?」

陽翔はそのまま通り過ぎようとした。しかし、背後から聞こえてきた鐘の音が、彼の足を止めた。

ゴーン……。

乾いた都会の音に混じって響く、重くも澄んだ音。それは、胸の奥深くに沈んだ「何か」に触れた。

「お前は、何を見ている?」

本堂の縁側に座る老人が、陽翔に声をかけた。白い作務衣をまとい、目尻の深いしわが穏やかに動く。光堂禅海(こうどう ぜんかい)。この寺の住職だった。

「スマホです。……まあ、暇つぶしですけど。」

「ふむ。では、暇はつぶせたか?」

陽翔は答えられなかった。

禅海は、傍らの湯呑を陽翔に差し出しながら、続けた。

「情報というのは、火のようなものだ。暖も取れるが、触れすぎれば焼ける。お前の目は、焼け焦げたような色をしておる。」

「……何を信じればいいのか、わからないんです。親も学校も、世間も、『正しいこと』っていろいろ言うけど、どれがホントなのか……。俺には、全部嘘にしか見えない。」

禅海はしばらく黙ってから、微かに頷いた。

「それを見抜く智慧が、人には必要なのだ。仏法ではそれを――択法覚支と呼ぶ。」

「たくほう……?」

「択法。すなわち、数多の教えの中から真実を選び、偽りを捨てる力だ。人の目は濁りやすい。だが、選び取る目を養えば、自分の道を見つけることができる。」

陽翔は、ふとスマホの画面を見下ろした。フォロワーの数。いいねの数。流れる情報。そのすべてに、何かを委ねていた自分に気づいた。

「じゃあ、俺にも……見えるようになるんですか。ホントの道が。」

「選ぼうとする者には、必ず道は現れる。たとえ最初は小さな灯でもな。」

禅海のまなざしは、深い井戸の底のように静かだった。

陽翔は、その日初めてスマホをポケットにしまった。

あくる朝、光心庵の掃除に訪れた陽翔の背には、何かが芽生えていた。
それはまだ小さな芽だったが、確かに心の闇を裂く「選ぶ力」の始まりだった。

―択法覚支、第一の覚り。迷いの世を生き抜くために、まず真実を見抜け。―

第二話:一歩を踏み出す勇気 ― 精進覚支 ―

朝の光が、光心庵の瓦屋根をやわらかく照らしていた。

本堂の裏庭には、竹箒を握る陽翔の姿があった。
ぎこちない手つきながら、彼は黙々と落ち葉を集めていた。

「……昨日より、手際がよくなったな。」

ふいに声をかけたのは、禅海だった。陽翔は箒を止め、照れくさそうに笑った。

「最初はしんどかったんですけど、やってるうちに……なんか、変な感じで落ち着くんですよね。」

「それが精進の入り口だ。」

「精進……って、ただ真面目に頑張るってことですか?」

「いや、仏道における精進覚支とは、一心に努力し、たとえ迷いが戻ってきても退かぬ覚悟を言う。目標があろうがなかろうが、とにかく歩みを止めぬことだ。」

禅海は、庭の石を一つ持ち上げながら続けた。

「人は『意味がない』と思えば、すぐにやめてしまう。だが意味など、後からついてくるものだ。意味を求めて動くのではなく、動くことで心が磨かれる。」

陽翔は、その言葉を静かに胸に落とした。

数日後――。
陽翔は再び、家のベッドに横たわっていた。
スマホの通知が次々と鳴る。友人の内定報告、SNS上の「リア充」な日常……。それらが再び、彼の心に影を落としかけた。

「……俺が寺で掃除してる間に、みんなは前に進んでる。」

心の奥に、あの「無力感」が再びささやく。

だがそのとき――ふと思い出されたのは、禅海の言葉だった。

「精進とは、たとえ迷いが戻っても退かぬことだ。」

陽翔はスマホを伏せ、意を決して布団を跳ねのけた。

着替えを済ませ、外に出る。
薄曇りの空の下、彼の足はふたたび光心庵へと向かっていた。

その日から、陽翔は毎朝、寺に通うようになった。
掃除、薪割り、写経、坐禅――最初は「意味があるのか」と思っていた作業に、少しずつリズムと心の静けさが生まれてきた。

ある朝、禅海は陽翔の手に、古い小冊子を渡した。表紙にはこう書かれていた。

「千里の道も、一掃の箒から始まる」

それは、精進を貫く修行者に贈られる言葉だった。

陽翔は冊子を胸に抱きしめながら、小さく頷いた。

「少しずつでいい。俺は、俺の道を歩いていく。」

―精進覚支、第二の覚り。歩みを止めるな。疑いも、怠けも、超えていけ。―

第三話:心に灯るひかり ― 喜覚支 ―

六月の朝。
境内の紫陽花が、しっとりとした雨に濡れていた。

光心庵の本堂では、陽翔が静かに坐っていた。瞑想の時間。
脚は少ししびれるが、彼は呼吸を数え、ただ「今、ここ」に意識を置こうとしていた。

深く、ゆっくりと、息を吐く。

……すこしだけ、心が澄んでいく感覚があった。

その後、禅海とともに行った写経の時間。
陽翔は筆に集中し、細い文字を一画ずつ書き写していた。
最初はぎこちなく、ただ「ミスしないように」と焦っていた彼だったが、今は違った。

一文字書くたびに、心のざわめきが収まっていく。
まるで、混乱した思考の断片が、筆先から静かに落ちていくようだった。

やがて、すべてを書き終えたとき、陽翔は何とも言えない感覚に包まれた。

それは達成感とも違う。
誰かに褒められるわけでも、報酬があるわけでもない。

「……なんだ、これ。妙に、嬉しい……。」

午後、陽翔は禅海と一緒に、近所の保育園へ行った。
「お寺の人が読み聞かせに来てくれる」と聞いて、子どもたちが集まっていた。

彼は最初、戸惑いながらも紙芝居を手伝った。
子どもたちは陽翔の声に目を輝かせ、「もっと読んで!」と叫んだ。

その小さな瞳の中に、自分の存在が映っていることを感じた。
――誰かのために動くということが、こんなに嬉しいなんて。

帰り道、禅海がふと陽翔に尋ねた。

「今日のお前は、なぜ笑っていたのか?」

陽翔は立ち止まり、考えた。そして、ぽつりと答えた。

「たぶん……“今”にちゃんと生きてるって、初めて思えたんだと思います。」

禅海はうなずき、空を仰いだ。

「それが、喜覚支だ。
教えに出会い、修行に身を入れ、自らの内に小さな光が生まれる――そのとき、喜びは自然と湧いてくる。
外に求める喜びではなく、内から満ちる喜びだ。」

陽翔は、その言葉を胸にしみ込ませた。
この修行は、つらいことばかりじゃない。
その先にある、「ほんとうの自分」と出会う道なのだ――。

―喜覚支、第三の覚り。行ずる中にこそ、内なる歓喜が芽生える。―

 

第四話:風のように ― 軽安覚支 ―

「……あれ、今日は身体が軽いな。」

朝、陽翔は目を覚ますなり、ふとそう感じた。
布団からすっと立ち上がり、軽快な足取りで洗面所へ向かう。

光心庵へ向かう道のりも、以前よりずっと短く感じられた。
鳥のさえずり、朝の光、風の匂い――それらが、なぜか心地よい。

「……なんだろう、最近の俺。」

そうつぶやいたとき、自分の口元がわずかにほころんでいるのに気づいた。

その日の作務は、境内の苔庭の手入れだった。
竹の熊手で苔の間の落ち葉をやさしく取り除く。

ひとつ、またひとつ――。
陽翔の動きは、無駄がなくなっていた。
手足が自然に動き、呼吸は深く、心も穏やかだった。

禅海がそっと近づき、声をかけた。

「……軽安、だな。」

「軽安?」

「心と身体が調和し、重たさや緊張から解き放たれること。
修行が“義務”から“自然な生き方”へと移り変わった証だ。」

陽翔は熊手を止め、思い返した。
最初は身体が重くて、何をするにも億劫だった。
だが今、朝起きて寺に来るのも、掃除をするのも、苦ではなくなっている。

「……いつの間にか、楽になってたんですね。」

「それは、お前の中の“抵抗”が減ったからだ。
心が争わなければ、身体も自然に動き出す。
それが『軽安覚支』の現れ。」

禅海は空を仰ぎ、こう続けた。

「“無理をしない”というのは、“何もしない”ことではない。
本来の自分にそった動き方をするとき、心身は軽やかになる。」

その夜、陽翔はひとりで坐禅をしていた。
蝋燭の灯が、静かに揺れていた。

背筋を伸ばし、目を閉じる。
無理に「集中しよう」とせず、ただ自然に息を見守る。

呼吸が、風のようだった。
思考が、波のように遠のいていく。

……重たかった自分の心が、ふっと空に溶けていく感覚。

「……ああ、こういうのか。」

言葉にはならないが、確かに何かが腑に落ちた。

―軽安覚支、第四の覚り。心身の調和が、生きる苦しみをほどいてゆく。―

 

第五話:手放す勇気 ― 捨覚支 ―

ある雨の昼下がり。
光心庵の軒先で、陽翔はじっと座っていた。
庭を打つ雨の音。ひとしずく、またひとしずく。

その日は不思議と心が重たかった。
身体は軽い。動作も穏やか。だが、心の奥で、何かがくすぶっていた。

「……俺は、本当に変われてるのか?」

突然、胸の内に湧き上がった疑問。
それは、日々の修行の中では触れずにいた“問い”だった。
自分は逃げてきたのではないか。過去の痛みも、失敗も――。

その晩、禅海が話しかけてきた。

「陽翔、お前はまだ“持っている”な。」

「……何を、ですか?」

「心の荷物だ。過去の後悔、未来への不安。
それはどちらも、実際には“いま”には存在しない幻想だ。」

陽翔は言葉を返せなかった。
確かに、目の前の修行に集中しているようでいて、
心のどこかで「過去の自分」を握りしめていた。

禅海は、ひとつの石を手渡した。
掌に収まる、ただの丸い小石だった。

「それをしばらく持っていろ。眠るときも、作務のときも、坐禅のときも。
そして、“もう要らない”と思ったとき、自分で捨てろ。」

三日が経った。
石はだんだんと煩わしくなり、重たく感じるようになった。
ポケットに入れても、邪魔。眠るときには痛む。
ふと陽翔は気づく。

「ああ、俺の心も、こうやって執着を握ってたんだ。」

ただ“持っていなければ”いいのに、なぜか手放せない。
“持っていることに慣れてしまった”だけだった。

その夜、陽翔は静かにその石を山道の分かれ道に置いた。

「……ありがとう。もう、お前がいなくても、大丈夫だ。」

風が吹き抜け、木の葉がさやさやと鳴った。

その瞬間、心の中の何かが、確かに“離れていった”。

翌朝の坐禅。
目を閉じた陽翔の心は、ただそこに在った。
過去でも未来でもなく、いま、この息の中に。

執着のない心は、静かで、広く、そしてあたたかかった。

―捨覚支、第五の覚り。
とらわれを手放すとき、心は本来の静けさへと還る。―

第六話:揺るぎなき静けさ ― 定覚支 ―

「陽翔、雑念をなくそうとするな。
むしろ、雑念の中にあっても、心を保て。」

ある日、坐禅の最中に禅海がそう語った。

陽翔は戸惑った。
今までは“無”になろうと必死に呼吸を数え、
雑念が浮かぶたびに、自分を責めていた。

「……でも、気が散ったら“負け”じゃないんですか?」

「いいや。本当の“定”とは、散っても戻る力なんだ。」

禅海は、境内の竹を指差す。

「風が吹けば揺れる。だが、根は地に留まる。
それが『定覚支』――動中の静、乱中の安。」

その教えを胸に、陽翔は作務へと戻った。
掃き掃除をしながらも、呼吸を見つめてみる。
雑念が入るたび、そっと“戻ってくる”。

「今、ここにいる――ただ、それだけでいい。」

最初は難しかった。
だが、繰り返すほどに、心は呼吸とひとつになっていった。

数日後、陽翔は東京の実家へ一時帰省することになった。
都会の喧騒、人々の忙しさ、スマートフォンの通知――
そこには、光心庵のような静寂はなかった。

しかし、陽翔の内には“定”が根づいていた。

電車の中で、雑踏の中で、喫茶店で。
どんな場所でも、彼は静かに呼吸を見守ることができた。

“集中する”のではない。
“集中している状態に戻る”のだ――何度でも。

夜、帰宅した陽翔はふと庭の月を見上げた。

「修行って、坐ってる時間だけじゃないんだな……
日常こそが、禅の道場なんだ。」

その瞬間、彼の心はひとつの静けさに包まれていた。

―定覚支、第六の覚り。
動きの中に留まり、心が日常を照らしはじめる。―

 

第七話:いま、ここに在る ― 念覚支 ―

陽翔はある朝、禅海のもとで問いを受けた。

「お前はいま、“ここ”に在るか?」

「……え?」

「頭で答えなくていい。心で見ろ。
いま、ここに――お前は本当に“居る”か?」

その問いは、深く胸に突き刺さった。

午前の作務。
雑巾がけの最中に、陽翔の思考は別のことを考えていた。
明日の予定、昨夜の夢、誰かの言葉――
気づけば、手の動きも止まりかけていた。

(……また“いま”を失ってる。)

ふと、陽翔は自分の呼吸に意識を戻す。
雑巾の感触、木の冷たさ、鼻をかすめる風。
その一瞬一瞬を、ありのままに感じとろうとする。

禅海の言葉が蘇った。

「念とは、“思い”ではない。
瞬間瞬間を“忘れずに生きる”力だ。」

その日の午後、光心庵の庭で、小さな蝶を見つけた。
陽翔はしばらく、それを見つめていた。
羽ばたく蝶。揺れる草。遠くで鳴く鳥。
何もしていない。けれど、心は満たされていた。

(この瞬間を、ただ生きる――それだけで、いいんだ。)

夜の坐禅。
陽翔は、呼吸とともにただ座っていた。
意識は、過去でも未来でもなく、「いま」に溶けていた。

「念」とは、努力して掴むものではなかった。
それは、“忘れずに在り続けること”。
心が道を外れかけても、そっと戻ってくる優しい力。

やがて蝋燭の火が揺れる音さえも、
彼の内なる静けさを壊すことはなかった。

―念覚支、第七の覚り。
一瞬一瞬を忘れずに生きるとき、心は仏とともにある。―

七つの覚支がすべてそろったとき、
陽翔の中には、静かだが確かな“変容”が宿っていた。

もはや修行は、特別なものではなくなった。
生きることそのものが、道となったのだ。

 

 

第七話:いま、ここに在る ― 念覚支 ―

陽翔はある朝、禅海のもとで問いを受けた。

「お前はいま、“ここ”に在るか?」

「……え?」

「頭で答えなくていい。心で見ろ。
いま、ここに――お前は本当に“居る”か?」

その問いは、深く胸に突き刺さった。

午前の作務。
雑巾がけの最中に、陽翔の思考は別のことを考えていた。
明日の予定、昨夜の夢、誰かの言葉――
気づけば、手の動きも止まりかけていた。

(……また“いま”を失ってる。)

ふと、陽翔は自分の呼吸に意識を戻す。
雑巾の感触、木の冷たさ、鼻をかすめる風。
その一瞬一瞬を、ありのままに感じとろうとする。

禅海の言葉が蘇った。

「念とは、“思い”ではない。
瞬間瞬間を“忘れずに生きる”力だ。」

その日の午後、光心庵の庭で、小さな蝶を見つけた。
陽翔はしばらく、それを見つめていた。
羽ばたく蝶。揺れる草。遠くで鳴く鳥。
何もしていない。けれど、心は満たされていた。

(この瞬間を、ただ生きる――それだけで、いいんだ。)

夜の坐禅。
陽翔は、呼吸とともにただ座っていた。
意識は、過去でも未来でもなく、「いま」に溶けていた。

「念」とは、努力して掴むものではなかった。
それは、“忘れずに在り続けること”。
心が道を外れかけても、そっと戻ってくる優しい力。

やがて蝋燭の火が揺れる音さえも、
彼の内なる静けさを壊すことはなかった。

―念覚支、第七の覚り。
一瞬一瞬を忘れずに生きるとき、心は仏とともにある。―

七つの覚支がすべてそろったとき、
陽翔の中には、静かだが確かな“変容”が宿っていた。

もはや修行は、特別なものではなくなった。
生きることそのものが、道となったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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