『七科の道品 ――智慧の山を越えて』
旅の途上、一人の求道者がいた。名は蓮志(れんし)。真理を求めて幾つもの山を越え、谷を歩き、いまや彼は、辺境の石窟寺院にたどり着いていた。そこには、伝説の老僧・慧光(えこう)が住んでいるという。
石窟に入ると、薄明の中で老僧がゆっくりと立ち上がった。
「おまえは、何を求めに来たのか」
「智慧です。……そして、悟りに至る法を」
老僧は黙して頷き、一巻の古い経巻を差し出した。
「これは『七科三十七道品』の教え。真に歩む者だけが理解できる」
蓮志は巻を開いた。そこには、七つの修行の章が刻まれていた。
第一章:四念住法 ――目覚めの内観
「まず、己を観よ」
老僧の声が石窟に響いた。
「この身は不浄なり。受は苦なり。心は無常なり。法は無我なり」
蓮志は目を閉じ、心の中でそれを反芻する。肉体の老いと腐敗、感受の束の間の快楽、移ろう心、そして、すべてに固定された「我」は無いこと。
「これは四聖諦の内なる実践じゃ。悟りは外に求めるな。まず、心のなかの観察から始まるのだ」
第二章:四正断法 ――悪を断ち善を育む
「悪を断ち、善を育め」
老僧の語る修行は厳しい。
すでに起こった悪を断ち、これから起こりうる悪を防ぐ。
既にある善を守り、未だ芽吹かぬ善を育てる――
「仏道とは、心の雑草を抜き、徳の種を育てる庭師のごとし」
第三章:四神足法 ――神通への門
蓮志は思わず眉をひそめた。
「……これは、ブッダの教えとは思えぬ」
老僧は笑った。「そこに気づいたか」
四神足――欲、勤、心、観――これらを極めた者は、神通力を得るという。
「だが誤解するでない。“神”とは不思議なる法の妙用、“足”とは到達のよりどころ」
この修行は、単なる超能力ではない。肉体を鍛え、精神を研ぎ澄まし、霊性を開花させ、知性と霊性を融合させる進化の道だった。
「おまえは、旧き脳を超え、新しき脳で真実を観る覚悟があるか?」
第四章以降:五根・五力・七覚支・八正道 ――智慧の山を越えるために
信・精進・念・定・慧――五つの根と五つの力。
さらに七つの覚支、八つの正しい道。
それらはすべて、彼の心の地図となった。
正見によって道を見出し、正思惟によって定め、正語と正業によって清らかに生き、正命で行いを調え、正精進で進み、正念で道を忘れず、正定で心の安らぎに至る。
ある夜、蓮志は老僧に尋ねた。
「なぜ、四神足法だけが、あまりにも異質なのですか?」
老僧はしばらく黙っていたが、やがて深く静かに言った。
「それは……この修行だけが、人間を超えた何かへと誘うからだ」
「人間の限界を超え、ブッダの智慧を直接見るための道。それは時に、危うくもあり、破天荒でもある。だが真の賢者は、そこに怯えず、一歩を踏み出す」
蓮志は経巻を閉じた。
石窟の外では、夜が明けはじめ、金色の光が差し込んできた。
それはまるで、内なる智慧が目覚めたかのような光であった。




