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徳を積む者

徳を積む者

その山寺は、深い霧の奥に隠れるようにして佇んでいた。

春月という青年は、人生の岐路に立っていた。幼き頃より、心の奥底に「このままではない何か」があると感じていた。名誉でも金でもなかった。魂の底から湧き上がる渇き。それは、生きていることの意味を問う声だった。

ある日、彼は老僧に出会った。山寺の門前で座していたその僧は、春月の顔を見ただけで、何かを見抜いたようだった。

「きよめる行と、高める行。この二つの道が、そなたを仏の道へと導くであろう」

「きよめる…?」

春月が問うと、老僧はゆっくりと頷き、語り出した。

「まず、自らの三業——身と、心と、霊を浄化せねばならぬ。これがきよめる行じゃ。前世から持ち越した身体の悪業を断ち、心に染みついた煩悩を焼き払い、迷い彷徨う不成仏の霊障を清める。霊としての自己を浄化するのじゃ」

その言葉は、春月の胸の奥に刺さった。なぜかわからぬが、自分が何かを背負って生まれてきたことを、彼は本能的に感じていたからだ。

「そしてな…」と老僧は続けた。「それだけでは不十分。次に高める行がある。徳を積み、福を得る道じゃ。不徳の者は、何を学ぼうが、何を修行しようが、高みに届くことはできぬ。仏陀になるとは、徳の高みに至るということじゃ」

春月は拳を握った。

「だが、どうすればその徳を積めるのですか。徳を積みたくても、私には…」

老僧はにっこりと笑った。

「そのために準胝尊千座行(じゅんていそん・せんざぎょう)があるのじゃ。誰もが三業を清め、徳を積むことができるように編まれた修行法。それこそが、因縁を解き放つ鍵となる。仏陀の道——七科三十七道品への第一歩なのじゃ」

春月の背後に、風が吹いた。霧の中、鐘の音が静かに響いた。

老僧は立ち上がった。まるで何かを見届けたように。

「知識や学問ではない。修行の過酷さだけでもない。仏陀の法にふさわしき器とは、徳を宿した者だけ。仏は徳なき者にはその法を授けぬ。わしが成仏法に至れたのも、ひとえに積み重ねた徳のおかげじゃ」

春月は頭を垂れた。仏陀になるとは、遠く険しい道ではあるが、確かに歩み出せる道なのだ。

——そして、彼はその日から千座行に入った。

己の三業を清め、徳を積み、いつか、悟りに至る者となるために。

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