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と。

現代語訳

解説

このように私は聞きました。ある時、仏さまはクル(拘留)国の雑色牧牛聚落におとどまりになっておられました。その時、仏さまはもろもろの比丘に、次のようにお話しされました。

「私は知見を得たことによって、もろもろの煩悩がなくなりました。不知見ではないからである。 なぜ、私は知見によって、もろもろの煩悩がなくなったのでしょうか? 不知見ではないからで

ある。

それはどういうことかというと、これは色である、これは色の集である、これは色の滅である、 これは受・想・行・識である、(これは受の集である、これは受の滅である、これは想の集である、これは想の滅である、これは行の集である、これは行の滅である)これは識の集である、これは識の滅である」

 

である」 と。

解說

知見とは、真の智慧によって物事を見ることで、換言すれば悟りを得たということです。この悟りの力によってすべての煩悩をなくすことができた、とお釈迦さまはここでおっしゃっておられます。漏とは煩悩の異名です。煩悩は心の中にいつの間にか漏れ出てきますから、漏と呼びます。

ごうんかんぱう 「此れは色なり、此れは色の集なり、此れは色の滅なり、此れは受・想・行・識なり、此れは (受・想・行・)識の集なり、此れは(受・想・行・)識の滅なり」は、五蘊観法という瞑想です。 人間は色(物質的現象)・受(感覚)・想(表象)・行(意志)・識(意識)の五つの構成要素からできている、と仏教では考えますが、この五つの構成要素のことを五蘊(五隊)と呼びます。五道観

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