遠い昔、天の神々イザナギとイザナミの間に生まれた一柱の神がいた。その名を戎(えびす)という。しかし、この神は生まれながらにして足腰が弱く、3歳になっても立つことができなかった。これを見た父母は、心を痛めながらも彼を葦で作った小さな船に乗せ、運命の波に委ねた。
海は広く、波は穏やかに戎を運んだ。漂い流れたその先、彼がたどり着いたのは西宮の地であった。そこは豊かな自然に囲まれ、やがて戎はこの地で育てられることとなる。
彼の幼き頃の記憶には、青い空と広がる海、そして浜辺に打ち寄せる白い波が刻まれていた。海に抱かれた彼は、次第に釣りの技を身につけるようになった。その姿は人々の目に福を呼ぶものとして映り、やがて彼は「福の神」として信仰されるようになる。
戎の姿は風折烏帽子(かぎおりぬ)を被り、指貫(さしぬき)をまとい、釣り上げた大きな鯛を抱えるものとして描かれる。海から訪れた神、釣りを愛した神、そして人々の商売繁盛をもたらす神――それが戎、すなわち「えびすさま」である。
だが、彼が海に深い縁を持つ理由はそれだけではなかった。人々は古くから漂着物に神秘を見出していた。海を越えて運ばれるものは、未知の福や富をもたらす贈り物とされたのだ。異邦の者を意味する「夷(えびす)」の名を持つ彼が、やがて七福神の一柱として信仰されるようになった背景には、海を越える神秘的な力があったのだろう。
えびすさまは今日も西宮の地に、その福を求める者を迎える。彼の優しき眼差しの向こうには、青く広がる海と、無限の可能性が広がっているかのようだった。




