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人はどんな因縁をもつか 2

江戸川に

次の間で毒が薬を煎じてる」

という句があるが、これは、まさにこの因縁を持つ女性をズバリと旬にしているものと感心させ られる。この句の意味は、亭主が年中病弱で寝ている。 その家をたずねてみると、亭主の寝ている 次の部屋で、若い美しい君が、かいがいしく薬を煎じている。 しかし実際はこの美しい君が 身の亭主にとっては毒なのだ、というところから、君が薬を煎じているのを、毒が薬を、と皮肉 っているわけである。

この因縁を持つ女性を妻に持つと、その夫は年中病弱となるか、または仕事がうまくいかず、年 中失敗したり、渋滞しがちとなる。 生命力を削られるところから、運が非常に悪くなるのである。 いかに才能、手腕があろうとも、必ずなにか一つの不運につきまとわれる。 君が一心につかえれ ばつかえるほど夫の運気が悪くなるのであるからである。

よく、世間にあることだが、立派な君を持った夫が、他に女をつくり、その女より妻君のほう がはるかに色も頭もすぐれているので人が不思議があるが、これは、君のほうに、この 夫の運気を剋する因縁があるために、夫が、生命力自衛の本能から、無意識に君に反発して、そ ういう因縁のない運気のおだやかな女性を求め、逃避するためなのである。 中年になってそういう ことがよく起こるのは、もちろん、中年代で経済的に余裕ができたり、君の色が衰えてきたと いうことも理由の一つにはなるが、根本的には、若いうちは、夫のほうも生命力が強いのでより実

気翹害にも平気で耐えられているからそれほど感じないが、年をとるにつれて生命力が の場が欲しくなってくるのである。

この因縁の強いものを持つ女性が、いわゆる「後家運」とよばれるもので、色情の因縁のある夫 は、前記したように他の女性に逃避し、色情因縁のない夫は、趣味に逃避したり、仕事に没頭した 冷たい家庭となるのである。もし、生命力の弱い夫であったら、死んでしまう。 すなわち 家運とよばれるゆえんである。 女性として幸せな家庭を持とうと思ったら、まず、 まっさきに切 らねばならぬ因である。

8 夫婦障害の因縁 (阿失理沙星)

夫婦 結婚生活に障害が起きる因縁である。

なんとなくおたがいに性格が合わず、年中不満を持ち合ってゴタゴタが絶えず、冷たい家庭にな

または、おたがいに愛情は持ち合っているのだが、どちらかが気になって別居をよぎなくされ とか、仕事の関係で別れ別れに住む、シュウトなどの関係で夫婦仲がうまくいかぬ、等とに かく、愛情の有無にかかわらず、結果的に夫婦仲がうまくいかない。離婚してしまうというところ まではいかぬが、とにかく、年中その一歩手前までいってゴタゴタしているのである。

9 夫婦縁破れる因縁 (布沙也星)

この因縁を持っている人は、男女とも、必ず生別か死別をまぬがれない。生別となるか死別とな るかは、相手かたの生命力の強弱による。

10 刑獄の因縁(帝屋)

運の時に、必ず刑事事件を起こして、刑務所につながれることになる因縁である。

たいていほかの悪い因縁をあわせ持っていて、それらの悪い因縁とからみ合って起きるのがふつ である。

ごく悪い因縁がほかにあると、殺人強盗等の凶悪犯となり、軽い場合には業務上の過失、選挙違 反等で刑罪にふれる。この因縁があると、心がけのよい悪いにかかわらず、必ず罪にふれることに 先日相談に来た人でよい例があった。立派な人格者で、某大学の助教授であるが、ほんのわ ずか交際の酒をのんで帰りの車を運転し、暗がりで人をひいて重傷を負わせてしまった。飲酒運転 の罪に問われ、裁判中である。

1 目を失い、手足を断つ肉体障害の因縁(哩)

目がつぶれて失明したり、手足を断つ、というように、肉体に障害をうける因である。つまり

怪我の因縁で、自動車、汽車、電車等の事故に遭うのはみなこの因縁を持っている人である。人から 傷害をうけるのもこの因縁である。 別に、病気の因縁を持っている人は、その因縁と結びついて、 手術という形になってあらわれる場合も少なくない。

事故で手足を失う、というように出る場合のほか、神経痛、リウマチ等で手足が痛んだり足腰が 立たなくなったりする。

脳障害の因縁をあわせ持つ人は、脳いっ血、または脳軟化症などから中気になって長年寝たきり となる。

この因縁が内臓のほうにあらわれた場合、肺結核、気管支炎、息等の呼吸器疾患を病む。 幼児でこの因縁を持った子が、年中この因縁にからだを責められるため、発育不良になったり、 病質になったり、強度の神経質、夜泣きなどするようになることがある。 (幼児 少年の神経質 <カン症は、脳障害の因縁からくる場合と、この肉体障害の因縁に責められてなる場合と、二と おりあるのである)

1 横変の因縁(阿

肉体障害の因縁がさらに強くなり、悪化したもので、必ず横死、変死をする。 自殺、殺、事故 死のいずれかをまぬがれることができない。 三代以内の血縁中に、同じ因縁で亡くなった縁者を持 っている人が多いのが特徴である。

求聞持脳の目ざめ

 

**イントロ**
音は呼吸に乗せて
命の力を宿し
炎の呼吸で響かせ
魂に深く刻み込む

**サビ**
チャクラの波に乗り
声は脳に響く
共鳴する心の奥
秘めた力、目覚める

 

 

音声とは、呼吸、発声、そして共鳴。この三つの要素で成り立っている。いずれも等しく重要であり、互いに密接に結びついている。発声はその音を生み出し、共鳴はその振動を倍加し、呼吸はその二つを動かす原動力である。

クンダリニー・ヨーガの呼吸法――「火の呼吸」とも呼ばれるそれは、まるでフイゴのように強く、そして激しい。これが発声と共鳴の源となり、その力強さは想像を超えるものである。しかし、この三つの要素を完全に活かすためには、身体全体を鍛え上げる必要がある。特に、強靭な肋間筋と腹筋、そして頑丈な横隔膜が求められるのだ。

私は、ムラダーラとマニピューラの二つのチャクラが、この重要な筋肉群を支配していることを知っていた。この二つのチャクラが目覚めたなら、これらの器官を自由自在に操ることができる。私が以前からこれらのチャクラを鍛えていたことは、今にして思えば幸運だった。

呼吸法と発声が完成したとき、次に私が取り組んだのは、独自の共鳴腔を作り上げることだった。

音声の共鳴は、喉腔を囲む骨組みの付加運動によって作られる。頭部の中にある腔と振動が共鳴し、音を増幅させるのだ。これは、練習すれば誰でも習得できる技術である。もちろん、上手下手の差はあるが――。しかし、私の場合は、さらに特殊な工夫が必要だった。その共鳴を、自然の法則に逆らって内部に取り入れる必要があったからだ。

生物の発声器官は、すべて外部に向かって音を発するように作られている。それを、私は内部に向けようと試みた。無謀な挑戦であったが、ついに私はそれを成し遂げた。それを可能にしたのは、やはりチャクラの力であった。

発声し、腔内で共鳴させた真言の振動を脳の深部に送り込む作業は、マニピューラ、スヴァジスターナ、アナハタの各チャクラの力を借りなければ絶対にできないと悟った。私は思い切って、完成したこの秘密技術の一部を明かそう。喉腔内で作り上げた共鳴の振動を、そのまま脳の深部に送り込むことはできない。それは絶対に不可能だった。何百回、何千回と試行錯誤した結果、私はようやくその限界を理解した。それは生体の法則であるのだろう。

では、どうすれば良いのか?

最後の試みが成功した。振動を一度下部のマニピューラ・チャクラに伝え、そこで共鳴させるのだ。そしてその共鳴をスヴァジスターナ、アナハタと続くチャクラの伝達系を通じて脳のチャクラに送り込む。チャクラはそれぞれが独立して存在するのではなく、すべてが密接に連結しているからこそ可能な技法である。この方法を使わなければ、声の振動を脳の深部に送り込むことは決してできなかった。それは、音(振動)をそのまま遠くへ伝達することができないが、電流のバイブレーションに変えて電線を通じれば、どこへでも届くようなものだ。

 

 

 

開聡明法の世界

だが、それだけではないのである。 宇宙線は生物の組織を破壊もするが、生長の促進もするので ある。 或る天体から放射された宇宙線の波動は、人間の内分を刺激して、気分を昂揚させたり、 能力を高めるはたらきをする。たとえば、火星が「戦争の星」とよばれるのは、その血のように赤 い色からだけではなく、火星が近づいたとき、地球上の生物は、ある腺を刺激されて狂暴な気分を かきたてられるからである。その結果、この星と大きな戦争の関連性が、歴史の上で実証されてい る。古代ギリシアにおいては、火星が戦争の神アリーズと結びつけられ、戦いのときがくると、そ の神殿にそなえられた神聖な槍を手に、司祭と執政官が、「星よ、目ざめよ」と叫び、戦意を 揚したとつたえられ、占星術では、この星が、「攻撃、怒りっぽい、残忍、向うみず、論争好き、 利己的、生殖腺、副腎、腎臓、切傷、火傷、武器」等の表象とされていることは、まことに興味ぶ かいことである。あるドイツの学者は、火星の位置と、大都市における自動車事故の増減に、動か しがたい数値のあることを発表している。

また、新月と殺傷事件の関連について発表した犯罪学者の統計がある。 月といえば、気象学者の 根本順吉氏は、その著書 『氷河期へ向う地球』の中で、月が人体に及ぼす影響についていくつかの 興味ある例をあげている。 月と女性の生理的周期の間にみられるふかい関連性、また、多くの臨床 と共同研究した結果、月齢といろいろな病気の発病との間に密接な関係があるという発見、また、 月と地震(地球上の)の発生にふかい因果関係があることを示すデータなど、かず多くの例証が述 べられている。

あんなにも遠く、あんなにも小さい宇宙のかなたの星々が、人間にそんなに大きな影響をあたえ などとはまことに信じがたいことであるが、それはいなめない事実なのである。人間は、原始的 生物から、現在にいたるまでの段階において、何度か信じられないような変化をしてきたが、その 原動力は、宇宙線の変化による突然変異に求めるよりほかないと、遺伝学者はいっている。遺伝子 突然変異を起こすような、強烈きわまる宇宙線の出現は、何千年、あるいは何万年に一度の隠れ 出来ごとであろうが、無数に降りそそぐ宇宙線の波動の中から、すぐれた人間をつくり出す波動 をえらびとり、これを活用するということはできないものであろうか?

W・ワトスンはその著『スーパーネイチュア』の中でこう述べている。

「大地震、大気の潮汐 宇宙線などにすべて共通していることは、それらが非常に低いエネ ルギーで作用しており、きわめて弱な信号を送り出していることである。見えない月の位置、見 ることのできないイオンの濃度、地平線上の惑星の数弱な磁気の影響などのような刺激に反応する 生物の明らかに超自然的な能力は、すべて単一の物理的現象 共鳴の原理に帰することができ る」

求聞持法における「明星」は、まさしくその応用だったのである。

チャクラが目ざめてからはじめて、暮れかけた東南の空に向って座ったわたくしはすぐにわかっ た。 明星が、決して単なる神秘感をいだかせるだけのものではないことを

真言の説による脳の覚醒だけでは充分でないことがわかった。 それは、金星からの波動の受信 装置、共鳴装置と思えばよかった。それと、行が成就したのちにさらに明確になったことがある。

 

それは、主役は明星だけではなかったのである。 明星に付随してかならずあらわれる或る星(秘)

がある。その星との相乗効果が重要であったのだ。日月のもふかい関係があった。

以上のことがすべてわかった。同時に、いままでだれも気がつかなかったおもしろい「受信装 のあることに、わたくしは気がついたのである。

十四 仏像の身体を飾る宝石の謎

そのとき、わたくしは、御本尊準胝如来の御尊前で、ふかい瞑想に入っていた。定からさめてゆ っくりと目をひらいた瞬間、あ!と思った。きらりと如来の眉間が光ったのである。

といってべつにふしぎなことではない。準如来は、眉間に、いわゆる「第三の目」を持ってお られる。いわゆる「仏」「霊」である。尊像の眉間のその場所には、透明の宝石がされてい る。それがローソクの光に映えてきらりと光ったのである。が、そのとき、あっと思ったのは、そ の瞬間に、ずっと以前に読んだ古代ヨーガのある秘法が、ばっと念頭にひらめいたからである。そ れは、ある種の宝石を、 ある形状・形式で身につけることにより、ひとつの超人的能力を獲得する という法であった。

御尊像の第三の目は、クンダリニー・ヨーガの「アジナー・チャクラ」にあたり、求聞持法で最 初に覚醒するのがこの部位である。わたくしは、そのとき、このチャクラの定に入っていた。目を ひらいた瞬間、御尊像の同じ部位がきらりと光り、 その刺、まるで自分のその部位がきらりと光

ったように感じられたのである。

「そうだ、このチャクラに宝石をつけてみたら?」

われながら突飛な考えであったが、その意識の奥に、鉱石ラジオの記憶があったのかも知れない。 御承知の通り、ラジオ放送の初期の頃には、ラジオ受信器といえば、鉱石検波器を使った鉱石ラ ジオばかりであった。まだ真空管が実用化されていなかった時代である。もちろん感度がよくなく、 弱い電波の場合、受信するのにたいへんな苦労をするし、その上、分離もよくない。 しかし、電気 は不要で、鉱石そのものが電波を受信してくれる。 しごく簡単な構造でとにかく受信するラジオが つくれるので、たいへん便利であった。この鉱石ラジオは、 その後、真空管の実用化がすすみ、 一 まったくすたれてしまったのであるが、真空管の小型化が要求されるようになった結果、レーダ など、昔にもどってふたたび鉱石検波器を使うようになった。ところが、苦肉の策でやむを得ず 使った鉱石が、皮肉にも、真空管よりはるかに性能のよいトランジスターを生むきっかけになった のである。すなわち、ゲルマニウム・ダイオードの発見である。

科学に弱いわたくしも、これくらいのことは知っている。鉱石には電気の波動を受信する性能が ある。そうして、古代ヨーガでは、ある種の宝石を身につけることにより、超人的能力を獲得する 方法を教えている!

わたくしは夢中になって、手に入るかぎりの鉱石をためしてみた。さいわい、わたくしは、あら ゆる物体が発する振動を感受し、そのさまざまな影響を見わける能力を持っている。 興味ある結果 がつぎつぎと出た。鉱石は、ラジオ検波器のように受信するだけではないのである。振動を発しも

するのである。受信し、発掘するのである。 一定の振動を発しており、また、他からの振動を受け て、べつな振動に変えることもある。つまり、他の鉱石や金属と組み合わせて、まったくべつな 動に変えることもできる。中には、こちらのリズムをかきみだすような振動を発するものもあった。 わたくしは思うのだが、世間でよくいわれる「呪いの宝石」などというのは、悪い振動を発して、 その所有主の知能や理性をゆがめ、判断力を狂わせ 重要なはたらきをする内分泌腺の機能を低下

病気や不幸におとしいれるのであろう。もちろん、その反対に、ひとによい影響をあたえる 宝石もたくさんある。あきらかに病気を直すようなはたらきをすると思える鉱石もあった(尤も、そ の最大のものがラジウムであろうが)。 わたくしは、以前、仏や菩薩の尊像が、 なぜ多くの宝石や瓔珞 身を飾るのか、不審でならなかったのだが、これでその意味がわかったような気がした。無欲な 聖者がある種の宝石を珍重する意味も理解できた。

では、求聞持法ではどうだったろうか?

ある種のサファイアが、顕著なはたらきをすることをつきとめた。

これを眉間のチャクラに置くことにより、このチャクラの覚醒をうながすのである。もちろん、 わたくしとても、サファイアが金星とおなじ振動数を持っているなどというつもりはない。しかし、 この宝石をチャクラにつけて明星に対するとき、この宝石はたしかにアジナー・チャクラを刺激す るのである。時には痛いほどの刺激を感ずることがある。

ところで、サファイアは、色がちがうだけで、ルビーと同種のものである。そのルビーは、殺人 光線のレーザーのレンズに不可欠のものだといわれる。このへん、もっと突きつめていったら、お

もしろいものが発見されるような気がする。 チャクラ用のサファイアは、合成でも性能に変わりは ない。かんじんなのは色である。 それと、もう一種、日本で産出する或る鉱石に、おもしろい性能 を発見している。しかしこれはまだここでは発表できない。

求聞持聡明法の世界

この法を成立させるいくつかの要素がある。 その最大の要素が「音響」であった。 それをわたく しはついに解いたのである。

 

求聞持聡明法の行法次第を仔細に検討してみると、それは三つの要素から成り立っていることが わかる

1 衣・食・住という環境を規制することにより、修行者の身心を規制し、

かぎられた日数内に百万べんの真言ダラニをとなえさせる。

この三つである。 この三つのものは、いったいどんな意味を持っているのであろうか?

1の、衣・食・住の規制はわかる。

2の真言読誦は、心の散乱を防いで、精神統一の役目をはたすのであろう。

の、明星礼拝は、本尊の虚空蔵菩薩が明星の化身であるというところから、これを礼拝するの であるが、これは修行者の心に神秘感をよび起こして修行の効果をたかめるのであろう。

大体、以上のように推測される。

が、この三つのもののどこに、頭脳を明敏ならしめ、記憶を増強するという効果が秘められてい るのか?世には相乗効果という言葉があるが、この三つをどう組み合わせてみたところで、大脳

に対していかなる相乗作用も生ずるもののように思われない。いったいこれはどういうことか? 日夜、定に入ってわたくしはひたすら思いをこらした。あるとき、ふっとひらめくものがあった。 それは2の百万べんの真言であった。 これだ! ここに秘密を解くカギがある! そう心に ひらめいたのだった。

三滝行でのある体験

それは、若いころからのヨーガの習練のおかげであったといえよう。 二十歳代のはじめから、わ たくしはヨーガに興味を持ち、ハタ・ヨーガの実修をしていた。 それが、求聞持法実の数年前か ら、クンダリニー・ヨーガの修行に入っていた。指導してくれる師は日本にいなかったが、いくつ かの研究書や秘伝書を手に入れ、独自の研究のもとに修行をすすめていた。

クンダリニー・ヨーガでは、人体の七か所に、超人的能力を発生させる特殊な部位(チャクラと 呼ぶ)のあることを発見し、その部位を、それぞれ、ムラダーラ、マニピューラ、スヴァジスター ナ、アナハタ、ヴィシュダー、アジナー、サハスララ、 とよぶ。 (拙著『密教・超能力の秘密』参照) このチャクラとよぶ人間のからだの秘密にわたくしが気づいた最初は、滝行の修行にうちこん いる時であった。

三十代のはじめ、わたくしはひたすら苦行にかりたてられていた。

年間の滝行の誓願を立て、毎冬、十月から四月まで、京都伏見の五社の滝にかよった。京都の

真冬はきびしい。 毎朝、霜ばしらを踏みしだき、ときには真向から降りしきる雪を浴びてあえぎな がら時間の山道をたどった。滝つぼに張りつめた氷に足をすべらせて、腰を打ったこともあった。 べつに、それで神通力を得ようとか、さとりを得ようなどと考えたわけではない。そこに何かがあ るだろうと思ったからであった。いや、何もなくてもよい、ただひたむきに苦行にかりたてるなに かがあったのだ。

零下何度という厳寒に滝にはいるときには、前夜から、その意志を、からだのすみずみにまでつ たえておかねばならなかった。 ねむるときから表情のかわっているのが自分でもわかった。 体つき さえもがちがってくる。暗いうちに目をさまし、洗顔をすませると、ただちに仮宿さきの寺内を出 る。約二キロの山道を、 一歩、一歩、大股にあがってゆく。 これから受ける冷水の洗礼にそなえて、 一歩ごとに、全身の細胞が緊張度をくわえてゆくのがよくわかる。

五社の滝に着いて社務所で行と着がえる。そのときである。自分の体臭が異常につよく高まっ ているのを感じたのだ。 その体臭に遠い記憶とほのかな郷愁があった。それはまぎれもなくわたく しの十七、八歳のころの体臭にちがいなかった。 三十歳代に入った男の体臭ではなく、少年から青 年にうつり変わるころの特徴のある体臭であった。 三十を越えたわたくしが、少年の日の体臭をは なつ………。

最初のうちは、ふっと興味をそそられた程度のものだったが、しだいに注意を向けるようになっ た。

そのうち、その体臭に微妙な変化のあることに気がついた。気温がことに低くなって寒気がきび しさを増したり、こころの緊張が高まっているときほど、体臭は濃く、つよかった。春さき ある いは夏の水浴のときには体臭に異常がなかった。

「おもしろい現象だな」

そのころ、苦行によって五官の感覚がとぎすまされ、異常に鋭敏になっていたのであろう。そう いう微妙な変化が実によくわかった。

「どういうわけだろうか?」

その年の冬ことに寒さがきびしく、毎日、わたくしはその現象に考えを集中していた。

あるとき、とつぜんわかった。

厳寒に氷を割って滝に飛びこむという、肉体にとって最大の危機にそなえ、全身の細胞が全エネ ルギーを燃やしてたたかっているのだとわかった。 凍りつくような寒気の中で飛び散る水しぶきを 目にしながら行衣と着がえるとき、わたくしの全細胞は奮い立ち、その結果、十数年、若返ってい たのである。

それは、七日間の断食と一日四回の滝行を兼ねた吹雪の中の荒行にはいっていたときであった。 わたくしはそのとき苦行の頂点に立っていた。全身にふりかかる雪まじりの滝水の中に立って、行 の頂点に立っていた。そのときわたくしは一種の異常感覚の境にはいっていた。わたくしのからだ の奥かくでひとつの機能が死にものぐるいでたたかっているのが感じられた。それがどのように してたかっているのか、そのときのわたくしの目ははっきりととらえていた。そのとき、肉体の

全く消失し、べつな目が肉体の外にあってわたくしを見つめていた。その目はわたくしの内臓 のすみずみまで見透していた。

行が終わると、わたくしは、例になっている社務所の奥さまの出してくださる熱いお茶もいただ かず、いっさんに山をくだった。

「いま見たあれは何なのか?」

それだけが念頭にあった。

それからというもの、わたくしは、ヨーガの奥義書や東西の秘密教典はもちろん、生化学書 医 学書、大脳生理学の専門書までひもといて、それを追求した。

その結果、あのとき、わたくしに啓示をあたえた体臭の異常、また、わたくしの生体をささえる ため必死にたたかっていたのが、副腎とよぶ機能の高まりであったこと、そうしてそれは、 クンダ リニー・ヨーガで、ムラダーラ、およびマニピューラとよばれるチャクラの部位であることがわか ったのである。

以来、わたくしは、クンダリニー・ヨーガの体得にふかく没頭していったのである。

 

七つのチャクラと、人体の機能の関係をあげてみると、

1 ムラダーラ・チャクラ 性腺・腎臓

2スヴァジスターナ・チャクラー副腎臓

3マニピューラ・チャクラ

太陽神経叢・副腎・膵臓・脾臓・肝臓

4 アナハタ・チャクラ 胸腺・心臓・肺臓

5ヴィシュダー・チャクラ

甲状腺上皮小体・唾液腺

6 アジナー・チャクラ サハスララ・チャクラ

脳下垂体

サハスラーラ

松果腺・松果体・視床下部

以上であるが、このうち、6のアジナー・チャクラと、11のサハスララ・チャクラが、頭脳のチ クラである。わたくしは、この二つのチャクラが求聞持法に関係があるのであろうと思った。そ のころ、わたくしはムラダーラとマニビューラの二つのチャクラを目ざめさせかけていた。 チャク ラというのは、だれでも持っているのだが、自然のまま放置していたのでは、いつまでたっても力 は発生しない、チャクラを目ざめさせ、超人的な能力を発生させるための特殊な技術があり、その 技術で調練しなければだめである。 いま述べたように、わたくしはそのころムラダーラとマニピュ ーラの二つのチャクラを目ざめさせかけていた。その技法は、ひと口でいうなら、特殊な呼吸法と、 それを可能にする特殊な体技(体の訓練)および十数種の語の読誦によって、チャクラに特殊な

つよい振動をあたえるのである。

わたくしは、求聞持法を検討する実習にはいってからも、このチャクラ開発の訓練をつづけてい たのだが、この訓練の最中に、はっと気がついたのである。百万べんの真言読という のは、このチャクラ開発とおなじ効果をねらっているのではなかろうか、と。

桐山師の都如意求聞持聡明法

桐山師の都如意求聞持聡明法

夜が明けた頃、私の修行は一層厳しさを増していた。昼夜を問わず続けるその日々、私はついに真言密教の真髄に触れようとしていた。数多の師たちが見落としてきた秘密に、私は手が届きそうだという確信があった。そして、ついにその技術を完成させたのだ。

だが、そこに至るまでには多くの要因が絡み合っていた。

まず、私がすでにヨーガの修行を長年続けていたことがあげられる。特にハタ・ヨーガの倒立、すなわち頭を下にした逆立ちは、私の首を並外れて強靭なものにしていた。二十年以上、毎朝三十分間倒立を続けてきた私は、その技術を極めた結果、倒立したまま眠ることさえできるようになっていた。かつては細かった首も、倒立の習慣により三十代には周囲が一・五インチも太くなり、その結果、私の発声器官も驚くほど強化された。

さらに、十年以上にわたって続けた寒中の滝行も、私の肉体と発声器官を鍛え上げた要因の一つであった。最初に滝に打たれた時、二日目には声が出なくなり、そしてその後一ヶ月間、全く声が出ないまま滝行を続けたこともある。だが、今となっては、どんなに激しい滝の音も私の声をかき消すことはできない。

しかし、もし私がクンダリニー・ヨーガを修行していなかったなら、ここまでの進展はなかっただろう。クンダリニー・ヨーガの鍵は、「火の呼吸」と呼ばれる強烈な呼吸法にあった。発声は、呼吸、共鳴、そして音声の三要素から成り立つものであり、火の呼吸はその全てに強力な影響を与える。この呼吸法をマスターするには、肋間筋、腹筋、そして頑丈な横隔膜が必要不可欠だ。

私はすでにムラダーラとマニピューラのチャクラを目覚めさせていた。それらのチャクラは肋間筋や腹筋、横隔膜を支配しており、それらを活性化させることで、私の身体は自在に操れるようになった。そして、呼吸法と発声を完璧にした私は、さらに独自の共鳴腔を作り上げることに成功した。

普通の人間の発声器官は外部に向かって音を発するように設計されている。しかし、私はそれを内部に響かせることを試みた。何千回、何万回もの試行錯誤を繰り返し、ついにその技術を習得した。それはチャクラの力を利用することで可能となったのだ。

この技術を駆使し、私は求聞持法の成就へと歩を進めていった。以前に書いた通り、その成就の瞬間には異常な感覚が目覚めた。環境に対する感覚が異常に鋭敏になり、私は狂気に陥ったかのように不安定になった。周囲のざわめきが全身に突き刺さり、脳内に何かが浸透してくるように感じた。そして、求聞持法の修行を続けるうちに、視覚と聴覚にも異変が生じた。

目に映るもの全てが揺れ動き、まるでゴッホの絵のように空気までもが震えているように見えた。光が震え、物の明暗が異常に際立って見えるようになった。しかし、その現象もやがて収まり、私の環境に対する異常な感受性も徐々にコントロールできるようになっていった。

こうして私は、全ての存在が振動を放つことを実感した。存在とは振動そのものであり、それが私の体験を通じて明らかになったのだ。

求聞持聡明法

しかし、 クンダリニー・ヨーガの修行をしていなかったら、おそらく、それ以上のこころみは全 メドが立たなかったろう。 クンダリニー・ヨーガのチャクラ開発は、特殊な呼吸法に秘訣がある。 それと、チャクラ周辺の筋肉のバイブレーションだが――。 先ずその呼吸法が役に立った。 ざっと説明してみよう。

音声というものは、呼吸と発声と共鳴の三つから成り立つ。そのいずれも同じ程度に重要である。 発声は そのものであり、共鳴はその振動を倍加させ、振動の力を増強するものであり、呼吸はその両者の原動力である。

ところで、クンダリニー・ヨーガの呼吸法は、「火の呼吸」とよばれるように、フイゴの如く強 く激しい。これが、発声と共鳴の原動力として、どれだけ強力に作用するか、想像以上のものである。

火の呼吸、発声、共鳴の三つの要素を完全にはたらかせるためには、からだ全体を強化しなけれ ばならないが、とりわけ、強い肋間筋と腹筋、それに頑丈な横隔膜が必要である。

わたくしは、さきに、ムラダーラと、マニピューラの二つのチャクラを完成しかけていたと述べ たが、肋間筋 腹筋 横隔膜は、実に、ムラダーラとマニピューラの両チャクラが支配しているの である。この二つのチャクラを目ざめさせたら、この三つの器官はどのようにでもはたらかせるこ とができるのである。それまでにこの二つのチャクラを完成しかけていたことは、まことにと いうべきだった。

呼吸法と発声が完成したら、つぎに独自の共鳴腔をつくりあげなければならない。

音声の共鳴は、喉腔をとりまく骨組みの付加運動のはたらきによる。つまり、頭部の中の、腔と 振動によって共鳴をつくりあげるわけである。 それは、練習によってだれにでもできるように なる。上手下手の別はもちろんあるが――。 だが、わたくしの場合はさらに特殊な工夫が必要であ った。というのは、その共鳴を、自然の法則に反して内部にとり入れなければならなかったからで ある。

生物の発声器官は、すべて、外部に向って音声を発するように出来ている。 わたくしはそれを内 部に向ってしようというのである。思いもよらぬことであるが、ついにわたくしはそれをなし得る ようになった。それを可能にしたのは、やはりチャクラの力であった。

発声させ腔内で共鳴させた真言の振動を、脳の深部に送りこむ作業は、マニピューラ、 スヴァジスターナ アナハタ、の各チャクラの力を借りなければぜったいに出来ないのである。思 いきって、わたくしの完成したこの秘密技術の一部を洩らすことにしよう。 喉腔内でつくりあげた 共鳴の振動を、そのまま脳の深部に送りこむことはできないのである。それはぜったいに出来ない。 わたくしは、何百回、何千回とくりかえしたあげく、ついに不可能とさとった。それは生体の法則 であるのだろう。ではどうすればよいのか?

最後にやってみたわたくしのこころみが成功した。 その振動を、いったん下部のマニピューラ・ チャクラに伝えこれと共鳴させるのである。そうして、チャクラのバイブレーションとしてスヴァ ジスターナ アナハタとつづくチャクラの伝達系を通じて脳のチャクラに送りこむのである。というのは、チャクラというものは個々別々に独立して存在するのではなく、すべて密接に連結してい るものだからだ。この技法を使わないかぎり、声の振動を脳の深部に送りこむことはぜったいにで きないのである。それは、音(振動)をそのまま遠くへ伝達することはできないけれども、電流の バイブレーションに変えて電線を通じれば、どんなに遠方にでも届くということに似ているといっ たらよいであろう。

However, if I had not practiced Kundalini Yoga, I probably would not have been able to make any further attempts. The secret to the development of the chakras in Kundalini Yoga is a special breathing technique. And the vibration of the muscles around the chakras. First, the breathing technique was useful. Let me explain briefly.

Sound is made up of three things: breathing, vocalization, and resonance. All of them are equally important. Vocalization is the sound itself, resonance doubles the vibration and increases the power of the vibration, and breathing is the driving force behind both.

By the way, the breathing technique in Kundalini Yoga is called “fire breathing,” and is as strong and intense as a bellows. It is beyond imagination how powerful this is as a driving force for vocalization and resonance.

To fully utilize the three elements of fire breathing, vocalization, and resonance, the whole body must be strengthened, especially strong intercostal and abdominal muscles, and a strong diaphragm.

I mentioned earlier that I was close to developing the two chakras, Muladhara and Manipura, and the intercostal muscles, abdominal muscles, and diaphragm are in fact controlled by both Muladhara and Manipura. If you awaken these two chakras, you can make these three organs function in any way. It was true that I had already been close to developing these two chakras.

Once you have perfected breathing and vocalization, you must then create your own resonance chamber.

Voice resonance is the result of the additional movement of the framework surrounding the throat cavity. In other words, resonance is created by the cavity and vibrations in the head. Anyone can do this with practice. Of course, there are differences in skill and skill. But in my case, a more special ingenuity was required because I had to bring that resonance inside, contrary to the laws of nature.

All living creatures’ vocal organs are designed to emit sound toward the outside. I wanted to make it toward the inside. Unexpectedly, I was finally able to do it. It was the power of the chakras that made it possible.

The vibrations of the mantra that were vocalized and resonated within the throat cavity could never be sent deep into the brain without the help of the power of the manipura, svajisthana and anahata chakras. I’ll go ahead and reveal a part of this secret technique that I have perfected. The vibrations of the resonance created in the throat cavity cannot be sent directly to the depths of the brain. It is absolutely impossible. I tried it hundreds and thousands of times, but finally realized it was impossible. It must be a law of the living body. So what should I do?

The last attempt I made was successful. The vibration is first transmitted to the lower manipura chakra and resonated with it. Then, as chakra vibration, it is sent to the chakra of the brain through the chakra transmission system that continues to Svajisthana Anahata. This is because chakras do not exist individually and independently, but are all closely connected. Unless you use this technique, you will never be able to send the vibration of your voice deep into the brain. It is similar to the fact that sound (vibration) cannot be transmitted directly to a long distance, but if you change it into a vibration of electric current and send it through an electric wire, it can reach any distance.

求聞持聡明法 火の呼吸

火の呼吸

**イントロ**
静かに息を吸い込んで
火の呼吸が目を覚ます
肋間筋が共鳴を呼び
内なる力が解き放たれる

**サビ**
チャクラの声を響かせて
脳の奥に届く響魂の深くへと導かれ

内なる声が真実を告げる

求聞持聡明法 火の呼吸

火の呼吸

クンダリニー・ヨーガの修行をしていなかったら、おそらく、それ以上のこころみは全 メドが立たなかったろう。 クンダリニー・ヨーガのチャクラ開発は、特殊な呼吸法に秘訣がある。 それと、チャクラ周辺の筋肉のバイブレーションだが――。 先ずその呼吸法が役に立った。 ざっと説明してみよう。

音声というものは、呼吸と発声と共鳴の三つから成り立つ。そのいずれも同じ程度に重要である。 発声は そのものであり、共鳴はその振動を倍加させ、振動の力を増強するものであり、呼吸はその両者の原動力である。

ところで、クンダリニー・ヨーガの呼吸法は、「火の呼吸」とよばれるように、フイゴの如く強 く激しい。これが、発声と共鳴の原動力として、どれだけ強力に作用するか、想像以上のものである。

火の呼吸、発声、共鳴の三つの要素を完全にはたらかせるためには、からだ全体を強化しなけれ ばならないが、とりわけ、強い肋間筋と腹筋、それに頑丈な横隔膜が必要である。

わたくしは、さきに、ムラダーラと、マニピューラの二つのチャクラを完成しかけていたと述べ たが、肋間筋 腹筋 横隔膜は、実に、ムラダーラとマニピューラの両チャクラが支配しているの である。この二つのチャクラを目ざめさせたら、この三つの器官はどのようにでもはたらかせるこ とができるのである。それまでにこの二つのチャクラを完成しかけていたことは、まことにと いうべきだった。

呼吸法と発声が完成したら、つぎに独自の共鳴腔をつくりあげなければならない。

音声の共鳴は、喉腔をとりまく骨組みの付加運動のはたらきによる。つまり、頭部の中の、腔と 振動によって共鳴をつくりあげるわけである。 それは、練習によってだれにでもできるように なる。上手下手の別はもちろんあるが――。 だが、わたくしの場合はさらに特殊な工夫が必要であ った。というのは、その共鳴を、自然の法則に反して内部にとり入れなければならなかったからで ある。

生物の発声器官は、すべて、外部に向って音声を発するように出来ている。 わたくしはそれを内 部に向ってしようというのである。思いもよらぬことであるが、ついにわたくしはそれをなし得る ようになった。それを可能にしたのは、やはりチャクラの力であった。

発声させ腔内で共鳴させた真言の振動を、脳の深部に送りこむ作業は、マニピューラ、 スヴァジスターナ アナハタ、の各チャクラの力を借りなければぜったいに出来ないのである。思 いきって、わたくしの完成したこの秘密技術の一部を洩らすことにしよう。 喉腔内でつくりあげた 共鳴の振動を、そのまま脳の深部に送りこむことはできないのである。それはぜったいに出来ない。 わたくしは、何百回、何千回とくりかえしたあげく、ついに不可能とさとった。それは生体の法則 であるのだろう。ではどうすればよいのか?

火の呼吸とチャクラの伝達系

わたくしは、昼夜の別なくトレーニングを進めているうち、しだいに、自分が、真言密教の真髄 に近づきつつあることを感じた。いまだかつて密教の指導者のだれもが気づかなかった秘密の技術 に迫りつつあることを知った。

火の呼吸とチャクラの伝達系

わたくしはそれを完成することができた。

それにはいくつかのがあった。

先ず第一に、ヨーガを身につけていたことであった。

ハタ・ヨーガの倒立(頭による逆立ち)が、先ずわたくしの首を強きわまるものにしていた。わ たくしは二十数年間毎朝三〇分の倒立をしてきた。 これは倒立の限界である。 倒立したまま、しば しばわたくしは眠ったほどこの技に熟達している。 結核体質で幼少から首が細かったわたくしは、 倒立で、三十歳代に首の周囲が一・五インチも拡大した。 これがどれほどわたくしの発声器官を強 大にしたことか。

また、十数年にわたる寒中の滝行も、わたくしの腹筋と発声器官を強くしていた。はじめて滝に 入ったとき、二日目に声をつぶした。 滝に打たれながら、全身の力で読経し、真言をする。 一か 月間、まったく声が出なかった。 こういう経験を十数回くりかえした。いまでは、どんな大きな滝 でも、わたくしの声を消すことはできない。

しかし、 クンダリニー・ヨーガの修行をしていなかったら、おそらく、それ以上のこころみは全 メドが立たなかったろう。 クンダリニー・ヨーガのチャクラ開発は、特殊な呼吸法に秘訣がある。 それと、チャクラ周辺の筋肉のバイブレーションだが――。 先ずその呼吸法が役に立った。 ざっと説明してみよう。

音声というものは、呼吸と発声と共鳴の三つから成り立つ。そのいずれも同じ程度に重要である。 発声は そのものであり、共鳴はその振動を倍加させ、振動の力を増強するものであり、呼吸はその両者の原動力である。

ところで、クンダリニー・ヨーガの呼吸法は、「火の呼吸」とよばれるように、フイゴの如く強 く激しい。これが、発声と共鳴の原動力として、どれだけ強力に作用するか、想像以上のものである。

火の呼吸、発声、共鳴の三つの要素を完全にはたらかせるためには、からだ全体を強化しなけれ ばならないが、とりわけ、強い肋間筋と腹筋、それに頑丈な横隔膜が必要である。

わたくしは、さきに、ムラダーラと、マニピューラの二つのチャクラを完成しかけていたと述べ たが、肋間筋 腹筋 横隔膜は、実に、ムラダーラとマニピューラの両チャクラが支配しているの である。この二つのチャクラを目ざめさせたら、この三つの器官はどのようにでもはたらかせるこ とができるのである。それまでにこの二つのチャクラを完成しかけていたことは、まことにと いうべきだった。

呼吸法と発声が完成したら、つぎに独自の共鳴腔をつくりあげなければならない。

音声の共鳴は、喉腔をとりまく骨組みの付加運動のはたらきによる。つまり、頭部の中の、腔と 振動によって共鳴をつくりあげるわけである。 それは、練習によってだれにでもできるように なる。上手下手の別はもちろんあるが――。 だが、わたくしの場合はさらに特殊な工夫が必要であ った。というのは、その共鳴を、自然の法則に反して内部にとり入れなければならなかったからで ある。

生物の発声器官は、すべて、外部に向って音声を発するように出来ている。 わたくしはそれを内 部に向ってしようというのである。思いもよらぬことであるが、ついにわたくしはそれをなし得る ようになった。それを可能にしたのは、やはりチャクラの力であった。

発声させ腔内で共鳴させた真言の振動を、脳の深部に送りこむ作業は、マニピューラ、 スヴァジスターナ アナハタ、の各チャクラの力を借りなければぜったいに出来ないのである。思 いきって、わたくしの完成したこの秘密技術の一部を洩らすことにしよう。 喉腔内でつくりあげた 共鳴の振動を、そのまま脳の深部に送りこむことはできないのである。それはぜったいに出来ない。 わたくしは、何百回、何千回とくりかえしたあげく、ついに不可能とさとった。それは生体の法則 であるのだろう。ではどうすればよいのか?

最後にやってみたわたくしのこころみが成功した。 その振動を、いったん下部のマニピューラ・ チャクラに伝えこれと共鳴させるのである。そうして、チャクラのバイブレーションとしてスヴァ ジスターナ アナハタとつづくチャクラの伝達系を通じて脳のチャクラに送りこむのである。というのは、チャクラというものは個々別々に独立して存在するのではなく、すべて密接に連結してい るものだからだ。この技法を使わないかぎり、声の振動を脳の深部に送りこむことはぜったいにで きないのである。それは、音(振動)をそのまま遠くへ伝達することはできないけれども、電流の バイブレーションに変えて電線を通じれば、どんなに遠方にでも届くということに似ているといっ たらよいであろう。

求聞持脳の目ざめと異常体験

わたくしのねらいは間違っていなかったのである。この特殊な真言説の技術は、 求聞持法成就 にかくじつにつながるものだったのである。やがてわたくしはこの法を成就するのだが、成就した 瞬間にどういう現象が起きるか、それについては、さきに、『密教・超能力の秘密』に書いたので、 ここには述べない。興味あるかたはそれを読んでいただきたい。ともあれ、わたくしは求聞持法成 就の道を歩みつつあった。それはひとつの異常な感覚が目ざめつつあることでわかった。 「どんな感覚か?
環境に異常に敏感になってきたのである。

わたくしが、求聞持法を修して、自分が狂気したのではないかと疑ったのは、この時が最初で
全く落ち着いていられなくなったのである。というのは、いろいろなざわめきがからだじゅうに突き刺さってくる感じである。ことに脳になにかが浸透してくる感じであっ。 安眠できなくなっ た。 聞法成就の過程に、実に異様な夢を見る一時期があるが、これはそれともちがう。 潮騒い のような、あるいは松箱のようなざわめきが、じんじんと彼を打っておしよせてくるのである。 そ れにつれて一種のつよい「胸さわぎ」のような感じに襲われるのである。 はなはだしいときには目 いさえしてくるのであった。

目まいといえば、いちばん最初、聴覚と同時に目に異常がきた。 すべてのものが異様に揺れ動い ているのである。なにかで見た風景であった。すぐにわかった。 ゴッホの絵である。あなたもあの ゴッホ特有の動しているような線の流れを御存知であろう。あのようにすべてのものがたえまな ブルブルと小きざみに震動しているのである。空気までがいっしょに振動しているようであった。 それにつれて光線が震えていた。そのためか、ものの明暗が異常にきわ立って目にとびこんでくる のであった。しかし、これはまもなくおさまった。体調が非常によいとき、悪いときに、これはい までもときどき起きる。よいときとわるいときで、ちがいがあるのはもちろんである。 自分で体調 わるいことに気づかないでいるとき、それでわかることがある。わたくしは、死が近づいたとき にはまた特殊な振動を感ずるのだろうと思っている。これはおさまったが、音のないざわめきは消 えなかった。

場所によって強弱があった。そういうことから全く解放される時間と場所に行き会うことがあっ た。そこで転々と居場所を変えることになる。立ったり座ったり、そのへんをとめどなく歩きま わる。 気が狂ったのかと思った。あるいは、なにか物の怪か、亡霊のたたりにでもふれたのかと疑
ったりした。 やがてその理由がわかった。

要するに、環境の振動に敏感になったのである。脳の神経が異常に目ざめ、環境の振動を鋭く感 じとってしまうのである。

これが長くつづいたら、じっさいにわたくしは発狂してしまったであろう。間もなくわたくしは これを制御する方法をおぼえた。平常はこの感受力を少なものにしておき、 必要に際して拡大す るのである。このチャクラの目ざめによって、わたくしは、すべてのものがいろいろな振動をはな っていることを、実際に身を以て体験したのである。存在とはまさしく振動そのものにほかならぬ のであった。

 

上の文章を小説風して

明法の世界

尤も、密教辞典は前の文章につづいて、

密教は特に此の声を尊崇し、時処”には”是の秘密は歌 揚するが故に成仏も難からず、 況んや諸願を求めて成就す。と説きて歌 となす」

とあり、これは、わたくしが思案したこととおなじところのものに思いあたっているかのごとくに 思われるが、のちにわたくしが体得した技法とはまったく異る。どこまでもこれである。外 に向って声を発して歌うのである。わたくしの真言説はちがう。 口腔に発した真言の振動を共鳴 させながら、からだの内部、すなわち心と脳の深部に響かせてゆくのである。

さきの章にあげた「正念論」(五四頁)のところを見ていただきたい。 「次第念珠」の観想にこう

「わが誦するところの真言の字は本尊の臍(おへその穴)より入りて、本尊の心月輪に至り、右 にめぐりてつらなり住し、本尊の誦する真言の字はわが頂より入りて心月輪に至り、右にめぐりて つらなりす」

むしろ、この観想のほうが、わたくしのねらったものに近いといえるかも知れない。

ただし、わたくしの場合は、たんなる真言の字ではなく、その振動である。 ホトケのとなえる真 言の振動が、ホトケのへそからわがへそに入って咽喉にいたり、大振動を発して大脳の深部にいた 大脳の部位を動かす。わが大脳のチャクラを動かした振動はしだいにホトケの大脳にいたり、 ホトケの大脳とわが大脳と共鳴する、というように観想しつつ、実際に振動を発生させるのである。

わたくしは、昼夜の別なくトレーニングを進めているうち、しだいに、自分が、真言密教の真髄 に近づきつつあることを感じた。いまだかつて密教の指導者のだれもが気づかなかった秘密の技術 に迫りつつあることを知った。

七火の呼吸とチャクラの伝達系

わたくしはそれを完成することができた。

それにはいくつかのがあった。

先ず第一に、ヨーガを身につけていたことであった。

ハタ・ヨーガの倒立(頭による逆立ち)が、先ずわたくしの首を強きわまるものにしていた。わ たくしは二十数年間毎朝三〇分の倒立をしてきた。 これは倒立の限界である。 倒立したまま、しば しばわたくしは眠ったほどこの技に熟達している。 結核体質で幼少から首が細かったわたくしは、 倒立で、三十歳代に首の周囲が一・五インチも拡大した。 これがどれほどわたくしの発声器官を強 大にしたことか。

をべて如来を 揚をただちに成仏の緑

しんがちさん

また、十数年にわたる寒中の滝行も、わたくしの腹筋と発声器官を強くしていた。はじめて滝に 入ったとき、二日目に声をつぶした。 滝に打たれながら、全身の力で読経し、真言をする。 一か 月間、まったく声が出なかった。 こういう経験を十数回くりかえした。いまでは、どんな大きな滝 でも、わたくしの声を消すことはできない。何百メートル先きまでも、滝の音をして、わたくし

しかし、 クンダリニー・ヨーガの修行をしていなかったら、おそらく、それ以上のこころみは全 メドが立たなかったろう。 クンダリニー・ヨーガのチャクラ開発は、特殊な呼吸法に秘訣がある。 それと、チャクラ周辺の筋肉のバイブレーションだが――。 先ずその呼吸法が役に立った。 ざっと説明してみよう。

音声というものは、呼吸と発声と共鳴の三つから成り立つ。そのいずれも同じ程度に重要である。 発声は そのものであり、共鳴はその振動を倍加させ、振動の力を増強するものであり、呼

吸はその両者の原動力である。

ところで、クンダリニー・ヨーガの呼吸法は、「火の呼吸」とよばれるように、フイゴの如く強 く激しい。これが、発声と共鳴の原動力として、どれだけ強力に作用するか、想像以上のものであ

火の呼吸、発声、共鳴の三つの要素を完全にはたらかせるためには、からだ全体を強化しなけれ ばならないが、とりわけ、強い肋間筋と腹筋、それに頑丈な横隔膜が必要である。

わたくしは、さきに、ムラダーラと、マニピューラの二つのチャクラを完成しかけていたと述べ たが、肋間筋 腹筋 横隔膜は、実に、ムラダーラとマニピューラの両チャクラが支配しているの である。この二つのチャクラを目ざめさせたら、この三つの器官はどのようにでもはたらかせるこ とができるのである。それまでにこの二つのチャクラを完成しかけていたことは、まことにと いうべきだった。

呼吸法と発声が完成したら、つぎに独自の共鳴腔をつくりあげなければならない。

音声の共鳴は、喉腔をとりまく骨組みの付加運動のはたらきによる。つまり、頭部の中の、腔と 振動によって共鳴をつくりあげるわけである。 それは、練習によってだれにでもできるように なる。上手下手の別はもちろんあるが――。 だが、わたくしの場合はさらに特殊な工夫が必要であ った。というのは、その共鳴を、自然の法則に反して内部にとり入れなければならなかったからで ある。

生物の発声器官は、すべて、外部に向って音声を発するように出来ている。 わたくしはそれを内 部に向ってしようというのである。思いもよらぬことであるが、ついにわたくしはそれをなし得る ようになった。それを可能にしたのは、やはりチャクラの力であった。

発声させ腔内で共鳴させた真言の振動を、脳の深部に送りこむ作業は、マニピューラ、 スヴァジスターナ アナハタ、の各チャクラの力を借りなければぜったいに出来ないのである。思 いきって、わたくしの完成したこの秘密技術の一部を洩らすことにしよう。 喉腔内でつくりあげた 共鳴の振動を、そのまま脳の深部に送りこむことはできないのである。それはぜったいに出来ない。 わたくしは、何百回、何千回とくりかえしたあげく、ついに不可能とさとった。それは生体の法則 であるのだろう。ではどうすればよいのか?

最後にやってみたわたくしのこころみが成功した。 その振動を、いったん下部のマニピューラ・ チャクラに伝えこれと共鳴させるのである。そうして、チャクラのバイブレーションとしてスヴァ ジスターナ アナハタとつづくチャクラの伝達系を通じて脳のチャクラに送りこむのである。とい

うのは、チャクラというものは個々別々に独立して存在するのではなく、すべて密接に連結してい るものだからだ。この技法を使わないかぎり、声の振動を脳の深部に送りこむことはぜったいにで きないのである。それは、音(振動)をそのまま遠くへ伝達することはできないけれども、電流の バイブレーションに変えて電線を通じれば、どんなに遠方にでも届くということに似ているといっ たらよいであろう。

八求聞持脳の目ざめと異常体験

わたくしのねらいは間違っていなかったのである。この特殊な真言説の技術は、 求聞持法成就 にかくじつにつながるものだったのである。やがてわたくしはこの法を成就するのだが、成就した 瞬間にどういう現象が起きるか、それについては、さきに、『密教・超能力の秘密』に書いたので、 ここには述べない。興味あるかたはそれを読んでいただきたい。ともあれ、わたくしは求聞持法成 就の道を歩みつつあった。それはひとつの異常な感覚が目ざめつつあることでわかった。 「どんな感覚か?

環境に異常に敏感になってきたのである。

わたくしが、求聞持法を修して、自分が狂気したのではないかと疑ったのは、この時が最初であ

全く落ち着いていられなくなったのである。というのは、いろいろなざわめきがからだじゅうに

突き刺さってくる感じである。ことに脳になにかが浸透してくる感じであった。 安眠できなくなっ た。 聞法成就の過程に、実に異様な夢を見る一時期があるが、これはそれともちがう。 潮騒い のような、あるいは松箱のようなざわめきが、じんじんと彼を打っておしよせてくるのである。 そ れにつれて一種のつよい「胸さわぎ」のような感じに襲われるのである。 はなはだしいときには目 いさえしてくるのであった。

目まいといえば、いちばん最初、聴覚と同時に目に異常がきた。 すべてのものが異様に揺れ動い ているのである。なにかで見た風景であった。すぐにわかった。 ゴッホの絵である。あなたもあの ゴッホ特有の動しているような線の流れを御存知であろう。あのようにすべてのものがたえまな ブルブルと小きざみに震動しているのである。空気までがいっしょに振動しているようであった。 それにつれて光線が震えていた。そのためか、ものの明暗が異常にきわ立って目にとびこんでくる のであった。しかし、これはまもなくおさまった。体調が非常によいとき、悪いときに、これはい までもときどき起きる。よいときとわるいときで、ちがいがあるのはもちろんである。 自分で体調 わるいことに気づかないでいるとき、それでわかることがある。わたくしは、死が近づいたとき にはまた特殊な振動を感ずるのだろうと思っている。これはおさまったが、音のないざわめきは消 えなかった。

場所によって強弱があった。そういうことから全く解放される時間と場所に行き会うことがあっ た。そこで転々と居場所を変えることになる。立ったり座ったり、そのへんをとめどなく歩きま わる。 気が狂ったのかと思った。あるいは、なにか物の怪か、亡霊のたたりにでもふれたのかと疑

ったりした。 やがてその理由がわかった。

要するに、環境の振動に敏感になったのである。脳の神経が異常に目ざめ、環境の振動を鋭く感 じとってしまうのである。

これが長くつづいたら、じっさいにわたくしは発狂してしまったであろう。間もなくわたくしは これを制御する方法をおぼえた。平常はこの感受力を少なものにしておき、 必要に際して拡大す るのである。このチャクラの目ざめによって、わたくしは、すべてのものがいろいろな振動をはな っていることを、実際に身を以て体験したのである。存在とはまさしく振動そのものにほかならぬ のであった。

ところで、この異常な感受力を利用すれば、突発的な不幸や災難、事故などすべて、周囲の振動 変化で予知できるであろう。それは人間にたいしても同様で、非常な悪意、たとえば殺意などを いだいてこちらに近づいてくる人間など、容易に察知できるのである。が、そんなことは枝葉のこ であった。そんなことよりも、わたくしは、この経験により最大の収穫を得たのであった。 それ はなにかというと、脳によい影響をあたえる振動(数)と、わるい影響をあたえる振動(数)がは っきりわかってきたことである。よい影響をあたえるとは、脳に活力をあたえ、脳を生き生きとさ せ、脳のはたらきを増強拡大する振動であり、わるい影響とはその正反対のはたらきをする振動で ある。 これは、求聞持法修行上の画期的な発見であった。

このことについて、つぎにわかりやすく説明してみよう。

九!驚異的な超低音の力

最近、大都市において次第に問題化しつつある「低公害」について御存知であろうか? 東京では、主として環状七号線の道路ぞいに頻発して問題になっている。 眼にも見えず、耳にも 聞こえないある種の波動新聞の記事によると二〇ヘルツ前後というが、人びとに一種のス トレス症状をひき起こし、ひどい時には目まいや頭痛まで起こさせるのである。その原因は、各種 機械の作動によって発生する振動によるものである。

有名なガブロウ教授の実験がある。

ガブロウ教授は技術者であったが、最近、仕事中にいつも気分が悪くなるので、マルセイユにあ 研究所の気に入った地位をほとんどあきらめかけていた。

しかし頻発する吐き気に悩まされるのは、ビルのてっぺんにある事務室にいるときだけなのに気 がついて、職をやめるのを延期し、その原因をくわしく調べてみることにした。 先ず、彼の脳をか きみだす何かが部屋の中にあるのにちがいないと考えて、さまざまな化学物質を敏感に検知する装 や、ガイガーカウンターまでも持ち出して、それをつきとめようとした。しかし、どんなにし ても何も見つけることができないので、ある日、途方にくれて部屋の壁に背中をもたせかけ、腕を 組んで考えこんだ。すると、部屋全体が、非常に低い振動数で揺れているのを感じたのである。

そのエネルギー源は、道路をへだてたビルの屋上にある空気調整設備であることがわかった。か

れの事務室は、それと共鳴して共振を起こすのにおあつらえ向きの形であり、ちょうどよい距離で あったのだ。かれを病気にさせていたのは、毎秒七ヘルツの振動数を持ったこのリズムだったので

この現象に興味を感じたがブロウ教授は、ひとつこれととり組んで研究をしてみようと考え、 振動を発生する機械をつくる決心をした。適当なデザインをさがしまわっているうち、フラン スの憲兵が使っているエンドウ豆入りの笛が、すべての範囲の低振動数の音を生じることを発見し た。 そこで、かれはこれを拡大して、長さ六フィートの憲兵笛をつくり、 さく空気でこれを吹き 鳴らす装置をとりつけた。

この巨大な笛をはじめて試し吹きした技術者は、その瞬間、その場にぶっ倒れた。ほとんど即死 だった。検死解剖の結果、かれの内臓器官はすべて振動によってつぶれ、めちゃめちゃのジェリー になってしまっていた。

ガブロウ教授はこれにこりて、もっと慎重にその研究をすすめることにし、つぎの実験は戸外で、 その機械をコンクリートの縦に入れ、実験者から遠く隔離しておこなった。そうして、空気をゆっ

吹きこんだ。が、実験場から半マイル以内にあるあらゆる建物の窓が全部こわれてしまった。 その後、かれは、インフラサウンド発生装置の大きさをもっと効果的に調整することを学び、実 研究のため、一連のもっと小型の機械をつくることに成功した。今日までの最も興味ぶかい発見 の一つは、低振動数の波はねらいをつけることができるということである。二つの発生装置を使っ 五マイル離れた特定の目標に焦点を合わせると、共鳴を起こし、まるで大地震のような驚異的

な力で大きな建物を崩壊させることができるということである。これらの振動数七の機械は非常 に安価につくられる。その設計図は、いま、パリの特許局で三フランでだれでも買うことができる のである。

このエピソードで知れるように、聞きとれないほど低い周波数の振動は、ある特定の場所た とえば幽霊屋敷とか、たたりのある呪われた場所とかにつきまとう抑圧や恐怖の感情を説明で きるのではなかろうか? もしもガブロウ教授が科学者でなかったら、マルセイユのビルのてっぺ んにあるかれのオフィスは、なにかに呪われているか、たたられているのではないかと考えて、 げ出していたかも知れない。

十一存在とは振動である

音についてさらにもう少し述べる必要がある。

われわれをとりかこんでいる世界は音に満ちている。われわれは音の中心に住んでいるといって もよい。しかし、音は必ずしも聞こえるものばかりではなく、人間の耳に感じない音もたくさんあ るのである。

われわれがふつう音という場合、それは耳に聞こえることを前提としていっており、聞こえない 音などというものは概念上あり得ないのであるが、物理的には聞こえない音のほうがむしろ多いの である。

人間の耳が感じることのできる音は、ある一定の音域のものにかぎられており、それ以上低くて も高くても聞くことができない。

では、その高い低いという性質はどこできめられるかというと、それは振動数によって決定 される。

音とは、御承知の通り、振動である。げんみつにいうならば、空気の粒子の振動であり、それが 耳に達したときの振動をよび起こし、われわれはそれを音として聞くわけである。 しかし、あ まりに高い振動と低い振動には、鼓膜は作用しないのである。

ところで、どんな振動でも、それの基本的な特徴となっているのが、振動周期と振幅である。 音の場合、振幅は音の強さに関係があり、周期は音の高さに関係がある。 そこで、振動周期という のは一振動をおこなうに要する時間のことであるが、一秒間の振動数を「振動の周波数」とよぶ。 周波数(または振動数の単位には、一秒間に一回の振動をとり、この単位を「ヘルツ」と名づ けるのである。この周波数はわれわれが音を区別する特徴としているものの一つで、周波数が大き ければ大きいほど、われわれは高い音を耳にする。すなわち、音はより高い調子を持つわけである。 人間の耳が聞きとる音の範囲は、およそ一六~二万ヘルツとされている。それ以上、それ以下の 振動数は聞きとることができない。個人差はあるけれども、人間がもっともよく感じるのは、一〇 〇〇ヘルツから三〇〇〇ヘルツまでの周波数の音である。前節で述べた低周波というのは「超低 音」のことで、これは、約一六ヘルツ以下までの周波数のことである。

そういうと、なあんだ、わずか一六の音城かとごくかんたんに考えてしまうかも知れないが、そ

うではないのである。たいへんな広い範囲を持っているのである。というのは、振動には、一ヘル ツ、十分の一ヘルツ、百分の一ヘルツ、千分の一ヘルツ、百万分の一ヘルツまであるのである。 超低音波振動(超低空気振動)は、きわめて多様な条件のもとで発生する。 建物、樹木、電柱、 鉄製トラスなどに風が吹きつけた場合とか、人や動物が動いたり、扉が開いたり閉ったりした場合 とか、そういうときに発生するとされているのだが、わたくしはそれだけではなく、ものが存在す るとき、それはもうすでに超低音(振動)を発しているのだと考えるのである。そういう意味で、 わたくしは、さきに、存在とは振動だといったのだが、たしかに、ものは存在するだけで超低音 を発しているのである。 そう、わたくしは確信する。 なぜか?

イギリスの物理学者、J・C・マクスウェル(一八三~一八七九年)は、光が物体にあたると光 その物体に圧力をおよぼすということを予想したが、ソ連のレーベデフ(一八六六~一九一二年) は彗星の尾が常に太陽とは逆の方向に流れるということによってこれを証明した。光には重力があ るわけである。ところで、ごく最近、一九六九年に、アメリカのメリーランド大学のJ・ウェーバ 博士のグループは、「重力波」の存在を確認したと発表した。ウェーバー博士は、「アインシュタ インの一般相対性理論が予言していた “重力”の存在の確認をわれわれの手で成しとげることが できて非常にうれしい」という意味のことを記者会見で語ったが、この発見は、前世紀のおわりの、 ヘルツ(ドイツの物理学者、さきに述べた振動の単位はこの学者の名をとったもの)による電磁波の発 見に匹敵する偉大なものであるとされた。重力とは、アインシュタインの一般相対性理論の 方程式から出てくる一種の波動で、かなり昔、一九一六年にすでにアインシュタイン自身が予言し、

理論計算結果を発表していたものである。その正体は読んで字のごとく、重力が波動の形で空間を 伝播してゆくものと大雑把に考えればよい。 そこでわたくしは思うのだが、光が重力を持つという ことと、重力が波動の形で空間を伝播してゆくということとは密接な関係があり、この二つのこと により、存在するものは常にある振動を発しつづけているということが説明されると思うのである。 尤も、これは、数学や科学に全く無知である専門外のわたくしの理論(!)であるから保証のかぎ りではないのだが、前にも述べたように、求聞持脳を持つと、それが実際に体験されるのである。 あらゆるものの発する音がざわめきとして聞こえてくるのである。その体験により、わたくしはわ たくしなりにさまざまな思いをめぐらし、いま述べたような理論をもとに一つの理論構成をしたと いうわけなのだ。

ところで、いま、わたくしは、求聞持脳を持つと、すべてのものが発している音がざわめきとし 聞こえるといった。これは要するに、ふつうには聞こえない超低音を聞くということになるわけ だが、これは、一般の人でも、聞こえないからといって、全く気づかずにいるというわけではない のである。無数にある超低音をすべての人は感じとっているのである。ただし、それは、耳という 感覚器官によってではなく、肉体全体によってである。その一つの例を、われわれは前の節で、ガ ブロウ教授の上に見た。また、環状七号線の道路ぞいの住民たちは、身を以てそれを体験している わけである。 もう一つ二つ、その例を見てみよう。

一九七五年のはじめ、東京の映画館で、「大地震」というアメリカ映画が上映された。

この映画の製作者は、この映画があたえる不安感、恐怖感に、よりいっそうの効果をあげるため、 特別な装置を考えた。フィルムのサウンド・トラックに不安感と恐怖感をあたえる超低周波振動を 記録しておいて、上映中にそれをスピーカーで観客室に流し、観客室の空気を振動させることにし たのである。これは予期した通りの効果をあげた。観客は名状しがたい不安感に襲われたのである。 ただし、だからといって、この映画の製作者が得意になるわけにはいかなかったのである。

というのは、この企画はこの映画製作者の独創ではなく、二十年も前に、おなじような試みを実 した学者がいたのである。

アメリカの物理学者、ロバート・ウッド(一八六六~一九五五年)は、アメリカのある劇場に、超 低音波振動の発振器を設置して、演劇のはじまるほんの少し前に、人間におよぼす超低音波振動の 影響を研究するためのごく短時間の実験をおこなった。かれが発振器を作動したとたん、なにも知 らない観客たちは、突如、奇妙な不安感に襲われはじめたのである。これからはじまる観劇のたの しい期待が不意に消え失せ、いい知れない不安感でいっぱいになったかれらは、落ちつきのない目 たがいに見合わせ、あたりをキョロキョロ見まわしはじめたのである。そして、ある観客たちは、 座席を立って出口のほうへ出てしまった。ウッドがすぐに発振器のスイッチを切ったのは賢明だっ