間脳が 七科三十七道 訓練法
【イントロ】
悟りの扉、今開く
間脳の奥で響く声
新たな光、胸に宿し
霊の世界へと誘う風
【サビ】
飛び立て、未知の空へ
霊的な翼、広げて
魂の進化、その先に
無限の未来が待っている
UA-135459055-1
間脳が 七科三十七道 訓練法
【イントロ】
悟りの扉、今開く
間脳の奥で響く声
新たな光、胸に宿し
霊の世界へと誘う風
【サビ】
飛び立て、未知の空へ
霊的な翼、広げて
魂の進化、その先に
無限の未来が待っている
かつてわたくしは、『思考』という著書のなかで、七科三十七道品とは、 間脳の 機能を開発する訓練にほかならないとのべた。というのは、人間の大脳の中には、霊 的世界を認識す 部位があって、それが間脳であると確信したからである。
ご承知の通り、ヒトの大脳は、本能行動と情動行動を受け持つ「大脳辺縁系」と、創 造行為・行動を受け持つ「新皮質系」から成り立つ。このほかに、反射活動・調節 作用をとなむ「脳幹・背髄系」とがあるわけだが、以上がこれまで大脳生理学によっ て知られている大脳における生のいとなみである。
せきずいけい
わたくしは、このほかに、これまでほとんどその機能が知られていない間脳が、霊性 部位であるとのべたのである。この部位を開発訓練することにより、ヒトはしだいに 高度の霊性を持つようになり、やがて霊的世界を認識把握することができるようにな
る。その局限は次元の異なる霊的世界への飛翔であろう。
わたくしは、七科三十七道品こそ、この間脳と、それに新皮質系の特殊な部位とを同 時に開発練磨してゆく訓練法であると断定したのである。
古代、精神的にすぐれていたひとびとは、 間脳が極度に発達し、 間脳に通ずる霊的視 覚器官である「第三の目」を持っていたのである。 いま、第三の目は退化し、ほとんど 閉鎖されてしまった。しかし、その痕跡は科学的に証明されつつある。 ごく稀れだが、 この眼を持つヒトもじっさいにいる。 間脳も退化してその果たす機能もわからなくなっ てしまったが、近来、大脳生理学も、なにか特殊なはたらきをするらしいとして、「ブ ラックボックス」とよび、追究をはじめているようである。 それに先立ちわたくしは、 十数年も前からこの間脳に注目していたのである。
これからのあたらしい人類文化は、この間脳の開発からはじめられなければならぬ、 と、わたくしは「間脳思考」で主張した。 では、いまから二千数百年もむかしの古代に 説かれたシャカの教法である七科三十七道品→阿耨多羅三藐三菩提涅槃→成仏 という古めかしい構図と、ハイテクノロジーの現代に生きるわれわれとの接点はいった
かつてわたくしは、といわねばならないが、その日本の仏教は、「成仏」をどのように説き、どのように実 践しているのであろうか。
作用をいとなむ「脳幹・背髄系」とがあるわけだが、以上がこれまで大脳生理学によっ
て知られている大脳における生のいとなみである。
わたくしは、このほかに、これまでほとんどその機能が知られていない間脳が、霊性 の部位であるとのべたのである。の部位を開発訓練することにより、ヒトはしだいに 高度の霊性を持つようになり、や霊的世界を認識把握することができるようにな
る。その局限の異なる霊的世界への飛翔であろう。
ひしよう
わたくしは、三十七道品
時に開発練磨してゆ
この間脳と、それに新皮質系の特殊な部位とを同 であると断定したのである。
古代、精神的にすぐれていたひとびとは、 間脳が極度に発達し、 間脳に通ずる霊的視 覚器官である「第三の目」を持っていたのである。いま、第三の目は退化し、ほとんど 閉鎖されてしまった。しかし、その痕跡は科学的に証明されつつある。 ごく稀れだが、 この眼を持つヒトもじっさいにいる。 間脳も退化してその果たす機能もわからなくなっ てしまったが、近来、大脳生理学も、なにか特殊なはたらきをするらしいとして、「ブ ラックボックス」とよび、追究をはじめているようである。それに先立ちわたくしは、 十数年も前からこの間脳に注目していたのである。
これからのあたらしい人類文化は、この間脳の開発からはじめられなければならぬ、 と、わたくしは「間脳思考』で主張した。 では、いまから二千数百年もむかしの古代に 説かれたシャカの教法である七科三十七道品→阿耨多羅三藐三菩提→涅槃→成仏 という古めかしい構図と、ハイテクノロジーの現代に生きるわれわれとの接点はいった
どこにあるのか?
わたくしはここで、どうしても「間脳思考』を見ていただかねばならぬと思うのであ
す」
はっすい
る。すこし長いが、抜粋しよう。著名なジャーナリストであり、プロデューサーである K氏と、わたくしとの対談の部分である。
ヒトは脳に「霊性」の部位を持つ
では、いよいよ本論に入りましょう。 アーサー・ケストラーはこう言っていま
K氏は『ホロン革命』のページをひらいた。
ホモ・サピエンスは進化論に適合しない病に冒された異常な生物種で、 人類の過去の記録をみても、また現代の脳科学からいっても、ホモ・サビ エンスが最後の爆発段階に達したある時点で何かに狂いが生じたことは、そし
もともと人間の体には(もっと具体的に言えば、神経回路には致命的な工学 上の欠陥が誤って組み込まれ、それがために人類の妄想傾向が歴史を通して脈 脈と流れていることは、否定すべくもない。これは恐ろしくも当然の仮定であ り、人間の条件を真摯に追求しようとすれば、これから目をそらすことはでき ない」
「ゆえに、『種』として人類は絶滅するのだ、とかれはいっております。 桐山先生 は、これにたいしてどうお考えですか?
人類はケストラーのいうように、脳に致命的な設計ミスを持った異常な生物種で あるとお考えになりますか?」
「いや、わたくしはそう思いません。設計はほとんど完全に近かったと思います」 すると、設計は完全に近かったが、設計通りに進行しなかったということです J
そうです。ですから、ケストラー自身もいっているように、もう一つのほうの推
『ホモ・サピエンスが最後の爆発的段階に達したある時点で何かに狂いが生じ
たことは』といっているのが正しいのです。設計ミスではなかった。設計はほとん 完全だったが、進化の途中で方向が狂ってしまったのです。わたくしは、すで に、それを「密教・超能力の秘密』で指摘しています」
「具体的にお示しください」
「人間は脳に霊性の部位を持っているのです。 これはそのように設計されているの です。だから、この部位がその設計の通りに活動していたら、人類は、 ケストラー のいうように「狂気」の症状をあらわさなかったでしょう。 したがって、いまのよ うな破滅に直面するようなことにはならなかったのです。 この部位が進化の途中で 閉鎖されてしまった。そのために、人類は、“超””人になってしまったのです」 「ふうむ、これはおどろくべき発想ですね」
「発想じゃないのです。事実なのです」
「その霊性の部位はどこですか?」
しょう
「大脳の最も中心である脳の視床下部です。 このいちばん奥に、その部位があ
ります。ただし、これがはたらくためには、そのすぐそばにある松果腺という内分 腺の特殊なはたらきが必要です」
「それは大脳生理学者の説ですか?」
というのです。
「いいえ、そうじゃありません。わたくしの修行体験による発見です。 インドのク ンダリニー・ヨーガ、チベット密教の修行などを参考に、わたくしが把握したもの です。脳生理学はまだそこまで到達しておりません。ただし、アメリカのホルモン 分泌学の権威・D・ラトクリフという学者は、その著書『人体の驚異』(小学館) の中で、おもしろいことを言っております。
『その機能がようやくわかりかけてきた松果腺は、脳の下側にくっついている 小さなので、人間が原始時代の祖先から受けついできた第三の目の残 跡と推定されている』
第三の目というのをご存じですか?」
ずうっと以前に、そういう題名の本を読んだことがあります。 なんとかいう英国
なるほど」
ます。この視床下部が第三の目と連撃して活動するとき、人間は霊性を顕現するのです。その究極において、「密教・超能力の秘密』でいっているように、カミ、 ホ トケにまで到達するのです。人間は、知性・理性の場である新皮質と、本能の座である辺縁系との中間にある『間脳』に、霊性の場を持っていたのです。これにより、 人間はバランスがとれるのです。ところが、この間脳にある霊性の場を、人間は失 ってしまった」
しかし、それを知っているひとたちがいた。その代表が、 シャカです。 シャカ は、「成仏法』という名で、この霊性の場を再開発するシステムを完成した。 古代 密教が、それを受けついだ」
「古代密教、とおっしゃるのはどういうわけですか?」
後世の密教は、大乗仏教の影響を受けて、 シャカがつたえたシステムを様式化し てしまったのです。まったくちがったものにしてしまった」
「しかし、仏像とか、仏画とかは、古代密教の表象をそのままつたえています。 密 教の仏像の多くが、第三の目を持っているのはこのためです」
「あの、眉間のところにある目ですね?」
「そうです。 その密教の代表ともいうべき仏像が、摩醯首羅です。 これは、梵語の Maheśvara (ヘーシュヴァラ)を音写したもので、これを「大自在天』と漢訳し、 宇宙の大主宰神とされております。眉間に第三の目があって、合計、三つの目を持 っています。われわれは、目が二つです。その二つの目の一つは、辺縁系の脳に通 ずる目であり、もう一つは新皮質の脳に通ずる目で、この二つが一対になって、現 世界(物質世界)を見るのです。このほかに、じつはもう一つの目があった。そ れは間脳の視床下部の脳に通ずる霊性の目で、霊的世界を見る目です。 これが、第 三の目とよばれるものなのです」
「で、その第三の目が、『残跡』となると同時に、先生のおっしゃる霊性の『場』 もはたらかなくなってしまったということですか?」
「そうですね。しかし、それは、霊性の『場』が閉ざされてはたらかなくなってし
まったから、第三の目もはたらかなくなって、たんなる「残痕』になってしまったのだともいえるでしょう。 要するに、密接な相関関係にあるものですから」
K氏はしばらく考えこんでいたが、
と首をかしげた。
「なぜ、人間は、その霊性の『場』を失ってしまったのですか? 退化、とは考え られませんねえ。人間の精神活動は原始時代から非常なスピードで進化し、進歩し ているわけですから、退化などとは考えられない」
その理由ですか?」
わたくしは言った。
「第三の目」はなぜ消えてしまったか?
「第三の目が閉じられてしまったのには、もちろん、大きな理由があります。 わた くのいう霊性の『場』は、 間脳の視床下部にありますが、 それは、要するに、物 質的な欲望や本能を制御し、時には否定して、より崇高なるものにあこがれる精神 領域です。そういうと、それは新皮質系の領域じゃないかといわれるかも知れませ ん。そうじゃないのです。
新皮質系の知性は、神を考え(分析し演繹して)仏を理解しようとするものです が、霊性は、神と一体になり、仏と同化しようとする題性です。 明らかに新皮質系 のものとはちがうのです。
新皮質が生む知性は、時実博士の表現によれば「より良く生きる」こと、「より 高く生きることを目ざします。 そのための創造行動をいとなみます。その結果、 どういうものが生み出されたかといいますと、精神的には哲学 (および倫理・道徳)、
物質的には科学と技術)です。 ことばを変えていうと、「より良く生きる』が科 学と技術を生み出し、より高く生きる』が哲学・倫理を生み出した。ところが、 哲学・倫理はいままったく行きづまって、人類がいまかかえる問題に、大声で警告 は発するけれども、なんの答も出すことができない。
一方、新皮質の『より良く生きる』という目標は、『より便利に』『より速く』 の追求になってしまった。 ごらんなさい。 現代社会は、新皮質文明であり、新皮質 の産物ですが、現代社会の目標は、『より便利に』『より速く」がモットーでしょう。 地球上のすべての企業が、それを目ざして狂気のごとく活動しています。 それが結 局は自分の首をしめることを新皮質は知りながら、止まることができない。 なぜな らば、それをおしとどめる間脳のはたらき、霊性の『場』を、はるか以前に、新皮 質自身が押さえこんでしまっていたのです」 大京
「そんなことがあり得るのですか?」
「こういう現象は、大脳においてつねにおこなわれるものです。 たとえば、動物が 高等になるにつれて新皮質が発達してくるために、旧皮質はしだいに大脳半球の
面へ押しやられ、古皮質は大脳半球内部へ押しこまれるようになります。 これは大 脳生理学の定説で、これとおなじ現象が、人間の大脳においておこなわれたので す。
新皮質は、それが人類の進歩と進化であり、平和と繁栄につながるのだというが 義名分のもとに、 間脳を押さえこんでしまったのです。 そういう理くつを考え出す のは、新皮質の得意ちゅうの得意ですから。
霊性とは物質的な欲望や本能を制御し、時には否定さえして、より崇高なるもの にあこがれる精神領域だと、さきにわたくしは申しましたが、そういうものは、新 皮質の生み出す物質文化にブレーキをかけるものです。考えようによっては、新皮 質の敵といっていい。だから、新皮質は全力をあげて、霊性の場を押しつぶしにか かった。人間のすべての欲望 (大脳辺縁系)がこれにくわわった。これが、人間の
『葉』というものでしょう。
だから、知性と称するものは、霊的なものを、いまでも、迷信といって敵視する でしょう。知性の持ちぬしだと自称するひとたちが、『霊』ということばを聞くと、たちまち歯をむき出して噛みついてくるのは、そのためです」
「は、はぁはぁ、なるほど、なるほど」
K氏は大声で笑ったが、
「それはつまり、新皮質脳が脳を押しつぶしてしまったのは、人類の歴史 で、いつごろのことでしょうか?」
知性(新皮質脳)と霊性(間脳)が一時に花ひらいた時代
わたくしは、逆にK氏に質問した。
「K先生は、さきほど、人間の精神活動は原始時代から非常なスピードをもって、 進化し、進歩してきたとおっしゃいましたが、はたしてそうでしょうか?」 「といいますと?」
「わたくしは、ずうっと古いある時代から、すこしも進歩していないのじゃないか
と思うのです。むしろ、退化しているのじゃないかと考えます」
「どういう意味ですか?」
「わたくしは、人類の精神文化は、いまから数千年前に、その進歩がおわってしま って、その後は、なんらあたらしいものを生み出すことなく、ただ先人のあとをな ぞっているのにすぎないのではないかと思うのです。高い精神文化は、すべて紀元 前に完成されてしまっている。ことに、霊性にもとづいた叡智の文化がそうです」 「ふうむ」
たとえば、人類の知的産物としての古典を考えてみるとき、ごくおおざっぱにい って、三つのグループに分けられるでしょう。 中国の古典、ギリシャの古典 イン ドの古典です。いま、手もとに参考とするものがありませんから、ごくおおざっぱ ないいかたですが、中国においては、西紀前五世紀に孔子が生まれて儒教を説き、 以後、ざっと、墨子、 荘子、 から、孟子、司馬遷にいたるまで、すべて紀元前のひ とたちです。
ギリシャでは、紀元前八世紀に、 ホメロスが、『イリアス』 『オデッセイア』を書き、前七世紀には、イソップが生まれ、前五世紀には数学のピタゴラス、哲学者のヘラクレイトス、悲劇作家のアイスキュロス、ソフォクレス、前四世紀ごろには、 有名なソクラテス、プラトン、 ついでアリストテレスが活動しています。このひと たちが、のちのヨーロッパ知的文化のもとをなしたことはご承知の通りです。 いま 西洋文明の知的産物は、これらのひとたちの芸術や思想を抜きにしては考えられ ず、さらには、後世から現代まで、はたしてこれら世紀前のひとたちを凌駕するだ あたらしい知性的産物を生み出しているといえるかどうか」
「インドではもっと古く、紀元前一〇〇〇年、すなわち、 前十世紀にすでに「リグ・ ヴェーダ』が成立しています。 前八世紀にはバラモン教が活動しはじめています。 前七世紀には『ウパニシャッド』が完成し、 前五五六年にはシャカが生まれていま
「西アジアでは、モーゼの出エジプトが紀元前十三世紀ですし、 前八世紀には、預イザヤが活動し、前七世紀にはゾロアスター教が成立、同時に預言者エレミア が活躍している。そして、中央アジアでキリストが生まれ、紀元元年をむかえるわ けです 。
K氏は無言のままうなずいた。
「じつに、百花乱ともいうべき華やかさでありませんか。人類の精神文明の頂点これは、見かたによれば、知性=新皮質と、霊性=間脳が一時に花ひらいた時代 とみてよいでしょう。 このあと、急速に新皮質は発達します。 新皮質はギリシャに おいて哲学を生み、これが科学へと進んでゆくのです。 そして遂には太陽のエネル ギーを手中にし、人間を月に送りこむまでになったのです。
しかし、そのように急速に爆発的に発達した新皮質は、第三の目を閉ざし、霊性 の場である視床下部をふさいでしまった。人類は、霊性の目を閉じ、霊性の場をふ さぐことにより、科学という名の物質的欲望をみたしてきたのです。 そのためにはう言っています。
「わたしは生化学戦争の恐怖について、何もふれなかった。人口爆発、公害に ついてもふれなかった。それらはたしかに脅威ではある。 しかしそうした問 題ゆえに、社会の意識はひとつの重大な事実から不当にそらされてきたといっ てよい。その事実とは? 一九四五年以降、人類は自らを絶滅させる悪魔の力 を身につけてきた。そして過去の事実から判断するかぎり、そう遠くない将 来、 ある危機のなかでその力を行使する可能性は大きい。そうなれば、宇宙船 地球号は死に絶えた乗組員を乗せて星間を漂流する幽霊船と化すにちがいな い』
要するに、世界の危機を核爆弾ひとつにしぼって論じているわけです。
これにたいし、わたくしも、わたくしなりの危機にたいするデータを持っていま す。決して、 ノストラダムスやその他のひとたちのシリ馬に乗ってさわいでいるわ けではない。 わたくしはわたくし独自の見地から、この世界の破滅崩壊を予感しているのです。 最初に申し上げたと思いますが、核爆弾とか、環境汚染とか、人口 増加、大地震、移動というように、ひとつひとつのデータではない、ヒト自身の 上に起こったホラーキー崩壊の現象から、 どういうアクシデントでかは別として、 とにかく、 間脳を失ったヒトから成り立つこの世界は崩壊するよりほかない、と予 「感しているのです」 (以下略)
以上で、成仏ということばのほんとうの意味が、ご理解いただけたことと思う。同時 に、釈尊の説かれた成仏法と現代社会、そしてそこに生きるわれわれとのふかいかかわ りもまた、ご理解いただけたことと思う。われわれの社会がいまやあらゆる面で行きづ まり、崩壊の危機に直面しつつあることは、アーサー・ケストラーの警告を待つまでも ないことである。この、お
毎日のように報じられるこどもの自殺出ひとつみても、この社会が異常化し崩壊し つつあることがうかがわれる。健康的に正しく成長しつつある社会では、こどもはつね に希望にみちている。 決して自殺などはしないのである。こどもたちは敏感にこの社会
的洗礼を浴びた。(『一九九九年カル
マと霊障からの脱出』平河出版社参照)
帰国して、最初の護摩を修したとき、わたくしは、修法壇の上で、それとおなじバイ
プレーションを感じたのである。その刹那、なんの脈絡もなく、ぱっと念頭に浮かんだ
のが、十年も前に捨て去り忘れ去っていたあの三供養品の経典であった。
「そうか
わたくしは、護摩を修しつつ、心の中で叫んでいた。
このほとけだ。この如来が、三供養品の、生ける如来であったのだ。あの三供養品の
釈尊のおことばは真実であり、いまここに出現した如来のみもとにおいて功徳を積むこ
とが、末法の世である現代唯一の成仏法であることをお示しになったのだ、そのために
この如来は出現されたのだ、一瞬のうちに、それがわかったのである。
ただたんに奇蹟をあらわすために如来は出現されたのではないのだ。末世成仏の本尊
として出現されたのだ。
キリスト教では、「キリストの復活という奇蹟があった。
この如来の出現は、決して単なる現形ではないのだ。これは「仏陀の復活」-いなのだ。
キリストの復活に比すべき現代の奇蹟である。仏界において、時間と空間を越えて仏陀
は生きつづけている。そしていま、仏教の危機、世界の危機に際して復活されたのであ
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阿弥陀如来
仏舎利
千手かん
末世成仏の教典
**イントロ**
山中の灯り、ひとりで読む経(きょう)
求めるは真理、心に染みる言葉
現代の闇に、光を探し
凡夫の道を、歩む修行者
**サビ**
須陀オンの道、飛び越える断層
如来の教え、心に響く福音
末法の世に、救いの道を
空覚(くうがく)の誓い、広がる希望
三善根
末世成仏本尊経
末世成仏本尊経
末世成仏本尊経
じよし が ぶん いつし ぶつざいしやえいこくぎじゆきつこ どくおん じ し せそんこくあなん
如是我聞。一時仏在舎衛国祇樹給孤独園。爾時世尊告阿難。
ゆうさんぷくどう ふ か ぐじん ぜんしね はんがい い が い さん しよい お によらいしよ
じしゆく どく しふくふ か ぐうじん おしようほう じしゆくどく
而種功徳。此福不可窮尽。於正法。而種功徳。
おせいしゆう じしゆくどく しふくふ かぐうじん ぜ い あなん
於聖衆。而種功徳。此福不可窮尽。是謂阿難。
`しふくふ かぐうじん
此福不可窮尽。
しさんぶくどうふ か
此三福道不可
ぐうじん じしゆだおんしあ なごん だんごげぷんけつ さんぶくどうそくし ね はんかい
窮尽。自須陀恒至阿那含。断五下分結。三福道即至涅槃界。
ぜ こ あなん とうぐ ほうべんきやくしふ か ぐうじんし ふく じよし あなん とうさぜ がく
是故阿難。当求方便獲此不可窮尽之福。如是阿難。当作是学。
じしあなんもんぷつしよせつ かんきぶぎよう
爾時阿難聞仏所説。歓喜奉行。
ぞういちあごんきよう
(増一阿含経。三供養品)
〔和訳〕
き かく ごと いちじほとけ しゃえいこくぎじゅきっこどくぉん おわ そ ときせそん あなん つ
聞くこと是の如し。一時仏、舎衛国祇樹給孤独園に在しき。爾の時世尊、阿難に告げ
たまわく、「三福道あり、窮尽す可からずして、漸く涅槃界に至る。云何が三と為す
や。所謂如来の所に於て功徳を種う。此の福窮尽すべからず。正法に於て功徳を種う。
此の福窮尽すべからず。聖衆に於て功徳を種う。此の福窮尽すべからず。是れを阿
難、此の三福道は窮尽すべからず。須陀原より阿那含に至りて五下分結断ず。即ち涅槃
界に至る福道なり。是の故に阿難、当に方便を求めて比の窮尽す可からざるの福を獲べ
ごと まさ がく な そ ほとけしよせつ さ かんぎぷ
し。此の如く阿難、当に比の学を作すべしLと、爾の時阿難、仏の所説を聞きて歓喜奉
〔註解〕
〔三福道〕福を受ける三つの道・方法。この場合の。福’とは、霊性開顕して聖者になること。一書には
「三善根」「三福業Lとあり。阿含宗は「三福道Lをとる。また、「自須陀鯉至阿那含断五下分
結」の十三句は、のちにのべる通りの理由により、同意の他の阿含経からとり入れた。
〔涅槃界〕ニルヴァーナのこと。完全に霊性開顕したブッダの境地。
〔五下分結〕須陀疸・斯陀含・阿那含の三聖者がそれぞれ断ち切る五種類の煩悩。
阿含宗が「証明仏現形の聖典Lとおよびする奇蹟の経典である。
そういうと、なあんだ、と失望の声をもらす読者もおられるかも知れない。
第一に、まことに短い。
第二に、見たところ、奇想天外、驚天動地、というような不可思議のことがしるされ
ているようにも思えない。
どこが奇蹟の経典なんだといわれるかも知れない。
じつは、わたくしも、最初そう思ったのだ。
しかし、のちに、この経典こそ、二六〇〇年もむかしに、釈尊が、未来社会のために
予言されていたおどろくべきお経であったことがわかったのである。 ド
どうしてわかったのか?
如来がおすがたをあらわして、これを証明されたのである。
まず、このお経の要旨を説明しよう。
このお経の要旨はこうである。
聖者になる三つの方法がある。この方法によって、かならずニルヴ″Iナに到達して
完全解脱することができる。
その三つの方法とは、
一、如来のもとにおいて功徳をうえる。
二、正法の仏法において功徳をうえる。
三、聖師とその聖なる弟子たちのグループに入って功徳をうえる。
この三つの方法により、必ず、須陀筥・斯陀含・阿那合の聖者に到達できるのであ
る。これが、この経典の要旨である。
この経典を、最初、手にしたときIそれは十年以上も前のことだがIわたくしは
非常な魅力と、つづいて、それに正比例する落胆を味わったのである。
非常な魅力とはなにかというと、七科三十七道品の成仏法を、修行せずして五下分結
(前の章に解説した)を断じ、須陀逼から阿那含にまで到達できる、ということである。
(ただし、原文では、
『この三福道は窮尽すべからず、涅槃界に至ることを得と謂うなり』
とある。「自須陀逼至阿那含断五下分結」はない。
しかし、考えてみると、功徳を種えるという梵行だけで最終的な涅槃にまで到達して
しまうというのは、おかしいのである。それでは、道品法の否定になってしまう。そこ
のところはどうなっているのか。
ナゾはすぐ解けた。釈尊は、”涅槃に至る‘とはおっしゃっていないのである。涅槃
界に至ると表現しているのである。涅槃に到達、とあれば、阿羅漢であるが、涅槃界と
なると、須陀肛・斯陀含・阿那含・阿羅漢の。四沙門果”の境界をさすことになる。
そこで、こういう場合、他の阿含経ではどうなっているかと調べてみると、他の阿含
経では、略さずに記していることがわかった。たとえば、おなじ『増一阿含経・壱入道
品』では、
『……亦、須陀原・斯陀含・阿那含の三乗の道を成じ……』
とあり、三宝品では、
『現法の中に於て漏尽きて阿那含を得ん』
とあり、火滅品では、
において比丘、五下分結を滅して即ち彼に般涅槃して云々』
とある。つまり、この三供養品は、ここのところを略しているわけである。そういう
経は他にもある。
そこで、意を通ずるために、この略している部分を、これらの経からとって「自須陀
原至阿那合断五下分結」と入れたのである。これによって、誤解を招くことを避けたわ
けである。)
しかしいずれにしてもこんな魅力的なことはない。これが事実であれば、とくにすぐ
れた資質がなくても、また、苦難にみちた修行をしなくても、仏道をきわめることがで
きるのである。こんなすばらしいことはない。
だがI、待てよ、とわたくしは考えた。
これは、ひょっとしたら、後世の、ごく初期の大乗経典がまぎれこんだのではなかろ
うかと考えたのである。というのは、これまでのべてきた通り、大乗仏教は釈尊の成仏
法を捨て去って、そのかわり、仏の慈悲にすがれば成仏できる、と教えている。する
と、この経も結局それとおなじで、阿弥陀経、法華経となんら変わりはないことになっ
てしまうのではないか、おかしい、そう考えた。
しかし、れっきとした阿合部の経典である。やはり、釈尊のおことばと信じたい。い
や、信ずべきだ。至難きわまる成仏法を修行せずして、成仏する! いや、なんとか信
じたい!
そう思って、何百ぺん、何千ぺんも、この経典に目を凝らした。このお経を信じた
い一心で、一心ふらんに目を凝らしたのである。
上根と下根の成仏法
わたくしは、このお経を、
「下根の成仏法L
さきにあげた応説経を、
「上根の成仏法」
と考えた。
上根というのは、すぐれた機根ということで、機根とは、教法をまなんで、よく修行
し得る能力をいう。だから、上根とは、この場合、釈尊の成仏法を修行して、よく証果
を得ることができるだけのすぐれた能力の持ちぬしをいうわけである。プロの出家修行
者がそれであろう。
下根とは、釈尊の成仏法を、ストレートには修行するにたえられない能力の持ちぬし
である。おもに在家の修行者、信者をさすものと思われる。もちろん出家修行者もいる
であろう。
そこで、わたくしは、釈尊が、下根の弟子や信者たちをあわれんで、むずかしい成仏
法を修行せずとも成仏できるという道を、下根の成仏法として示されたのであろうと考
えたのである。
しかし、それにしてもおかしいところがある。
如来のもとにおいて功徳をうえよ、というのは、さきにあげた「出家経Lのように、
釈尊のもとで、在家者としての梵行をせよ、という意味であろう。それならば、どうし
てこの経典だけ、梵行という表現を使わず、功徳をうえよ、という表現になっているの
か。梵行という表現には、功徳をうえる行だけではなく多少なりとも、他に修行法が加
味されているのである。どうしてこの経だけ、こういう表現になっているのか?
つぎに、。正法において”というのも妙である。第一の。如来のみもとにおいて”と
いう如来が、釈尊であるとすると、釈尊が説かれるのは当然、正法にきまっているので
あるから、わざわざ、”正法においてへとことわる必要はないはずである。どうもおか
如来の現形のホトケLということばがある。
しい。
このように、あれこれ考えているうち、最後に、
「これはだめだ」
と投げ出さざるを得ない致命的な難点にゆきあたったのである。
それはなにか? ‘
一番目の、。如来のみもとにおいて″という項目である。
この、如来、というのは、釈尊でないことは明らかである。
釈尊が、ここでいう如来なら、いまのべたように、わざわざ。正法において”などと
おっしゃるはずがない。だからこの如来は、釈尊以外の如来ということになる。
すると、この如来は、どの如来なのか?
如来といえば、どこのお寺でも、一体や二体の如来をおまつりしている。しかし、そ
れは「如来」そのものではなく、如来の像である。如来像は、いまさらいうまでもな
く、如来そのものではない。如来の模型にすぎない。如来の模型ではない如来そのもの
を、さがさねばならぬ。
しかし、いまの世に、自称如来はべつとして、真正の如来がいらっしゃるはずはない
のである。
「これはだめだL
わたくしは、落胆その極に達したのである。
ところが-J、
思いがけなくも、この如来が、突如、おすがたをあらわされたのである。
どんなホトケか?
法爾とは自然のまま、自然そのものの、という意味。無作とは、作られたものではな
い、という意味で、要するに、「作りものではない自然のままの生きたホトケLという
意味である。ホトケが、なにかの物によってそのすがたをあらわすことである。あらわ
すといっても、特定の人間だけが見るというのではなく、だれの目にもそれとわかるよ
うにすがたをあらわすのでなければ、意味がない。
わたくしは、むかし、この法爾無作のホトケという仏教用語を目にしたとき、かるい
興奮をおぼえた。そんなことがじっさいにあり得るのだろうかと思った。わたくしたち
が目にし、おがむホトケは、すべて人の手になる作りものである。どんな名匠の手にな
ろうとも、どんな高価なものであろうとも、しょせん、人の手によって作られたもので
ある。それは、ホトケそのものではない。要するにホトケの模型である。密教の修行で
は、「観想」といって、いろいろなホトケの尊形をこころの中に想いうかべて瞑想する。
しかし、それらもまた、経典や儀軌を読んで想像するだけである。
もしも、じっさいに生きた存在としてのホトケーー法爾無作のホトケがおすがたをあ
らわし、それをおがむことができたら、なんとすばらしいことかと、わたくしはこころ
おどらせたものである。 }
その後、密教の荒行中、何度かホトケのおすがたを目にし、そのお声を耳にしたこと
がある。しかし、それは、荒行中という一種の極限状態における幻影、幻聴であったか
も知れず、法爾無作のホトケの出現とはいえないのである。
そんな奇蹟はあるはずなく、法爾無作のホトケとはただコトバの上だけの存在であ
る、そうわたくしは思っていた。
ところがI、
その奇蹟があらわれたのである。
昭和五十四年二月四日、それは阿含宗創建の翌年のことであった。
京都東山花山の、総本山道場建立予定地において、「節分星まつり大柴燈護摩供」奉
修中、一陣の霊気が結界内を走ったかと思うと、突然、焚き上げている大護摩の火炎
が、巨大なホトケのご尊体と変わったのである。
その炎の高さは、およそ六、七メートル、それまで、風速七、八メートルの山風に、
右に左に大きくゆれていた火炎が、一瞬、ピタリと静止したかと思うと、突如、如来の
おすがたをあらわしたのである。
その寸前、修法中のわたくしは、思わず、あ! と思ったのである。というのは、そ
のとき、燃えあがっている火炎の火のいろが、一瞬、変わったからである。それまでの
赤みを帯びたふつうの火の色が、輝くばかりの黄金色となったのである。あ! と思っ
たつぎの刹那、火炎がピタリと静止し、巨大なホトケの尊形となった。……次の瞬間、
火はもとのいろにもどり、ごう″と吹く山風に大きく揺れ、なびいていた。その間、お
よそ二、三秒、わたくしは、残念だと思った。結界内にはおよそI〇〇人を越す山伏が
厳修中であり、結界の外にはおよそ一万人ちかくの参詣者が、お護摩の火をおがんでい
る。しかし、いずれも霊眼を持たぬ悲しさ、おそらくこのホトケを、それと拝した者は
一人もおるまい。まさしく法爾無作のホトケと確信するが、拝したのはわたくしI’人と
いうのでは、どうにもならない。心から残念だなと思った。
修法が終わって道場に帰り、ご霊示を仰いだ。
「われは応供の如来である。供養を受けるぞL
というご霊示がさがった。この経緯は、昭和五十四年十二月発行の『修行者座右宝
鑑』(阿含宗総本山出版局)その他にくわしくのべているので、ここでははぶくが、要す
るに、「応供の如来」とは、「(信者の)供養を受けて、その供養を功徳として(信者に)
返すLという意味である(如来の十号参照)。わたくしは、その瞬間、この総本山建立
地が霊界と直結した霊地となったことを確信した。しかし、わたくしは、これを一部の
幹部の者のみに伝えるにとどめた。ご霊体を拝さぬ者にいっても仕方ないと思ったから
である。
ところが、数日後、当日の修行者の一人が、
「これは霊写真ではないでしょうか」
といって一葉の写真を届けてきたのである。一見して、わたくしは、息を呑んだ。ま
さしく、あの刹那、わたくしが拝した法爾無作の如来のおすがたである。その黄金色に
かがやく色も、かたちも、寸分ちがわない。わたくしは思わず、おしいただいた。
「如来の現形……L
わたくしはつぶやいた。
現形、ということばがある。おもに神道のほうのことばだが、仏教のほうでも使う。
カミ、ホトケが、その、ヵQZ Sホトケご自身の意志によってすがたをあらわし、その
おすがたをとどめるのである。これを現形という。これは、だれか一人がそのおすがた
を目にしたというのでは現形とはいわない。万人、だれでもそのおすがたを拝せるよ
う、すがたかたちをとどめなければいけないのである。神道のほうでは、石、樹木、
剣、ときには一つの山そのものがカミのすがたを現形することがある。三輪山(奈良)
などは、山そのものがカミの現形として有名である。
この霊写真は、まさしく、法爾無作の如来の現形であった。如来が、如来のご意志
で、密教の護摩の火という、最も清浄なる仏法の火をもってわがすがたを荘厳され、フ
イルムにそのおすがたをとどめさせられたのである。なんという奇蹟であろうか。わた
くしの胸は、ただ感激にふるえるのみであった。そして、なんのためにこの如来の現形
があったのか、その真の意義にはまだ気がつかなかったのである。まさか、この現形の
如来が、そのむかし、わたくしがあれほど一心にさがし求めたあの三供養品の如来であ
ったとは、まったく気がつかなかったのである。
そのことにわたくしが気づいたのは、その翌年、インドの仏蹟巡拝の旅から帰っての
ことであった。
サヘトーマヘト、あの祇園精舎の遺跡(奇しくも三供養品が講ぜられた舎衛国祇樹給
孤独園である)で、わたくしは、ほとけの強烈な霊的洗礼を浴びた。(『一九九九年カル
マと霊障からの脱出』平河出版社参照)
帰国して、最初の護摩を修したとき、わたくしは、修法壇の上で、それとおなじバイ
プレーションを感じたのである。その刹那、なんの脈絡もなく、ぱっと念頭に浮かんだ
のが、十年も前に捨て去り忘れ去っていたあの三供養品の経典であった。
「そうか
わたくしは、護摩を修しつつ、心の中で叫んでいた。
このほとけだ。この如来が、三供養品の、生ける如来であったのだ。あの三供養品の
釈尊のおことばは真実であり、いまここに出現した如来のみもとにおいて功徳を積むこ
とが、末法の世である現代唯一の成仏法であることをお示しになったのだ、そのために
この如来は出現されたのだ、一瞬のうちに、それがわかったのである。
ただたんに奇蹟をあらわすために如来は出現されたのではないのだ。末世成仏の本尊
として出現されたのだ。
キリスト教では、「キリストの復活という奇蹟があった。
この如来の出現は、決して単なる現形ではないのだ。これは「仏陀の復活」-いなのだ。
キリストの復活に比すべき現代の奇蹟である。仏界において、時間と空間を越えて仏陀
は生きつづけている。そしていま、仏教の危機、世界の危機に際して復活されたのであ
一瞬のうちに、わたくしはさとったのである。
聖者への飛躍
わたくしがなによりも感激し、かつうれしかったのは、わが阿含宗が正法を行ずる教
団であることを、ほとけさまによって証明されたことである。
阿含宗と、桐山靖雄にたいする批判は、さまざまなかたちでおこなわれ、時に、それ
は、批判という範囲を越えて、卑劣きわまる中傷・廃膀というところまできている。
あたまから、邪師、邪教よばわりである。わたくしはひたすら、それに耐えて、努力
に努力をかさねてきた。わたくしの説くところ、わたくしのおこなうところ、ぜったい
に正しいという信念があったからである。
しかし、ときに、一沫の不安の生ずることもないことはなかった。ほんとうにおれは
正しいのだろうか? ほとけさまの前にぬかずいて、考えに沈むことI時にあった。
だがI-I、如来が、正法であることを証明してくださったのである。
釈尊のおことばの第一の項目、’如来のみもとにおいて’はすでに実現した。この復
活した如来こそ、この如来であったのだ。
第二の項目、”正法において″は、この如来の出現した阿含宗こそ、正法を行ずる教
団であることの証明そのものではないか。
古来、幾多の祖師・開祖があらわれたが、ほとけさまがおすがたをあらわして、正師
・正法であることの証明をなされたということは、ほとんど聞かない。(伝説のたぐいは
別として)
人間どもがなにをわめこうと、ほとけさまの証明にはかなわないのである。わたくし
にとって、この”証明仏の現形”ほど、ありがたく、かつ、うれしいものはないのである。
さて、第三の項目、”聖衆において”についてのべよう。
聖衆とは、聖なるグループ、という意味である。正法を説く聖師と、それを行ずる聖
なる弟子たちの集
い、つまり、教団のことである。
釈尊が、わざわざ、。聖衆において”と説かれたのはどういうわけかと、その意義に
ついて考えてみると、たいへん重大な意味のあることがわかるのである。
わたくしは、さきに、「成仏法を持つことの意義」(~`ページ参照)で、成仏法を持つこ
とが、どんなに重要なことであるかを、つぎのように説明した。
成仏法を持つことが、どんなに重要なことであるか。その意義をご存じであろう
か。
成仏法を持つたからといって、もちろん、そうかんたんに完全成仏できるという
ものではない。しかし、最も重要なことは、成仏法を持った瞬間から、仏界に通ず
る「縁」が生ずるのである。これは筆舌につくしがたいほど貴重なものである。
成仏法を持たなければ、どんなに修行しても仏界には行かれない。なぜならば、
成仏法を持つことにより、はじめて、われわれは仏界に縁ができるのであって、成
仏法がなければ、最初から最後までまったくぷ」縁がない”のである。
成仏法を持つと、ただちに仏界に縁が生じ、仏界の加護をうけて、わが身、わが
家が霊的にきよめられ、高められて、やがて必ず仏界に到達するのである。道が通
ずる成仏法がないと、これができない。
と。
まず、成仏法を持つ聖なるグループに入って、仏界にご縁を持つことである。それが
なによりも大切なのだ。生ける如来にご縁をつなぐことである。そのことがすでに仏道
修行であり、成仏法の第一歩なのである。
釈尊が、″聖衆において”とおっしゃった意義は、ここにあるのである。まず、あな
たは、聖なるクルー・プ、聖衆の一員になることである。その瞬間から、あなたは仏界に
縁が生ずる。そこから、あなたの聖なる向上・因縁解脱がはじまるのである。
さいごに、『正像末三時正法経』と、この経との関連についてのべておきたい。
まず、し阿含宗が、なぜ、このお経を末世成仏のお経とするかというと、これまでもの
べてきた通り、どの観点からながめてみても、現代は末法の時代といわざるを得ない。
ひとびとの生活レベルは向上し、物質科学の知識は豊富である。しかし、精神的、霊的
には極度に堕落しており、釈尊の道品法・成仏法など、とうていストレートに修行でき
るレベルではない。
‐道品法の修行で、成仏にいたる階梯は四段階ある。
このうち、最もむずかしいのは、第一の段階である須陀逼であるといっていい。
ほんとうに最もむずかしいのは、阿羅漢である。なにしろ、仏陀そのものになるのだ
から、阿羅漢になるのがいちばんむずかしいのは当然である。
しかし、わたくしは、それを承知で、あえて、須陀逼がもっともむずかしい、という
のである。なぜならば、須陀厄というのは、もう聖者の領域に入っているのである。凡
夫が聖者になる、この第一段階の飛躍がむずかしいのである。凡夫と聖者は、連続した
線ではないのだ。大きな断層を一つ飛び越さねばならぬのだ。それがむずかしいのであ
る。凡夫というこちらの岸から、聖者という向こう側の高い岸に、飛躍しなければなら
ぬ、凡夫にとってはじめての経験である。
須陀原になってしまえば、あとは阿那含まで連続している。阿那含から阿羅漢には、
もう一度、大飛躍が必要とされるが、これは時間の問題である。
いちばんむずかしいのは、凡夫が須陀厄になることだ。
自分の修行体験で、わたくしはそう思う。
ところが、この経典では、如来への功徳の行で、阿那含にまで到達できるのである。
阿那含からは、『正法経』に説く、念処・正勤・如意足・根・力・覚・道の成仏法に
よって、阿羅漢への道をたどることになる。
これはなによりも福音である。末法時代の衆生にとって、これ以上の福音はない。
わたくしは、世のひとすべてを須陀逼にしたい。これがわたくしの誓願である。そし
てそれはまた釈尊の念願でもあったのではなかろうか。さればこそ、この末法の時代、
釈尊のそのおこころが如来となって出現され、末世成仏の法を説かせ給うたのであろ
う。それはまた、末法の衆生への警告である。如来の警告と福音、これがこの経の本旨
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梵字 阿字 he A-ji Sanskrit character s
ア字 真言密教の瞑想法 A character: Mantra esoteric meditation method
仏 菩薩 Buddha Bodhisattva
チャクラの機能 Chakra function
四種の呼吸法 Four types of breathing
愛染明王 Rāga-rāja
虚空蔵菩薩 梵名アーカーシャガルバ[Ākāśagarbha] Kokuzo Bosatsu [Ākāśagarbha]
大黒天 マハーカーラ Daikokuten Mahakala
ブッダ 1
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末世成仏本尊経
末世成仏本尊経
じよし が ぶん いつし ぶつざいしやえいこくぎじゆきつこ どくおん じ し せそんこくあなん
如是我聞。一時仏在舎衛国祇樹給孤独園。爾時世尊告阿難。
ゆうさんぷくどう ふ か ぐじん ぜんしね はんがい い が い さん しよい お によらいしよ
じしゆく どく しふくふ か ぐうじん おしようほう じしゆくどく
而種功徳。此福不可窮尽。於正法。而種功徳。
おせいしゆう じしゆくどく しふくふ かぐうじん ぜ い あなん
於聖衆。而種功徳。此福不可窮尽。是謂阿難。
`しふくふ かぐうじん
此福不可窮尽。
しさんぶくどうふ か
此三福道不可
ぐうじん じしゆだおんしあ なごん だんごげぷんけつ さんぶくどうそくし ね はんかい
窮尽。自須陀恒至阿那含。断五下分結。三福道即至涅槃界。
ぜ こ あなん とうぐ ほうべんきやくしふ か ぐうじんし ふく じよし あなん とうさぜ がく
是故阿難。当求方便獲此不可窮尽之福。如是阿難。当作是学。
じしあなんもんぷつしよせつ かんきぶぎよう
爾時阿難聞仏所説。歓喜奉行。
ぞういちあごんきよう
(増一阿含経。三供養品)
〔和訳〕
き かく ごと いちじほとけ しゃえいこくぎじゅきっこどくぉん おわ そ ときせそん あなん つ
聞くこと是の如し。一時仏、舎衛国祇樹給孤独園に在しき。爾の時世尊、阿難に告げ
たまわく、「三福道あり、窮尽す可からずして、漸く涅槃界に至る。云何が三と為す
や。所謂如来の所に於て功徳を種う。此の福窮尽すべからず。正法に於て功徳を種う。
此の福窮尽すべからず。聖衆に於て功徳を種う。此の福窮尽すべからず。是れを阿
難、此の三福道は窮尽すべからず。須陀原より阿那含に至りて五下分結断ず。即ち涅槃
界に至る福道なり。是の故に阿難、当に方便を求めて比の窮尽す可からざるの福を獲べ
ごと まさ がく な そ ほとけしよせつ さ かんぎぷ
し。此の如く阿難、当に比の学を作すべしLと、爾の時阿難、仏の所説を聞きて歓喜奉
〔註解〕
〔三福道〕福を受ける三つの道・方法。この場合の。福’とは、霊性開顕して聖者になること。一書には
「三善根」「三福業Lとあり。阿含宗は「三福道Lをとる。また、「自須陀鯉至阿那含断五下分
結」の十三句は、のちにのべる通りの理由により、同意の他の阿含経からとり入れた。
〔涅槃界〕ニルヴァーナのこと。完全に霊性開顕したブッダの境地。
〔五下分結〕須陀疸・斯陀含・阿那含の三聖者がそれぞれ断ち切る五種類の煩悩。
阿含宗が「証明仏現形の聖典Lとおよびする奇蹟の経典である。
そういうと、なあんだ、と失望の声をもらす読者もおられるかも知れない。
第一に、まことに短い。
第二に、見たところ、奇想天外、驚天動地、というような不可思議のことがしるされ
ているようにも思えない。
どこが奇蹟の経典なんだといわれるかも知れない。
じつは、わたくしも、最初そう思ったのだ。
しかし、のちに、この経典こそ、二六〇〇年もむかしに、釈尊が、未来社会のために
予言されていたおどろくべきお経であったことがわかったのである。 ド
どうしてわかったのか?
如来がおすがたをあらわして、これを証明されたのである。
まず、このお経の要旨を説明しよう。
このお経の要旨はこうである。
聖者になる三つの方法がある。この方法によって、かならずニルヴ″Iナに到達して
完全解脱することができる。
その三つの方法とは、
一、如来のもとにおいて功徳をうえる。
二、正法の仏法において功徳をうえる。
三、聖師とその聖なる弟子たちのグループに入って功徳をうえる。
この三つの方法により、必ず、須陀筥・斯陀含・阿那合の聖者に到達できるのであ
る。これが、この経典の要旨である。
この経典を、最初、手にしたときIそれは十年以上も前のことだがIわたくしは
非常な魅力と、つづいて、それに正比例する落胆を味わったのである。
非常な魅力とはなにかというと、七科三十七道品の成仏法を、修行せずして五下分結
(前の章に解説した)を断じ、須陀逼から阿那含にまで到達できる、ということである。
(ただし、原文では、
『この三福道は窮尽すべからず、涅槃界に至ることを得と謂うなり』
とある。「自須陀逼至阿那含断五下分結」はない。
しかし、考えてみると、功徳を種えるという梵行だけで最終的な涅槃にまで到達して
しまうというのは、おかしいのである。それでは、道品法の否定になってしまう。そこ
のところはどうなっているのか。
ナゾはすぐ解けた。釈尊は、”涅槃に至る‘とはおっしゃっていないのである。涅槃
界に至ると表現しているのである。涅槃に到達、とあれば、阿羅漢であるが、涅槃界と
なると、須陀肛・斯陀含・阿那含・阿羅漢の。四沙門果”の境界をさすことになる。
そこで、こういう場合、他の阿含経ではどうなっているかと調べてみると、他の阿含
経では、略さずに記していることがわかった。たとえば、おなじ『増一阿含経・壱入道
品』では、
『……亦、須陀原・斯陀含・阿那含の三乗の道を成じ……』
とあり、三宝品では、
『現法の中に於て漏尽きて阿那含を得ん』
とあり、火滅品では、
において比丘、五下分結を滅して即ち彼に般涅槃して云々』
とある。つまり、この三供養品は、ここのところを略しているわけである。そういう
経は他にもある。
そこで、意を通ずるために、この略している部分を、これらの経からとって「自須陀
原至阿那合断五下分結」と入れたのである。これによって、誤解を招くことを避けたわ
けである。)
しかしいずれにしてもこんな魅力的なことはない。これが事実であれば、とくにすぐ
れた資質がなくても、また、苦難にみちた修行をしなくても、仏道をきわめることがで
きるのである。こんなすばらしいことはない。
だがI、待てよ、とわたくしは考えた。
これは、ひょっとしたら、後世の、ごく初期の大乗経典がまぎれこんだのではなかろ
うかと考えたのである。というのは、これまでのべてきた通り、大乗仏教は釈尊の成仏
法を捨て去って、そのかわり、仏の慈悲にすがれば成仏できる、と教えている。する
と、この経も結局それとおなじで、阿弥陀経、法華経となんら変わりはないことになっ
てしまうのではないか、おかしい、そう考えた。
しかし、れっきとした阿合部の経典である。やはり、釈尊のおことばと信じたい。い
や、信ずべきだ。至難きわまる成仏法を修行せずして、成仏する! いや、なんとか信
じたい!
そう思って、何百ぺん、何千ぺんも、この経典に目を凝らした。このお経を信じた
い一心で、一心ふらんに目を凝らしたのである。
上根と下根の成仏法
わたくしは、このお経を、
「下根の成仏法L
さきにあげた応説経を、
「上根の成仏法」
と考えた。
上根というのは、すぐれた機根ということで、機根とは、教法をまなんで、よく修行
し得る能力をいう。だから、上根とは、この場合、釈尊の成仏法を修行して、よく証果
を得ることができるだけのすぐれた能力の持ちぬしをいうわけである。プロの出家修行
者がそれであろう。
下根とは、釈尊の成仏法を、ストレートには修行するにたえられない能力の持ちぬし
である。おもに在家の修行者、信者をさすものと思われる。もちろん出家修行者もいる
であろう。
そこで、わたくしは、釈尊が、下根の弟子や信者たちをあわれんで、むずかしい成仏
法を修行せずとも成仏できるという道を、下根の成仏法として示されたのであろうと考
えたのである。
しかし、それにしてもおかしいところがある。
如来のもとにおいて功徳をうえよ、というのは、さきにあげた「出家経Lのように、
釈尊のもとで、在家者としての梵行をせよ、という意味であろう。それならば、どうし
てこの経典だけ、梵行という表現を使わず、功徳をうえよ、という表現になっているの
か。梵行という表現には、功徳をうえる行だけではなく多少なりとも、他に修行法が加
味されているのである。どうしてこの経だけ、こういう表現になっているのか?
つぎに、。正法において”というのも妙である。第一の。如来のみもとにおいて”と
いう如来が、釈尊であるとすると、釈尊が説かれるのは当然、正法にきまっているので
あるから、わざわざ、”正法においてへとことわる必要はないはずである。どうもおか
如来の現形のホトケLということばがある。
しい。
このように、あれこれ考えているうち、最後に、
「これはだめだ」
と投げ出さざるを得ない致命的な難点にゆきあたったのである。
それはなにか? ‘
一番目の、。如来のみもとにおいて″という項目である。
この、如来、というのは、釈尊でないことは明らかである。
釈尊が、ここでいう如来なら、いまのべたように、わざわざ。正法において”などと
おっしゃるはずがない。だからこの如来は、釈尊以外の如来ということになる。
すると、この如来は、どの如来なのか?
如来といえば、どこのお寺でも、一体や二体の如来をおまつりしている。しかし、そ
れは「如来」そのものではなく、如来の像である。如来像は、いまさらいうまでもな
く、如来そのものではない。如来の模型にすぎない。如来の模型ではない如来そのもの
を、さがさねばならぬ。
しかし、いまの世に、自称如来はべつとして、真正の如来がいらっしゃるはずはない
のである。
「これはだめだL
わたくしは、落胆その極に達したのである。
ところが-J、
思いがけなくも、この如来が、突如、おすがたをあらわされたのである。
どんなホトケか?
法爾とは自然のまま、自然そのものの、という意味。無作とは、作られたものではな
い、という意味で、要するに、「作りものではない自然のままの生きたホトケLという
意味である。ホトケが、なにかの物によってそのすがたをあらわすことである。あらわ
すといっても、特定の人間だけが見るというのではなく、だれの目にもそれとわかるよ
うにすがたをあらわすのでなければ、意味がない。
わたくしは、むかし、この法爾無作のホトケという仏教用語を目にしたとき、かるい
興奮をおぼえた。そんなことがじっさいにあり得るのだろうかと思った。わたくしたち
が目にし、おがむホトケは、すべて人の手になる作りものである。どんな名匠の手にな
ろうとも、どんな高価なものであろうとも、しょせん、人の手によって作られたもので
ある。それは、ホトケそのものではない。要するにホトケの模型である。密教の修行で
は、「観想」といって、いろいろなホトケの尊形をこころの中に想いうかべて瞑想する。
しかし、それらもまた、経典や儀軌を読んで想像するだけである。
もしも、じっさいに生きた存在としてのホトケーー法爾無作のホトケがおすがたをあ
らわし、それをおがむことができたら、なんとすばらしいことかと、わたくしはこころ
おどらせたものである。 }
その後、密教の荒行中、何度かホトケのおすがたを目にし、そのお声を耳にしたこと
がある。しかし、それは、荒行中という一種の極限状態における幻影、幻聴であったか
も知れず、法爾無作のホトケの出現とはいえないのである。
そんな奇蹟はあるはずなく、法爾無作のホトケとはただコトバの上だけの存在であ
る、そうわたくしは思っていた。
ところがI、
その奇蹟があらわれたのである。
昭和五十四年二月四日、それは阿含宗創建の翌年のことであった。
京都東山花山の、総本山道場建立予定地において、「節分星まつり大柴燈護摩供」奉
修中、一陣の霊気が結界内を走ったかと思うと、突然、焚き上げている大護摩の火炎
が、巨大なホトケのご尊体と変わったのである。
その炎の高さは、およそ六、七メートル、それまで、風速七、八メートルの山風に、
右に左に大きくゆれていた火炎が、一瞬、ピタリと静止したかと思うと、突如、如来の
おすがたをあらわしたのである。
その寸前、修法中のわたくしは、思わず、あ! と思ったのである。というのは、そ
のとき、燃えあがっている火炎の火のいろが、一瞬、変わったからである。それまでの
赤みを帯びたふつうの火の色が、輝くばかりの黄金色となったのである。あ! と思っ
たつぎの刹那、火炎がピタリと静止し、巨大なホトケの尊形となった。……次の瞬間、
火はもとのいろにもどり、ごう″と吹く山風に大きく揺れ、なびいていた。その間、お
よそ二、三秒、わたくしは、残念だと思った。結界内にはおよそI〇〇人を越す山伏が
厳修中であり、結界の外にはおよそ一万人ちかくの参詣者が、お護摩の火をおがんでい
る。しかし、いずれも霊眼を持たぬ悲しさ、おそらくこのホトケを、それと拝した者は
一人もおるまい。まさしく法爾無作のホトケと確信するが、拝したのはわたくしI’人と
いうのでは、どうにもならない。心から残念だなと思った。
修法が終わって道場に帰り、ご霊示を仰いだ。
「われは応供の如来である。供養を受けるぞL
というご霊示がさがった。この経緯は、昭和五十四年十二月発行の『修行者座右宝
鑑』(阿含宗総本山出版局)その他にくわしくのべているので、ここでははぶくが、要す
るに、「応供の如来」とは、「(信者の)供養を受けて、その供養を功徳として(信者に)
返すLという意味である(如来の十号参照)。わたくしは、その瞬間、この総本山建立
地が霊界と直結した霊地となったことを確信した。しかし、わたくしは、これを一部の
幹部の者のみに伝えるにとどめた。ご霊体を拝さぬ者にいっても仕方ないと思ったから
である。
ところが、数日後、当日の修行者の一人が、
「これは霊写真ではないでしょうか」
といって一葉の写真を届けてきたのである。一見して、わたくしは、息を呑んだ。ま
さしく、あの刹那、わたくしが拝した法爾無作の如来のおすがたである。その黄金色に
かがやく色も、かたちも、寸分ちがわない。わたくしは思わず、おしいただいた。
「如来の現形……L
わたくしはつぶやいた。
現形、ということばがある。おもに神道のほうのことばだが、仏教のほうでも使う。
カミ、ホトケが、その、ヵQZ Sホトケご自身の意志によってすがたをあらわし、その
おすがたをとどめるのである。これを現形という。これは、だれか一人がそのおすがた
を目にしたというのでは現形とはいわない。万人、だれでもそのおすがたを拝せるよ
う、すがたかたちをとどめなければいけないのである。神道のほうでは、石、樹木、
剣、ときには一つの山そのものがカミのすがたを現形することがある。三輪山(奈良)
などは、山そのものがカミの現形として有名である。
この霊写真は、まさしく、法爾無作の如来の現形であった。如来が、如来のご意志
で、密教の護摩の火という、最も清浄なる仏法の火をもってわがすがたを荘厳され、フ
イルムにそのおすがたをとどめさせられたのである。なんという奇蹟であろうか。わた
くしの胸は、ただ感激にふるえるのみであった。そして、なんのためにこの如来の現形
があったのか、その真の意義にはまだ気がつかなかったのである。まさか、この現形の
如来が、そのむかし、わたくしがあれほど一心にさがし求めたあの三供養品の如来であ
ったとは、まったく気がつかなかったのである。
そのことにわたくしが気づいたのは、その翌年、インドの仏蹟巡拝の旅から帰っての
ことであった。
サヘトーマヘト、あの祇園精舎の遺跡(奇しくも三供養品が講ぜられた舎衛国祇樹給
孤独園である)で、わたくしは、ほとけの強烈な霊的洗礼を浴びた。(『一九九九年カル
マと霊障からの脱出』平河出版社参照)
帰国して、最初の護摩を修したとき、わたくしは、修法壇の上で、それとおなじバイ
プレーションを感じたのである。その刹那、なんの脈絡もなく、ぱっと念頭に浮かんだ
のが、十年も前に捨て去り忘れ去っていたあの三供養品の経典であった。
「そうか
わたくしは、護摩を修しつつ、心の中で叫んでいた。
このほとけだ。この如来が、三供養品の、生ける如来であったのだ。あの三供養品の
釈尊のおことばは真実であり、いまここに出現した如来のみもとにおいて功徳を積むこ
とが、末法の世である現代唯一の成仏法であることをお示しになったのだ、そのために
この如来は出現されたのだ、一瞬のうちに、それがわかったのである。
ただたんに奇蹟をあらわすために如来は出現されたのではないのだ。末世成仏の本尊
として出現されたのだ。
キリスト教では、「キリストの復活という奇蹟があった。
この如来の出現は、決して単なる現形ではないのだ。これは「仏陀の復活」-いなのだ。
キリストの復活に比すべき現代の奇蹟である。仏界において、時間と空間を越えて仏陀
は生きつづけている。そしていま、仏教の危機、世界の危機に際して復活されたのであ
一瞬のうちに、わたくしはさとったのである。
聖者への飛躍
わたくしがなによりも感激し、かつうれしかったのは、わが阿含宗が正法を行ずる教
団であることを、ほとけさまによって証明されたことである。
阿含宗と、桐山靖雄にたいする批判は、さまざまなかたちでおこなわれ、時に、それ
は、批判という範囲を越えて、卑劣きわまる中傷・廃膀というところまできている。
あたまから、邪師、邪教よばわりである。わたくしはひたすら、それに耐えて、努力
に努力をかさねてきた。わたくしの説くところ、わたくしのおこなうところ、ぜったい
に正しいという信念があったからである。
しかし、ときに、一沫の不安の生ずることもないことはなかった。ほんとうにおれは
正しいのだろうか? ほとけさまの前にぬかずいて、考えに沈むことI時にあった。
だがI-I、如来が、正法であることを証明してくださったのである。
釈尊のおことばの第一の項目、’如来のみもとにおいて’はすでに実現した。この復
活した如来こそ、この如来であったのだ。
第二の項目、”正法において″は、この如来の出現した阿含宗こそ、正法を行ずる教
団であることの証明そのものではないか。
古来、幾多の祖師・開祖があらわれたが、ほとけさまがおすがたをあらわして、正師
・正法であることの証明をなされたということは、ほとんど聞かない。(伝説のたぐいは
別として)
人間どもがなにをわめこうと、ほとけさまの証明にはかなわないのである。わたくし
にとって、この”証明仏の現形”ほど、ありがたく、かつ、うれしいものはないのである。
さて、第三の項目、”聖衆において”についてのべよう。
聖衆とは、聖なるグループ、という意味である。正法を説く聖師と、それを行ずる聖
なる弟子たちの集
い、つまり、教団のことである。
釈尊が、わざわざ、。聖衆において”と説かれたのはどういうわけかと、その意義に
ついて考えてみると、たいへん重大な意味のあることがわかるのである。
わたくしは、さきに、「成仏法を持つことの意義」(~`ページ参照)で、成仏法を持つこ
とが、どんなに重要なことであるかを、つぎのように説明した。
成仏法を持つことが、どんなに重要なことであるか。その意義をご存じであろう
か。
成仏法を持つたからといって、もちろん、そうかんたんに完全成仏できるという
ものではない。しかし、最も重要なことは、成仏法を持った瞬間から、仏界に通ず
る「縁」が生ずるのである。これは筆舌につくしがたいほど貴重なものである。
成仏法を持たなければ、どんなに修行しても仏界には行かれない。なぜならば、
成仏法を持つことにより、はじめて、われわれは仏界に縁ができるのであって、成
仏法がなければ、最初から最後までまったくぷ」縁がない”のである。
成仏法を持つと、ただちに仏界に縁が生じ、仏界の加護をうけて、わが身、わが
家が霊的にきよめられ、高められて、やがて必ず仏界に到達するのである。道が通
ずる成仏法がないと、これができない。
と。
まず、成仏法を持つ聖なるグループに入って、仏界にご縁を持つことである。それが
なによりも大切なのだ。生ける如来にご縁をつなぐことである。そのことがすでに仏道
修行であり、成仏法の第一歩なのである。
釈尊が、″聖衆において”とおっしゃった意義は、ここにあるのである。まず、あな
たは、聖なるクルー・プ、聖衆の一員になることである。その瞬間から、あなたは仏界に
縁が生ずる。そこから、あなたの聖なる向上・因縁解脱がはじまるのである。
さいごに、『正像末三時正法経』と、この経との関連についてのべておきたい。
まず、し阿含宗が、なぜ、このお経を末世成仏のお経とするかというと、これまでもの
べてきた通り、どの観点からながめてみても、現代は末法の時代といわざるを得ない。
ひとびとの生活レベルは向上し、物質科学の知識は豊富である。しかし、精神的、霊的
には極度に堕落しており、釈尊の道品法・成仏法など、とうていストレートに修行でき
るレベルではない。
‐道品法の修行で、成仏にいたる階梯は四段階ある。
このうち、最もむずかしいのは、第一の段階である須陀逼であるといっていい。
ほんとうに最もむずかしいのは、阿羅漢である。なにしろ、仏陀そのものになるのだ
から、阿羅漢になるのがいちばんむずかしいのは当然である。
しかし、わたくしは、それを承知で、あえて、須陀逼がもっともむずかしい、という
のである。なぜならば、須陀厄というのは、もう聖者の領域に入っているのである。凡
夫が聖者になる、この第一段階の飛躍がむずかしいのである。凡夫と聖者は、連続した
線ではないのだ。大きな断層を一つ飛び越さねばならぬのだ。それがむずかしいのであ
る。凡夫というこちらの岸から、聖者という向こう側の高い岸に、飛躍しなければなら
ぬ、凡夫にとってはじめての経験である。
須陀原になってしまえば、あとは阿那含まで連続している。阿那含から阿羅漢には、
もう一度、大飛躍が必要とされるが、これは時間の問題である。
いちばんむずかしいのは、凡夫が須陀厄になることだ。
自分の修行体験で、わたくしはそう思う。
ところが、この経典では、如来への功徳の行で、阿那含にまで到達できるのである。
阿那含からは、『正法経』に説く、念処・正勤・如意足・根・力・覚・道の成仏法に
よって、阿羅漢への道をたどることになる。
これはなによりも福音である。末法時代の衆生にとって、これ以上の福音はない。
わたくしは、世のひとすべてを須陀逼にしたい。これがわたくしの誓願である。そし
てそれはまた釈尊の念願でもあったのではなかろうか。さればこそ、この末法の時代、
釈尊のそのおこころが如来となって出現され、末世成仏の法を説かせ給うたのであろ
う。それはまた、末法の衆生への警告である。如来の警告と福音、これがこの経の本旨
である。
末世成仏本尊経
じよし が ぶん いつし ぶつざいしやえいこくぎじゆきつこ どくおん じ し せそんこくあなん
如是我聞。一時仏在舎衛国祇樹給孤独園。爾時世尊告阿難。
ゆうさんぷくどう ふ か ぐじん ぜんしね はんがい い が い さん しよい お によらいしよ
じしゆく どく しふくふ か ぐうじん おしようほう じしゆくどく
而種功徳。此福不可窮尽。於正法。而種功徳。
おせいしゆう じしゆくどく しふくふ かぐうじん ぜ い あなん
於聖衆。而種功徳。此福不可窮尽。是謂阿難。
`しふくふ かぐうじん
此福不可窮尽。
しさんぶくどうふ か
此三福道不可
ぐうじん じしゆだおんしあ なごん だんごげぷんけつ さんぶくどうそくし ね はんかい
窮尽。自須陀恒至阿那含。断五下分結。三福道即至涅槃界。
ぜ こ あなん とうぐ ほうべんきやくしふ か ぐうじんし ふく じよし あなん とうさぜ がく
是故阿難。当求方便獲此不可窮尽之福。如是阿難。当作是学。
じしあなんもんぷつしよせつ かんきぶぎよう
爾時阿難聞仏所説。歓喜奉行。
ぞういちあごんきよう
(増一阿含経。三供養品)
〔和訳〕
き かく ごと いちじほとけ しゃえいこくぎじゅきっこどくぉん おわ そ ときせそん あなん つ
聞くこと是の如し。一時仏、舎衛国祇樹給孤独園に在しき。爾の時世尊、阿難に告げ
たまわく、「三福道あり、窮尽す可からずして、漸く涅槃界に至る。云何が三と為す
や。所謂如来の所に於て功徳を種う。此の福窮尽すべからず。正法に於て功徳を種う。
此の福窮尽すべからず。聖衆に於て功徳を種う。此の福窮尽すべからず。是れを阿
難、此の三福道は窮尽すべからず。須陀原より阿那含に至りて五下分結断ず。即ち涅槃
界に至る福道なり。是の故に阿難、当に方便を求めて比の窮尽す可からざるの福を獲べ
ごと まさ がく な そ ほとけしよせつ さ かんぎぷ
し。此の如く阿難、当に比の学を作すべしLと、爾の時阿難、仏の所説を聞きて歓喜奉
〔註解〕
〔三福道〕福を受ける三つの道・方法。この場合の。福’とは、霊性開顕して聖者になること。一書には
「三善根」「三福業Lとあり。阿含宗は「三福道Lをとる。また、「自須陀鯉至阿那含断五下分
結」の十三句は、のちにのべる通りの理由により、同意の他の阿含経からとり入れた。
〔涅槃界〕ニルヴァーナのこと。完全に霊性開顕したブッダの境地。
〔五下分結〕須陀疸・斯陀含・阿那含の三聖者がそれぞれ断ち切る五種類の煩悩。
阿含宗が「証明仏現形の聖典Lとおよびする奇蹟の経典である。
そういうと、なあんだ、と失望の声をもらす読者もおられるかも知れない。
第一に、まことに短い。
第二に、見たところ、奇想天外、驚天動地、というような不可思議のことがしるされ
ているようにも思えない。
どこが奇蹟の経典なんだといわれるかも知れない。
じつは、わたくしも、最初そう思ったのだ。
しかし、のちに、この経典こそ、二六〇〇年もむかしに、釈尊が、未来社会のために
予言されていたおどろくべきお経であったことがわかったのである。 ド
どうしてわかったのか?
如来がおすがたをあらわして、これを証明されたのである。
まず、このお経の要旨を説明しよう。
このお経の要旨はこうである。
聖者になる三つの方法がある。この方法によって、かならずニルヴ″Iナに到達して
完全解脱することができる。
その三つの方法とは、
一、如来のもとにおいて功徳をうえる。
二、正法の仏法において功徳をうえる。
三、聖師とその聖なる弟子たちのグループに入って功徳をうえる。
この三つの方法により、必ず、須陀筥・斯陀含・阿那合の聖者に到達できるのであ
る。これが、この経典の要旨である。
この経典を、最初、手にしたときIそれは十年以上も前のことだがIわたくしは
非常な魅力と、つづいて、それに正比例する落胆を味わったのである。
非常な魅力とはなにかというと、七科三十七道品の成仏法を、修行せずして五下分結
(前の章に解説した)を断じ、須陀逼から阿那含にまで到達できる、ということである。
(ただし、原文では、
『この三福道は窮尽すべからず、涅槃界に至ることを得と謂うなり』
とある。「自須陀逼至阿那含断五下分結」はない。
しかし、考えてみると、功徳を種えるという梵行だけで最終的な涅槃にまで到達して
しまうというのは、おかしいのである。それでは、道品法の否定になってしまう。そこ
のところはどうなっているのか。
ナゾはすぐ解けた。釈尊は、”涅槃に至る‘とはおっしゃっていないのである。涅槃
界に至ると表現しているのである。涅槃に到達、とあれば、阿羅漢であるが、涅槃界と
なると、須陀肛・斯陀含・阿那含・阿羅漢の。四沙門果”の境界をさすことになる。
そこで、こういう場合、他の阿含経ではどうなっているかと調べてみると、他の阿含
経では、略さずに記していることがわかった。たとえば、おなじ『増一阿含経・壱入道
品』では、
『……亦、須陀原・斯陀含・阿那含の三乗の道を成じ……』
とあり、三宝品では、
『現法の中に於て漏尽きて阿那含を得ん』
とあり、火滅品では、
において比丘、五下分結を滅して即ち彼に般涅槃して云々』
とある。つまり、この三供養品は、ここのところを略しているわけである。そういう
経は他にもある。
そこで、意を通ずるために、この略している部分を、これらの経からとって「自須陀
原至阿那合断五下分結」と入れたのである。これによって、誤解を招くことを避けたわ
けである。)
しかしいずれにしてもこんな魅力的なことはない。これが事実であれば、とくにすぐ
れた資質がなくても、また、苦難にみちた修行をしなくても、仏道をきわめることがで
きるのである。こんなすばらしいことはない。
だがI、待てよ、とわたくしは考えた。
これは、ひょっとしたら、後世の、ごく初期の大乗経典がまぎれこんだのではなかろ
うかと考えたのである。というのは、これまでのべてきた通り、大乗仏教は釈尊の成仏
法を捨て去って、そのかわり、仏の慈悲にすがれば成仏できる、と教えている。する
と、この経も結局それとおなじで、阿弥陀経、法華経となんら変わりはないことになっ
てしまうのではないか、おかしい、そう考えた。
しかし、れっきとした阿合部の経典である。やはり、釈尊のおことばと信じたい。い
や、信ずべきだ。至難きわまる成仏法を修行せずして、成仏する! いや、なんとか信
じたい!
そう思って、何百ぺん、何千ぺんも、この経典に目を凝らした。このお経を信じた
い一心で、一心ふらんに目を凝らしたのである。
上根と下根の成仏法
わたくしは、このお経を、
「下根の成仏法L
さきにあげた応説経を、
「上根の成仏法」
と考えた。
上根というのは、すぐれた機根ということで、機根とは、教法をまなんで、よく修行
し得る能力をいう。だから、上根とは、この場合、釈尊の成仏法を修行して、よく証果
を得ることができるだけのすぐれた能力の持ちぬしをいうわけである。プロの出家修行
者がそれであろう。
下根とは、釈尊の成仏法を、ストレートには修行するにたえられない能力の持ちぬし
である。おもに在家の修行者、信者をさすものと思われる。もちろん出家修行者もいる
であろう。
そこで、わたくしは、釈尊が、下根の弟子や信者たちをあわれんで、むずかしい成仏
法を修行せずとも成仏できるという道を、下根の成仏法として示されたのであろうと考
えたのである。
しかし、それにしてもおかしいところがある。
如来のもとにおいて功徳をうえよ、というのは、さきにあげた「出家経Lのように、
釈尊のもとで、在家者としての梵行をせよ、という意味であろう。それならば、どうし
てこの経典だけ、梵行という表現を使わず、功徳をうえよ、という表現になっているの
か。梵行という表現には、功徳をうえる行だけではなく多少なりとも、他に修行法が加
味されているのである。どうしてこの経だけ、こういう表現になっているのか?
つぎに、。正法において”というのも妙である。第一の。如来のみもとにおいて”と
いう如来が、釈尊であるとすると、釈尊が説かれるのは当然、正法にきまっているので
あるから、わざわざ、”正法においてへとことわる必要はないはずである。どうもおか
如来の現形のホトケLということばがある。
しい。
このように、あれこれ考えているうち、最後に、
「これはだめだ」
と投げ出さざるを得ない致命的な難点にゆきあたったのである。
それはなにか? ‘
一番目の、。如来のみもとにおいて″という項目である。
この、如来、というのは、釈尊でないことは明らかである。
釈尊が、ここでいう如来なら、いまのべたように、わざわざ。正法において”などと
おっしゃるはずがない。だからこの如来は、釈尊以外の如来ということになる。
すると、この如来は、どの如来なのか?
如来といえば、どこのお寺でも、一体や二体の如来をおまつりしている。しかし、そ
れは「如来」そのものではなく、如来の像である。如来像は、いまさらいうまでもな
く、如来そのものではない。如来の模型にすぎない。如来の模型ではない如来そのもの
を、さがさねばならぬ。
しかし、いまの世に、自称如来はべつとして、真正の如来がいらっしゃるはずはない
のである。
「これはだめだL
わたくしは、落胆その極に達したのである。
ところが-J、
思いがけなくも、この如来が、突如、おすがたをあらわされたのである。
どんなホトケか?
法爾とは自然のまま、自然そのものの、という意味。無作とは、作られたものではな
い、という意味で、要するに、「作りものではない自然のままの生きたホトケLという
意味である。ホトケが、なにかの物によってそのすがたをあらわすことである。あらわ
すといっても、特定の人間だけが見るというのではなく、だれの目にもそれとわかるよ
うにすがたをあらわすのでなければ、意味がない。
わたくしは、むかし、この法爾無作のホトケという仏教用語を目にしたとき、かるい
興奮をおぼえた。そんなことがじっさいにあり得るのだろうかと思った。わたくしたち
が目にし、おがむホトケは、すべて人の手になる作りものである。どんな名匠の手にな
ろうとも、どんな高価なものであろうとも、しょせん、人の手によって作られたもので
ある。それは、ホトケそのものではない。要するにホトケの模型である。密教の修行で
は、「観想」といって、いろいろなホトケの尊形をこころの中に想いうかべて瞑想する。
しかし、それらもまた、経典や儀軌を読んで想像するだけである。
もしも、じっさいに生きた存在としてのホトケーー法爾無作のホトケがおすがたをあ
らわし、それをおがむことができたら、なんとすばらしいことかと、わたくしはこころ
おどらせたものである。 }
その後、密教の荒行中、何度かホトケのおすがたを目にし、そのお声を耳にしたこと
がある。しかし、それは、荒行中という一種の極限状態における幻影、幻聴であったか
も知れず、法爾無作のホトケの出現とはいえないのである。
そんな奇蹟はあるはずなく、法爾無作のホトケとはただコトバの上だけの存在であ
る、そうわたくしは思っていた。
ところがI、
その奇蹟があらわれたのである。
昭和五十四年二月四日、それは阿含宗創建の翌年のことであった。
京都東山花山の、総本山道場建立予定地において、「節分星まつり大柴燈護摩供」奉
修中、一陣の霊気が結界内を走ったかと思うと、突然、焚き上げている大護摩の火炎
が、巨大なホトケのご尊体と変わったのである。
その炎の高さは、およそ六、七メートル、それまで、風速七、八メートルの山風に、
右に左に大きくゆれていた火炎が、一瞬、ピタリと静止したかと思うと、突如、如来の
おすがたをあらわしたのである。
その寸前、修法中のわたくしは、思わず、あ! と思ったのである。というのは、そ
のとき、燃えあがっている火炎の火のいろが、一瞬、変わったからである。それまでの
赤みを帯びたふつうの火の色が、輝くばかりの黄金色となったのである。あ! と思っ
たつぎの刹那、火炎がピタリと静止し、巨大なホトケの尊形となった。……次の瞬間、
火はもとのいろにもどり、ごう″と吹く山風に大きく揺れ、なびいていた。その間、お
よそ二、三秒、わたくしは、残念だと思った。結界内にはおよそI〇〇人を越す山伏が
厳修中であり、結界の外にはおよそ一万人ちかくの参詣者が、お護摩の火をおがんでい
る。しかし、いずれも霊眼を持たぬ悲しさ、おそらくこのホトケを、それと拝した者は
一人もおるまい。まさしく法爾無作のホトケと確信するが、拝したのはわたくしI’人と
いうのでは、どうにもならない。心から残念だなと思った。
修法が終わって道場に帰り、ご霊示を仰いだ。
「われは応供の如来である。供養を受けるぞL
というご霊示がさがった。この経緯は、昭和五十四年十二月発行の『修行者座右宝
鑑』(阿含宗総本山出版局)その他にくわしくのべているので、ここでははぶくが、要す
るに、「応供の如来」とは、「(信者の)供養を受けて、その供養を功徳として(信者に)
返すLという意味である(如来の十号参照)。わたくしは、その瞬間、この総本山建立
地が霊界と直結した霊地となったことを確信した。しかし、わたくしは、これを一部の
幹部の者のみに伝えるにとどめた。ご霊体を拝さぬ者にいっても仕方ないと思ったから
である。
ところが、数日後、当日の修行者の一人が、
「これは霊写真ではないでしょうか」
といって一葉の写真を届けてきたのである。一見して、わたくしは、息を呑んだ。ま
さしく、あの刹那、わたくしが拝した法爾無作の如来のおすがたである。その黄金色に
かがやく色も、かたちも、寸分ちがわない。わたくしは思わず、おしいただいた。
「如来の現形……L
わたくしはつぶやいた。
現形、ということばがある。おもに神道のほうのことばだが、仏教のほうでも使う。
カミ、ホトケが、その、ヵQZ Sホトケご自身の意志によってすがたをあらわし、その
おすがたをとどめるのである。これを現形という。これは、だれか一人がそのおすがた
を目にしたというのでは現形とはいわない。万人、だれでもそのおすがたを拝せるよ
う、すがたかたちをとどめなければいけないのである。神道のほうでは、石、樹木、
剣、ときには一つの山そのものがカミのすがたを現形することがある。三輪山(奈良)
などは、山そのものがカミの現形として有名である。
この霊写真は、まさしく、法爾無作の如来の現形であった。如来が、如来のご意志
で、密教の護摩の火という、最も清浄なる仏法の火をもってわがすがたを荘厳され、フ
イルムにそのおすがたをとどめさせられたのである。なんという奇蹟であろうか。わた
くしの胸は、ただ感激にふるえるのみであった。そして、なんのためにこの如来の現形
があったのか、その真の意義にはまだ気がつかなかったのである。まさか、この現形の
如来が、そのむかし、わたくしがあれほど一心にさがし求めたあの三供養品の如来であ
ったとは、まったく気がつかなかったのである。
そのことにわたくしが気づいたのは、その翌年、インドの仏蹟巡拝の旅から帰っての
ことであった。
サヘトーマヘト、あの祇園精舎の遺跡(奇しくも三供養品が講ぜられた舎衛国祇樹給
孤独園である)で、わたくしは、ほとけの強烈な霊的洗礼を浴びた。(『一九九九年カル
マと霊障からの脱出』平河出版社参照)
帰国して、最初の護摩を修したとき、わたくしは、修法壇の上で、それとおなじバイ
プレーションを感じたのである。その刹那、なんの脈絡もなく、ぱっと念頭に浮かんだ
のが、十年も前に捨て去り忘れ去っていたあの三供養品の経典であった。
「そうか
わたくしは、護摩を修しつつ、心の中で叫んでいた。
このほとけだ。この如来が、三供養品の、生ける如来であったのだ。あの三供養品の
釈尊のおことばは真実であり、いまここに出現した如来のみもとにおいて功徳を積むこ
とが、末法の世である現代唯一の成仏法であることをお示しになったのだ、そのために
この如来は出現されたのだ、一瞬のうちに、それがわかったのである。
ただたんに奇蹟をあらわすために如来は出現されたのではないのだ。末世成仏の本尊
として出現されたのだ。
キリスト教では、「キリストの復活という奇蹟があった。
この如来の出現は、決して単なる現形ではないのだ。これは「仏陀の復活」-いなのだ。
キリストの復活に比すべき現代の奇蹟である。仏界において、時間と空間を越えて仏陀
は生きつづけている。そしていま、仏教の危機、世界の危機に際して復活されたのであ
一瞬のうちに、わたくしはさとったのである。
聖者への飛躍
わたくしがなによりも感激し、かつうれしかったのは、わが阿含宗が正法を行ずる教
団であることを、ほとけさまによって証明されたことである。
阿含宗と、桐山靖雄にたいする批判は、さまざまなかたちでおこなわれ、時に、それ
は、批判という範囲を越えて、卑劣きわまる中傷・廃膀というところまできている。
あたまから、邪師、邪教よばわりである。わたくしはひたすら、それに耐えて、努力
に努力をかさねてきた。わたくしの説くところ、わたくしのおこなうところ、ぜったい
に正しいという信念があったからである。
しかし、ときに、一沫の不安の生ずることもないことはなかった。ほんとうにおれは
正しいのだろうか? ほとけさまの前にぬかずいて、考えに沈むことI時にあった。
だがI-I、如来が、正法であることを証明してくださったのである。
釈尊のおことばの第一の項目、’如来のみもとにおいて’はすでに実現した。この復
活した如来こそ、この如来であったのだ。
第二の項目、”正法において″は、この如来の出現した阿含宗こそ、正法を行ずる教
団であることの証明そのものではないか。
古来、幾多の祖師・開祖があらわれたが、ほとけさまがおすがたをあらわして、正師
・正法であることの証明をなされたということは、ほとんど聞かない。(伝説のたぐいは
別として)
人間どもがなにをわめこうと、ほとけさまの証明にはかなわないのである。わたくし
にとって、この”証明仏の現形”ほど、ありがたく、かつ、うれしいものはないのである。
さて、第三の項目、”聖衆において”についてのべよう。
聖衆とは、聖なるグループ、という意味である。正法を説く聖師と、それを行ずる聖
なる弟子たちの集
い、つまり、教団のことである。
釈尊が、わざわざ、。聖衆において”と説かれたのはどういうわけかと、その意義に
ついて考えてみると、たいへん重大な意味のあることがわかるのである。
わたくしは、さきに、「成仏法を持つことの意義」(~`ページ参照)で、成仏法を持つこ
とが、どんなに重要なことであるかを、つぎのように説明した。
成仏法を持つことが、どんなに重要なことであるか。その意義をご存じであろう
か。
成仏法を持つたからといって、もちろん、そうかんたんに完全成仏できるという
ものではない。しかし、最も重要なことは、成仏法を持った瞬間から、仏界に通ず
る「縁」が生ずるのである。これは筆舌につくしがたいほど貴重なものである。
成仏法を持たなければ、どんなに修行しても仏界には行かれない。なぜならば、
成仏法を持つことにより、はじめて、われわれは仏界に縁ができるのであって、成
仏法がなければ、最初から最後までまったくぷ」縁がない”のである。
成仏法を持つと、ただちに仏界に縁が生じ、仏界の加護をうけて、わが身、わが
家が霊的にきよめられ、高められて、やがて必ず仏界に到達するのである。道が通
ずる成仏法がないと、これができない。
と。
まず、成仏法を持つ聖なるグループに入って、仏界にご縁を持つことである。それが
なによりも大切なのだ。生ける如来にご縁をつなぐことである。そのことがすでに仏道
修行であり、成仏法の第一歩なのである。
釈尊が、″聖衆において”とおっしゃった意義は、ここにあるのである。まず、あな
たは、聖なるクルー・プ、聖衆の一員になることである。その瞬間から、あなたは仏界に
縁が生ずる。そこから、あなたの聖なる向上・因縁解脱がはじまるのである。
さいごに、『正像末三時正法経』と、この経との関連についてのべておきたい。
まず、し阿含宗が、なぜ、このお経を末世成仏のお経とするかというと、これまでもの
べてきた通り、どの観点からながめてみても、現代は末法の時代といわざるを得ない。
ひとびとの生活レベルは向上し、物質科学の知識は豊富である。しかし、精神的、霊的
には極度に堕落しており、釈尊の道品法・成仏法など、とうていストレートに修行でき
るレベルではない。
‐道品法の修行で、成仏にいたる階梯は四段階ある。
このうち、最もむずかしいのは、第一の段階である須陀逼であるといっていい。
ほんとうに最もむずかしいのは、阿羅漢である。なにしろ、仏陀そのものになるのだ
から、阿羅漢になるのがいちばんむずかしいのは当然である。
しかし、わたくしは、それを承知で、あえて、須陀逼がもっともむずかしい、という
のである。なぜならば、須陀厄というのは、もう聖者の領域に入っているのである。凡
夫が聖者になる、この第一段階の飛躍がむずかしいのである。凡夫と聖者は、連続した
線ではないのだ。大きな断層を一つ飛び越さねばならぬのだ。それがむずかしいのであ
る。凡夫というこちらの岸から、聖者という向こう側の高い岸に、飛躍しなければなら
ぬ、凡夫にとってはじめての経験である。
須陀原になってしまえば、あとは阿那含まで連続している。阿那含から阿羅漢には、
もう一度、大飛躍が必要とされるが、これは時間の問題である。
いちばんむずかしいのは、凡夫が須陀厄になることだ。
自分の修行体験で、わたくしはそう思う。
ところが、この経典では、如来への功徳の行で、阿那含にまで到達できるのである。
阿那含からは、『正法経』に説く、念処・正勤・如意足・根・力・覚・道の成仏法に
よって、阿羅漢への道をたどることになる。
これはなによりも福音である。末法時代の衆生にとって、これ以上の福音はない。
わたくしは、世のひとすべてを須陀逼にしたい。これがわたくしの誓願である。そし
てそれはまた釈尊の念願でもあったのではなかろうか。さればこそ、この末法の時代、
釈尊のそのおこころが如来となって出現され、末世成仏の法を説かせ給うたのであろ
う。それはまた、末法の衆生への警告である。如来の警告と福音、これがこの経の本旨
である。
三善根
末世成仏本尊経
末世成仏本尊経
末世成仏本尊経
じよし が ぶん いつし ぶつざいしやえいこくぎじゆきつこ どくおん じ し せそんこくあなん
如是我聞。一時仏在舎衛国祇樹給孤独園。爾時世尊告阿難。
ゆうさんぷくどう ふ か ぐじん ぜんしね はんがい い が い さん しよい お によらいしよ
じしゆく どく しふくふ か ぐうじん おしようほう じしゆくどく
而種功徳。此福不可窮尽。於正法。而種功徳。
おせいしゆう じしゆくどく しふくふ かぐうじん ぜ い あなん
於聖衆。而種功徳。此福不可窮尽。是謂阿難。
`しふくふ かぐうじん
此福不可窮尽。
しさんぶくどうふ か
此三福道不可
ぐうじん じしゆだおんしあ なごん だんごげぷんけつ さんぶくどうそくし ね はんかい
窮尽。自須陀恒至阿那含。断五下分結。三福道即至涅槃界。
ぜ こ あなん とうぐ ほうべんきやくしふ か ぐうじんし ふく じよし あなん とうさぜ がく
是故阿難。当求方便獲此不可窮尽之福。如是阿難。当作是学。
じしあなんもんぷつしよせつ かんきぶぎよう
爾時阿難聞仏所説。歓喜奉行。
ぞういちあごんきよう
(増一阿含経。三供養品)
〔和訳〕
き かく ごと いちじほとけ しゃえいこくぎじゅきっこどくぉん おわ そ ときせそん あなん つ
聞くこと是の如し。一時仏、舎衛国祇樹給孤独園に在しき。爾の時世尊、阿難に告げ
たまわく、「三福道あり、窮尽す可からずして、漸く涅槃界に至る。云何が三と為す
や。所謂如来の所に於て功徳を種う。此の福窮尽すべからず。正法に於て功徳を種う。
此の福窮尽すべからず。聖衆に於て功徳を種う。此の福窮尽すべからず。是れを阿
難、此の三福道は窮尽すべからず。須陀原より阿那含に至りて五下分結断ず。即ち涅槃
界に至る福道なり。是の故に阿難、当に方便を求めて比の窮尽す可からざるの福を獲べ
ごと まさ がく な そ ほとけしよせつ さ かんぎぷ
し。此の如く阿難、当に比の学を作すべしLと、爾の時阿難、仏の所説を聞きて歓喜奉
〔註解〕
〔三福道〕福を受ける三つの道・方法。この場合の。福’とは、霊性開顕して聖者になること。一書には
「三善根」「三福業Lとあり。阿含宗は「三福道Lをとる。また、「自須陀鯉至阿那含断五下分
結」の十三句は、のちにのべる通りの理由により、同意の他の阿含経からとり入れた。
〔涅槃界〕ニルヴァーナのこと。完全に霊性開顕したブッダの境地。
〔五下分結〕須陀疸・斯陀含・阿那含の三聖者がそれぞれ断ち切る五種類の煩悩。
阿含宗が「証明仏現形の聖典Lとおよびする奇蹟の経典である。
そういうと、なあんだ、と失望の声をもらす読者もおられるかも知れない。
第一に、まことに短い。
第二に、見たところ、奇想天外、驚天動地、というような不可思議のことがしるされ
ているようにも思えない。
どこが奇蹟の経典なんだといわれるかも知れない。
じつは、わたくしも、最初そう思ったのだ。
しかし、のちに、この経典こそ、二六〇〇年もむかしに、釈尊が、未来社会のために
予言されていたおどろくべきお経であったことがわかったのである。 ド
どうしてわかったのか?
如来がおすがたをあらわして、これを証明されたのである。
まず、このお経の要旨を説明しよう。
このお経の要旨はこうである。
聖者になる三つの方法がある。この方法によって、かならずニルヴ″Iナに到達して
完全解脱することができる。
その三つの方法とは、
一、如来のもとにおいて功徳をうえる。
二、正法の仏法において功徳をうえる。
三、聖師とその聖なる弟子たちのグループに入って功徳をうえる。
この三つの方法により、必ず、須陀筥・斯陀含・阿那合の聖者に到達できるのであ
る。これが、この経典の要旨である。
この経典を、最初、手にしたときIそれは十年以上も前のことだがIわたくしは
非常な魅力と、つづいて、それに正比例する落胆を味わったのである。
非常な魅力とはなにかというと、七科三十七道品の成仏法を、修行せずして五下分結
(前の章に解説した)を断じ、須陀逼から阿那含にまで到達できる、ということである。
(ただし、原文では、
『この三福道は窮尽すべからず、涅槃界に至ることを得と謂うなり』
とある。「自須陀逼至阿那含断五下分結」はない。
しかし、考えてみると、功徳を種えるという梵行だけで最終的な涅槃にまで到達して
しまうというのは、おかしいのである。それでは、道品法の否定になってしまう。そこ
のところはどうなっているのか。
ナゾはすぐ解けた。釈尊は、”涅槃に至る‘とはおっしゃっていないのである。涅槃
界に至ると表現しているのである。涅槃に到達、とあれば、阿羅漢であるが、涅槃界と
なると、須陀肛・斯陀含・阿那含・阿羅漢の。四沙門果”の境界をさすことになる。
そこで、こういう場合、他の阿含経ではどうなっているかと調べてみると、他の阿含
経では、略さずに記していることがわかった。たとえば、おなじ『増一阿含経・壱入道
品』では、
『……亦、須陀原・斯陀含・阿那含の三乗の道を成じ……』
とあり、三宝品では、
『現法の中に於て漏尽きて阿那含を得ん』
とあり、火滅品では、
において比丘、五下分結を滅して即ち彼に般涅槃して云々』
とある。つまり、この三供養品は、ここのところを略しているわけである。そういう
経は他にもある。
そこで、意を通ずるために、この略している部分を、これらの経からとって「自須陀
原至阿那合断五下分結」と入れたのである。これによって、誤解を招くことを避けたわ
けである。)
しかしいずれにしてもこんな魅力的なことはない。これが事実であれば、とくにすぐ
れた資質がなくても、また、苦難にみちた修行をしなくても、仏道をきわめることがで
きるのである。こんなすばらしいことはない。
だがI、待てよ、とわたくしは考えた。
これは、ひょっとしたら、後世の、ごく初期の大乗経典がまぎれこんだのではなかろ
うかと考えたのである。というのは、これまでのべてきた通り、大乗仏教は釈尊の成仏
法を捨て去って、そのかわり、仏の慈悲にすがれば成仏できる、と教えている。する
と、この経も結局それとおなじで、阿弥陀経、法華経となんら変わりはないことになっ
てしまうのではないか、おかしい、そう考えた。
しかし、れっきとした阿合部の経典である。やはり、釈尊のおことばと信じたい。い
や、信ずべきだ。至難きわまる成仏法を修行せずして、成仏する! いや、なんとか信
じたい!
そう思って、何百ぺん、何千ぺんも、この経典に目を凝らした。このお経を信じた
い一心で、一心ふらんに目を凝らしたのである。
上根と下根の成仏法
わたくしは、このお経を、
「下根の成仏法L
さきにあげた応説経を、
「上根の成仏法」
と考えた。
上根というのは、すぐれた機根ということで、機根とは、教法をまなんで、よく修行
し得る能力をいう。だから、上根とは、この場合、釈尊の成仏法を修行して、よく証果
を得ることができるだけのすぐれた能力の持ちぬしをいうわけである。プロの出家修行
者がそれであろう。
下根とは、釈尊の成仏法を、ストレートには修行するにたえられない能力の持ちぬし
である。おもに在家の修行者、信者をさすものと思われる。もちろん出家修行者もいる
であろう。
そこで、わたくしは、釈尊が、下根の弟子や信者たちをあわれんで、むずかしい成仏
法を修行せずとも成仏できるという道を、下根の成仏法として示されたのであろうと考
えたのである。
しかし、それにしてもおかしいところがある。
如来のもとにおいて功徳をうえよ、というのは、さきにあげた「出家経Lのように、
釈尊のもとで、在家者としての梵行をせよ、という意味であろう。それならば、どうし
てこの経典だけ、梵行という表現を使わず、功徳をうえよ、という表現になっているの
か。梵行という表現には、功徳をうえる行だけではなく多少なりとも、他に修行法が加
味されているのである。どうしてこの経だけ、こういう表現になっているのか?
つぎに、。正法において”というのも妙である。第一の。如来のみもとにおいて”と
いう如来が、釈尊であるとすると、釈尊が説かれるのは当然、正法にきまっているので
あるから、わざわざ、”正法においてへとことわる必要はないはずである。どうもおか
如来の現形のホトケLということばがある。
しい。
このように、あれこれ考えているうち、最後に、
「これはだめだ」
と投げ出さざるを得ない致命的な難点にゆきあたったのである。
それはなにか? ‘
一番目の、。如来のみもとにおいて″という項目である。
この、如来、というのは、釈尊でないことは明らかである。
釈尊が、ここでいう如来なら、いまのべたように、わざわざ。正法において”などと
おっしゃるはずがない。だからこの如来は、釈尊以外の如来ということになる。
すると、この如来は、どの如来なのか?
如来といえば、どこのお寺でも、一体や二体の如来をおまつりしている。しかし、そ
れは「如来」そのものではなく、如来の像である。如来像は、いまさらいうまでもな
く、如来そのものではない。如来の模型にすぎない。如来の模型ではない如来そのもの
を、さがさねばならぬ。
しかし、いまの世に、自称如来はべつとして、真正の如来がいらっしゃるはずはない
のである。
「これはだめだL
わたくしは、落胆その極に達したのである。
ところが-J、
思いがけなくも、この如来が、突如、おすがたをあらわされたのである。
どんなホトケか?
法爾とは自然のまま、自然そのものの、という意味。無作とは、作られたものではな
い、という意味で、要するに、「作りものではない自然のままの生きたホトケLという
意味である。ホトケが、なにかの物によってそのすがたをあらわすことである。あらわ
すといっても、特定の人間だけが見るというのではなく、だれの目にもそれとわかるよ
うにすがたをあらわすのでなければ、意味がない。
わたくしは、むかし、この法爾無作のホトケという仏教用語を目にしたとき、かるい
興奮をおぼえた。そんなことがじっさいにあり得るのだろうかと思った。わたくしたち
が目にし、おがむホトケは、すべて人の手になる作りものである。どんな名匠の手にな
ろうとも、どんな高価なものであろうとも、しょせん、人の手によって作られたもので
ある。それは、ホトケそのものではない。要するにホトケの模型である。密教の修行で
は、「観想」といって、いろいろなホトケの尊形をこころの中に想いうかべて瞑想する。
しかし、それらもまた、経典や儀軌を読んで想像するだけである。
もしも、じっさいに生きた存在としてのホトケーー法爾無作のホトケがおすがたをあ
らわし、それをおがむことができたら、なんとすばらしいことかと、わたくしはこころ
おどらせたものである。 }
その後、密教の荒行中、何度かホトケのおすがたを目にし、そのお声を耳にしたこと
がある。しかし、それは、荒行中という一種の極限状態における幻影、幻聴であったか
も知れず、法爾無作のホトケの出現とはいえないのである。
そんな奇蹟はあるはずなく、法爾無作のホトケとはただコトバの上だけの存在であ
る、そうわたくしは思っていた。
ところがI、
その奇蹟があらわれたのである。
昭和五十四年二月四日、それは阿含宗創建の翌年のことであった。
京都東山花山の、総本山道場建立予定地において、「節分星まつり大柴燈護摩供」奉
修中、一陣の霊気が結界内を走ったかと思うと、突然、焚き上げている大護摩の火炎
が、巨大なホトケのご尊体と変わったのである。
その炎の高さは、およそ六、七メートル、それまで、風速七、八メートルの山風に、
右に左に大きくゆれていた火炎が、一瞬、ピタリと静止したかと思うと、突如、如来の
おすがたをあらわしたのである。
その寸前、修法中のわたくしは、思わず、あ! と思ったのである。というのは、そ
のとき、燃えあがっている火炎の火のいろが、一瞬、変わったからである。それまでの
赤みを帯びたふつうの火の色が、輝くばかりの黄金色となったのである。あ! と思っ
たつぎの刹那、火炎がピタリと静止し、巨大なホトケの尊形となった。……次の瞬間、
火はもとのいろにもどり、ごう″と吹く山風に大きく揺れ、なびいていた。その間、お
よそ二、三秒、わたくしは、残念だと思った。結界内にはおよそI〇〇人を越す山伏が
厳修中であり、結界の外にはおよそ一万人ちかくの参詣者が、お護摩の火をおがんでい
る。しかし、いずれも霊眼を持たぬ悲しさ、おそらくこのホトケを、それと拝した者は
一人もおるまい。まさしく法爾無作のホトケと確信するが、拝したのはわたくしI’人と
いうのでは、どうにもならない。心から残念だなと思った。
修法が終わって道場に帰り、ご霊示を仰いだ。
「われは応供の如来である。供養を受けるぞL
というご霊示がさがった。この経緯は、昭和五十四年十二月発行の『修行者座右宝
鑑』(阿含宗総本山出版局)その他にくわしくのべているので、ここでははぶくが、要す
るに、「応供の如来」とは、「(信者の)供養を受けて、その供養を功徳として(信者に)
返すLという意味である(如来の十号参照)。わたくしは、その瞬間、この総本山建立
地が霊界と直結した霊地となったことを確信した。しかし、わたくしは、これを一部の
幹部の者のみに伝えるにとどめた。ご霊体を拝さぬ者にいっても仕方ないと思ったから
である。
ところが、数日後、当日の修行者の一人が、
「これは霊写真ではないでしょうか」
といって一葉の写真を届けてきたのである。一見して、わたくしは、息を呑んだ。ま
さしく、あの刹那、わたくしが拝した法爾無作の如来のおすがたである。その黄金色に
かがやく色も、かたちも、寸分ちがわない。わたくしは思わず、おしいただいた。
「如来の現形……L
わたくしはつぶやいた。
現形、ということばがある。おもに神道のほうのことばだが、仏教のほうでも使う。
カミ、ホトケが、その、ヵQZ Sホトケご自身の意志によってすがたをあらわし、その
おすがたをとどめるのである。これを現形という。これは、だれか一人がそのおすがた
を目にしたというのでは現形とはいわない。万人、だれでもそのおすがたを拝せるよ
う、すがたかたちをとどめなければいけないのである。神道のほうでは、石、樹木、
剣、ときには一つの山そのものがカミのすがたを現形することがある。三輪山(奈良)
などは、山そのものがカミの現形として有名である。
この霊写真は、まさしく、法爾無作の如来の現形であった。如来が、如来のご意志
で、密教の護摩の火という、最も清浄なる仏法の火をもってわがすがたを荘厳され、フ
イルムにそのおすがたをとどめさせられたのである。なんという奇蹟であろうか。わた
くしの胸は、ただ感激にふるえるのみであった。そして、なんのためにこの如来の現形
があったのか、その真の意義にはまだ気がつかなかったのである。まさか、この現形の
如来が、そのむかし、わたくしがあれほど一心にさがし求めたあの三供養品の如来であ
ったとは、まったく気がつかなかったのである。
そのことにわたくしが気づいたのは、その翌年、インドの仏蹟巡拝の旅から帰っての
ことであった。
サヘトーマヘト、あの祇園精舎の遺跡(奇しくも三供養品が講ぜられた舎衛国祇樹給
孤独園である)で、わたくしは、ほとけの強烈な霊的洗礼を浴びた。(『一九九九年カル
マと霊障からの脱出』平河出版社参照)
帰国して、最初の護摩を修したとき、わたくしは、修法壇の上で、それとおなじバイ
プレーションを感じたのである。その刹那、なんの脈絡もなく、ぱっと念頭に浮かんだ
のが、十年も前に捨て去り忘れ去っていたあの三供養品の経典であった。
「そうか
わたくしは、護摩を修しつつ、心の中で叫んでいた。
このほとけだ。この如来が、三供養品の、生ける如来であったのだ。あの三供養品の
釈尊のおことばは真実であり、いまここに出現した如来のみもとにおいて功徳を積むこ
とが、末法の世である現代唯一の成仏法であることをお示しになったのだ、そのために
この如来は出現されたのだ、一瞬のうちに、それがわかったのである。
ただたんに奇蹟をあらわすために如来は出現されたのではないのだ。末世成仏の本尊
として出現されたのだ。
キリスト教では、「キリストの復活という奇蹟があった。
この如来の出現は、決して単なる現形ではないのだ。これは「仏陀の復活」-いなのだ。
キリストの復活に比すべき現代の奇蹟である。仏界において、時間と空間を越えて仏陀
は生きつづけている。そしていま、仏教の危機、世界の危機に際して復活されたのであ
一瞬のうちに、わたくしはさとったのである。
聖者への飛躍
わたくしがなによりも感激し、かつうれしかったのは、わが阿含宗が正法を行ずる教
団であることを、ほとけさまによって証明されたことである。
阿含宗と、桐山靖雄にたいする批判は、さまざまなかたちでおこなわれ、時に、それ
は、批判という範囲を越えて、卑劣きわまる中傷・廃膀というところまできている。
あたまから、邪師、邪教よばわりである。わたくしはひたすら、それに耐えて、努力
に努力をかさねてきた。わたくしの説くところ、わたくしのおこなうところ、ぜったい
に正しいという信念があったからである。
しかし、ときに、一沫の不安の生ずることもないことはなかった。ほんとうにおれは
正しいのだろうか? ほとけさまの前にぬかずいて、考えに沈むことI時にあった。
だがI-I、如来が、正法であることを証明してくださったのである。
釈尊のおことばの第一の項目、’如来のみもとにおいて’はすでに実現した。この復
活した如来こそ、この如来であったのだ。
第二の項目、”正法において″は、この如来の出現した阿含宗こそ、正法を行ずる教
団であることの証明そのものではないか。
古来、幾多の祖師・開祖があらわれたが、ほとけさまがおすがたをあらわして、正師
・正法であることの証明をなされたということは、ほとんど聞かない。(伝説のたぐいは
別として)
人間どもがなにをわめこうと、ほとけさまの証明にはかなわないのである。わたくし
にとって、この”証明仏の現形”ほど、ありがたく、かつ、うれしいものはないのである。
さて、第三の項目、”聖衆において”についてのべよう。
聖衆とは、聖なるグループ、という意味である。正法を説く聖師と、それを行ずる聖
なる弟子たちの集
い、つまり、教団のことである。
釈尊が、わざわざ、。聖衆において”と説かれたのはどういうわけかと、その意義に
ついて考えてみると、たいへん重大な意味のあることがわかるのである。
わたくしは、さきに、「成仏法を持つことの意義」(~`ページ参照)で、成仏法を持つこ
とが、どんなに重要なことであるかを、つぎのように説明した。
成仏法を持つことが、どんなに重要なことであるか。その意義をご存じであろう
か。
成仏法を持つたからといって、もちろん、そうかんたんに完全成仏できるという
ものではない。しかし、最も重要なことは、成仏法を持った瞬間から、仏界に通ず
る「縁」が生ずるのである。これは筆舌につくしがたいほど貴重なものである。
成仏法を持たなければ、どんなに修行しても仏界には行かれない。なぜならば、
成仏法を持つことにより、はじめて、われわれは仏界に縁ができるのであって、成
仏法がなければ、最初から最後までまったくぷ」縁がない”のである。
成仏法を持つと、ただちに仏界に縁が生じ、仏界の加護をうけて、わが身、わが
家が霊的にきよめられ、高められて、やがて必ず仏界に到達するのである。道が通
ずる成仏法がないと、これができない。
と。
まず、成仏法を持つ聖なるグループに入って、仏界にご縁を持つことである。それが
なによりも大切なのだ。生ける如来にご縁をつなぐことである。そのことがすでに仏道
修行であり、成仏法の第一歩なのである。
釈尊が、″聖衆において”とおっしゃった意義は、ここにあるのである。まず、あな
たは、聖なるクルー・プ、聖衆の一員になることである。その瞬間から、あなたは仏界に
縁が生ずる。そこから、あなたの聖なる向上・因縁解脱がはじまるのである。
さいごに、『正像末三時正法経』と、この経との関連についてのべておきたい。
まず、し阿含宗が、なぜ、このお経を末世成仏のお経とするかというと、これまでもの
べてきた通り、どの観点からながめてみても、現代は末法の時代といわざるを得ない。
ひとびとの生活レベルは向上し、物質科学の知識は豊富である。しかし、精神的、霊的
には極度に堕落しており、釈尊の道品法・成仏法など、とうていストレートに修行でき
るレベルではない。
‐道品法の修行で、成仏にいたる階梯は四段階ある。
このうち、最もむずかしいのは、第一の段階である須陀逼であるといっていい。
ほんとうに最もむずかしいのは、阿羅漢である。なにしろ、仏陀そのものになるのだ
から、阿羅漢になるのがいちばんむずかしいのは当然である。
しかし、わたくしは、それを承知で、あえて、須陀逼がもっともむずかしい、という
のである。なぜならば、須陀厄というのは、もう聖者の領域に入っているのである。凡
夫が聖者になる、この第一段階の飛躍がむずかしいのである。凡夫と聖者は、連続した
線ではないのだ。大きな断層を一つ飛び越さねばならぬのだ。それがむずかしいのであ
る。凡夫というこちらの岸から、聖者という向こう側の高い岸に、飛躍しなければなら
ぬ、凡夫にとってはじめての経験である。
須陀原になってしまえば、あとは阿那含まで連続している。阿那含から阿羅漢には、
もう一度、大飛躍が必要とされるが、これは時間の問題である。
いちばんむずかしいのは、凡夫が須陀厄になることだ。
自分の修行体験で、わたくしはそう思う。
ところが、この経典では、如来への功徳の行で、阿那含にまで到達できるのである。
阿那含からは、『正法経』に説く、念処・正勤・如意足・根・力・覚・道の成仏法に
よって、阿羅漢への道をたどることになる。
これはなによりも福音である。末法時代の衆生にとって、これ以上の福音はない。
わたくしは、世のひとすべてを須陀逼にしたい。これがわたくしの誓願である。そし
てそれはまた釈尊の念願でもあったのではなかろうか。さればこそ、この末法の時代、
釈尊のそのおこころが如来となって出現され、末世成仏の法を説かせ給うたのであろ
う。それはまた、末法の衆生への警告である。如来の警告と福音、これがこの経の本旨
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末世成仏本尊経
末世成仏本尊経
じよし が ぶん いつし ぶつざいしやえいこくぎじゆきつこ どくおん じ し せそんこくあなん
如是我聞。一時仏在舎衛国祇樹給孤独園。爾時世尊告阿難。
ゆうさんぷくどう ふ か ぐじん ぜんしね はんがい い が い さん しよい お によらいしよ
じしゆく どく しふくふ か ぐうじん おしようほう じしゆくどく
而種功徳。此福不可窮尽。於正法。而種功徳。
おせいしゆう じしゆくどく しふくふ かぐうじん ぜ い あなん
於聖衆。而種功徳。此福不可窮尽。是謂阿難。
`しふくふ かぐうじん
此福不可窮尽。
しさんぶくどうふ か
此三福道不可
ぐうじん じしゆだおんしあ なごん だんごげぷんけつ さんぶくどうそくし ね はんかい
窮尽。自須陀恒至阿那含。断五下分結。三福道即至涅槃界。
ぜ こ あなん とうぐ ほうべんきやくしふ か ぐうじんし ふく じよし あなん とうさぜ がく
是故阿難。当求方便獲此不可窮尽之福。如是阿難。当作是学。
じしあなんもんぷつしよせつ かんきぶぎよう
爾時阿難聞仏所説。歓喜奉行。
ぞういちあごんきよう
(増一阿含経。三供養品)
〔和訳〕
き かく ごと いちじほとけ しゃえいこくぎじゅきっこどくぉん おわ そ ときせそん あなん つ
聞くこと是の如し。一時仏、舎衛国祇樹給孤独園に在しき。爾の時世尊、阿難に告げ
たまわく、「三福道あり、窮尽す可からずして、漸く涅槃界に至る。云何が三と為す
や。所謂如来の所に於て功徳を種う。此の福窮尽すべからず。正法に於て功徳を種う。
此の福窮尽すべからず。聖衆に於て功徳を種う。此の福窮尽すべからず。是れを阿
難、此の三福道は窮尽すべからず。須陀原より阿那含に至りて五下分結断ず。即ち涅槃
界に至る福道なり。是の故に阿難、当に方便を求めて比の窮尽す可からざるの福を獲べ
ごと まさ がく な そ ほとけしよせつ さ かんぎぷ
し。此の如く阿難、当に比の学を作すべしLと、爾の時阿難、仏の所説を聞きて歓喜奉
〔註解〕
〔三福道〕福を受ける三つの道・方法。この場合の。福’とは、霊性開顕して聖者になること。一書には
「三善根」「三福業Lとあり。阿含宗は「三福道Lをとる。また、「自須陀鯉至阿那含断五下分
結」の十三句は、のちにのべる通りの理由により、同意の他の阿含経からとり入れた。
〔涅槃界〕ニルヴァーナのこと。完全に霊性開顕したブッダの境地。
〔五下分結〕須陀疸・斯陀含・阿那含の三聖者がそれぞれ断ち切る五種類の煩悩。
阿含宗が「証明仏現形の聖典Lとおよびする奇蹟の経典である。
そういうと、なあんだ、と失望の声をもらす読者もおられるかも知れない。
第一に、まことに短い。
第二に、見たところ、奇想天外、驚天動地、というような不可思議のことがしるされ
ているようにも思えない。
どこが奇蹟の経典なんだといわれるかも知れない。
じつは、わたくしも、最初そう思ったのだ。
しかし、のちに、この経典こそ、二六〇〇年もむかしに、釈尊が、未来社会のために
予言されていたおどろくべきお経であったことがわかったのである。 ド
どうしてわかったのか?
如来がおすがたをあらわして、これを証明されたのである。
まず、このお経の要旨を説明しよう。
このお経の要旨はこうである。
聖者になる三つの方法がある。この方法によって、かならずニルヴ″Iナに到達して
完全解脱することができる。
その三つの方法とは、
一、如来のもとにおいて功徳をうえる。
二、正法の仏法において功徳をうえる。
三、聖師とその聖なる弟子たちのグループに入って功徳をうえる。
この三つの方法により、必ず、須陀筥・斯陀含・阿那合の聖者に到達できるのであ
る。これが、この経典の要旨である。
この経典を、最初、手にしたときIそれは十年以上も前のことだがIわたくしは
非常な魅力と、つづいて、それに正比例する落胆を味わったのである。
非常な魅力とはなにかというと、七科三十七道品の成仏法を、修行せずして五下分結
(前の章に解説した)を断じ、須陀逼から阿那含にまで到達できる、ということである。
(ただし、原文では、
『この三福道は窮尽すべからず、涅槃界に至ることを得と謂うなり』
とある。「自須陀逼至阿那含断五下分結」はない。
しかし、考えてみると、功徳を種えるという梵行だけで最終的な涅槃にまで到達して
しまうというのは、おかしいのである。それでは、道品法の否定になってしまう。そこ
のところはどうなっているのか。
ナゾはすぐ解けた。釈尊は、”涅槃に至る‘とはおっしゃっていないのである。涅槃
界に至ると表現しているのである。涅槃に到達、とあれば、阿羅漢であるが、涅槃界と
なると、須陀肛・斯陀含・阿那含・阿羅漢の。四沙門果”の境界をさすことになる。
そこで、こういう場合、他の阿含経ではどうなっているかと調べてみると、他の阿含
経では、略さずに記していることがわかった。たとえば、おなじ『増一阿含経・壱入道
品』では、
『……亦、須陀原・斯陀含・阿那含の三乗の道を成じ……』
とあり、三宝品では、
『現法の中に於て漏尽きて阿那含を得ん』
とあり、火滅品では、
において比丘、五下分結を滅して即ち彼に般涅槃して云々』
とある。つまり、この三供養品は、ここのところを略しているわけである。そういう
経は他にもある。
そこで、意を通ずるために、この略している部分を、これらの経からとって「自須陀
原至阿那合断五下分結」と入れたのである。これによって、誤解を招くことを避けたわ
けである。)
しかしいずれにしてもこんな魅力的なことはない。これが事実であれば、とくにすぐ
れた資質がなくても、また、苦難にみちた修行をしなくても、仏道をきわめることがで
きるのである。こんなすばらしいことはない。
だがI、待てよ、とわたくしは考えた。
これは、ひょっとしたら、後世の、ごく初期の大乗経典がまぎれこんだのではなかろ
うかと考えたのである。というのは、これまでのべてきた通り、大乗仏教は釈尊の成仏
法を捨て去って、そのかわり、仏の慈悲にすがれば成仏できる、と教えている。する
と、この経も結局それとおなじで、阿弥陀経、法華経となんら変わりはないことになっ
てしまうのではないか、おかしい、そう考えた。
しかし、れっきとした阿合部の経典である。やはり、釈尊のおことばと信じたい。い
や、信ずべきだ。至難きわまる成仏法を修行せずして、成仏する! いや、なんとか信
じたい!
そう思って、何百ぺん、何千ぺんも、この経典に目を凝らした。このお経を信じた
い一心で、一心ふらんに目を凝らしたのである。
上根と下根の成仏法
わたくしは、このお経を、
「下根の成仏法L
さきにあげた応説経を、
「上根の成仏法」
と考えた。
上根というのは、すぐれた機根ということで、機根とは、教法をまなんで、よく修行
し得る能力をいう。だから、上根とは、この場合、釈尊の成仏法を修行して、よく証果
を得ることができるだけのすぐれた能力の持ちぬしをいうわけである。プロの出家修行
者がそれであろう。
下根とは、釈尊の成仏法を、ストレートには修行するにたえられない能力の持ちぬし
である。おもに在家の修行者、信者をさすものと思われる。もちろん出家修行者もいる
であろう。
そこで、わたくしは、釈尊が、下根の弟子や信者たちをあわれんで、むずかしい成仏
法を修行せずとも成仏できるという道を、下根の成仏法として示されたのであろうと考
えたのである。
しかし、それにしてもおかしいところがある。
如来のもとにおいて功徳をうえよ、というのは、さきにあげた「出家経Lのように、
釈尊のもとで、在家者としての梵行をせよ、という意味であろう。それならば、どうし
てこの経典だけ、梵行という表現を使わず、功徳をうえよ、という表現になっているの
か。梵行という表現には、功徳をうえる行だけではなく多少なりとも、他に修行法が加
味されているのである。どうしてこの経だけ、こういう表現になっているのか?
つぎに、。正法において”というのも妙である。第一の。如来のみもとにおいて”と
いう如来が、釈尊であるとすると、釈尊が説かれるのは当然、正法にきまっているので
あるから、わざわざ、”正法においてへとことわる必要はないはずである。どうもおか
如来の現形のホトケLということばがある。
しい。
このように、あれこれ考えているうち、最後に、
「これはだめだ」
と投げ出さざるを得ない致命的な難点にゆきあたったのである。
それはなにか? ‘
一番目の、。如来のみもとにおいて″という項目である。
この、如来、というのは、釈尊でないことは明らかである。
釈尊が、ここでいう如来なら、いまのべたように、わざわざ。正法において”などと
おっしゃるはずがない。だからこの如来は、釈尊以外の如来ということになる。
すると、この如来は、どの如来なのか?
如来といえば、どこのお寺でも、一体や二体の如来をおまつりしている。しかし、そ
れは「如来」そのものではなく、如来の像である。如来像は、いまさらいうまでもな
く、如来そのものではない。如来の模型にすぎない。如来の模型ではない如来そのもの
を、さがさねばならぬ。
しかし、いまの世に、自称如来はべつとして、真正の如来がいらっしゃるはずはない
のである。
「これはだめだL
わたくしは、落胆その極に達したのである。
ところが-J、
思いがけなくも、この如来が、突如、おすがたをあらわされたのである。
どんなホトケか?
法爾とは自然のまま、自然そのものの、という意味。無作とは、作られたものではな
い、という意味で、要するに、「作りものではない自然のままの生きたホトケLという
意味である。ホトケが、なにかの物によってそのすがたをあらわすことである。あらわ
すといっても、特定の人間だけが見るというのではなく、だれの目にもそれとわかるよ
うにすがたをあらわすのでなければ、意味がない。
わたくしは、むかし、この法爾無作のホトケという仏教用語を目にしたとき、かるい
興奮をおぼえた。そんなことがじっさいにあり得るのだろうかと思った。わたくしたち
が目にし、おがむホトケは、すべて人の手になる作りものである。どんな名匠の手にな
ろうとも、どんな高価なものであろうとも、しょせん、人の手によって作られたもので
ある。それは、ホトケそのものではない。要するにホトケの模型である。密教の修行で
は、「観想」といって、いろいろなホトケの尊形をこころの中に想いうかべて瞑想する。
しかし、それらもまた、経典や儀軌を読んで想像するだけである。
もしも、じっさいに生きた存在としてのホトケーー法爾無作のホトケがおすがたをあ
らわし、それをおがむことができたら、なんとすばらしいことかと、わたくしはこころ
おどらせたものである。 }
その後、密教の荒行中、何度かホトケのおすがたを目にし、そのお声を耳にしたこと
がある。しかし、それは、荒行中という一種の極限状態における幻影、幻聴であったか
も知れず、法爾無作のホトケの出現とはいえないのである。
そんな奇蹟はあるはずなく、法爾無作のホトケとはただコトバの上だけの存在であ
る、そうわたくしは思っていた。
ところがI、
その奇蹟があらわれたのである。
昭和五十四年二月四日、それは阿含宗創建の翌年のことであった。
京都東山花山の、総本山道場建立予定地において、「節分星まつり大柴燈護摩供」奉
修中、一陣の霊気が結界内を走ったかと思うと、突然、焚き上げている大護摩の火炎
が、巨大なホトケのご尊体と変わったのである。
その炎の高さは、およそ六、七メートル、それまで、風速七、八メートルの山風に、
右に左に大きくゆれていた火炎が、一瞬、ピタリと静止したかと思うと、突如、如来の
おすがたをあらわしたのである。
その寸前、修法中のわたくしは、思わず、あ! と思ったのである。というのは、そ
のとき、燃えあがっている火炎の火のいろが、一瞬、変わったからである。それまでの
赤みを帯びたふつうの火の色が、輝くばかりの黄金色となったのである。あ! と思っ
たつぎの刹那、火炎がピタリと静止し、巨大なホトケの尊形となった。……次の瞬間、
火はもとのいろにもどり、ごう″と吹く山風に大きく揺れ、なびいていた。その間、お
よそ二、三秒、わたくしは、残念だと思った。結界内にはおよそI〇〇人を越す山伏が
厳修中であり、結界の外にはおよそ一万人ちかくの参詣者が、お護摩の火をおがんでい
る。しかし、いずれも霊眼を持たぬ悲しさ、おそらくこのホトケを、それと拝した者は
一人もおるまい。まさしく法爾無作のホトケと確信するが、拝したのはわたくしI’人と
いうのでは、どうにもならない。心から残念だなと思った。
修法が終わって道場に帰り、ご霊示を仰いだ。
「われは応供の如来である。供養を受けるぞL
というご霊示がさがった。この経緯は、昭和五十四年十二月発行の『修行者座右宝
鑑』(阿含宗総本山出版局)その他にくわしくのべているので、ここでははぶくが、要す
るに、「応供の如来」とは、「(信者の)供養を受けて、その供養を功徳として(信者に)
返すLという意味である(如来の十号参照)。わたくしは、その瞬間、この総本山建立
地が霊界と直結した霊地となったことを確信した。しかし、わたくしは、これを一部の
幹部の者のみに伝えるにとどめた。ご霊体を拝さぬ者にいっても仕方ないと思ったから
である。
ところが、数日後、当日の修行者の一人が、
「これは霊写真ではないでしょうか」
といって一葉の写真を届けてきたのである。一見して、わたくしは、息を呑んだ。ま
さしく、あの刹那、わたくしが拝した法爾無作の如来のおすがたである。その黄金色に
かがやく色も、かたちも、寸分ちがわない。わたくしは思わず、おしいただいた。
「如来の現形……L
わたくしはつぶやいた。
現形、ということばがある。おもに神道のほうのことばだが、仏教のほうでも使う。
カミ、ホトケが、その、ヵQZ Sホトケご自身の意志によってすがたをあらわし、その
おすがたをとどめるのである。これを現形という。これは、だれか一人がそのおすがた
を目にしたというのでは現形とはいわない。万人、だれでもそのおすがたを拝せるよ
う、すがたかたちをとどめなければいけないのである。神道のほうでは、石、樹木、
剣、ときには一つの山そのものがカミのすがたを現形することがある。三輪山(奈良)
などは、山そのものがカミの現形として有名である。
この霊写真は、まさしく、法爾無作の如来の現形であった。如来が、如来のご意志
で、密教の護摩の火という、最も清浄なる仏法の火をもってわがすがたを荘厳され、フ
イルムにそのおすがたをとどめさせられたのである。なんという奇蹟であろうか。わた
くしの胸は、ただ感激にふるえるのみであった。そして、なんのためにこの如来の現形
があったのか、その真の意義にはまだ気がつかなかったのである。まさか、この現形の
如来が、そのむかし、わたくしがあれほど一心にさがし求めたあの三供養品の如来であ
ったとは、まったく気がつかなかったのである。
そのことにわたくしが気づいたのは、その翌年、インドの仏蹟巡拝の旅から帰っての
ことであった。
サヘトーマヘト、あの祇園精舎の遺跡(奇しくも三供養品が講ぜられた舎衛国祇樹給
孤独園である)で、わたくしは、ほとけの強烈な霊的洗礼を浴びた。(『一九九九年カル
マと霊障からの脱出』平河出版社参照)
帰国して、最初の護摩を修したとき、わたくしは、修法壇の上で、それとおなじバイ
プレーションを感じたのである。その刹那、なんの脈絡もなく、ぱっと念頭に浮かんだ
のが、十年も前に捨て去り忘れ去っていたあの三供養品の経典であった。
「そうか
わたくしは、護摩を修しつつ、心の中で叫んでいた。
このほとけだ。この如来が、三供養品の、生ける如来であったのだ。あの三供養品の
釈尊のおことばは真実であり、いまここに出現した如来のみもとにおいて功徳を積むこ
とが、末法の世である現代唯一の成仏法であることをお示しになったのだ、そのために
この如来は出現されたのだ、一瞬のうちに、それがわかったのである。
ただたんに奇蹟をあらわすために如来は出現されたのではないのだ。末世成仏の本尊
として出現されたのだ。
キリスト教では、「キリストの復活という奇蹟があった。
この如来の出現は、決して単なる現形ではないのだ。これは「仏陀の復活」-いなのだ。
キリストの復活に比すべき現代の奇蹟である。仏界において、時間と空間を越えて仏陀
は生きつづけている。そしていま、仏教の危機、世界の危機に際して復活されたのであ
一瞬のうちに、わたくしはさとったのである。
聖者への飛躍
わたくしがなによりも感激し、かつうれしかったのは、わが阿含宗が正法を行ずる教
団であることを、ほとけさまによって証明されたことである。
阿含宗と、桐山靖雄にたいする批判は、さまざまなかたちでおこなわれ、時に、それ
は、批判という範囲を越えて、卑劣きわまる中傷・廃膀というところまできている。
あたまから、邪師、邪教よばわりである。わたくしはひたすら、それに耐えて、努力
に努力をかさねてきた。わたくしの説くところ、わたくしのおこなうところ、ぜったい
に正しいという信念があったからである。
しかし、ときに、一沫の不安の生ずることもないことはなかった。ほんとうにおれは
正しいのだろうか? ほとけさまの前にぬかずいて、考えに沈むことI時にあった。
だがI-I、如来が、正法であることを証明してくださったのである。
釈尊のおことばの第一の項目、’如来のみもとにおいて’はすでに実現した。この復
活した如来こそ、この如来であったのだ。
第二の項目、”正法において″は、この如来の出現した阿含宗こそ、正法を行ずる教
団であることの証明そのものではないか。
古来、幾多の祖師・開祖があらわれたが、ほとけさまがおすがたをあらわして、正師
・正法であることの証明をなされたということは、ほとんど聞かない。(伝説のたぐいは
別として)
人間どもがなにをわめこうと、ほとけさまの証明にはかなわないのである。わたくし
にとって、この”証明仏の現形”ほど、ありがたく、かつ、うれしいものはないのである。
さて、第三の項目、”聖衆において”についてのべよう。
聖衆とは、聖なるグループ、という意味である。正法を説く聖師と、それを行ずる聖
なる弟子たちの集
い、つまり、教団のことである。
釈尊が、わざわざ、。聖衆において”と説かれたのはどういうわけかと、その意義に
ついて考えてみると、たいへん重大な意味のあることがわかるのである。
わたくしは、さきに、「成仏法を持つことの意義」(~`ページ参照)で、成仏法を持つこ
とが、どんなに重要なことであるかを、つぎのように説明した。
成仏法を持つことが、どんなに重要なことであるか。その意義をご存じであろう
か。
成仏法を持つたからといって、もちろん、そうかんたんに完全成仏できるという
ものではない。しかし、最も重要なことは、成仏法を持った瞬間から、仏界に通ず
る「縁」が生ずるのである。これは筆舌につくしがたいほど貴重なものである。
成仏法を持たなければ、どんなに修行しても仏界には行かれない。なぜならば、
成仏法を持つことにより、はじめて、われわれは仏界に縁ができるのであって、成
仏法がなければ、最初から最後までまったくぷ」縁がない”のである。
成仏法を持つと、ただちに仏界に縁が生じ、仏界の加護をうけて、わが身、わが
家が霊的にきよめられ、高められて、やがて必ず仏界に到達するのである。道が通
ずる成仏法がないと、これができない。
と。
まず、成仏法を持つ聖なるグループに入って、仏界にご縁を持つことである。それが
なによりも大切なのだ。生ける如来にご縁をつなぐことである。そのことがすでに仏道
修行であり、成仏法の第一歩なのである。
釈尊が、″聖衆において”とおっしゃった意義は、ここにあるのである。まず、あな
たは、聖なるクルー・プ、聖衆の一員になることである。その瞬間から、あなたは仏界に
縁が生ずる。そこから、あなたの聖なる向上・因縁解脱がはじまるのである。
さいごに、『正像末三時正法経』と、この経との関連についてのべておきたい。
まず、し阿含宗が、なぜ、このお経を末世成仏のお経とするかというと、これまでもの
べてきた通り、どの観点からながめてみても、現代は末法の時代といわざるを得ない。
ひとびとの生活レベルは向上し、物質科学の知識は豊富である。しかし、精神的、霊的
には極度に堕落しており、釈尊の道品法・成仏法など、とうていストレートに修行でき
るレベルではない。
‐道品法の修行で、成仏にいたる階梯は四段階ある。
このうち、最もむずかしいのは、第一の段階である須陀逼であるといっていい。
ほんとうに最もむずかしいのは、阿羅漢である。なにしろ、仏陀そのものになるのだ
から、阿羅漢になるのがいちばんむずかしいのは当然である。
しかし、わたくしは、それを承知で、あえて、須陀逼がもっともむずかしい、という
のである。なぜならば、須陀厄というのは、もう聖者の領域に入っているのである。凡
夫が聖者になる、この第一段階の飛躍がむずかしいのである。凡夫と聖者は、連続した
線ではないのだ。大きな断層を一つ飛び越さねばならぬのだ。それがむずかしいのであ
る。凡夫というこちらの岸から、聖者という向こう側の高い岸に、飛躍しなければなら
ぬ、凡夫にとってはじめての経験である。
須陀原になってしまえば、あとは阿那含まで連続している。阿那含から阿羅漢には、
もう一度、大飛躍が必要とされるが、これは時間の問題である。
いちばんむずかしいのは、凡夫が須陀厄になることだ。
自分の修行体験で、わたくしはそう思う。
ところが、この経典では、如来への功徳の行で、阿那含にまで到達できるのである。
阿那含からは、『正法経』に説く、念処・正勤・如意足・根・力・覚・道の成仏法に
よって、阿羅漢への道をたどることになる。
これはなによりも福音である。末法時代の衆生にとって、これ以上の福音はない。
わたくしは、世のひとすべてを須陀逼にしたい。これがわたくしの誓願である。そし
てそれはまた釈尊の念願でもあったのではなかろうか。さればこそ、この末法の時代、
釈尊のそのおこころが如来となって出現され、末世成仏の法を説かせ給うたのであろ
う。それはまた、末法の衆生への警告である。如来の警告と福音、これがこの経の本旨
である。
末世成仏本尊経
じよし が ぶん いつし ぶつざいしやえいこくぎじゆきつこ どくおん じ し せそんこくあなん
如是我聞。一時仏在舎衛国祇樹給孤独園。爾時世尊告阿難。
ゆうさんぷくどう ふ か ぐじん ぜんしね はんがい い が い さん しよい お によらいしよ
じしゆく どく しふくふ か ぐうじん おしようほう じしゆくどく
而種功徳。此福不可窮尽。於正法。而種功徳。
おせいしゆう じしゆくどく しふくふ かぐうじん ぜ い あなん
於聖衆。而種功徳。此福不可窮尽。是謂阿難。
`しふくふ かぐうじん
此福不可窮尽。
しさんぶくどうふ か
此三福道不可
ぐうじん じしゆだおんしあ なごん だんごげぷんけつ さんぶくどうそくし ね はんかい
窮尽。自須陀恒至阿那含。断五下分結。三福道即至涅槃界。
ぜ こ あなん とうぐ ほうべんきやくしふ か ぐうじんし ふく じよし あなん とうさぜ がく
是故阿難。当求方便獲此不可窮尽之福。如是阿難。当作是学。
じしあなんもんぷつしよせつ かんきぶぎよう
爾時阿難聞仏所説。歓喜奉行。
ぞういちあごんきよう
(増一阿含経。三供養品)
〔和訳〕
き かく ごと いちじほとけ しゃえいこくぎじゅきっこどくぉん おわ そ ときせそん あなん つ
聞くこと是の如し。一時仏、舎衛国祇樹給孤独園に在しき。爾の時世尊、阿難に告げ
たまわく、「三福道あり、窮尽す可からずして、漸く涅槃界に至る。云何が三と為す
や。所謂如来の所に於て功徳を種う。此の福窮尽すべからず。正法に於て功徳を種う。
此の福窮尽すべからず。聖衆に於て功徳を種う。此の福窮尽すべからず。是れを阿
難、此の三福道は窮尽すべからず。須陀原より阿那含に至りて五下分結断ず。即ち涅槃
界に至る福道なり。是の故に阿難、当に方便を求めて比の窮尽す可からざるの福を獲べ
ごと まさ がく な そ ほとけしよせつ さ かんぎぷ
し。此の如く阿難、当に比の学を作すべしLと、爾の時阿難、仏の所説を聞きて歓喜奉
〔註解〕
〔三福道〕福を受ける三つの道・方法。この場合の。福’とは、霊性開顕して聖者になること。一書には
「三善根」「三福業Lとあり。阿含宗は「三福道Lをとる。また、「自須陀鯉至阿那含断五下分
結」の十三句は、のちにのべる通りの理由により、同意の他の阿含経からとり入れた。
〔涅槃界〕ニルヴァーナのこと。完全に霊性開顕したブッダの境地。
〔五下分結〕須陀疸・斯陀含・阿那含の三聖者がそれぞれ断ち切る五種類の煩悩。
阿含宗が「証明仏現形の聖典Lとおよびする奇蹟の経典である。
そういうと、なあんだ、と失望の声をもらす読者もおられるかも知れない。
第一に、まことに短い。
第二に、見たところ、奇想天外、驚天動地、というような不可思議のことがしるされ
ているようにも思えない。
どこが奇蹟の経典なんだといわれるかも知れない。
じつは、わたくしも、最初そう思ったのだ。
しかし、のちに、この経典こそ、二六〇〇年もむかしに、釈尊が、未来社会のために
予言されていたおどろくべきお経であったことがわかったのである。 ド
どうしてわかったのか?
如来がおすがたをあらわして、これを証明されたのである。
まず、このお経の要旨を説明しよう。
このお経の要旨はこうである。
聖者になる三つの方法がある。この方法によって、かならずニルヴ″Iナに到達して
完全解脱することができる。
その三つの方法とは、
一、如来のもとにおいて功徳をうえる。
二、正法の仏法において功徳をうえる。
三、聖師とその聖なる弟子たちのグループに入って功徳をうえる。
この三つの方法により、必ず、須陀筥・斯陀含・阿那合の聖者に到達できるのであ
る。これが、この経典の要旨である。
この経典を、最初、手にしたときIそれは十年以上も前のことだがIわたくしは
非常な魅力と、つづいて、それに正比例する落胆を味わったのである。
非常な魅力とはなにかというと、七科三十七道品の成仏法を、修行せずして五下分結
(前の章に解説した)を断じ、須陀逼から阿那含にまで到達できる、ということである。
(ただし、原文では、
『この三福道は窮尽すべからず、涅槃界に至ることを得と謂うなり』
とある。「自須陀逼至阿那含断五下分結」はない。
しかし、考えてみると、功徳を種えるという梵行だけで最終的な涅槃にまで到達して
しまうというのは、おかしいのである。それでは、道品法の否定になってしまう。そこ
のところはどうなっているのか。
ナゾはすぐ解けた。釈尊は、”涅槃に至る‘とはおっしゃっていないのである。涅槃
界に至ると表現しているのである。涅槃に到達、とあれば、阿羅漢であるが、涅槃界と
なると、須陀肛・斯陀含・阿那含・阿羅漢の。四沙門果”の境界をさすことになる。
そこで、こういう場合、他の阿含経ではどうなっているかと調べてみると、他の阿含
経では、略さずに記していることがわかった。たとえば、おなじ『増一阿含経・壱入道
品』では、
『……亦、須陀原・斯陀含・阿那含の三乗の道を成じ……』
とあり、三宝品では、
『現法の中に於て漏尽きて阿那含を得ん』
とあり、火滅品では、
において比丘、五下分結を滅して即ち彼に般涅槃して云々』
とある。つまり、この三供養品は、ここのところを略しているわけである。そういう
経は他にもある。
そこで、意を通ずるために、この略している部分を、これらの経からとって「自須陀
原至阿那合断五下分結」と入れたのである。これによって、誤解を招くことを避けたわ
けである。)
しかしいずれにしてもこんな魅力的なことはない。これが事実であれば、とくにすぐ
れた資質がなくても、また、苦難にみちた修行をしなくても、仏道をきわめることがで
きるのである。こんなすばらしいことはない。
だがI、待てよ、とわたくしは考えた。
これは、ひょっとしたら、後世の、ごく初期の大乗経典がまぎれこんだのではなかろ
うかと考えたのである。というのは、これまでのべてきた通り、大乗仏教は釈尊の成仏
法を捨て去って、そのかわり、仏の慈悲にすがれば成仏できる、と教えている。する
と、この経も結局それとおなじで、阿弥陀経、法華経となんら変わりはないことになっ
てしまうのではないか、おかしい、そう考えた。
しかし、れっきとした阿合部の経典である。やはり、釈尊のおことばと信じたい。い
や、信ずべきだ。至難きわまる成仏法を修行せずして、成仏する! いや、なんとか信
じたい!
そう思って、何百ぺん、何千ぺんも、この経典に目を凝らした。このお経を信じた
い一心で、一心ふらんに目を凝らしたのである。
上根と下根の成仏法
わたくしは、このお経を、
「下根の成仏法L
さきにあげた応説経を、
「上根の成仏法」
と考えた。
上根というのは、すぐれた機根ということで、機根とは、教法をまなんで、よく修行
し得る能力をいう。だから、上根とは、この場合、釈尊の成仏法を修行して、よく証果
を得ることができるだけのすぐれた能力の持ちぬしをいうわけである。プロの出家修行
者がそれであろう。
下根とは、釈尊の成仏法を、ストレートには修行するにたえられない能力の持ちぬし
である。おもに在家の修行者、信者をさすものと思われる。もちろん出家修行者もいる
であろう。
そこで、わたくしは、釈尊が、下根の弟子や信者たちをあわれんで、むずかしい成仏
法を修行せずとも成仏できるという道を、下根の成仏法として示されたのであろうと考
えたのである。
しかし、それにしてもおかしいところがある。
如来のもとにおいて功徳をうえよ、というのは、さきにあげた「出家経Lのように、
釈尊のもとで、在家者としての梵行をせよ、という意味であろう。それならば、どうし
てこの経典だけ、梵行という表現を使わず、功徳をうえよ、という表現になっているの
か。梵行という表現には、功徳をうえる行だけではなく多少なりとも、他に修行法が加
味されているのである。どうしてこの経だけ、こういう表現になっているのか?
つぎに、。正法において”というのも妙である。第一の。如来のみもとにおいて”と
いう如来が、釈尊であるとすると、釈尊が説かれるのは当然、正法にきまっているので
あるから、わざわざ、”正法においてへとことわる必要はないはずである。どうもおか
如来の現形のホトケLということばがある。
しい。
このように、あれこれ考えているうち、最後に、
「これはだめだ」
と投げ出さざるを得ない致命的な難点にゆきあたったのである。
それはなにか? ‘
一番目の、。如来のみもとにおいて″という項目である。
この、如来、というのは、釈尊でないことは明らかである。
釈尊が、ここでいう如来なら、いまのべたように、わざわざ。正法において”などと
おっしゃるはずがない。だからこの如来は、釈尊以外の如来ということになる。
すると、この如来は、どの如来なのか?
如来といえば、どこのお寺でも、一体や二体の如来をおまつりしている。しかし、そ
れは「如来」そのものではなく、如来の像である。如来像は、いまさらいうまでもな
く、如来そのものではない。如来の模型にすぎない。如来の模型ではない如来そのもの
を、さがさねばならぬ。
しかし、いまの世に、自称如来はべつとして、真正の如来がいらっしゃるはずはない
のである。
「これはだめだL
わたくしは、落胆その極に達したのである。
ところが-J、
思いがけなくも、この如来が、突如、おすがたをあらわされたのである。
どんなホトケか?
法爾とは自然のまま、自然そのものの、という意味。無作とは、作られたものではな
い、という意味で、要するに、「作りものではない自然のままの生きたホトケLという
意味である。ホトケが、なにかの物によってそのすがたをあらわすことである。あらわ
すといっても、特定の人間だけが見るというのではなく、だれの目にもそれとわかるよ
うにすがたをあらわすのでなければ、意味がない。
わたくしは、むかし、この法爾無作のホトケという仏教用語を目にしたとき、かるい
興奮をおぼえた。そんなことがじっさいにあり得るのだろうかと思った。わたくしたち
が目にし、おがむホトケは、すべて人の手になる作りものである。どんな名匠の手にな
ろうとも、どんな高価なものであろうとも、しょせん、人の手によって作られたもので
ある。それは、ホトケそのものではない。要するにホトケの模型である。密教の修行で
は、「観想」といって、いろいろなホトケの尊形をこころの中に想いうかべて瞑想する。
しかし、それらもまた、経典や儀軌を読んで想像するだけである。
もしも、じっさいに生きた存在としてのホトケーー法爾無作のホトケがおすがたをあ
らわし、それをおがむことができたら、なんとすばらしいことかと、わたくしはこころ
おどらせたものである。 }
その後、密教の荒行中、何度かホトケのおすがたを目にし、そのお声を耳にしたこと
がある。しかし、それは、荒行中という一種の極限状態における幻影、幻聴であったか
も知れず、法爾無作のホトケの出現とはいえないのである。
そんな奇蹟はあるはずなく、法爾無作のホトケとはただコトバの上だけの存在であ
る、そうわたくしは思っていた。
ところがI、
その奇蹟があらわれたのである。
昭和五十四年二月四日、それは阿含宗創建の翌年のことであった。
京都東山花山の、総本山道場建立予定地において、「節分星まつり大柴燈護摩供」奉
修中、一陣の霊気が結界内を走ったかと思うと、突然、焚き上げている大護摩の火炎
が、巨大なホトケのご尊体と変わったのである。
その炎の高さは、およそ六、七メートル、それまで、風速七、八メートルの山風に、
右に左に大きくゆれていた火炎が、一瞬、ピタリと静止したかと思うと、突如、如来の
おすがたをあらわしたのである。
その寸前、修法中のわたくしは、思わず、あ! と思ったのである。というのは、そ
のとき、燃えあがっている火炎の火のいろが、一瞬、変わったからである。それまでの
赤みを帯びたふつうの火の色が、輝くばかりの黄金色となったのである。あ! と思っ
たつぎの刹那、火炎がピタリと静止し、巨大なホトケの尊形となった。……次の瞬間、
火はもとのいろにもどり、ごう″と吹く山風に大きく揺れ、なびいていた。その間、お
よそ二、三秒、わたくしは、残念だと思った。結界内にはおよそI〇〇人を越す山伏が
厳修中であり、結界の外にはおよそ一万人ちかくの参詣者が、お護摩の火をおがんでい
る。しかし、いずれも霊眼を持たぬ悲しさ、おそらくこのホトケを、それと拝した者は
一人もおるまい。まさしく法爾無作のホトケと確信するが、拝したのはわたくしI’人と
いうのでは、どうにもならない。心から残念だなと思った。
修法が終わって道場に帰り、ご霊示を仰いだ。
「われは応供の如来である。供養を受けるぞL
というご霊示がさがった。この経緯は、昭和五十四年十二月発行の『修行者座右宝
鑑』(阿含宗総本山出版局)その他にくわしくのべているので、ここでははぶくが、要す
るに、「応供の如来」とは、「(信者の)供養を受けて、その供養を功徳として(信者に)
返すLという意味である(如来の十号参照)。わたくしは、その瞬間、この総本山建立
地が霊界と直結した霊地となったことを確信した。しかし、わたくしは、これを一部の
幹部の者のみに伝えるにとどめた。ご霊体を拝さぬ者にいっても仕方ないと思ったから
である。
ところが、数日後、当日の修行者の一人が、
「これは霊写真ではないでしょうか」
といって一葉の写真を届けてきたのである。一見して、わたくしは、息を呑んだ。ま
さしく、あの刹那、わたくしが拝した法爾無作の如来のおすがたである。その黄金色に
かがやく色も、かたちも、寸分ちがわない。わたくしは思わず、おしいただいた。
「如来の現形……L
わたくしはつぶやいた。
現形、ということばがある。おもに神道のほうのことばだが、仏教のほうでも使う。
カミ、ホトケが、その、ヵQZ Sホトケご自身の意志によってすがたをあらわし、その
おすがたをとどめるのである。これを現形という。これは、だれか一人がそのおすがた
を目にしたというのでは現形とはいわない。万人、だれでもそのおすがたを拝せるよ
う、すがたかたちをとどめなければいけないのである。神道のほうでは、石、樹木、
剣、ときには一つの山そのものがカミのすがたを現形することがある。三輪山(奈良)
などは、山そのものがカミの現形として有名である。
この霊写真は、まさしく、法爾無作の如来の現形であった。如来が、如来のご意志
で、密教の護摩の火という、最も清浄なる仏法の火をもってわがすがたを荘厳され、フ
イルムにそのおすがたをとどめさせられたのである。なんという奇蹟であろうか。わた
くしの胸は、ただ感激にふるえるのみであった。そして、なんのためにこの如来の現形
があったのか、その真の意義にはまだ気がつかなかったのである。まさか、この現形の
如来が、そのむかし、わたくしがあれほど一心にさがし求めたあの三供養品の如来であ
ったとは、まったく気がつかなかったのである。
そのことにわたくしが気づいたのは、その翌年、インドの仏蹟巡拝の旅から帰っての
ことであった。
サヘトーマヘト、あの祇園精舎の遺跡(奇しくも三供養品が講ぜられた舎衛国祇樹給
孤独園である)で、わたくしは、ほとけの強烈な霊的洗礼を浴びた。(『一九九九年カル
マと霊障からの脱出』平河出版社参照)
帰国して、最初の護摩を修したとき、わたくしは、修法壇の上で、それとおなじバイ
プレーションを感じたのである。その刹那、なんの脈絡もなく、ぱっと念頭に浮かんだ
のが、十年も前に捨て去り忘れ去っていたあの三供養品の経典であった。
「そうか
わたくしは、護摩を修しつつ、心の中で叫んでいた。
このほとけだ。この如来が、三供養品の、生ける如来であったのだ。あの三供養品の
釈尊のおことばは真実であり、いまここに出現した如来のみもとにおいて功徳を積むこ
とが、末法の世である現代唯一の成仏法であることをお示しになったのだ、そのために
この如来は出現されたのだ、一瞬のうちに、それがわかったのである。
ただたんに奇蹟をあらわすために如来は出現されたのではないのだ。末世成仏の本尊
として出現されたのだ。
キリスト教では、「キリストの復活という奇蹟があった。
この如来の出現は、決して単なる現形ではないのだ。これは「仏陀の復活」-いなのだ。
キリストの復活に比すべき現代の奇蹟である。仏界において、時間と空間を越えて仏陀
は生きつづけている。そしていま、仏教の危機、世界の危機に際して復活されたのであ
一瞬のうちに、わたくしはさとったのである。
聖者への飛躍
わたくしがなによりも感激し、かつうれしかったのは、わが阿含宗が正法を行ずる教
団であることを、ほとけさまによって証明されたことである。
阿含宗と、桐山靖雄にたいする批判は、さまざまなかたちでおこなわれ、時に、それ
は、批判という範囲を越えて、卑劣きわまる中傷・廃膀というところまできている。
あたまから、邪師、邪教よばわりである。わたくしはひたすら、それに耐えて、努力
に努力をかさねてきた。わたくしの説くところ、わたくしのおこなうところ、ぜったい
に正しいという信念があったからである。
しかし、ときに、一沫の不安の生ずることもないことはなかった。ほんとうにおれは
正しいのだろうか? ほとけさまの前にぬかずいて、考えに沈むことI時にあった。
だがI-I、如来が、正法であることを証明してくださったのである。
釈尊のおことばの第一の項目、’如来のみもとにおいて’はすでに実現した。この復
活した如来こそ、この如来であったのだ。
第二の項目、”正法において″は、この如来の出現した阿含宗こそ、正法を行ずる教
団であることの証明そのものではないか。
古来、幾多の祖師・開祖があらわれたが、ほとけさまがおすがたをあらわして、正師
・正法であることの証明をなされたということは、ほとんど聞かない。(伝説のたぐいは
別として)
人間どもがなにをわめこうと、ほとけさまの証明にはかなわないのである。わたくし
にとって、この”証明仏の現形”ほど、ありがたく、かつ、うれしいものはないのである。
さて、第三の項目、”聖衆において”についてのべよう。
聖衆とは、聖なるグループ、という意味である。正法を説く聖師と、それを行ずる聖
なる弟子たちの集
い、つまり、教団のことである。
釈尊が、わざわざ、。聖衆において”と説かれたのはどういうわけかと、その意義に
ついて考えてみると、たいへん重大な意味のあることがわかるのである。
わたくしは、さきに、「成仏法を持つことの意義」(~`ページ参照)で、成仏法を持つこ
とが、どんなに重要なことであるかを、つぎのように説明した。
成仏法を持つことが、どんなに重要なことであるか。その意義をご存じであろう
か。
成仏法を持つたからといって、もちろん、そうかんたんに完全成仏できるという
ものではない。しかし、最も重要なことは、成仏法を持った瞬間から、仏界に通ず
る「縁」が生ずるのである。これは筆舌につくしがたいほど貴重なものである。
成仏法を持たなければ、どんなに修行しても仏界には行かれない。なぜならば、
成仏法を持つことにより、はじめて、われわれは仏界に縁ができるのであって、成
仏法がなければ、最初から最後までまったくぷ」縁がない”のである。
成仏法を持つと、ただちに仏界に縁が生じ、仏界の加護をうけて、わが身、わが
家が霊的にきよめられ、高められて、やがて必ず仏界に到達するのである。道が通
ずる成仏法がないと、これができない。
と。
まず、成仏法を持つ聖なるグループに入って、仏界にご縁を持つことである。それが
なによりも大切なのだ。生ける如来にご縁をつなぐことである。そのことがすでに仏道
修行であり、成仏法の第一歩なのである。
釈尊が、″聖衆において”とおっしゃった意義は、ここにあるのである。まず、あな
たは、聖なるクルー・プ、聖衆の一員になることである。その瞬間から、あなたは仏界に
縁が生ずる。そこから、あなたの聖なる向上・因縁解脱がはじまるのである。
さいごに、『正像末三時正法経』と、この経との関連についてのべておきたい。
まず、し阿含宗が、なぜ、このお経を末世成仏のお経とするかというと、これまでもの
べてきた通り、どの観点からながめてみても、現代は末法の時代といわざるを得ない。
ひとびとの生活レベルは向上し、物質科学の知識は豊富である。しかし、精神的、霊的
には極度に堕落しており、釈尊の道品法・成仏法など、とうていストレートに修行でき
るレベルではない。
‐道品法の修行で、成仏にいたる階梯は四段階ある。
このうち、最もむずかしいのは、第一の段階である須陀逼であるといっていい。
ほんとうに最もむずかしいのは、阿羅漢である。なにしろ、仏陀そのものになるのだ
から、阿羅漢になるのがいちばんむずかしいのは当然である。
しかし、わたくしは、それを承知で、あえて、須陀逼がもっともむずかしい、という
のである。なぜならば、須陀厄というのは、もう聖者の領域に入っているのである。凡
夫が聖者になる、この第一段階の飛躍がむずかしいのである。凡夫と聖者は、連続した
線ではないのだ。大きな断層を一つ飛び越さねばならぬのだ。それがむずかしいのであ
る。凡夫というこちらの岸から、聖者という向こう側の高い岸に、飛躍しなければなら
ぬ、凡夫にとってはじめての経験である。
須陀原になってしまえば、あとは阿那含まで連続している。阿那含から阿羅漢には、
もう一度、大飛躍が必要とされるが、これは時間の問題である。
いちばんむずかしいのは、凡夫が須陀厄になることだ。
自分の修行体験で、わたくしはそう思う。
ところが、この経典では、如来への功徳の行で、阿那含にまで到達できるのである。
阿那含からは、『正法経』に説く、念処・正勤・如意足・根・力・覚・道の成仏法に
よって、阿羅漢への道をたどることになる。
これはなによりも福音である。末法時代の衆生にとって、これ以上の福音はない。
わたくしは、世のひとすべてを須陀逼にしたい。これがわたくしの誓願である。そし
てそれはまた釈尊の念願でもあったのではなかろうか。さればこそ、この末法の時代、
釈尊のそのおこころが如来となって出現され、末世成仏の法を説かせ給うたのであろ
う。それはまた、末法の衆生への警告である。如来の警告と福音、これがこの経の本旨
である。