絶望を断ち切る二つの奇蹟
さて、説者よ、ここでわたくしの誓願を聞いていただきたいのである。
わたくしの誓願――それは全人類を陀の聖者にすることである。この世界がきよめられた
聖者でみたされたとき、この世の中はまさしく、きよめられた浄土になる。
なんという楽がもないことを、と、そうあなたはおっしゃるか。そんなことはユメのまたユメと一笑にふされるか。もちろん、わたくしも十分それは知っている。しかし、そのユメの実現の ためにこそ、シャカがあらわれたのではなかったか? そしてまたそのユメの実現のために、過 おどれほどの天才たちがいのちをかけてきたことか。わたくしもまたシャカの弟子の一人とし て、このユメにいのちをかけるのである。
わたくしはかつて『密教・超能力の秘密』で、こうのべた。
「このとき、ここに、ヒトを改造し、社会機構を一変させる技術がある。この技術は、ふる社会をすべて解体し、そこから生まれるあたらしい文明は、次元をひとつ越えるだろ う。この技術によってのみ、世界はよみがえり、この革命だけが全人類を破滅から歌う。 若ものよ。
君たちはなぜこれに視線を向けぬのだ。 なぜ、君たちおものよ。
ちちをすべて解体し、そこから生まれるあたらしい文明にどうなひとではええで この用によってのみ、世界はよみがえり、この革命だけが全人類を破滅から救う。
君たちはなぜこれに視線を向けぬのだ。
をたぎらせぬのだ」 なぜ、君たちは、この、地上いまだかつて比類なき壮大にしてドラマチックな革命に情熱
そして十年。わたくしは情熱をたぎらせてきた。いのちをかけて逃してきた。
その情熱はつねにむなしさと絶望をともなっていた。
そうではない。不然不才の身の、再力のほどは最初からわかっている。
いわば一〇年をとして祭りものの時間を生き、しかも情況が刻一刻と最終的 島にむかっている”というケスーターのことばを待つまでもなく、いま人類はまさしく秒
だがよみのいのちを生きつつある。過去の天才たちのように。ただべスト ンをわたしてゆけばよいというのではないのだ。次の世代? 次の世代 させるためにこそ、いま、ベストを尽くしているのだが、時間がない!!ついに、人類はこのまま破滅をむかえるのか?
とわたくしは思うのだ。
それならばなぜ、ホトケはわたくしに「成仏法」を世に出させたのか! 時点で、なぜ、ホトケはわたくしに「成仏法」の存在を教えたのか?
われるあかしではないのか?
この、人類のいのちともいうべき「成仏法」が、小栗といういわれ直 目からかくされてきたのは、それこそがホトケの意志だったのではないの そ、手アカのつかぬ新鮮さとおどろきをもって、いま、人類の前にすがた たのだ。ギリギリの時期まで、ホトケはこれを隠していた!
どの経典も手アカにまみれ、俗具におおわれ、それらがすでに過去の役 真の「成仏法」をしるした「阿含経」はブッグの手からそのまま人類に手 って世に出てきた。
人類は、ギリギリの時点で救われる! これがそのあかしではないのか?
そうひそかにわたくしは考え――、しかしまた、つねにくらい予感と絶望にゆれていた。
その絶望を断ち切るふたつの奇蹟が起きたのである。
ひとつは、「無作のホトケ」の現形、もうひとつは、サヘト・マへトにおける「王者の」
―あのバイブレーションであった。
「法雨無作のホトク」の現形
「空のホトケ」とはなにか?
とは、そのものの、という意味、無作とは、作られたものではない、という意味で、 写するに 「作りものではない自然のままの生きたホトケ」という意味である。悪釈とは、カミ・人前だけ見るというのではなく、だれの目にもそなどわかるようにすがたをあらわすのでなけ れば、形とはいえないのである。
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