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不動明王(ふどうみょうおう

不動明王(ふどうみょうおう、: अचलनाथacalanātha[2])は、仏教の信仰対象であり、密教特有の尊格である明王の一尊。大日如来の化身とも言われる。また、五大明王の中心となる明王でもある。

 

不動明王

破壊と再生を司り、悪を滅する

不動明王(ふどうみょうおう)とは?

語源は「動かない守護者」を意味し、インド神話のシヴァ神の別名です。シヴァは暴風雨の威力を神格化したもので、破壊的な災害を起こす半面、雨によって植物を育てます。その破壊と恵みの相反する面は不動明王にも受け継がれているのです。不動明王は仏法の障害となるものに対しては怒りを持って屈服させますが、仏道に入った修行者には常に守護をして見守ります。

 

大日如来の化身として、どんな悪人でも仏道に導くという心の決意をあらわした姿だとされています。特に日本で信仰が広がり、お不動様の名前で親しまれています。そして、五大明王の中心的存在です。五大明王とは、不動明王を中心に降三世明王(ごうざんぜみょうおう)・軍荼利明王(ぐんだりみょうおう)・大威徳明王(だいいとくみょうおう)・金剛夜叉明王(こんごうやしゃみょうおう)の5体のことを指し、不動を中心に東西南北に配されます。不動明王の脇侍として八大童子のうちの矜迦羅(こんがら)・制多迦(せいたか)の2童子が配されることも多いです。ちなみに不動明王の持っている龍が巻きついている炎の剣が単独で祀られている場合があります。不動明王の化身とされ、倶利伽羅竜王(くりからりゅうおう)などと呼ばれています。

ご利益

除災招福、戦勝、悪魔退散、修行者守護、厄除災難、国家安泰、現世利益のご利益があるとされる。また、酉年生まれ守り本尊です。酉年に生まれた人々の開運、厄除け、祈願成就を助けるといわれています。

不動明王(ふどうみょうおう)の像容

背の低い、ちょっと太めの童子型の造形が多く、怒りの表情をしています。目は天地眼(てんちげん)といって右目を天に向けて左目を地に向けていますよ。口は牙上下出といって右の牙を上に出して左の牙を下に出しています。炎の光背を背にし、手には剣と羂索(けんじゃく)を持っています。剣は大日如来の智慧の鋭さを表現しています。羂索とは煩悩を縛り悪の心を改心させる捕縛用の縄のことです。

千手観音(せんじゅかんのん

千手観音(せんじゅかんのん、: सहस्रभुज、[sahasrabhuja]、サハスラブジャ)は、仏教における信仰対象である菩薩の一尊。

 

「サハスラブジャ」とは「千の手」あるいは「千の手を持つもの」の意味である。

 

 

千手観音

千の手と千の目で一切の衆生を救う観音菩薩

千手観音(せんじゅかんのん)とは?

別名 千手千眼観自在菩薩(せんじゅせんげんかんじざいぼさつ)とも言い、生きとし生けるものすべてを漏らさず救う、大いなる慈悲を表現する菩薩です。千の手と手のひらの千の眼によって悩み苦しむ衆生を見つけては手を差し伸べる広大無限な功徳と慈悲から「大悲観音」、または観音の王を意味する「蓮華王」とも称されます。阿修羅や金剛力士などが属する二十八部衆を配下とします。

 

観音の中でも功徳が大きく、観音の中の王という意味で「蓮華王」と呼ばれることもあります。阿修羅や金剛力士などの二十八部衆を配下にしています。また六観音の一つに数えられ餓鬼道に迷う人々を救うといわれています。

ご利益

災難除け、延命、病気治癒などあらゆる現世利益を網羅し、特に夫婦円満、恋愛成就に功徳があるとされています。子年の守り本尊でもあり、子年生まれの人の開運、厄除け、祈願成就を助けるとされます。

千手観音(せんじゅかんのん)の像容

十一面四十二臂(ひ)で表されることが多く、四十二本の手のうち四十本それぞれが二十五の世界を救うことを示します。手には宝剣、髑髏杖、水瓶など実に様ざまな持物(じもつ)を持ち、多種多様な徳を表しています。

  観自在菩薩 アールヤアヴァローキテーシュヴァ  Aryavalokitesvar   観自在菩 Aryavalokitesvar a)

 

梵名を、アールヤアヴァローキテーシュヴァラ (Aryavalokitesvara) といい、観自在菩薩ともいい ます。一般には「観音さま」と呼ばれ、菩薩の中 では最も親しまれてきました。

救いを求める相手によって、さまざまな姿に身 を変えてあらわれ、大慈悲とすぐれた智慧で人び との苦しみを除き、さらに切なる願いもかなえて くれる仏です。観音菩薩を信仰する人は、自分の 身近にいる人にその化身を感じ、利益にあずかる ことができるとされています。

観音菩薩は姿を変えて(変化観音)衆生の願い にこたえてくれますが、変化しない本来の形を聖 観音といいます。ふつう「観音」という場合は、 この聖観音をさします。 勢至菩薩とともに、阿弥陀如来の脇侍をつとめます。

 

黄楊彫刻『聖観音菩薩像』

魚籃観音(ぎょらんかんのん)は、三十三観音に数えられる観音菩薩の一つ[1]中国で生まれた観音の一つで、同じ三十三観音のひとつである馬郎婦観音(めろうふかんのん)と同体ともされる。

 

中国の時代、を扱う美女がおり、観音経金剛経法華経を暗誦する者を探し、めでたくこの3つの経典を暗誦する者と結婚したがまもなく没してしまった。この女性は、法華経を広めるために現れた観音とされ、以後、馬郎婦観音(魚籃観音)として信仰されるようになったという。この観音を念ずれば、羅刹・毒龍・悪鬼の害を除くことを得るとされ、日本では中世以降に厚く信仰された[1]

形象は、一面二臂で魚籃(魚を入れる籠)を持つものや、大きな魚の上に立つものなどがある。

 

His Sanskrit name is Aryavalokitesvara, also known as Avalokitesvara Bodhisattva. It is generally called “Kannon-sama” and has been the most beloved of the bodhisattvas.

He is a Buddha who appears in various forms according to the person to whom he seeks salvation, relieves people of their suffering with great compassion and superior wisdom, and even fulfills their earnest wishes. Those who believe in Kannon Bodhisattva are said to be able to feel the incarnation of those close to them and benefit from him.

Kannon Bodhisattva changes his appearance (transformation Kannon) to answer the wishes of sentient beings, but the original form that does not change is called Holy Kannon. When people usually say “Kannon”, they refer to this Sho Kannon. Together with Seishi Bodhisattva, he serves as Amida Nyorai’s side attendant.

 

Gyoran Kannon is one of the 33 Kannon Bodhisattvas[1]. It is one of the Kannons that originated in China, and is considered to be the same as Meroufukannon, who is also one of the thirty-three Kannons.

 

In the Tang dynasty of China, there was a beautiful woman who handled fish, and she searched for someone who could recite the Guanyin Sutra, the Kongo Sutra, and the Lotus Sutra. It’s gone. This woman was believed to be Kannon who appeared to spread the Lotus Sutra, and she is said to have come to be worshiped as Maroufu Kannon (Gyoran Kannon). It is said that if you pray to this Kannon, you can get rid of the harm of Rasetsu, poisonous dragons, and evil spirits, and it has been deeply worshiped in Japan since the Middle Ages[1].

The figure includes one with one face and two arms and a fish bowl (a basket for holding fish), and one standing on top of a large fish.

『ホロン革命』

 

 

 

 

ヒトは脳に「霊性」の部位を持つ

「では、いよいよ本論に入りましょう。 ケストラーはこう言っています」

K氏は『ホロン革命』のページをひらいた。

・・・・・・ホモ・サピエンスは進化論に適合しない病に冒された異常な生物種で、人類の過 去の記録をみても、また現代の脳科学からいっても、ホモ・サピエンスが最後の爆発段階に 達したある時点で何かに狂いが生じたことは、そしてもともと人間の体には(もっと具体的に 言えば、神経回路には) 致命的な工学上の欠陥が誤って組み込まれ、それがために人類の妄想 傾向が歴史を通して脈々と流れていることは、否定すべくもない。これは恐ろしくも当然の 仮定であり、人間の条件を真摯に追求しようとすれば、これから目をそらすことはできない」

「ゆえに、『種』として絶滅するのだ、といっております。

桐山先生は、これにたいしてどうお考えですか?

人間はケストラーのいうように、脳に致命的な設計ミスを持った異常な生物種であるとお考え になりますか?」

「いや、わたくしはそう思いません。設計はほとんど完全に近かったと思います」

すると、設計は完全に近かったが、設計通りに進行しなかったということですか?」

そうです。ですから、 ケストラー自身もいっているように、もう一つのほうの推理、『ホモ・ サピエンスが最後の爆発的段階に達したある時点で何かに狂いが生じたことは』といっているの が正しいのです。設計ミスではなかった。設計はほとんど完全だったが、進化の途中で方向が狂 ってしまったのです。わたくしは、すでに、それを『密教・超能力の秘密』で指摘しています」 「具体的にお示しください」

 

  1. 社会的な狂い:ホモ・サピエンスが社会的な組織化を進めた段階で、競争や紛争、権力闘争などの問題が生じた可能性があります。社会の複雑さが増すにつれて、個々の利益や欲望が対立し、社会全体に混乱をもたらすことがあったかもしれません。
  2. 環境への狂い:人類が自然環境を変化させ、生態系に大きな影響を与えるようになった段階で、環境への負荷が増加し、生態系のバランスに乱れが生じた可能性があります。例えば、農業の拡大による森林伐採や土地の過剰利用、化石燃料の使用による気候変動などが考えられます。
  3. 心理的な狂い:知識や技術の進歩によって、人々の生活が大きく変わった段階で、心理的なストレスや不安が増加した可能性があります。例えば、都市化やデジタル化による孤立や情報過多、社会的なつながりの喪失などが挙げられます

 

 

「人間は脳に霊性の部位を持っているのです。これはそのように設計されているのです。だか ら、この部位がその設計の通りに活動していたら、人類は、 ケストラーのいうように「狂気」の 症状をあらわさなかったでしょう。 したがって、いまのような破滅に直面するようなことにはな らなかったのです。 この部位が進化の途中で閉鎖されてしまった。そのために、人類は、超 人になってしまったのです」

 

「ふうむ、これはおどろくべき発想ですね」

「発想じゃないのです。事実なのです」

「その霊性の部位とはどこですか?」

 

「大脳の最も中心である間脳の視床下部です。 このいちばん奥に、その部位があります。 ただし、これがはたらくためには、そのすぐそばにある松果腺という内分泌腺の特殊なはたらきが必

「それは大脳生理学者の説ですか?」

「いいえ、そうじゃありません。わたくしの修行体験による発見です。インドのクンダリニー・ ヨーガ、チベット密教の修行などを参考に、わたくしが把握したものです。脳生理学はまだそこ まで到達しておりません。 ただし、アメリカのホルモン分泌学の権威J・D・ラドクリフという 学者は、その著書『人体の驚異』(小学館)の中で、おもしろいことを言っております。 「その機能がようやくわかりかけてきた松果腺は、脳の下側にくっついている小さな毬果 の腺で、人間が原始時代の祖先から受けついできた第三の目の残跡と推定されている』 というのです。

 

視床下部は、脳の最も中心に位置する間脳の一部です。間脳は、脳の中心部に位置し、大脳と脳幹をつなぐ重要な構造です。視床下部は間脳の下部に位置し、さまざまな重要な機能を調節する役割を果たしています。

視床下部には多くの核が含まれており、それぞれが異なる機能を担当しています。以下に、視床下部の主な機能とその核の一部を挙げます。

  1. 内分泌(ホルモン)の調節: 視床下部の一部の核は、下垂体と連携してホルモンの分泌を調節します。例えば、視床下部前部の下垂体接合部核は、ホルモンの放出を制御するために下垂体にシグナルを送ります。
  2. 自律神経の調節: 視床下部の一部の核は、自律神経系の調節に関与しています。例えば、視床下部前部の視床下部下側部核は、自律神経系の交感神経活動を調節します。
  3. 食欲・摂食行動の調節: 視床下部の一部の核は、食欲や摂食行動の制御に関与しています。例えば、視床下部後部の視床下部外側核は、摂食中枢として知られ、食欲や摂食行動の調節に関与します。
  4. 感情と記憶の調節: 視床下部は感情と記憶の制御にも関与しています。例えば、視床下部中心前核は、情動の調節に関与し、記憶の形成やストレス応答に関連する役割を果たしています。

これらは一部の例であり、視床下部は多くの機能を持っています。視床下部の核は相互につながり、複雑な神経回路を形成しています。これにより、視床下部は多様な身体機能や行動の調節に重要な役割を果たしています。

 

 

第三の目というのをご存じですか?」

ざんせき

ずうっと以前に、そういう題名の本を読んだことがあります。 なんとかいう英国人が、チベッ

トでラマ僧について密教の修行をし、眉間のあいだに、四次元世界や霊界を見ることのできる第 三の目を持ったという内容で、ベストセラーになりましたね。もうほとんど内容を記憶しており ませんが、読んだおぼえがあります」

「そうですか、わたくしは、『密教・超能力の秘密』で、このラトクリフの文章を引用して、こ うのべております、『第三の目とホルモン」という章で、

おそらく、ひとは、「第三の目」などというと、いかにも空想的な、馬鹿々々しいことの ように思うかも知れない。 しかし、ヒトは、たしかに第三の目を持っていたのである。い や、げんに持っているのだ。 人間のからだのなかで最も重要なはたらきをする内分泌腺をく わしくしらべてゆくと、それがはっきりしてくるのである。

ヒトはまさしく第三の目を持ち、しかもそれは、J・D・ラドクリフのいうように“残 “ではなく、いまでも、活用すれば、実際に“見る”ことすら可能なのである。 最近の科 学の実験がそれを証明している。その最近の実験を紹介する前に、ひとつ、この不思議なは たらきをする内分泌腺というものを、もう少しくわしく調べてみようではないから

と、こうのべております」

その第三の目が、つまり、先生のおっしゃる霊性の部位というわけですか?」

「いや、ちょっとちがいます。密接な関係はあるが、ちょっとちがいます。 第三の目は、ラトクリ

きゆうみけい

「なるほど」

「ふうむ」

れんけい

「なるほど」

フのいうように、松果腺です。 わたくしのいう霊性の場は、それよりすこし深部の視床下部です」 「それはどうちがうのですか?」

「それは、ひと口でいうと、第三の目というのは、霊的次元のさまざまな現象を知覚し、見聞す る能力を持つ目、といったらよいでしょう。 視床下部のほうはそれを動かす 『場』です。それは つまり、いまわれわれが持つ普通の目と脳との関係にあると思ったらよいでしょう」

「視床下部がなぜ霊性の『場』であるかについて、わたくしは、『密教・超能力の秘密』で、脳 生理学とホルモン分泌学と、酵素薬理学の三つの面から解明しています。 この視床下部が第三

目として活動するとき、人間は霊性を顕現するのです。その究極において、『密教・超能 力の秘密』でいっているように、カミ、ホトケにまで到達するのです。 人間は、知性・理性の場

ちゅうかん

かんのう

である新皮質と、本能の座である辺縁系の中間にある『脳』に、霊性の場を持っていたので す。これにより、人間はバランスがとれるのです。 ところが、この間脳にある霊性の場を、人間 は失ってしまった」

しかし、それを知っているひとたちがいた。その代表が、シャカです。 シャカは、『成仏法』 という名で、この霊性の場を再開発するシステムを完成した。 古代密教が、それを受けついだ」

「古代密教とおっしゃるのはどういうわけですか?」

後世の密教は、大乗仏教の影響をうけて、シャカがつたえたシステムを様式化してしまったの です。まったくちがったものにしてしまった」

しかし、仏像とか、仏画とかは、古代密教の表象をそのままつたえています。密教の仏像の多 くが、第三の目を持っているのはこのためです」

「あの、のところにある目ですね?」

けいしゅら

そうです。その密教の代表ともいうべき仏像が、摩醯首羅です。 これは、梵語の mahōsuvara

(マーシュバラ)を音写したもので、これを「大自在天』と漢訳し、宇宙の大主宰神とされて おります。眉間に第三の目があって、合計、三つの目を持っています。われわれは、目が二つで す。その二つの目の一つは、辺縁系の脳に通ずる目であり、もう一つは新皮質の脳に通ずる目 で、この二つが一対になって、現象世界 (物質世界)を見るのです。このほかに、じつはもう一 つの目があった。それは間脳の視床下部の脳に通ずる霊性の目で、霊的世界を見る目です。 こ れ が、第三の目とよばれるものなのです」

「で、その第三の目が、『残跡』となると同時に、先生のおっしゃる霊性の『場』もはたらかな くなってしまったということですか?」

ヒトは脳に「霊性」の部位を持つ

「そうですね、しかし、それは、霊性の『場』が閉ざされてはたらかなくなってしまったから、

ざんこん

第三の目もはたらかなくなって、たんなる『残

』になってしまったのだともいえるでしょう。

うみんかんけい

「ふうむ」

「しかし」

要するに、密接な相関関係にあるものですから」

K氏はしばらく考えこんでいたが、

小首をかしげた。

「なぜ人間は、その霊性の『場』を失ってしまったのですか? 退化、とは考えられませんね

え。人間の精神活動は原始時代から非常なスピードで進化し、進歩しているわけですから、退化 などとは考えられない」

「その理由ですか?」

とわたくしは言った。

「第三の目」はなぜ消えてしまったか?

「第三の目が閉じられてしまったのには、もちろん、大きな理由があります。 わたくしのいう霊 性の『場』は、間脳の視床下部にありますが、それは、要するに、物質的な欲望や本能を制御 し、時には否定して、より崇高なるものにあこがれる精神領域です。そういうと、それは新皮質 系の領域じゃないかといわれるかも知れません。 そうじゃないのです。新皮質系の知性は、神を考え (分析し演釈する)、仏を理解しようとするものですが、霊性は、神と一体になり、仏と同化しようとする性です。 明らかに新皮質系のものとはちがうのです。新皮質が生む知性は、 時実博士の表現によれば「より良く生きる」ことと、「より高く生きる』 (六四ページ挿図参照)ことを目ざします。 そのための創造行動をいとなみます。その結果、どうい うものが生み出されたかといいますと、精神的には、哲学 (および倫理・道徳)、物質的には科 学と技術です。 ことばを変えていうと、より良く生きる』 が科学と技術を生み出し、「より 高く生きる』が哲学・倫理を生み出した。ところが、哲学・倫理はいままったく行きづまって、 人類がいまかかえる問題に、大声で警告は発するけれども、なんの答も出すことができない。

一方、新皮質の「より良く生きる』という目標は、より便利に』『より速く』の追求になって しまった。 ごらんなさい。 現代社会は、 新皮質文明であり、新皮質の産物ですが、 現代社会の目 標は、『より便利に』『より速く』がモットーでしょう。地球上のすべての企業が、それを目ざし 狂気のごとく活動しています。 それが結局は自分の首をしめることを新皮質は知りながら、正と聞いた。

めることができない。なぜならば、それをおしとどめる間脳のはたらき、霊性の『場』を、はるか以前に、新皮質自身が押さえこんでしまっていたのです」

「そんなことがあり得るのですか?」

「こういう現象は、大脳においてつねにおこなわれるものです。たとえば、動物が高等になるに つれて新皮質が発達してくるために、旧皮質はしだいに大脳半球の底面へ押しやられ、古皮質は 大脳半球内部へ押しこまれるようになります。これは大脳生理学の定説で、これとおなじ現象 が、人間の大脳においておこなわたのです。

新皮質は、それが人類の進歩と進化であり、平和と繁栄につながるのだという大義名分のもと に、 間脳を押さえこんでしまったのです。そういう理くつを考え出すのは、新皮質の得意ちゅう の得意ですから。

霊性とは物質的な欲望や本能を制御し、時には否定さえして、より崇高なるものにあこがれる 精神領域だと、さきにわたくしは申しましたが、そういうものは、新皮質の生み出す物質文化に ブレーキをかけるものです。考えようによっては、新皮質の敵といっていい。だから、新皮質は 全力をあげて、霊性の場を押しつぶしにかかった。 人間のすべての欲望 (大脳辺縁系)がこれに くわわった。これが、人間の『業』というものでしょう。

だから、知性と称するものは、霊性、霊的なものを、いまでも、迷信といって敵視するでしょ

う。知性の持ちだと自称するひとたちが、『霊』ということばを聞くと、たちまち歯をむき 出して噛みついてくるのは、そのためです」

「ははは、なるほど、なるほど」

K氏は大声で笑ったが、

「それはつまり、新皮質脳が開脳を押しつぶしてしまったのは、人類の歴史で、いつごろの ことでしょうか?」

知性(新皮質脳)と霊性(間脳)が

一時に花ひらいた時代

わたくしは、逆にK氏に質問した。

「といいますと?」

「K先生は、さきほど、人間の精神活動は原始時代から非常なスピードをもって、進化し、進歩 してきたとおっしゃいましたが、はたしてそうでしょうか?」

「わたくしは、ずうっと古いある時代から、すこしも進歩していないのじゃないかと思うので

 

アージュニャー・チャクラ

 

 

アージュニャー・チャクラは、ヨーガやヒンドゥー教におけるチャクラ(エネルギー中心)の一つです。チャクラとは、身体の中に存在するエネルギーセンターであり、スピリチュアルなエネルギーが通過する場所とされています。

アージュニャー・チャクラは、サンスクリット語で「第三の目」という意味を持ちます。このチャクラは、額の間に位置し、眉間にあたる場所に存在します。アージュニャー・チャクラは、直感力、洞察力、知覚力、霊的な洞察力を司るとされています。

このチャクラは、ピンク色またはパープル色で表現されることがあります。ヨーガの実践や瞑想の中で、アージュニャー・チャクラを活性化することで、直感力を高め、内なる洞察やスピリチュアルな理解を深めることが期待されます。

アージュニャー・チャクラは、直感や洞察力の向上だけでなく、個人の自己認識や他のチャクラとのつながりも重要です。バランスの取れたチャクラシステムを持つことが、身体、心、精神の健康とスピリチュアルな成長に役立つとされています。

ただし、チャクラは宗教的な信仰やスピリチュアルな実践に関連しているため、個人の信念や文化によって解釈が異なることもあります。アージュニャー・チャクラや他のチャクラについて学ぶ場合は、信頼できる情報源や指導者からの正しい指導を求めることをおすすめします。

霊の障害

霊の障害(れいのしょうがい)とは、霊的な存在や超自然的な現象が原因で生じるさまざまな問題やトラブルを指す言葉です。これらの障害は、個人や場所における霊的な活動や交感、ネガティブなエネルギーの影響に関連していると信じられています。

一般的な霊の障害には、以下のようなものがあります:

  1. 悪霊や悪意のある霊の存在:悪霊や邪悪な霊的存在が人々や場所に取り憑いたり、干渉したりすることで問題を引き起こす場合があります。これには、霊的な攻撃や嫌な感覚、恐怖感、幻覚、悪夢などが含まれます。
  2. 呪いや過去世の影響:過去の出来事や関係性から引き継がれたエネルギーや呪いが、現在の人生に影響を与えることがあります。これにより、健康問題、経済的な困難、人間関係のトラブルなどが生じる場合があります。
  3. 霊的なブロックやエネルギーの不均衡:霊的な成長や進展において、ブロックやエネルギーの不均衡が生じることがあります。これにより、個人の感情や思考のパターン、行動、健康状態などに影響を与えることがあります。
  4. 場所や物件の霊的な影響:特定の場所や物件には、過去の出来事やエネルギーの影響が残っていることがあります。これにより、不気味な現象、幽霊の出現、不調和な雰囲気、異常な活動などが起こる場合があります。

霊の障害を解決するためには、専門的な霊的な助けを求めることが一般的です。宗教指導者、霊能者、霊的なカウンセラー、霊的な浄化を行う人など、様々な専門家が関与する場合があります。彼らは適切な対策や儀式を行い、霊的な存在やエネルギーの影

火の洗礼 baptism of fire

 

洗礼」とは、キリスト教の宗教儀式のひとつであり、信者が信仰を公に宣言し、神からの恩寵を受けるために行われる行為です。

洗礼は、一般的に水を用いて行われます。主に洗礼者(司祭や牧師など)が水を使って信者の頭部に注ぎ、特定の言葉や祈りを唱えながら行います。これにより、信者は罪から清められ、神の家族としての一員として受け入れられると考えられます。

洗礼は、キリスト教の主要な派閥(カトリック、プロテスタント、正教会など)において重要な儀式とされています。洗礼によって、信者はキリスト教教会の一員となり、キリストの教えに従うことを約束します。また、洗礼はキリスト教における初めての聖体拝領(コミュニオン)の条件ともなります。

洗礼は、個人が自発的に行う成人洗礼(大人の洗礼)と、幼児や赤ん坊が両親や教会の代理人によって行われる幼児洗礼の2つの形式があります。どちらの形式も信仰の契約を象徴するものであり、キリスト教の信仰体験において重要な意味を持っています。

ただし、宗教の実践や信仰においては、洗礼の意味や方法について異なる理解や実践が存在することを認識しておく必要があります。

 

 

Baptism is one of the religious ceremonies of Christianity, and it is an act performed by believers to publicly declare their faith and receive grace from God.

Baptism is generally done with water. Baptists (priests, pastors, etc.) use water and pour it over the head of the believer, while chanting certain words or prayers. It is believed that believers are cleansed from their sins and accepted as members of God’s family.

Baptism is an important ritual in all major Christian denominations (Catholic, Protestant, Orthodox, etc.). Baptism makes a believer a member of the Christian Church and a commitment to follow the teachings of Christ. Baptism is also a condition for the first communion in Christianity.

There are two forms of baptism: adult baptism (adult baptism), which is performed voluntarily by individuals, and infant baptism, which is performed by parents or church representatives on infants and babies. Both forms symbolize the covenant of faith and have important implications in the Christian faith experience.

However, it should be recognized that within religious practices and beliefs there are different understandings and practices of the meaning and method of baptism.

三の目(さんのめ)

 

 

三の目(さんのめ)は、一般的には人間の持つ二つの目に加えて、精神的な視点や直感、超感覚的な知識を象徴する、第三の目のことを指します。この概念は、東洋の宗教や哲学、スピリチュアリティなどでしばしば言及されます。

ヒンドゥー教や仏教などの東洋の宗教や哲学では、三の目は通常、内なる洞察や啓示、覚醒を表現するものとされています。一部の伝統では、これは直感や洞察力の源であり、物質的な世界だけでなく、霊的な次元や真理を見ることができると考えられています。

スピリチュアルなコンテキストでは、三の目は通常、霊的な成長や目覚め、インスピレーション、直感、洞察を意味します。これは、物質的な現実の向こう側にアクセスするための道具であり、より高い意識の状態に到達する手段とされています。

科学的な視点では、三の目は直接的な証拠に基づいたものではありませんが、脳の機能や意識の研究においては、視覚以外の知覚や洞察に関連する領域や能力が存在する可能性が指摘されています。ただし、三の目が具体的に存在するかどうかは科学的には証明されていないため、信仰やスピリチュアルなコンテキストにおいて使用されることが一般的です。

以上が、三の目について一般的に言われることですが、この概念は文化や信仰体系によって異なる解釈や意味合いを持つことがあります。

 

User
英語で
ChatGPT

The third eye, known as “San no Me” in Japanese, generally refers to a symbolic representation of a spiritual perspective, intuition, and extrasensory knowledge in addition to the two physical eyes. This concept is often mentioned in Eastern religions, philosophies, and spirituality.

In Hinduism and Buddhism, among other Eastern religions and philosophies, the third eye typically represents inner insight, revelation, and awakening. In some traditions, it is considered the source of intuition and insight, allowing one to see not only the material world but also spiritual dimensions and truths.

In a spiritual context, the third eye often signifies spiritual growth, awakening, inspiration, intuition, and insight. It is seen as a tool to access realms beyond the physical reality and to reach higher states of consciousness.

From a scientific perspective, the concept of the third eye is not based on direct evidence. However, studies of brain function and consciousness suggest the existence of areas and abilities related to perception and insight beyond visual perception. Nevertheless, the existence of the third eye has not been scientifically proven, and it is primarily used within the realms of faith and spirituality.

It’s worth noting that interpretations and meanings of the third eye may vary across different cultures and belief systems.

ゴマ  例祭


  • 5/27(土)、28(日)の2日間、北陸本部を発信道場として5月例祭が本部・各道場へ中継されます。
    また、土曜日は「稚内みどりスポーツパーク」で、
    日曜は「北見サテライト・ソレイユ網走・遠軽南町公民館」においてサテライト・ライブビューイングを行います。

今回は先日行われました「フィリピン大柴燈護摩供」速報映画が上映される予定です。
どうぞ周りの方もお誘い合わせの上、ご参拝ください。

なお、道場にお越しになれない方はライブ配信でもご覧いただけます。

■ライブ配信URL
★5/27(土) 12:50~
https://agon-live.com/r301
※再配信:当日18時から72時間

★5/28(日) 12:50~
https://agon-live.com/r302
※再配信:当日18時から72時間

【おしらせ】

フィリピン大柴燈護摩供は、神仏、開祖、そして皆様の祈りが集結し、大成功に終わりました。
皆様から、護摩木や開催基金など、大変多くのご供養をお寄せ頂いたことに、心から感謝と御礼を申し上げます。

次は、7月の関東別