おせつきょう
不動明王

ふどうみようわう
不動明王
梵名はアールケアチャラナータビジャヤラージ +(Aryacalanātha vijayaraja)といい、正式には不動威怒明王と呼びます。
諸仏は、つねにさまざまな手段をとって、わたしたち衆生をさとりの道へ歩ませようとします。 しかし、なかには、やさしさだけの慈悲では心を変えない、強情な衆生もいます。
こうした尋常な方法ではとうてい救済できないかたくなな衆生に対して、大日如来は叱りつけるという慈悲のかたちをとって教え導きます。このとき、大日如来は不動明王に変化し、忿怒の相をもってあらわれます。この忿怒は実は慈悲のきわみなのです。
四年生まれの守り本尊とされています。
不動明王真言
ろしゃだそわたやうんたらたかなうまくさまんだばさらだんせ
雜阿含経・応説経[全文]
如是我聞。一時仏住拘留国雑色牧牛聚落。爾時仏告諸比丘。我以
知見故。得諸漏尽。非不知見。云何以知見故。得諸漏尽。非不知
方便
見。謂此色此色集此色滅。此受想行識。此識集此識滅。不修
随顺成就。而用心求令我諸漏尽心得解脱。当知被比丘終不能得漏
尽解脱。所以者何、不修習故。不修習何等。謂不修習念処正動如
意足根力党道。梦如伏鶏生子衆多。不能随時蔭解消息冷暖。而欲
令子以背以爪啄卵自生安穩出設。当知被子無有自力堪能方便以背
以爪安微出設。所以者何。以被鶏母不能随時蔭餾冷暖長養子放。
她是比丘。不動修習随顺成就。而欲令得漏尽解脱。無有是処。所
以者何。不修習放。不修何等。謂不修念処正動如意足根力覚道。
吉比丘藤習成就者 不欲令編尽解脱。而被比丘自然漏尽。
解説。所以者何以修習、何所修習,謂修念処正動如意足
冷暖得所正復不欲令
子方便自隊卵出。然其諸子自能方便安穩出殼。所以者何。
以彼伏
鶏随時蔭餾冷暖得所故。如是比丘。善修方便。正復不欲漏尽解脱。
而被比丘自然漏尽。心得解脱。所以者何。以勤修習故。
何所修習。
謂修念処正勤如意足根力覚道。譬如巧師巧師弟子。手執斧柯。捉
之不已。漸漸微尽手指処現。然彼不觉斧柯微尽而尽処現。如是比
丘。精勤修習随顺成就。不自知見今日爾所漏尽。明日爾所漏尽。
然被比丘。知有漏尽。所以者何。以修習故。何所修習。謂修習念
処正勤如意足根力覚道。譬如大舶在於海辺。経夏六月風飄日暴。
藤綴漸断。如是比丘。精勤修習。随順成就。
漸得解脱。所以者何。善修習故。何所修習。
足根力覚道。說是法時六十比丘。不起諸漏。
已。諸比丘聞仏所說。
歓喜奉行
一切結縛使煩悩纏。
謂修習念処正勤如意
心得解脱。仏説此経
応説経の歌 Song of the Sutra of Appropriate Teaching 夕映えの森に 比丘らは座す
応説経の歌
Song of the Sutra of Appropriate Teaching
夕映えの森に 比丘らは座す
静けさに満ちて 師の声を待つ
やさしきまなざし 沈黙のあと
光はことばとなり 胸に響く
On mo shutta mani juntei abara jita tani tei sowaka
On Abilaunken Bazar Dato Bang
修めよ 念と道 心の力
ただ願うだけでは 自由は来ず
執着の綱は 少しずつ断たれ
やがて解脱の海へ 舟は漕ぎ出す
On mo shutta mani juntei abara jita tani tei sowaka
On Abilaunken Bazar Dato Bang
In the glow of dusk, the monks take their seats,
In silence they wait for the voice of their teacher.
With gentle gaze, after a pause of stillness,
His words shine forth, echoing in their hearts.
On mo shutta mani juntei abara jita tani tei sowaka
On Abilaunken Bazar Dato Bang
Cultivate mindfulness, the path, the power within.
Mere wishing alone will never bring freedom.
The cords of attachment are slowly undone,
And the ship sails forth into the sea of release.
On mo shutta mani juntei abara jita tani tei sowaka
On Abilaunken Bazar Dato Bang
『大舶の譬喩』──応説経より
『大舶の譬喩』──応説経より
海辺に、ひときわ大きな船があった。
藤づるで岸に結びつけられ、その甲板には幾人もの僧が、潮の香りを胸いっぱいに吸い込みながら、静かに座していた。
師は、その中央に立っていた。
風に揺れる袈裟が、海光を受けて淡く金色に輝いている。
彼の眼差しは遠く沖を越え、さらにその向こうの果てしない光の彼方を見据えていた。
「弟子たちよ」
師の声は、潮騒をもやさしく押し返すように響いた。
「いくら巧みに方法を尽くして修行したつもりでも、心の根にある結び目を断たねば、解脱は得られぬ。
煩悩の縄は見えぬほどに絡みつき、おまえたちを縛り、自由を奪う。
それを解く鍵は──七科三十七道品の修行にある」
僧たちは深く頭を垂れた。
しかし、師はなお続ける。
「この船を見よ。藤づるは堅固だ。だが──夏の六月、海は荒れる。
嵐が来れば、藤づるは少しずつほつれ、やがて断ち切られる。
そうなれば船は沖へ流され、やがて波に砕かれ、形を失うだろう」
一人の若い僧が、はっと息をのんだ。
師はその瞳をまっすぐに見つめる。
「煩悩も同じだ。どれほど強く、おまえたちを縛るものであろうと、精進を重ね、修行を成就するならば──
やがてその縄も断たれ、心は解き放たれる」
潮風が一瞬止み、ただ波のきらめきが甲板に映った。
「四念処、四正勤、四如意足、五根、五力、七覚支、八正道──
これらを修めよ。
これこそが、あらゆる結び目を断つ剣であり、おまえたちを彼岸へ導く大舶の帆だ」
その言葉が終わると、沈黙の中、六十の僧の胸に灯がともった。
長く暗かった心の海に、ひとすじの道が開けるのを、誰もが確かに感じたのだ。
師は穏やかに頷き、再び遠い光の方角を見た。
弟子たちは立ち上がり、波の音を背に、修行の道を歩み始めた──。
夜。
海は凪ぎ、星々が甲板に降り注いでいた。
若い僧は眠れず、一人で船の舷に立っていた。
潮の香が鼻をくすぐり、遠くの波が暗闇の中で白く泡立つ。
──藤づるが切れる時、船は沖へ。
師の言葉が、何度も心の奥で反響する。
彼は自分の中の藤づるを思った。
慢心、怒り、欲望、そして幼い頃から背負ってきた孤独。
それらが自分を岸に縛りつけ、動けなくしている。
「四念処……」
彼は小さくつぶやいた。
息をゆっくり整え、今ここにある身を観じる。
潮風の冷たさ、胸の鼓動、足裏に伝わる船のかすかな揺れ──
それらをただ、ありのままに見つめた。
やがて夜が明け、朝の修行が始まった。
彼は師のもとで座し、四正勤を心に刻む。
「
その言葉を繰り返すたび、心に一本の道が描かれていくようだった。
日々は静かに流れた。
彼は歩くときも、食べるときも、座るときも、八正道の一歩一歩を踏みしめた。
ある夕暮れ、ふと気づく。
胸を締めつけていた藤づるが、わずかに緩んでいる。
それは嵐による断絶ではなく、自らの手で少しずつ解きほぐした手応えだった。
師はそんな彼を見て、静かに頷いた。
「よい。
大舶はもう沖へ漕ぎ出せるだろう。
だが沖はまだ遠い。
帆を揚げるのは、これからだ」
若い僧は深く礼をし、海の果てを見た。
その先に、解き放たれた魂の光が、確かに輝いていた。
その夜、海は急に荒れた。
黒い雲が月を覆い、波は船の舷を打ち、潮が甲板に吹き上がる。
船は軋み、藤づるは悲鳴をあげるようにきしんだ。
僧たちは甲板に集まり、必死に船を押さえた。
若い僧も両手で藤づるを握りしめたが、そのとき師の声が、嵐の轟きの中でふと耳に届いた。
「藤づるを切るのは嵐ではない。
おまえ自身の心だ」
彼ははっとした。
嵐の中、目を閉じた。
そこには別の嵐があった──欲の風、怒りの雷、愚痴の波。
それらが何度も何度も彼を打ちつける。
「四念処……四正勤……八正道……」
心の中で唱えるたび、呼吸が整い、嵐が少しずつ遠のく。
波間に、一筋の光が差した。
その瞬間、彼は内なる藤づるがすでに解けていることに気づいた。
握っていた手を放すと、海風が船を沖へ押し出す。
甲板の上、師がゆっくりと頷いた。
嵐は次第におさまり、東の空が白んでいく。
沖合には、朝日を受けて輝く水平線が広がっていた。
若い僧はその光をまっすぐに見つめた。
もはや彼を縛るものはなかった。
大舶は、静かに、しかし確かに、彼岸へ向けて進みはじめていた。
嵐が過ぎた海は、鏡のように静まっていた。
波は穏やかに船底を撫で、陽は水面に金の道を敷く。
若い僧は甲板に座し、ただその光を見つめていた。
胸の奥にあった重みはもうない。
風も波も、己の心も、すべてが同じひとつの流れに溶けている。
師が隣に歩み寄る。
何も言わない。ただ、その沈黙がすべてを語っていた。
遠くで海鳥が一声鳴き、白い翼が朝日に溶けていく。
若い僧は静かに合掌し、心の中で一言だけつぶやいた。
──もう、着いた。
船は進み続ける。
だが、その行き先はもはや、彼の内にも外にも、隔てなく広がっていた。




