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阿閦如来

阿閦如来[注 1](あしゅくにょらい、Akṣobhyaアクショーブヤ)は、大乗仏教における信仰対象である如来の一尊[3]。東方の現在仏[4]阿閦仏(あしゅくぶつ)ともいう[3]。漢訳仏典では阿閦婆などとも音写し、無動(無動如来)[5]、無瞋恚[3]、無怒、不動[6]などと訳す[4]

阿閦如来

物事に動じず、迷いに打ち勝つ強い心を授ける仏

阿閦如来(あしゅくにょらい)とは?

語源は「揺るぎないもの」を意味し、物事に動じず迷いに打ち勝つ強い心を授けるといわれています。阿閦如来は「大円鏡智(だいえんきょうち)」と呼ばれる智慧を具現化した仏です。「大円鏡知」は知識や経験のない純粋な心、鏡のようにありのままを映し出す清らかな心という意味を持っています。

ご利益

密教における大日如来の五つの智慧を表す五智如来の一尊で、薬師如来と同等と考えらました。そのため病気治癒、無病息災、滅罪の功徳があるといわれています。

阿閦如来(あしゅくにょらい)の像容

左手は衣服の端を握り、右手は指を下に伸ばす降魔印(ごうまいん)を結んでいます。これは恐怖や誘惑に打ち勝つ強い心を表しています。阿閦如来の単独の造像はほとんどありません。

有名寺院と像

・京都府:東寺
・奈良県:西大寺

阿閃如来(あしゅくにょらい)の真言

オン・アキシュビヤ・ウン

Butsuzo

 

 

阿閦如来は「あしゅくにょらい」と読みます。

サンスクリット語で「アクショービヤ」と言い、日本語だと揺るぎないと言った意味になります。
阿閦如来の悟りがダイヤモンドの様に硬く、物事に動じる事なく揺るぎがない事を示しています。

「あるがままをあるがままに映し出す汚れのない鏡の様な智」と言う意味の「大円鏡智(だいえんきょうち)」と呼ばれる智慧を具現化したのが阿閦如来と言われています。

大日如来を中心にした金剛界曼荼羅では東方に位置します。

「様々なご利益などを望む前に、まず自分自身の心をしっかりと見据え、怒りや不平などで波打った心でなく、自分の心をコントロールし菩薩の様な心を持つ事が大事だと説いておられるそうです。
なんでも願いを叶えてくれると言った仏様ではないからか、あまりメジャーな如来ではなく単独で造像される事がほとんどありません。
大日如来、阿閦如来、宝生如来、阿弥陀如来、不空成就如来の「五智如来」で造像されることがほとんどです。
その為か、タトゥーとしてもアシュク如来を単独でデザインする事はあまり多くありませんが、「五智如来」の梵字を大日如来を中心にデザインする事もあります。

お姿は左手で衣の端を掴み、右手は「触地印(または降魔印)」と呼ばれる手の甲を外側に向けてたらし、指先で地面を軽く触れる印相を結んでおられます。
この触地印は釈迦が修行中に様々な悪魔の誘惑にあった際に、地面に指先を付けて大地の神々を出現させて悪魔を退散したと言う伝説から来ており、誘惑や煩悩に負けない強い決意を示すと言われています。

当タトゥースタジオ

 

虚空蔵求聞持法

虚空蔵求聞持法とは決められた作法に則って虚空蔵菩薩の真言「のうぼう あきゃしゃ きゃらばや おん ありきゃ まりぼり そわか」を1日1万回ずつ100日かけて100万回唱えるという修行法です。

一日中堂に籠って真言を唱え続け、しかもその数を数えながら唱え続けるのですから、とにかく集中することが大切なのですが、悪魔や睡魔が次々と襲い掛かるのを振り切りながらの修行では、途中で数が分からなくなってしまってやり直すこともあるのです。

この修行法を成満した者はあらゆる経典を瞬時に理解して記憶する能力が得られるという修行法で、膨大な量の経典を記憶するための修行として知られているのですが、成満することが大変に困難で、一歩間違えば発狂、死と隣り合わせの荒行です。

虚空蔵求聞持法は何が起こっても途中で絶対に止めてはいけないという荒行で、常に短刀を準備しておいて、止めるのなら切腹という覚悟が必要なのですから、挑戦したけれど気が狂ってしまって廃人になってしまったということもあるのです。

 

虚空蔵菩薩とは

虚空蔵菩薩

梵名のアーカーシャガルバは「虚空の母胎」という意味を持ち、その漢訳が「虚空蔵」であることから、「虚空」とは宇宙につながる大空のような空間のことで、「蔵」は入れ物を意味し、広大な宇宙のような無限の智慧と記憶と慈悲を持った菩薩であります。

虚空蔵菩薩が無限の智慧と記憶と慈悲を持った菩薩であるが故に、虚空蔵菩薩を信仰すれば無限の智慧と記憶力を授かりますし、虚空蔵求聞持法を修法すれば無限の記憶力が身に付くのです。

空海と虚空蔵求聞持法

山野を修行する弘法大師空海のイラスト

弘法大師空海も若い時に大学を飛び出して求道の道を歩みましたが、高知の室戸岬の洞窟、御厨人窟に籠もって虚空蔵求聞持法を修したという話は有名です。

山岳修行の日々を過ごし、高知の室戸岬の崖上に座禅を組み、虚空蔵求聞持法を修行していた時に明けの明星である金星が口の中に飛び込んでくるという不思議な体験をしました。

明けの明星が口の中に飛び込んでくるという体験こそが虚空蔵求聞持法の真髄であり、明けの明星は虚空蔵菩薩の化身とされて、明星天子、大明星天王などと呼ばれることもありますので、この体験こそ虚空蔵菩薩と一体化した瞬間であり、轟音がして明星が飛来して、体が爆発して粉々に飛んでいくような物凄い体験なのです。

 

 

 

普賢菩薩

文殊菩薩は悉皆空の般若空を司るに対して普賢菩薩は一切の三昧を司り、仏のさとりの境地に仏教者の修行の鑑定をするのです

あらゆる場所に現れ、命あるものを救う慈悲を司る菩薩

普賢とは「全てにわたって賢い者」という意味で、あらゆるところに現れ命ある者を救う行動力のある菩薩です。

文殊菩薩とともに釈迦如来の右脇侍として三尊で並ぶことが多いですが、独尊で祀られる場合もあります。文殊菩薩の智慧とともに修行を司る菩薩として、明晰な智慧で掴み取った仏道の教えを実践していく役割を果たすとされています

普賢菩薩

普賢菩薩( समन्तभद्र [samantabhadra, サマンタバドラ]、: ཀུན་ཏུ་བཟང་པོ་ [kun tu bzang po])

 梵名のサマンタバドラとは「普く賢い者」の意味であり、世界にあまねく現れ仏の慈悲と理智を顕して人々を救う賢者である事を意味する。法華経では、普賢菩薩は六牙の白象に乗ってあらゆるところにあらわれ衆生を救うと説かれる。行動するという意味で「行の菩薩」と呼ばれ、理法と行願を象徴する存在になっている[4]密教では菩提心(真理を究めて悟りを求めようという心)

文殊菩薩は百獣の王獅子に乗り、利剣を持って、煩悩穢れを断ち切り精進する堅固の精神を鍛えます。 普賢菩薩は六白牙の象に乗り、法華行者の六根清浄、懺悔懺悔の内容を鑑定するのです。 また文殊菩薩は悉皆空の般若空を司るに対して普賢菩薩は一切の三昧を司り、仏のさとりの境地に仏教者の修行の鑑定をするのです

あらゆる場所に現れ、命あるものを救う慈悲を司る菩薩

普賢とは「全てにわたって賢い者」という意味で、あらゆるところに現れ命ある者を救う行動力のある菩薩です。

文殊菩薩とともに釈迦如来の右脇侍として三尊で並ぶことが多いですが、独尊で祀られる場合もあります。文殊菩薩の智慧とともに修行を司る菩薩として、明晰な智慧で掴み取った仏道の教えを実践していく役割を果たすとされています。また、女性の救済を説く法華経の普及とともに女性に多く信仰を集めました。

ちなみに普賢菩薩から派生した仏に延命のご利益のある普賢延命菩薩があります。

女性守護、修行者守護、息災延命、幸福を増やす増益のご利益があるとされています。また、辰・巳年の守り本尊です。

白象に乗っている姿が一般的です。3つや4つの頭の象に乗っている場合は普賢延命菩薩像の可能性が高いです。

オン・サンマイヤ・サトバン

これはどんな意味かというと、普賢は、外国(インド)ではサンマタバダラといわれる。
サンマタ」は普くという意味である。
バダラ」は賢いという意味である。
この国(中国)では遍吉ともいう。
遍は、あまねくということで、普と同じ、
吉は賢と同じ意味である、ということです。

このように、普賢菩薩は、サンスクリットで「サンマタバダラ」といわれるのを、意味をとって中国語に翻訳したために、「普賢」といわれることもあれば、「遍吉」といわれることもあるのです。

 

おすがたの特徴〜

合掌をしているものや、法具を持つものがある
牙が6つある象に乗る
釈迦三尊の形態で多く見られる

「智恵の文殊」と「慈悲の普賢」と一対で称されることの多い仏さまです。さらに言えば、お釈迦さまを加えた釈迦三尊として見ることが多く、お釈迦さまをサポートします。

慈悲とは、いつくしみの心、相手を思う気持ちです。思えば日本語の「ありがとう」、「ごめんなさい」、「いただきます」という挨拶は、慈悲に溢れていますね。

普賢さまが乗る象は、もちろん大きな体の動物です。何ものにも動揺しない意志を表します。