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七つの大チャクラ

 

夜空に輝く無数の星々が、宇宙の広大さを静かに物語るように、人間の内なる宇宙にも深遠なる秘密が隠されていた。その秘密は、クンダリニーと呼ばれる生命のエネルギーであり、それは尾骨の奥深く、ムーラーダーラ・チャクラに眠っているとされていた。このエネルギーが覚醒し、脊柱を上昇するとき、人間は自らの内なる宇宙と対話し、やがて悟りへと至るのだという。

七つの大チャクラは、その旅路の道標であった。

 

#### 1. ムーラーダーラ(根のチャクラ)

尾骨の基底部に位置するこのチャクラは、赤い炎のように燃え、地の要素を象徴していた。それは人間の根源的な生命力を司り、大地に根を張る木のように、安定感とグラウンディングをもたらす。ここからすべては始まる。クンダリニーが目覚める瞬間、このチャクラは静かに鼓動を打ち始める。

 

#### 2. スヴァディシュターナ(仙骨のチャクラ)

へその下、丹田に位置するこのチャクラは、橙の光を放ち、水の要素を象徴していた。感情の波がここから湧き上がり、創造性と性エネルギーが渦巻く。それは人間の内なる海であり、時に穏やかで、時に荒れ狂う。このチャクラが活性化されると、人は自らの感情と深く向き合い、創造の源に触れる。

 

#### 3. マニプーラ(太陽神経叢のチャクラ)

みぞおちに位置するこのチャクラは、黄色い炎のように輝き、火の要素を象徴していた。意志力と自信がここに宿り、個の力を形作る。それは内なる太陽であり、その光は外の世界をも照らし出す。このチャクラが活性化されると、人は自らの意志を強く持ち、行動へと駆り立てられる。

 

#### 4. アナーハタ(心のチャクラ)

胸の中心に位置するこのチャクラは、緑の光を放ち、風の要素を象徴していた。愛と共感がここから広がり、調和をもたらす。それは心の鼓動そのものであり、他者とのつながりを感じる場所でもある。このチャクラが活性化されると、人は無条件の愛を知り、世界と調和する。

 

#### 5. ヴィシュッダ(喉のチャクラ)

喉に位置するこのチャクラは、青い光を放ち、エーテルの要素を象徴していた。コミュニケーションと自己表現がここに宿る。それは言葉の源であり、内なる真実を外へと伝える役割を担う。このチャクラが活性化されると、人は自らの声を解放し、真実を語る力を得る。

##6. アージュニャー(第三の目のチャクラ)

眉間に位置するこのチャクラは、藍色(紫)の光を放ち、光の要素を象徴していた。直感と洞察がここに宿り、精神的な知恵をもたらす。それは内なる目であり、見えないものを見る力を与える。このチャクラが活性化されると、人は超越的な視点を得て、物事の本質を見抜く。

#### 7. サハスラーラ(頭頂のチャクラ)

頭頂部に位置するこのチャクラは、紫または白の光を放ち、宇宙の要素を象徴していた。悟りと高次の意識がここに宿り、宇宙との一体感をもたらす。それはすべてのチャクラの頂点であり、個人の意識が宇宙意識と融合する場所でもある。このチャクラが活性化されると、人は超越的な体験をし、悟りへと至る。

-クンダリニーの覚醒

クンダリニーは、尾骨のムーラーダーラ・チャクラから覚醒し、脊柱を上昇する。その過程で、各チャクラが順番に活性化され、やがてサハスラーラ・チャクラに到達する。その瞬間、個人の意識は宇宙意識と融合し、悟りや高次の意識状態に達するのだという。

しかし、この旅路は容易なものではない。各チャクラのバランスが崩れると、身体的、感情的、精神的な不調和が生じる。ヨーガや瞑想を通じて、各チャクラのバランスを整えることが、この旅路を成功させる鍵となる。

### 大日如来と智慧の光

密教において、大日如来は宇宙的な絶対者(法身仏)であり、その智慧は光で象徴される。この光は、宇宙万物を生成発展させる根源的な力であり、密教はそれを「智慧」と見なす。他の宗教では、それを「愛」や「慈悲」と見なすこともあるが、密教においては、完全なる智慧の中にすべてが集約されるとされる。

空海は、その著書『広付法身義』の中で、大日如来の智慧を「智身」と名づけ、それが法身とともにあらゆる世界に通満していると説いた。この智慧の光は、クンダリニーの覚醒とチャクラの活性化を通じて、個人の内にも現れる。それは、宇宙との一体感を感じる瞬間であり、悟りへと至る道程でもある。

 

七つの大チャクラは、人間の内なる宇宙を旅するための地図であり、クンダリニーはその旅路を照らす光である。大日如来の智慧の光は、その旅路の終着点であり、宇宙との一体感をもたらす。この旅路を通じて、人は自らの内なる宇宙と対話し、やがて悟りへと至るのだ

この物語は、人間の内なる宇宙を探求する者たちにとって、永遠のテーマであり続ける。クンダリニーの覚醒とチャクラの活性化は、その探求の一つの形であり、大日如来の智慧の光は、その探求の果てに待つ答えである。

大日如来 すべての生き物の根本となる仏

大日如来

すべての生き物の根本となる仏

 

大日如来(だいにちにょらい)とは?

大日とは「大いなる日輪」という意味です。太陽を司る毘盧舎那如来がさらに進化した仏です。密教では大日如来は宇宙の真理を現し、宇宙そのものを指します。また、すべての命あるものは大日如来から生まれたとされ、釈迦如来も含めて他の仏は大日如来の化身と考えられています。

 

大日如来には悟りを得る為に必要な智慧を象徴する金剛界大日如来と、無限の慈悲の広がりを象徴する胎蔵界大日如来という2つの異なる捉え方があります。金剛とはダイヤモンドのことを指し、智慧がとても堅く絶対に傷がつくことがないことを意味しています。また、胎蔵とは母親の母胎のようにすべての森羅万象が大日如来の中に包み込まれている様を意味しています。この2つが揃って大日如来を本尊とする密教の世界観が出来上がるのです。

ご利益

現世安穏、所願成就。また、未・申年生まれ守り本尊です。

大日如来(だいにちにょらい)の像容

本来、如来は出家後の釈迦の姿をモデルとしているため装飾品は身に付けていませんが、大日如来だけは別格で豪華な装飾品や宝冠を付けています。また、螺髪(らほつ)ではなく、髪を結い上げています。

 

金剛界、胎蔵界の姿でそれぞれ印の形が違います。金剛界の大日如来は、左手の人差し指を立て、その人差し指を右手で包みこむ智拳印の印相をしています。一方、胎蔵界の大日如来は、腹の前で両手の全指を伸ばして組み合わせる定印です。

https://youtu.be/t5k94RkNBKE?si=Zb0cHwfBRngkjNp7

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クンダリニー

クンダリニー(Kundalini、サンスクリットकुण्डलिनी、 kuṇḍalinīKundalini.ogg 発音[ヘルプ/ファイル])とは、インドの思想実践における、人体の脊椎の基部に蛇のようにとぐろを巻いて休眠している生命エネルギーの概念である[1]クンダリーとも[1]

本項の解説は、クンダリニー・ヨーガの立場による。

語源

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Kundalini (クンダリニー)は、サンスクリットで「螺旋を有するもの」を意味する kundalin (クンダリヌ)の女性形主格である[2]。kundalin は、「螺旋」「コイル」「巻き毛」「環」などを意味する kundala(クンダラ)から派生している[2]。1875年にアメリカで結成された神秘思想団体・神智学協会の3代目会長ジョージ・アルンデール英語版は、この kundala と、「焼く」「燃える」を意味する kund (クンド)、「皿」「穴」を意味する kunda (カンダ)が、Kundalini の語根であると述べている[3]

略説

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ヒンドゥー教シヴァ派ナート派(Natha, Nath。ナータ派とも)の伝説的な開祖マッツェーンドラナート英語版(マツイェーンドラナータ)が説く宇宙生成論・身体論では、人間の身体は、個我(個々人の魂)を形成する低次のレベルのシャクティによって維持されており、このシャクティは身体の会陰部に休眠するクンダリニーとして想定されている[4]。クンダリニーは三回半とぐろを巻いた蛇の姿で表される[4]。クンダリニーは通常眠っていると考えられているが、誰しもが自分でも気づかないほどの穏やかなレベルで覚醒しているという見解もある[5]

ナート派は疑似的な人体生理学を持ち、頭頂には千花弁の蓮華の形をしたチャクラ(サハスラーラ)に「至高のシヴァ」が住すとされ、個我のシャクティであるクンダリニーをハタヨーガで覚醒させ、「至高のシヴァ」のもとに昇らせ、二元を会合させて二元の同一性である「至高の歓喜」を獲得することを目指す[6]

ヨーガの歴史的研究を行ったイギリスの研究家マーク・シングルトン英語版によれば、近代インドの傾向において、ハタ・ヨーガ(あるいはクンダリニー・ヨーガ)は望ましくない、危険なものとして避けられてきたという[7]ヴィヴェーカーナンダシュリ・オーロビンド、ラマナ・マハルシら近代の聖者である指導者たちは、ラージャ・ヨーガバクティ・ヨーガジュニャーナ・ヨーガ英語版などのみを論じ、高度に精神的な働きや鍛錬のことだけを対象とした一方、ハタ(またはクンダリニー)といったヨーガは危険か浅薄なものとして扱った[7][* 1]

クンダリニー・ヨーガに類似するものとしては、チベット密教のゾクリム(究竟次第)などがある。また、グル等が弟子に対し直接手を触れるなどして高い霊的エネルギーの受け渡しを行うシャクティーパット等、他者の力を呼び水とする方法もある[* 2]

2021年に、宗教的覚醒と精神病、クンダリニー症候群などをテーマとしたシンポジウムが日本トランスパーソナル心理学/精神医学会により開催された[1]

文殊菩薩  智慧   己の内にこそある

静かな山寺 風がそよぐ
文殊の像に 祈りを捧ぐ
迷いの闇に 悩む心
智慧の光を 求めてた

智慧は外にない 己の内に
心の声に 耳を傾けて
文殊の教え 胸に刻み
真実の光 見つけ出すんだ

経典を読んでも わからないこと
学びに焦り 苦しんでた
でもふと閃く 風のささやき
内なる声が 導いてくれた

芸術に日常 些細なことにも
深い洞察が 広がっていく
迷いも焦りも 消え去って
静かな自信が 宿る心に

山寺の鐘 響き渡り
微笑む君に 光が差す
文殊の教え 胸に抱き
これからも道を 照らし続ける

Manjusri Bodhisattva Wisdom is outside, but within yourself

Quiet mountain temple, the wind blows
I pray to the statue of Manjusri
My heart is troubled by the darkness of confusion
I was seeking the light of wisdom

Wisdom is not outside, it is within yourself
Listen to the voice of your heart
Engrave Manjusri’s teachings in your heart
Find the light of truth

Even when I read the scriptures, I don’t understand
I was impatient and suffering in my studies
But suddenly, a whisper in the wind came to me
My inner voice guided me

Deep insight spreads to art, everyday life, and even the smallest things
Wonders and impatience disappear
A heart filled with quiet confidence

The bell of the mountain temple rings out
Light shines on you as you smile
I hold Manjusri’s teachings in my heart
I will continue to light the way

文殊の光

文殊の光

山の奥深くにひっそりと佇む古寺。ひんやりとした朝の空気が、静寂の中にわずかに漂う。杉の木々がざわめき、風がそっと境内を撫でていく。

境内の奥、木漏れ日に照らされた文殊菩薩の像の前に、青年は静かに膝を折った。彼の名は真一。長く学びに励んできたが、最近どうしても答えを見つけられず、心が乱れていた。

「智慧とは、どこにあるのか……」

彼は目を閉じ、問いを胸に刻んだ。経典をいくら読んでも、答えは見えない。学びに焦り、苦しみ、まるで霧の中をさまようようだった。

そのときだった。山の風がやさしく頬を撫でた。

ふと、何かが心に閃く。

「智慧は外にはない。己の内にこそあるのだ。」

どこからともなく、その言葉が響いた。まるで文殊菩薩が微笑みながら語りかけているようだった。

彼ははっと目を開けた。風のささやきが、今まで気づかなかった何かを教えてくれたように思えた。

それからの日々、彼の目に映るものは変わっていった。芸術の美しさ、日常の些細な出来事、何気ない会話の中にも深い意味があることに気づいた。学ぶことに焦るのではなく、一つひとつを味わい、受け入れることで智慧は自然と心に宿る。

ある日、寺の鐘が静かに響き渡った。

ふと見ると、同じように迷いを抱えた旅人が文殊菩薩の像の前に佇んでいる。真一は微笑み、そっと語りかけた。

「答えは、君の中

 

文殊の光
Light of Manjushri

静かな山の 風がそよぐ
揺れる木漏れ日 心を照らす
迷いの影に 立ち尽くして
答えを探し 旅をする

智慧は外じゃなく 己の中に
そっと耳を澄ませば 光が見える
文殊の教え 胸に抱いて
歩き出せば 道は開く

 

The silent mountain, the wind softly blows
Dancing sunlight, a heart that glows
Standing still in the shadow of doubt
Seeking answers, wandering about

Wisdom’s not outside, it’s deep within
Listen closely, let the light begin
Holding Manjushri’s teaching near
Step forward, the path is clear