アショーカ王 ― 光の帝王
それは、ブッダが涅槃に入ってから、
およそ二百年の時が流れたころだった。
インドの大地には、新たな覇者が現れた。
彼の名は――アショーカ。
マウリヤ朝第三代の王にして、
かつてない大帝国を築き上げた人物である。
若き日のアショーカは、
炎のごとく激しい野望を抱き、
剣と血によって国を広げていった。
ことに、カリンガ国との戦いは、
歴史に深い傷跡を刻んだ。
数十万の兵が戦い、
無数の民が倒れ、
川は血で赤く染まった。
勝利ののち、アショーカは戦場に立ち尽くした。
焼け焦げた大地、
泣き叫ぶ女たち、
息絶えた兵士たちの骸。
その光景は、
彼の心を突き刺した。
「これが……我が求めたものだったのか……?」
――その夜、アショーカは眠れなかった。
剣を握りしめても、心は満たされなかった。
そんな彼の前に現れたのは、
一人の静かな沙門だった。
沙門は、ただ一言こう語った。
「この世における最大の勝利とは、
他者に勝つことではない。
自らの心に勝つことである。」
アショーカの心に、何かが燃え尽き、
そして新たな火が灯った。
彼は王宮を出て、
道ばたの僧たちのもとに赴き、
仏教の教えに耳を傾けた。
やがてアショーカは、
仏弟子として正式に帰依し、
「ダルマ(法)」の王となる道を選んだ。
黄金時代の始まり
アショーカは、
暴力による支配を捨て、
慈悲と正義による統治を始めた。
国中に、法(ダルマ)の柱を建てさせ、
そこにはこう刻まれた。
「すべての生きとし生けるものに、
慈しみと愛を。」
寺院と仏塔は次々と建設され、
教団は国家の支援を受けて、かつてないほど繁栄した。
托鉢の僧たちは保護され、
病人や困窮者には施しが与えられた。
アショーカは国内にとどまらず、
使者を諸外国にも送り出した。
スリランカ、中央アジア、
さらには遠くギリシャの地にも、仏教の光は届けられたという。
「すべての民族よ、
すべての言語を話す者たちよ、
法に耳を傾けよ。
争いを捨て、
調和の道を歩め。」
これこそが、
仏教の黄金時代の幕開けだった。
――
人々は旅の僧を迎え、
小さな村にも仏塔が建ち、
子どもたちの口にも「慈悲」の言葉が宿った。
ブッダの火は、
アショーカの手によって、
さらに強く、広く、
世界を照らしはじめたのである。