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息吹き永世の法」
息吹き永世の法
第一話:「夜勤明けの病室にて」
夜明け前の病室は、静まり返っていた。
蛍光灯の明かりだけが、淡く床を照らしている。
看護師の佐藤麗子(れいこ)は、夜勤の終わりにいつも通り巡回をしていた。
誰もいない廊下に、規則正しい靴音が響く。
302号室。
末期の胃癌患者である老女・中川澄江が静かに眠っていた。
澄江は、ここ数日、奇妙な夢を見ていたという。
「光の衣をまとった人が枕元に立って、何かを手渡してくれるの」と。
それを聞いた麗子は、思わず背筋に寒気を感じた。
死が近づいている人には、よくあることだ。だが――
その夜、麗子のもとに、ひとりの男が訪れた。
白い法衣をまとい、肩に小さな勾玉の袋をさげた不思議な人物。
彼は名乗りもしないまま、澄江の枕元に立ち、ゆっくりと掌をかざすと、低く静かな声で語り出した。
「この者に、守護神をお授けします。
その名は、静蓮(せいれん)ノ神。
病と共に歩んだ記憶を抱きしめ、静けさの中に真の安らぎをもたらす存在です」
その場にいた誰もが、空気が変わったのを感じた。
まるで病室全体が、透明な水の中に沈んだような静寂――。
澄江の顔が、うっすらと微笑んだ。
次の朝、彼女は安らかな表情のまま、この世を去っていた。
だが、不思議なことが起こった。
澄江の最後の検査結果が届き、末期の癌であるはずの内臓から、なぜか腫瘍が消失していたという。
彼女が亡くなったのは、「病による死」ではなかった。
まるで、使命を終えた魂が、静かに肉体を離れたかのようだった。
第二話:「崖っぷちの起業家」
新宿の雑居ビルの五階、小さなIT会社「NEXTWILL」は、倒産寸前だった。
代表の長谷川翔太は、35歳。かつては有望な起業家として雑誌にも取り上げられたが、度重なるプロジェクトの失敗と社員の離反により、いまやオフィスは彼ひとり。机の上には差し押さえ通知が無造作に置かれていた。
「もう、だめかもしれないな…」
そうつぶやいたとき、ドアがノックされた。誰もいないはずのオフィスに、確かに気配があった。
「失礼します」
入ってきたのは、白い法衣をまとった男。
静かで澄んだ目を持ち、まるで時間から切り離されたような存在感があった。
「あなたに、守護神をお授けしたいのです」
「え? 勧誘ですか? いま、それどころじゃ――」
男は一枚の札を差し出した。そこには、こう書かれていた。
《陽剣(ようけん)ノ神》
決して折れぬ志をもって闇を切りひらく、勇気の神
その夜から、翔太の心には、奇妙な静けさと炎のような意志が宿った。
社員たちに土下座をし、自らの過ちを認めた。眠っていた小さなプログラムをSNSで公開すると、たった一晩で爆発的な人気を呼び、クラウドファンディングが立ち上がった。
三ヶ月後。
翔太の会社は、同業他社に吸収される形で再生され、彼は「困難から立ち上がる企業再生人」として再び脚光を浴びた。
彼は誰にも言わなかった。
デスクの引き出しに、小さな木札をしまってあることを。
そこには、確かに書かれていた――
「陽剣ノ神 ここに在り」
第三話:「怒りを鎮める者」
深夜の高速道路、トラックの車内で、岸本優真はハンドルを握っていた。
その日、彼は上司と激しく口論し、仲間に暴言を吐いた。
妻からも「もう限界」と言われて家を出て行かれた。
胸の中に渦巻く怒りと後悔。だが、どうしても収まらない。
そのとき、ラジオから突然、ノイズ混じりの声が流れた。
「おまえは、まだ怒りを使いこなしていない――」
気がつくと、助手席に一人の男が座っていた。
真っ黒な長髪、鋭い眼差し、背には風を切るような気迫。
「名を名乗るほどのものではない。ただ、**荒魂(あらみたま)**の使いとして来た」
男は、彼に一枚の古びた札を差し出した。
それには、力強い筆致でこう記されていた。
《須佐之男尊(すさのおのみこと)ノ守》
破壊の中にこそ、再生の道はある。真なる勇気で怒りを鎮めよ。
翌朝、岸本は不思議な静けさの中で目を覚ました。
まるで何かが胸の奥から消えていた。
その日から、彼は変わった。
怒りを感じると、深く呼吸をして心の中でこう唱えるようになった。
「これは破壊ではない。再生の兆しだ」
しばらくして、彼は社内で「安全運転指導員」として抜擢され、
同じように怒りに苦しむ若手社員の相談役になった。
離れていた妻とも、少しずつ対話を取り戻し始める。
ある晩、岸本は神棚にそっと札を置いた。
札には、うっすらと「須佐之男尊ノ守」の字が光っていた。
怒りを知る者だけが、真の平和を願うことができる。
その教えが、確かに彼の中で息づいていた。
息吹き永世の法
第一話:「夜勤明けの病室にて」
夜明け前の病室は、静まり返っていた。
蛍光灯の明かりだけが、淡く床を照らしている。
看護師の佐藤麗子(れいこ)は、夜勤の終わりにいつも通り巡回をしていた。
誰もいない廊下に、規則正しい靴音が響く。
302号室。
末期の胃癌患者である老女・中川澄江が静かに眠っていた。
澄江は、ここ数日、奇妙な夢を見ていたという。
「光の衣をまとった人が枕元に立って、何かを手渡してくれるの」と。
それを聞いた麗子は、思わず背筋に寒気を感じた。
死が近づいている人には、よくあることだ。だが――
その夜、麗子のもとに、ひとりの男が訪れた。
白い法衣をまとい、肩に小さな勾玉の袋をさげた不思議な人物。
彼は名乗りもしないまま、澄江の枕元に立ち、ゆっくりと掌をかざすと、低く静かな声で語り出した。
「この者に、守護神をお授けします。
その名は、静蓮(せいれん)ノ神。
病と共に歩んだ記憶を抱きしめ、静けさの中に真の安らぎをもたらす存在です」
その場にいた誰もが、空気が変わったのを感じた。
まるで病室全体が、透明な水の中に沈んだような静寂――。
澄江の顔が、うっすらと微笑んだ。
次の朝、彼女は安らかな表情のまま、この世を去っていた。
だが、不思議なことが起こった。
澄江の最後の検査結果が届き、末期の癌であるはずの内臓から、なぜか腫瘍が消失していたという。
彼女が亡くなったのは、「病による死」ではなかった。
まるで、使命を終えた魂が、静かに肉体を離れたかのようだった。
崖っぷちの起業家
新宿の雑居ビルの五階、小さなIT会社「NEXTWILL」は、倒産寸前だった。
代表の長谷川翔太は、35歳。かつては有望な起業家として雑誌にも取り上げられたが、度重なるプロジェクトの失敗と社員の離反により、いまやオフィスは彼ひとり。机の上には差し押さえ通知が無造作に置かれていた。
「もう、だめかもしれないな…」
そうつぶやいたとき、ドアがノックされた。誰もいないはずのオフィスに、確かに気配があった。
「失礼します」
入ってきたのは、白い法衣をまとった男。
静かで澄んだ目を持ち、まるで時間から切り離されたような存在感があった。
「あなたに、守護神をお授けしたいのです」
「え? 勧誘ですか? いま、それどころじゃ――」
男は一枚の札を差し出した。そこには、こう書かれていた。
《陽剣(ようけん)ノ神》
決して折れぬ志をもって闇を切りひらく、勇気の神
その夜から、翔太の心には、奇妙な静けさと炎のような意志が宿った。
社員たちに土下座をし、自らの過ちを認めた。眠っていた小さなプログラムをSNSで公開すると、たった一晩で爆発的な人気を呼び、クラウドファンディングが立ち上がった。
三ヶ月後。
翔太の会社は、同業他社に吸収される形で再生され、彼は「困難から立ち上がる企業再生人」として再び脚光を浴びた。
彼は誰にも言わなかった。
デスクの引き出しに、小さな木札をしまってあることを。
そこには、確かに書かれていた――
「陽剣ノ神 ここに在り」
小さな祠を設け、「静蓮ノ神」と書かれた札をひそかに祀るようになった。
それが、守護神を授ける者と、現代の人々との出会いの、第一歩であった。
第二話:「崖っぷちの起業家」
新宿の雑居ビルの五階、小さなIT会社「NEXTWILL」は、倒産寸前だった。
代表の長谷川翔太は、35歳。かつては有望な起業家として雑誌にも取り上げられたが、度重なるプロジェクトの失敗と社員の離反により、いまやオフィスは彼ひとり。机の上には差し押さえ通知が無造作に置かれていた。
「もう、だめかもしれないな…」
そうつぶやいたとき、ドアがノックされた。誰もいないはずのオフィスに、確かに気配があった。
「失礼します」
入ってきたのは、白い法衣をまとった男。
静かで澄んだ目を持ち、まるで時間から切り離されたような存在感があった。
「あなたに、守護神をお授けしたいのです」
「え? 勧誘ですか? いま、それどころじゃ――」
男は一枚の札を差し出した。そこには、こう書かれていた。
《陽剣(ようけん)ノ神》
決して折れぬ志をもって闇を切りひらく、勇気の神
その夜から、翔太の心には、奇妙な静けさと炎のような意志が宿った。
社員たちに土下座をし、自らの過ちを認めた。眠っていた小さなプログラムをSNSで公開すると、たった一晩で爆発的な人気を呼び、クラウドファンディングが立ち上がった。
三ヶ月後。
翔太の会社は、同業他社に吸収される形で再生され、彼は「困難から立ち上がる企業再生人」として再び脚光を浴びた。
彼は誰にも言わなかった。
デスクの引き出しに、小さな木札をしまってあることを。
そこには、確かに書かれていた――
「陽剣ノ神 ここに在り」
第三話:「怒りを鎮める者」
深夜の高速道路、トラックの車内で、岸本優真はハンドルを握っていた。
その日、彼は上司と激しく口論し、仲間に暴言を吐いた。
妻からも「もう限界」と言われて家を出て行かれた。
胸の中に渦巻く怒りと後悔。だが、どうしても収まらない。
そのとき、ラジオから突然、ノイズ混じりの声が流れた。
「おまえは、まだ怒りを使いこなしていない――」
気がつくと、助手席に一人の男が座っていた。
真っ黒な長髪、鋭い眼差し、背には風を切るような気迫。
「名を名乗るほどのものではない。ただ、**荒魂(あらみたま)**の使いとして来た」
男は、彼に一枚の古びた札を差し出した。
それには、力強い筆致でこう記されていた。
《須佐之男尊(すさのおのみこと)ノ守》
破壊の中にこそ、再生の道はある。真なる勇気で怒りを鎮めよ。
翌朝、岸本は不思議な静けさの中で目を覚ました。
まるで何かが胸の奥から消えていた。
その日から、彼は変わった。
怒りを感じると、深く呼吸をして心の中でこう唱えるようになった。
「これは破壊ではない。再生の兆しだ」
しばらくして、彼は社内で「安全運転指導員」として抜擢され、
同じように怒りに苦しむ若手社員の相談役になった。
離れていた妻とも、少しずつ対話を取り戻し始める。
ある晩、岸本は神棚にそっと札を置いた。
札には、うっすらと「須佐之男尊ノ守」の字が光っていた。
怒りを知る者だけが、真の平和を願うことができる。
その教えが、確かに彼の中で息づいていた。
息吹き永世の法
いながよ古代神法——————息吹き永世の法
また、わたくしは古代神法も修行して、神界最高の法である息吹き永世の法も体得している。祖霊から神を生み出すには、自分が守護神より高い神格にならなければできない。それには、息吹き永世の法を行なう必要があるのである。わたくしは、息吹き永世の法を中心とする古代神法により、神力加持をもって神を生み出すことができるのである。
息吹き永世の法とは、古代の神々が用いた秘法である。
日本列島に神霊の気がみちみちていた時代、神々が用いた霊法があった。
いぶ ながよこれを「息吹き永世の法」という。
わたくしはこの法について、いまから三十数年前、一九七二年発行の『密教・超この橋密のかけ橋であったとわたくしは前の橋で私が修行していた修行法をいう)は、古代ヨーガンをで、つぎのようにのべている。
この橋(当時私が修行していた修行法をいう)は、古代ヨーガと密教の秘密のかけ橋であったとわたくしは前の文章で書いたが、さらに、わがくにの古代神道にまでその道が通じていたとは、さすがのわたくしにもまったく思いがけぬことであった。
古代神道に、「息吹き永世の法」(または息吹き長代ともしるす)と称せられる秘法があった。一種の呼吸法であるが、“神人合一”の秘術として、 代々、皇室につたえられていた。一部民間にも伝承されたが、いつの時代からか、消滅してしまったのだ。戦乱の時代、皇室衰徴のときに絶えたのであろう。名のみ残って、実体の法は無く、ゆえに幻の秘法とされてきた。こういうことは、よくあることで、たとえはちがうが、足利時代にさかんであっかいもくた「田楽の舞」などがそうである。舞の型はのこり、絵図などもあるが、一本足の竹馬に乗って舞う技術が、いったいどのようなものか皆目わからず、 いまはただその竹馬に片足をかけて舞うだけであるという。
息吹き永世の法も、それで、わたくしも以前、修行中に、これが息吹き永世の法であるという二、三の法に接したが、世にいうほどの秘法とも思われず、さりとて、わたくしにもそれが本当のものであるか、そうでないかを見きわめるほどの神道の素養もなく、そのまま過ごしてきたことであった。
ところが、クンダリニーの覚醒に際して、わたくしは、まったく思いがけず、この息吹き永世の呼吸法を発見したのである。
息吹き永世の法の特徴は、この法成就するや、寒熱自在の息を長嘯す、とあるように、定に入ると、凍るようにつめたい息と、熱風のように熱い息とを交互に、自在に吐くのである。 この、寒熱自在の息は不思議な力があっ
て、法の通りにこれを息吹くと、いかなる病気も、怪我もたちどころに痛みが去り、快癒におもむくとされている。瀕死の病人にむかい息吹くとき、神の新鮮な生命力を吹きこまれて、たちどころによみがえり、元気充実す、という。おかしたる罪けがれも一切浄化される。天地四方にむかって息吹くときは、悪霊、怨念、低級の霊、すべての障害が消滅して、天下太平が実現す
「る。「是レ神ノ息吹キ也」とある。修行者が常時これを修行すると、神人合一して三〇〇歳の長寿を得るという。
いまから三十年も以前に書いたものであり、また、他の法について書いた参考程
度に説明したものであるから、ごく簡単にのべてある。しかし、おおよそのことはおわかりいただけたものと思う。
ひと口にいうと、神智・神力を獲得する特殊な修行法である。
太陽神(天照大神はその具象化の一例)を念じて特殊な観法・呼吸法の鍛練をするので、わたくしは、これを「太陽の法」と名づけてもよいのではないかと思って 「いる。ノストラダムスの予言詩にある「日の国の法」とは、日本の古代神法「息吹「き永世の法」なのである。 じかやくろうちゅうわたくしは、その後、研鑽を重ねて、この法を自家薬籠中のものにした。息吹き 「永世の法を完全に自分のものにしたのである。これによって、わたくしは、念願としていたこのたびの法を完成することができたのであった。息吹き永世の神法を身につけなかったら、それは絶対に不可能であった。
以上、守護神を授ける三つの法について、それぞれの果たす役割も含めてのべたが、厳密には、明確に区別できるものではない。いや、皆さんに理解できるように明確に説明するのがむずかしいというのが正確である。霊界のことは霊妙不可思頭、わたくしたちの世界と同じように考えられないところがあるからである。あえ
頭、わたくしたちの世界と同じよっしていえば、ある意味、三つの法は補完し合う関係と言ってもいい。それゆえに、仏陀釈尊の成仏法、チベット仏教の秘法、古代神法を完全に体得できて初めて、守護神をお授けできるようになったのである。そのための二十年であった。
守護神のお力とは
にちにちこれころじっ日々是好日ている。
守護神をお授けするにあたり、わたくしは、拝受者に対してつぎのように指導し
「守護神をいただいたからといって、突然、大金を儲けるとか、仕事で大成功をするとか、そういうことを期待してはいけない。守護神の務めは、病気や災難に遭わずに、家族そろって円満平安に暮らせるようにすることを旨とする。禅宗でいう、
いわゆる『日々是好日』という毎日を授けるのが、守護神の役目であって、大儲
するようなことは、かえって不幸の種になる。だから、そういうことはお願い! いて、日々の暮しを守ってくださることをひたすらお願いするように。そうすば、守護神は安全に、安楽に、楽しく暮らせるようお守りくださるわけである。
突然、仕事が成功したり、大金持ちになったりすると、ろくなことがない。必その反動が来て、不幸せになることは間違いない。だから、僥倖を頼んではいない。一家そろって明るく楽しく、病気をせず、けが、過ちのない、そういう曲で楽しい生活をお守りくださる守護神であるから、それをひたすら願って、一命にお仕え申す。それが心がまえである」
守護霊より守護する力が強まった守護神である。守護霊がお授けくださる徳に 「て紹介した「長者の十徳」などより、はるかに見劣りがするではないか。えー・んだか守護神さんて、地味だなぁと落胆する向きもあるかも知れない。
歓喜の頌歌 -銀座の瞑想者
「歓喜の頌歌 -銀座の瞑想者-」
第一章 硝子の檻
午後七時、銀座の超高層ビルが夕闇に沈む時、私はいつも43階の窓辺で呼吸を止める。眼下に広がる光の銀河は、まるで無機質な宝石箱のようだ。ネクタイが首を絞め、革靴の中の足指が痙攣している。
「三上さん、営業部の数値また下がってますよ」
上司の声が背骨を伝わる。パソコンのブルーライトが視界を滲ませる。妻からのメール通知がスマホを震わせる。「今月の学費振り込み、まだですか?」液晶に映る自分の顔が、どこか腐ったリンゴのように見える。
第二章 風鈴の記憶
帰宅途中の路地裏で、ふと足が止まった。古びた仏具店の軒先に、青硝子の風鈴が揺れていた。小学生の頃、肺炎で生死を彷徨ったあの夏、病室の窓に下げてくれた母の風鈴とそっくりだ。
「生きてさえいれば」
掌から血の気が引く感覚を覚えた。あの時、氷枕に頬を押し付けながら聞いていた風鈴の音が、突然耳の奥で共鳴しだした。
第三章 紫陽花寺
土曜の朝、取引先の老舗店主に誘われるまま訪ねた郊外の寺で、私は奇妙な老人に出会った。紫陽花のしずくを纏った石畳の上、胡桃色の袈裟をまとったその男は、経本の代わりにタブレット端末を手にしていた。
「苦しみはデータの乱流のようなものさ」彼は境内の喫茶スペースで抹茶ラテを啜りながら言った。「適正欲望のフィルタリングこそが、現代人のサンガ(僧団)なんじゃよ」
第四章 夜明けの瞑想
老人が教えてくれたアプリの指示に従い、始発電車の轟音の中で目を閉じてみた。瞼の裏に浮かぶのは、取引先のクレーム処理リストでも、娘の運動会のビデオでもない。幼い日の病院の天井に揺れる風鈴の影が、波紋のように広がっていく。
「呼吸ごとに過去が溶ける」
突然、通勤ラッシュの雑踏が聖歌隊のコーラスに聞こえた。隣でスマホを操作する女子高生の指先から、無数の光の粒子が舞い上がる。
第五章 桜のアルゴリズム
クライアントとの決裂、娘の入院、妻からの別居宣言――全てが同時に押し寄せた四月。しかし不思議なことに、千鳥ヶ淵の桜並木を歩いている時、私は笑っていた。花びらが頬に触れる度、老人の声が蘇る。
「諸行無常はアップデート通知」
スマホのカレンダーに赤印が躍る。明日は取引先の最終決済日だ。しかし今、この瞬間、水辺に散る薄紅色の軌跡が、世界で最も美しいエクセルシートに見える。
終章 歓喜のコード
今日、私は銀座の交差点で瞑想する。信号待ちの90秒が瞑想タイマーに変わる。ビルのガラス幕牆に映る無数の自分が、ゆっくりと手を合わせていく。サラリーマン、父親、借金持ち、癌生存者――全ての顔が風鈴の音色で溶け合う。
「生きていることほど、すばらしいバグはない」
ふと気付けば、スマホの待受画面が「歓喜の頌歌」という謎のアプリに変わっていた。インストール日時はあの紫陽花の雨の日。未読通知が無限に増殖しているが、もう急ぐ必要はない。今日という名の課金アイテムを、丁寧に消化していけばいい。




