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防波堤の上   浜田省吾 2014-10-31

防波堤の上   浜田省吾

防波堤に打ち寄せて
砕ける波を見てた
海の色に震えては
急いで走り去った

悲しい程 自由
防波堤の上
車の窓から見下した時
空と海の間 遠く
ひとすじの稲妻が走った

扉(ドア)を開けて 人に出会い
恋に落ち 誰かと眠る
期待されて 裏切られて
信号が変わるのを待っている

ラジオ聴きながら 朝を持つ夜
遠くに波の音 聞こえてくる
語る言葉 見つけられず
聞く人は誰もいない夜

悲しいほど 自由
防波堤の上
今日も独り立ち竦む
風よ 不意に俺の背中
押すがいい躇わないで

虚空の蔵をひらくとき

夜の帳が下りた静寂の山寺。若き修行僧・清雅(せいが)は、満天の星空を仰ぎながら、そっと経文を手に取った。
「オン・バサラ・アラタンノウ・オン・タラク・ソワカ――」

それは、虚空蔵菩薩へとつながる真言。弘法大師・空海がかつて百日間、百万遍の念誦を行ったと伝えられる虚空蔵求聞持法(こくうぞうぐもんじほう)。その奥義に倣い、清雅は今日もひとり、祈りを捧げていた。

彼には夢があった。多くの人に智慧を与え、迷いの闇に灯をともす導き手となること。そのためには、虚空蔵菩薩の蔵に宿る無限の智慧と慈悲を、この手に受け取らねばならない。

「智慧よ、記憶よ、明晰なる心よ……どうか我に宿れ。」

虚空蔵――それは、宇宙のように限りない叡智と慈しみをたたえる神秘の蔵。祈る者の心が真であれば、そこから知恵の珠が差し出されるという。

やがて清雅の心に、光がひとすじ射し込んだ。それはただの幻ではなかった。内なる声が語りかけてくる。

「願いは叶うであろう。ただし、その智慧を己のためだけに使うな。人々のために、正しき道を照らす灯となれ。」

それは虚空蔵菩薩の声だったのか、それとも己の心の深奥から湧き上がった直観だったのか――清雅には分からなかった。だがその瞬間から、彼の心はかつてないほど澄みわたり、言葉や記憶が水のように流れ込みはじめた。

虚空蔵の蔵が、ひらいたのだ。

それ以来、彼の語る智慧は人々の心に光を灯し、商人は商売繁盛を、学徒は成績向上を、芸人は技芸の飛躍を成したという。そして何よりも、丑年・寅年に生まれた者たちは、清雅の祈りによって数多の災いから守られ、希望への道を歩み始めた。

「真言とは、宇宙の響きなのだな……」

そうつぶやいた清雅の背に、夜明けの陽が射していた。

虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ)

虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ)(梵名アーカーシャガルバआकाशगर्भ [Ākāśagarbha])、またはガガナガンジャगगनगञ्ज、[gaganagañja]))は、仏教における信仰対象である菩薩の一尊。「明けの明星」は虚空蔵菩薩の化身・象徴とされ、明星天子大明星天王とも呼ばれる。また、知恵の菩薩として、人々に知恵を授けるともいわれている[1]

概要

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三昧耶形は宝剣、如意宝珠種字はタラーク (त्राः、Trāḥ)。真言は「オン バザラ アラタンノウ オンタラク ソワカ」[2](Oṃ vajraratna, Oṃ trāḥ svāhā)や、「ノウボウ アキャシャキャラバヤ オンアリキャ マリボリソワカ」[3](Namo Ākāśagarbhāya, Oṃ ali kalmali mauli svāhā) などが知られる。

「虚空蔵」はアーカーシャガルバ(「虚空の母胎」の意)の漢訳で、虚空蔵菩薩とは「広大な宇宙のような無限の智恵と慈悲を持った菩薩」という意味である。そのため智恵や知識、記憶といった面での利益をもたらす菩薩として信仰される。その修法「虚空蔵菩薩求聞持法」は、一定の作法に則って真言を百日間かけて百万回唱えるというもので、これを修した行者は、あらゆる経典を記憶し、理解して忘れる事がなくなるという。 胎蔵曼荼羅の虚空蔵院の主尊であり、密教でも重視される。

元々は地蔵菩薩の地蔵と虚空蔵は対になっていたと思われる。しかし虚空の空の要素は他の諸仏にとって変わられたようで、また地蔵菩薩の独自の信仰もあり、対で祀られる事はほぼ無い。

空海室戸岬の洞窟、御厨人窟に籠もって虚空蔵菩薩求聞持法を修したという伝説はよく知られており、日蓮もまた12歳の時、仏道を志すにあたって虚空蔵菩薩に21日間の祈願を行ったという。また、京都嵐山の法輪寺では、13歳になった少年少女が虚空蔵菩薩に智恵を授かりに行く「十三詣り」という行事が行われている。

像容は、右手に宝剣、左手に如意宝珠を持つものや、法界定印の掌中に五輪塔を持つもの、右手は掌を見せて下げる与願印(よがんいん)の印相とし左手に如意宝珠を持つものなどがある。三つ目の像容は求聞持法の本尊で、東京国立博物館蔵の国宝の画像はこれに当たる。

彫像の代表例としては、奈良県大和郡山市額安寺像、京都市広隆寺講堂像などが挙げられる。 奈良県斑鳩町法輪寺の木造虚空蔵菩薩立像は7世紀にさかのぼる古像だが、当初から虚空蔵菩薩と呼ばれていたかどうかは定かでない。また、法隆寺百済観音像は、宝冠が見つかる明治時代前半までは墨蹟銘から「虚空蔵菩薩像」と呼ばれていた。

五大虚空蔵菩薩

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木造五大虚空蔵菩薩坐像のうち蓮華虚空蔵菩薩像 神護寺蔵 平安時代 国宝

五大虚空蔵菩薩は、虚空蔵菩薩のみ5体を群像として表したものである。虚空蔵菩薩の五つの智恵を表す「五智如来の変化身(へんげしん)」とも言う。息災・増益などの祈願の本尊にもなっている。

5体の名称、方位、身色は次の通りである。

  • 法界(ほっかい)虚空蔵(中央、白色) – 白は解脱を意味し、迷いを解き払う仏様
  • 金剛虚空蔵(東方、黄色) – 財産や幸福をもたらす仏様
  • 宝光虚空蔵(南方、青色) – 願い事を叶えて満足させてくれる仏様
  • 蓮華虚空蔵(西方、赤色) – 願い事に関して施してくれる仏様
  • 業用(ごうよう/ごうゆう)虚空蔵(北方、黒紫色) – 穢れを離れて清浄な仏様

五大虚空蔵菩薩の彫像の作例としては、京都・神護寺多宝塔安置の像(平安初期・国宝)で、5体揃ったものでは最古と言われる。また、京都・東寺観智院安置の五大虚空蔵菩薩像(重文)は、空海の孫弟子にあたる恵運から招来した像で、元は山科(京都市山科区)の安祥寺にあったものである。法界の像は馬、金剛は獅子、宝光は象、蓮華は金翅鳥(こんじちょう

薬師瑠璃光の導き

薬師瑠璃光の導き

深い森の奥、夜露に濡れた石畳を踏みしめながら、老僧は静かに祠へと向かっていた。灯された松明の火が揺れ、彼の影が古びた杉の幹に揺らめく。風の音にまぎれて、小さく唱える声が聞こえた。

「オン・コロコロ・センダリ・マトウギ・ソワカ――」

それは薬師如来の真言。老僧・円乗(えんじょう)は、病に伏した村人のために、今宵も薬師の加護を乞うて祈るのだった。

祠の奥には、青き瑠璃の光を放つ薬師如来の像が鎮座していた。その手には薬壺。全ての病を癒すという神聖な薬が収められているという。慈悲に満ちたその眼差しは、見る者の心の奥深くにまで静かに染みわたる。

「医王善逝(いおうぜんぜい)……我らの苦しみを癒し、清め、命の光を取り戻したまえ……」

薬師如来は古来より、病気平癒、厄除け、長寿祈願、そして死後の安楽をもたらすと信じられてきた。そしてその護法には十二の守護神――十二神将が控えている。彼らは元来、激しい夜叉神であったが、薬師の誓願に感応し、善神として転じたという。

円乗は祈りながら、遠い昔の記憶をたぐっていた。かつて自らの命もまた、薬師如来に救われたことを。

その夜、祠の前にひとりの娘が現れた。病に倒れた父のために、加護を求めてやってきたという。

「薬師さまは……ほんとうに救ってくださるのですか?」

娘の問いに、老僧は微笑んだ。

「神聖なる力のもとに、病を取り除き、浄化し、癒しの力をもってすべてが成就しますように。それが薬師如来の願いなのです。」

空に光が差し始めた。夜が明けるとき、瑠璃光の仏は静かに輝きを増していた。

 

薬師瑠璃光の導き(第二章)―癒しの法を求めて―

娘の名は沙耶(さや)。父は長年、胸の病に悩まされていた。医者も手を尽くしたが、やがて彼の命は風前の灯となり、娘は最後の望みを託して山奥の薬師の祠を訪れた。

「薬師法を修めれば、救える命もあるかもしれぬ」

老僧・円乗の言葉に、沙耶は決意した。

「教えてください。薬師法を……癒しの法を、わたしにも。」

円乗は静かにうなずくと、祠の奥の経棚から一巻の経を取り出した。

「これは薬師瑠璃光如来本願功徳経。薬師如来が、かつて十二の大願を立て、衆生を救うと誓った教えだ。まず、その御名と真言を日々、心をこめて唱えるのだ。声に出して、魂で響かせよ。」

夜ごと、沙耶は父の床辺で唱え続けた。

「オン・コロコロ・センダリ・マトウギ・ソワカ……」

その声はまるで、瑠璃の光が空間を満たすように澄んでいた。

やがて、不思議なことが起きた。父の咳が和らぎ、苦しみがやや静まっていった。まるで誰かが苦悩を少しずつ取り除いてくれているようだった。

老僧は語った。

「薬師法とは、ただ祈ることではない。心と行いを正し、他を慈しむことで、はじめて真の癒しがもたらされる。沙耶よ、次に教えるのは“浄身観想”。自らの体が瑠璃光に満たされ、すべての穢れを洗い流す観法じゃ。」

沙耶は祠に籠もり、七日七夜の修行に入った。

その間、祠の周囲には見知らぬ姿が現れたという。金の甲冑をまとった十二の神々――十二神将である。彼らは薬師如来の誓願に応じ、修行する者を守護する役目を負っているという。

最終夜、沙耶の夢の中に、深き瑠璃の光が差し込んだ。その中心に現れたのは、右手に施無畏印、左手に薬壺を携えた、慈悲深き仏の姿。

「苦しみを受けし者に、癒しの光を。願いを立て、精進せよ。汝の中にこそ、癒しの力は宿る。」

その瞬間、沙耶の心には確信が生まれた。彼女はもはや、ただの娘ではなかった。癒しの道を歩む者、薬師法の行者となったのだ。

そして夜が明け、父の病は――静かに、しかし確かに、快方へと向かい始めていた。