地蔵菩薩の誓い
山間の小さな村に、ひとつの古びた石像があった。村人たちはそれを「お地蔵さま」と呼び、毎朝欠かさず手を合わせていた。春には花を供え、夏には風鈴を吊るし、秋には紅葉を捧げ、冬には雪よけの笠を被せた。お地蔵さまはいつも静かに微笑みながら、村人たちの願いを聞いているようだった。
だが、村の長老だけは知っていた。その石像がただの偶像ではなく、遥か昔からこの世を見守る尊い菩薩であることを。
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地蔵菩薩は、釈迦が入滅した後、次に仏が現れるまでの長い時を、この世に生きるすべての者を救うために留まり続けると誓った。六道を巡り、苦しむ者たちに手を差し伸べ、地獄に落ちた魂すら救おうとする慈悲の化身だった。
「弥勒がこの世に降りるまで、我は一人、六道を巡らん」
その誓いのもと、地蔵菩薩は旅を続けた。
ある時は、飢えに苦しむ者の前に現れ、一片の米を与えた。
ある時は、戦で親を亡くした子のそばに立ち、そっと涙を拭った。
ある時は、地獄の炎に焼かれる亡者を抱きしめ、その苦しみを引き受けた。
地蔵菩薩はまた、閻魔大王と深い縁を持つとも言われていた。死者が裁きを受けるその場で、もし生前に一度でも地蔵に手を合わせた者がいれば、菩薩は身代わりとなって地獄の苦しみを和らげるという。
「この者の罪を、我が背負おう」
その言葉とともに、地蔵菩薩は何度も苦しみに身を投じた。それでもなお、優しく微笑み続けた。
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村の者たちは、そうした伝説を語り継いできた。だからこそ、毎日欠かさずお地蔵さまに祈りを捧げるのだった。
ある日、村に旅の僧が訪れた。彼はお地蔵さまの前に座し、静かに経を唱えた。
「オン・カカカ・ビサンマエイ・ソワカ」
その声はどこか懐かしく、どこか温かかった。やがて僧は微笑み、村人たちにこう言った。
「お地蔵さまは、これからも皆を見守り続けるでしょう」
その晩、村人たちは不思議な夢を見た。夢の中で、お地蔵さまは微笑みながら、そっと錫杖を鳴らしていた。
そして、どこか遠くへ歩いていく背中が見えた。六道の世界へと向かい、また新たな魂を救うために──。





