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仏教

王者の相承  Transmission of the King

 

 

王者の相承  Transmission of the King

山の静寂(しじま)に 鐘が響く
月の光が 道を照らす
師の眼差し 深く鋭く
言葉なきまま 心へ届く

流れる思念 時を越えて
象(かたち)を解けば 真理(まこと)が舞う
言葉は舟よ 岸へ導く
悟りの風が 魂(こころ)を運ぶ

The bell resounds in the mountain’s hush,
Moonlight shines, revealing the path.
The master’s gaze, so deep and sharp,
Silent words that reach the heart.

Flowing thoughts transcend all time,
Unlock the form, let truth arise.
Words are but a guiding boat,
The wind of wisdom lifts the soul.

 

王者の相承

王者の相承

山間の密教僧院に、一人の修行者がひざまずいていた。目を閉じ、心を静める。師である老僧は、彼の前に静かに座していた。

「汝に、法を授ける。」

師の言葉はなかった。ただ、鋭く、深く、弟子の心へと流れ込んでくる何かがあった。言葉を超えた伝達。思念による相承——王者の証し。

その瞬間、弟子は己の心が広がるのを感じた。大地を超え、空を駆け抜け、無限の光の中へと融けていく。これは夢か、現実か。否、もはや分別の境はない。ただ、悟りの閃光が彼の内に炸裂した。

「これが……」

震える唇を噛みしめながら、弟子は天を仰いだ。

師は微笑む。

「それが、思念による王者の相承——最も純粋な伝達の形だ。」


象徴による持明者の相承

月明かりの下、石の庭に数人の修行者が座していた。師は静かに立ち上がり、一枚の曼荼羅を広げる。

「これは何に見える?」

修行者の一人が答えた。「宇宙。」

「いや、違う。」別の者が言う。「これは、心の構造そのものだ。」

師は黙して答えない。ただ、曼荼羅の中央を指差し、静かに鐘を鳴らす。音が空間に広がり、月光の下で曼荼羅の色がわずかに揺らめいた。

その瞬間、ある者は天啓を得たように目を見開いた。「ああ……これは言葉では説明できない……!」

「そうだ。それが象徴による持明者の相承だ。」師は穏やかに頷いた。「象徴は言葉を超えた智慧の鍵だ。心ある者はそれを解き、悟りへと至る。」


耳を通した言葉による人の相承

「師よ、私はまだ何も分かりません……」

若き弟子が頭を垂れた。師は静かに微笑み、焚火を見つめる。

「言葉は、舟のようなものだ。」師は語り始めた。「悟りの岸へと運ぶための舟。だが、岸へ着けば舟は不要となる。」

弟子は目を上げ、師の横顔を見つめた。

「ならば、私はまだ舟の中にいるのですね。」

「そうだ。だが、それでいい。焦ることはない。聞き、考え、悟る。これが耳を通した言葉による相承だ。」

焚火がぱちりと音を立てた。その音すら、何かを伝えようとしているように思えた。

師の言葉が、弟子の心に深く染み入る。言葉が、魂を導く——それが、人の相承だった。

思念による王者の相承

思念による王者の相承

チベット密教のニンマ派では、古くから解脱の完成に三つの方法があると
いている。

一、思念による王者の相承
の「思念による王者の相承」とは、この法身タターガタが、言葉や象徴という媒介なしに、直接相手の心に自分の心を伝達するものである。この場合、 心、というのは単なる思念の心ではなく、パワーを主としたものと思うべきである。これによって、相手はたちどころに仏陀として完成するのである。

これは最高であり、理想的なものであること、もちろんである。「王者の」、という所以である。
二、象徴による持明者の相承ギャル ワ ו ン ペーギュギュリクジンデ rgyal ba dgongs pa’i brgyud pa rig ‘dzin brda’i brgyud pa である。 世界の法の世界において、法の完成者タターガタ(虾米)が常恒に法を説ている

三、耳を通した営業による人の相承gang zag snyan gy

承」である。 以上のすぐれた方法に対し、ふつうの人間は、霊感はなかなか得がたく、また象徴だけでは深い密教の教法を即座に理解することはできない。そこで、ラマが、いろいろな言葉をもちいてくわしく説き明かし、弟子に理解させていく。 いわゆる「口頭伝授」である。これが、三の「耳を通した言葉人こうとうでんじ

 

①の「象徴による持明者の相承」とはどういうものかというと、象徴とは、ある言葉、かたち、音、色などに複雑な思想の内容を圧縮して詰め込んだものをいい、また、持明者(nig’dzin)とは、純粋な心で実相をそのまま見ること真知の世界に到達した者たちのことである。この相承(方法)では、真如の理解を持つ持明者たちは、導師から象徴を示されることで、密教の深奥に到達する教法を授けられるのである。

以上の三つの方法を、わたくしは、つぎのように分類する。

一、思念による王者の相承

二、象徴による持明者の相承 ―新皮質系=マントラ、タントラ、言葉、

間脳系=霊的バイブレーション

音楽、象徴

三、耳を通した言葉による人の相承大脳辺縁系=言葉、マントラ、音楽

 

 

思念による王者の相承

そのしばこれを、練行と訳したい

してこの練行が絶対に必要なのである。

思念による王者の相承

チベット密教のニンマ派では、古くから解脱の完成に三つの方法があると

いている。

一、思念による王者の相承

じみようしゃ二、象徴による持明者の相承ギャル ワ ו ン ペーギュギュリクジンデ rgyal ba dgongs pa’i brgyud pa rig ‘dzin brda’i brgyud pa パ

 

 

 

いる。

である。 世界の法の世界において、法の完成者タターガタ(虾米)が常恒に法を説いて

三、耳を通した営業による人の相承gang zag snyan gy

含宗総本

の「思念による王者の相承」とは、この法身タターガタが、言葉や象徴という媒介なしに、直接相手の心に自分の心を伝達するものである。この場合、 心、というのは単なる思念の心ではなく、パワーを主としたものと思うべきである。これによって、相手はたちどころに仏陀として完成するのである。

これは最高であり、理想的なものであること、もちろんである。「王者の」、という所以である。

①の「象徴による持明者の相承」とはどういうものかというと、象徴とは、ある言葉、かたち、音、色などに複雑な思想の内容を圧縮して詰め込んだものをいい、また、持明者(nig’dzin)とは、純粋な心で実相をそのまま見ることがで

承」である。 以上のすぐれた方法に対し、ふつうの人間は、霊感はなかなか得がたく、また象徴だけでは深い密教の教法を即座に理解することはできない。そこで、ラマが、いろいろな言葉をもちいてくわしく説き明かし、弟子に理解させていく。 いわゆる「口頭伝授」である。これが、三の「耳を通した言葉による人の相こうとうでんじ

しんおうきる真知の世界に到達した者たちのことである。この相承(方法)では、真如の理解を持つ持明者たちは、導師から象徴を示されることで、密教の深奥に到達する教法を授けられるのである。

以上の三つの方法を、わたくしは、つぎのように分類する。

一、思念による王者の相承

二、象徴による持明者の相承 ―新皮質系=マントラ、タントラ、言葉、

間脳系=霊的バイブレーション

音楽、象徴

三、耳を通した言葉による人の相承大脳辺縁系=言葉、マントラ、音楽

第二章 開の開発法

聖観音の祈り Prayer of the Holy Kannon

聖観音の祈り

静寂な山中に佇む古びた堂。その中央には、優しく微笑む聖観音の像が鎮座していた。薄暗い堂内には、かすかな香の匂いが漂い、蝋燭の灯りが静かに揺れている。

その日、一人の旅人が堂を訪れた。疲れ切った足を引きずりながら、彼は観音像の前で膝をついた。

「どうか、私の願いを聞いてください…」

旅人の声は震えていた。彼の顔には深い悲しみが刻まれている。幼い娘が重い病に倒れ、どんな医者も手の施しようがないと言った。頼る者もなく、彼はこの観音堂までたどり着いたのだった。

その時、堂内の灯がふっと揺らいだ。まるで観音が応えるかのように、静かに光が満ちる。

「オン・アロリキヤ・ソワカ…」

旅人は震える声で真言を唱えた。その言葉が堂内に響くたびに、観音像の表情が優しくなるように見えた。

ふと、旅人の目に映ったのは、観音の手に持たれた水瓶と蓮華のつぼみだった。悟りの象徴であるその花が、まるで今にも開こうとしているように感じられた。

旅人は目を閉じ、心から祈った。すると、不思議なことに心が静まり、温かい光に包まれるのを感じた。

やがて彼は立ち上がり、深く一礼すると、堂を後にした。すると、冷たい風の中に、どこか穏やかで優しい気配があった。それはまるで、観音の慈悲が彼を見守っているかのようだった。

家へ戻ると、娘の顔には血色が戻り、安らかに眠っていた。その姿に、旅人は涙を流しながらそっと観音の名を呼んだ。

聖観音は、いつも人々の声を聞き、救いの手を差し伸べているのだ。

Prayer of the Holy Kannon

An old temple standing in the quiet mountains. In the center of the temple, a statue of the Holy Kannon, smiling gently, was enshrined. In the dimly lit temple, a faint smell of incense drifted, and the candlelight flickered quietly.

That day, a traveler visited the temple. Dragging his exhausted feet, he knelt before the Kannon statue.

“Please hear my prayer…”

The traveler’s voice was trembling. Deep sadness was etched on his face. His young daughter had fallen seriously ill, and no doctor could do anything for her. With no one to rely on, he had reached this Kannon temple.

At that moment, the light in the temple flickered. As if Kannon was responding, the temple was filled with quiet light.

“On Aroli Kiya Sowaka…”

The traveler recited the mantra in a trembling voice. Each time the words echoed in the temple, the expression of the Kannon statue seemed to become gentler.

Suddenly, the traveler saw a water pitcher and a lotus bud in Kannon’s hands. It felt as if the flower, a symbol of enlightenment, was about to bloom.

The traveler closed his eyes and prayed from the bottom of his heart. Then, mysteriously, his mind became calm and he felt enveloped in a warm light.

Eventually, he stood up, bowed deeply, and left the hall. Then, in the cold wind, he felt a calm and gentle presence. It was as if Kannon’s mercy was watching over him.

When he returned home, the girl’s face had regained its color and she was sleeping peacefully. Seeing this, the traveler softly called out to Kannon’s name, shedding tears.

The Shokannon is always listening to people’s voices and offering a helping hand.